サムズクラブは世界最大のリテーラー、ウォルマートグループのテクノロジー実証テストの場としても活用されている。2月28日に同社ブログでは過去に発表されたものも含めて一連の技術投資がシナジー効果を発揮し、顧客経験・従業員経験を向上させていることを紹介した。
2016年にサムズクラブは顧客がモバイルアプリで購入商品をスキャンして決済する「スキャン&ゴー(S&G)」を導入し、コロナ前から全店舗約600店でサービス提供している。同社報告では、過去3年間でS&Gの利用率は50%となり、顧客の3分の1は恒常的に使用している。NPS(ネットプロモータースコア、顧客ロイヤルティの指標の1つ)でもその利便性は常に90を越しているという。
S&Gはウォルマート部門でも導入されたが、2018年にはウォルマート店舗での使用を一時中断し、2020年からウォルマート+会員制度のみが利用できるように改変した。ただしその利用率などは発表されていない。当時の一時中止理由としては、ウォルマート店舗顧客の利用率が低い、フィードバックが良くなかったというものだった。ウェグマンズでも顧客反応や万引きの多さを理由に2022年9月に撤退している。なのになぜサムズクラブでは利用者が多いのだろうか?理由は商品特性にありそうで、「購入点数が少なく、大型商品が多い」場合には人がいるレジに並ぶより自分でスキャンした方が便利、ということのようだ。
サムズクラブのS&GはEBT、SNAPという食費支援の政府給付金クーポンも使えたり、ガソリンやカフェでも使えるように機能を拡張している。さらに今年1月にはCES(消費者家電ショー)でコンピュータヴィジョン、デジタルテクノロジー、カメラ、AIを使って、出口でレシートとショッピングカートの画像を瞬時に分析し、万引きを防止するゲートを披露、現在10か所でテスト導入されており、年内には店舗数を拡大する計画だ(冒頭写真)。
ブレインコープ(Brain Corp)とテンナントカンパニー(Tennant Company)と共同開発し、2022年から既に店内で使用されていたテンナントの自動床掃除ロボットにブレインのAIオペレーションシステムを搭載して、自動的に棚在庫の①販売価格、②棚割り、③在庫水準、④在庫ロケーションを確認、一日あたり2200万の画像を捉え、分析している。
これもウォルマート部門は当時ボサノバロボティクス(Bossa Nova Robotics)の類似システムを500店舗に導入していたが、2020年11月に中止している。その理由は「コロナで急増したEコマースオーダーによって店舗在庫の変動が激しく、ロボットのスキャンがついていけない」というものだった。売上の56%が食品のウォルマートでは在庫回転が速すぎたということだろう。ここでも商品特性の違いが成否を分けたようだ。
昨今、顧客経験だけでなく従業員経験も重視されているが、サムズクラブも店内従業員向けに「マイクラブ(MyClub)」アプリを提供し、各従業員用にカスタマイズした業務行動、インサイト、必要事項の連絡などができるようになっている。またウォルマート事業従業員と共用で「アスクサム(Ask Sam)」デジタルアシスタントも提供し、業務に必要な情報に迅速にアクセスし、質問もできる。昨年だけで同アプリ上で週当たり平均70万件以上の質問に回答したそうだ。
今年夏にはサムズクラブ初のアイデアファクトリーとも言うべきクラブハウス(3440㎡)が本社のあるアーカンソー州ベントンヴィルに開業する。これは、約40年前に創業者サム・ウォルトンが「サムズクラブは実験だ」と述べた言葉にゆえんする。目的は革新的アイディアをテストし、イノベーション、反復、早期失敗を通じてディスラプション(現状の創造的破壊)を行うことだ。開発は2年前に発表され、本社ビル内会議室ではなくニュートラルな環境で外部のパートナーとのコラボレーションを促進しクリエーションのマインドセットを育成するワークショップスペースで、実際の商品やハードウェアのテスト等を行っていく。
サムズクラブは全世界に1万店舗以上を誇るウォルマートの影に隠れている感もあるが、今回のブログによって逆に異なる事業フォーマット、客層、品揃え、店舗数の少なさによって、グループのDXの実験場として大きな役割を果たしていることを再認識できた。
◎ウォルマートのブログ
小売業界では小型店舗が拡がっているが、レストラン業界でもテイクアウトやデリバリーの増加に伴いテーブル席や駐車場へのニーズが減り、店舗小型化が進んでいる。シカゴベースで10州に80以上のレストランを持つポーティロズ(Portillo’s)は標準店1050㎡(調理コーナーの幅32m)に対して715㎡(同20m)の小型店を出店している。さらに「未来のレストラン」と同社が呼ぶ510~560㎡(同14m)の店舗も開発中だ。
