1月14日から3日間、ニューヨーク市内ジャヴィッツセンターで開催された同イベントは、今年は参加者数が世界100か国以上から4万人以上、エキスポ出展数1,000以上で190を超すセッションに約450人のスピーカーが登壇した(出典:NRF)。日本からも現地の噂では400人以上が参加したとのこと、会場内で珍しく日本語があちこちから聞こえてきた。
今回のイベントタイトルは「Make It Matter(意味あるものにしよう)」というもので、昨年の「ブレークスルー」に比べると少々曖昧で、何を意味あるものにするのか?という疑問が湧いたが、3日間のイベントに参加後の今、「過去に十分語りつくしたオムニチャネル戦略(今年はユニファイドコマース、という表現の方が多かったが)で顧客経験、従業員経験をさらに高めて、収益拡大、効率化を進めて今年は業績の結果を出そう」というのが真意ではないかと考える。NRFをカバーした米系メディアのほとんどが共通して「今回のNRFはAIの活用がテーマだった」とコメントしているが、AIによって結果を出そう、そのためにはセッションやエキスポでしっかりリテールテックの最先端も学んでくださいよ、というメッセージなのではないだろうか。
2023年のビッグショーは不況が訪れるのではないかという不安と先行きの不透明さにより、ウォルマートを始め大手リテーラーは厳しい一年を頑張ろうというメッセージを発し、その後相次いでその後の業績予測を下方修正したが、結果的に予測以上に消費は健全に推移しホリディ商戦の結果も良かった。2024年の経済予測セッションでCNBCシニアエコノミックレポーター、スティーブ・リースマン氏は「今年の経済成長は過去に比べて比較的穏やかだと思うが、短期的には不況にならないと思う」と述べた。その後の小売販売額、失業率などのデータもこれを支える動きを見せており、2024年の小売環境には昨年より明るい陽が差している。
今年は、例年米国小売業界の重鎮たちがその年のヴィジョンを語るキーノートセッションより、事業部門長、統括役員レベルがより具体的に経営戦略について話すフィーチャードセッションに聞きごたえを感じた参加者が多かったようだ。セッションテーマの最多はAI関連で、タイトルにAIが入るものは30以上、そのうち多くは生成AIに言及していた。
これらのセッションからわかったことは「米国小売企業の多くは既に生成AIを何らかの形で使い始めている」ということだ。生成AIの活用法として以下のような事例が紹介された。
生成AIに次いで注目されていたのがリテールメディアだ。インサイダーインテリジェンスの前プリンシパルアナリスト、アンドリュー・リップスマン氏は多くの小売企業参入で推定市場規模は23年に67億ドル、平均年成長率37%で27年には240億ドルに成長すると予測。最近の注目すべき動きとして、①2022年3四半期以降ウォルマートの広告費用対効果(ROAS)がアマゾンやインスタカートを大きく上回り(図表1)、②オフサイト広告支出が成長(図表2)したと報告した。また小売販売の85%を占める店舗のメディアへの期待は大きく、既に月間ユニークオーディエンスリーチではウォルマートは米国4大TV局平均の1.7倍程度に相当している(図表3)。
一方で、小売企業がデジタルマーケティングやデータサイエンスといった高度に専門的な領域に参入し、まして店舗という新しいメディアを広告事業化する点については、簡単に結果を出せる領域ではない。セッションには、ウォルマートコネクト、ウォルグリーンズアドバタイジンググループ、アルバートソンズメディアコレクティブ、CVSメディアエクスチェンジ等が登壇し、以下のような共通の課題について議論した。
他にもブランド戦略やサプライチェーンマネジメント等についてのセッションもあったが、経済予測に明るさが見える今年は、AI活用のような中長期成長戦略に向けて投資してもらいたい、というのがNRFからのメッセージだったようだ。
昨年9月にアマゾンウェブサービシズ(AWS)は、エイブリィデニソン社と提携して、ジャストウォークアウト(JWO)システムとRFID技術を合わせて開発したレジレス店舗をNFLシアトルシーホークスの本拠地、ルーメンフィールド内の店舗「ザ・プロショップ・アウトレット」に実装した。この店舗では入口、出口にゲートがあり、出口でクレジットカード、デビットカードをタッチするか、手のひら認証のアマゾンワンでゲートを通過すれば支払いが終了する。この開発を担当したJWOテクノロジーVP、ジョン・ジェンキンス氏とエイブリィデニソン、グローバルRFID市場開発VP、ビル・トニー氏が登壇し、JWOシステムの新たなアプリケーションとして事例を紹介した。
アマゾンは同店舗開発前の昨年春に、アマゾンのクライメートプレッジアリーナ(シアトル市内)にテスト店舗を開業している。ルーメンフィールド内店舗はテストではなく実際に営業する店舗への適用だ。ジェンキンス氏は「通常のJWO店と比較してRFID店はコンセプトから開業まで6週間しかかからず、非常に早く設置でき、既存店にも導入できる」と紹介した。ただしシステム開発自体は3年かかったそうだ。
同店舗を開発したきっかけは、通常のJWO店は食品、飲料しか販売しないが、同店舗はロゴ入り衣料品や帽子などアクセサリーを販売し、パッケージに入れず、顧客がその場で試着するため、コンピューターヴィジョンベースのシステムには課題が大きく、カメラが正確に商品を追跡するのが不可能な場合もあるためだ。しかしRFIDの導入で新たな可能性が拡がったと述べた。
特徴としては
トニー氏は、RFIDは従来アパレルのみと思われていたが、現在そのほかのゼネラルマーチャンダイズにも使用されていると指摘し、全商品にタグづけの必要があるが、それができていればどんな店でもレジレス化が可能だと説明した。またRFIDタグが付くことで在庫管理や欠品防止の精度も上がる。
ジェイキンス氏は次のステップは何かという質問に対して「今回のようにJWO店に別の新テクノロジーをブレンドして、新たなリテール経験を提供できるのではないか」と述べた。
現在米国内でレジレス店舗数が最も多いのはアマゾンで、23年9月22日時点でアマゾン直営店70以上、第三者が運営するライセンス供与店は85以上。後者はスタジアム内、空港内、大学キャンパス内のコンビニエンスストアで、ごく一部は英国、オーストラリアにも出店している。これに次ぐのがジッピン(Zippin)で、スポーツビジネスジャーナルの推定で,23年2月時点で100店舗以上をレジレス化している。食品飲料販売大手、アラマーク・スポーツ+エンターテイメントと提携したのちスタジアム内出店を加速させ、昨年9月にはアクリシュアスタジアムを含むNFLスタジアム4か所の「ウォークスルーブル(Walk Thru Bru)」店をレジレス化した。ここではビールなどアルコール飲料も販売するため、写真付きID自動認証システム「IDミッション(IDmission)」も併せて実装した。利用客は事前に政府発行ID、クレジットカード情報、自分の顔写真を登録し、店のゲートで