同社CEOのマイケル・オサンルー氏によると、同社レストランは広いのが特徴だったが、より管理しやすいサイズに変更し、現在では収入を落とすことなくより効率的なサイズに縮小できる」。新たな小型店舗は1店舗当たりの売上1000~1200万ドルを生み出すのに必要最低限の売場面積は確保できているという。さらに280~325㎡で店舗年商600~800万ドル規模のドライブスルーやテイクアウトのみの店舗業態にも取り組んでいるそうだ。
このような小型店舗戦略は成熟市場に対する戦略で、不動産企業CBREのシニアVP、ダレル・ヘルナンデス氏は「(従来の店内飲食中心の店舗フォーマットでは)ピーク時には(調理などを行う)後方施設がカオス状態になりがちだ」と指摘している。このため、店内飲食以外の要素ももつ小型店舗を大型店以外にも組み入れることで、売上拡大とピーク時の店内混雑の緩和にも有効だと考えられている。
レストラン業界大手の「ジャック・イン・ザ・ボックス」も最近111㎡のドライブスルー・テイクアウトのみの「デルタコ」一号店を開業した。同店舗はソルトレークシティのドライブスルー・テイクアウト店舗と、ラスベガスのカジノフードコート内の小型店舗からのデータを分析して開発した。従業員はオンラインオーダーをフルフィルするための歩行数を減らすため、設備やコールドフード、ホット-フードの調理ラインの位置を工夫し、より操作が簡単なトースター、従業員が動かなくてもトッピングできるチーズディスペンサーなどを導入した。
小型店は都心などのプライム立地への出店を可能とし、施設縮小で建設コストも下げられる。いずれにしても、どの業界でも「店舗の小型化」は主流となってきた。
最近ショッピングセンターや大都市の繁華街を歩いて感じるのが、日本を始めとするアジア製雑貨を販売する生活雑貨店が急増していることだ。その一社、「ミニソ(Miniso)」は2017年にカリフォルニア州に上陸、昨年5月にニューヨーク、タイムズスクエアに出店、12月にはフロリダ州オーランドのモールに米国100店舗目を開業した。同社は世界20か国以上に6115店舗、そのうち中国国内は2313店舗だ(2023年9月時点)。2020年10月にニューヨーク証券取引所でIPOを果たし6億ドル以上を資金調達した。
同社はロゴから商品ラインアップまで日本のデザインによく似た製品を販売し、ユニクロ、ムジ、ダイソーからさまざまなデザインをまねしたという争論に絶えない。メディア、ヴァイス(Vice)によると2022年8月時点で68件の訴訟があり、そのうち40件以上はコピーライト侵害だという。製品も100%日本のクオリティと謳いながら実は90%以上が中国生産である、企業住所その他のラベル情報が偽物であった、バイドゥの自動翻訳機を使い、変な日本語の表記をウェブサイト他で使用している、などなど。さすがに2022年夏にはミニソは消費者に日本企業だと勘違いさせたことを詫び、「日本色減らす(de-Japanese)」と発表した。このように日本企業から見ると全く好ましくない存在だが、残念ながら当地米国の消費者の間では未だに日本のチェーンストアだとの勘違いも多い。
一方で、米国出店の勢いは止まらず、タイムズスクエアで店舗認知度が高まったため、既に五番街なども視野に入れている。メディア、ホームページニュースがミニソUS総支配人のタイロン・リー氏に取材したところ[1]、タイムズスクエア店では開業日の日商は8万ドルで、全社店舗で最高の売上だったという。同社米国100店舗のうち現時点では全て直営で90%は黒字だという。今後についてはフランチャイズも健闘していそうだ。トレンディなライフスタイルブランドとして米国市場でブランドイメージを固めることを目標にしている。
マーチャンダイジングについては20~30%はローカライズしているとのこと。米国消費者はニッチ商品にはプレミアム価格を払う傾向があり、ブランド(IP、知的財産)志向が強いので、80以上のライセンサーと提携して共同ブランド商品開発を増やしているが、これが売上成長力の大きなバネとなっている。同社広報資料によるとバービー、スヌーピー、ディズニー100等と提携しているとのこと[2]。アイテムではトイとスナックが米国内では非常に人気で、プラッシュトイ(ぬいぐるみ)、ブラインドボックス(中にどんな商品が入っているかわからない商品)も人気でボックスはSKUベースで売上の10%近くを占めている。
しかし中国系雑貨店は他にも勢力を伸ばし始めている。ポップマート(Pop Mart)は世界30か国に450店舗以上を持ち、2022年に一号店を出店、既にラスベガスやサンディエゴ等への出店を進め、全米200店舗も視野に入れているとのこと。ただし具体的な出店計画は明らかにしていない。同社が狙うのは46~460㎡の小型店でのショッピングセンター内出店だ。
同社は北京を拠点とし、香港証券取引所に2020年に上場した。同社もミッキーマウスやハリーポッター等と提携しており、2023年度上半期の売上は3億8500万ドル、対前年19%の伸びだった[3]。
これらを追撃するのが日本のダイソーだ。現在米国には100以上の店舗を持ち、マンハッタン内にも出店している。ただし57丁目の東側住宅地に近いエリアではある。ショッピングモールには大型店も出店し、前2社とは異なり「品質と低価格」を前面に打ち出している。前2社の店舗では若い層がキャラクターものを買い漁っているのに対し、ダイソーでは生活用品を買う客が多く、年齢層も幅広い。とは言え、プラッシュトイはやはり人気で、有名なキャラクターのデザインでなくても複数買ったり、携帯で写真を撮って家族や友人に送り、頼まれたものを買う顧客もよく見かける。
このように、経営倫理上の問題などはあるものの、戦略的に米国消費者をつかみ、市場を開拓している点は間違いない。米国では日本小売企業も頑張っているが、中国勢の成長には無視し得ないものがある。
[3] https://www.modernretail.co/operations/inside-chinese-toy-company-pop-marts-u-s-expansion-plans/
H&Mはマンハッタン内ソーホー店を2月に移転、新装オープンした。910㎡の新店は1ブロック南にあった旧店舗の半分のサイズでレディスに特化している。同店舗は元はファッションアクセサリー、ベルト、ボタン等のロフト型倉庫だったが、歴史を感じさせるレンガの壁面を残しながらコンポラリーな店舗に変身させた。ここではさまざまな実証テストの結果に基づき、新たな試みがいくつも行われている。
同社は2022年11月から2023年8月までブルックリン、ウィリアムズバーグに小型のポップアップ店舗をオープンし、スマートミラーやRFIDによる在庫管理技術をテストした。またH&Mロンドン、バルセロナではプレラブド(以前愛された=中古品の意)商品の再販を行っており、ここからの学びも反映されている。
天井にはRFIDリーダーが下げられており、製品スタイル、サイズ、カラー情報を追跡している。モバイルレジも採用し、15人の従業員がフロアのどこでもレジ精算に対応、また中央に大きな包装台があり、ストックルームは地下に集中している。
売場はファッションショーやイベント用の中央のステージエリア、2面の巨大なLEDスクリーン、オンラインオーダーのピックアップステーション、リサイクル衣料品用ドロップオフの場所があり、試着室にはスマートミラーがある。ミラーでは違うサイズや製品をリクエストしたり、スタイリングのレコメンデーションも行う。
正面入り口の右手には「プレラブド」インショップがあり、北米市場での中古品再販の一号店となる。ニューヨークを拠点とするデザインアーブランドのヴィンテージ品を販売する専門店ジェームス・ヴェロリアが同コーナーの商品を編集している。常時30~40点のラグジュアリーブランドが並んでおり、筆者が視察した時にはジャンポールゴルチェやコムデギャルソンのシャツ、ヴィヴィアンウェストウッドのパンツ、ヴェルサーチのトップス等が全て249ドル、他にはヴィンテージもののボーイスカウトジャケット49ドル99セント等無名でもスタイリッシュな商品が並んでいた。どれもH&M商品より価格が桁違いに高いが、スタイルやデザインがうまく編集されているので違和感なく見られる。
H&Mアメリカズ社カスタマーアクティベーション・マーケティングのヘッド、リンダ・リー氏はファッションメディアWWDの取材に答え、「この店舗はファッションの最先端の商品をコレクションとして紹介し、同時に最新のリテールテクノロジーと組み合わせることで卓越したショッピング経験を提供する。私たちはソーホー店でテストし学び、これを他店でも展開できないか検討する」と述べている。
RFIDで追跡しているのは商品の動きということだが、詳細は公開されていない。ただ、どの商品を多くの人が手に取ってみたか、試着室に入ったか、そのうちどれが購入までたどり着いたか、などは分析されていると想像がつく。店内顧客行動の測定には天井にカメラやセンサーを吊り下げる方法もあるが、既に商品タグについてRFIDデータを使う方が合理的だろう。
高額ブランドの再販も興味深い。H&Mの通常のラインアップより価格は一桁高いが、一点ものだけに筆者の視察中、入店した顧客の2割程度、いかにもファッション感度の高そうな客が迷わず最初に右手のプレラブドコーナーに向かい、製品を手に取って見ていた。ここでの実験が今後どう進化するのかも楽しみだ。
【在米リテールストラテジスト 平山幸江】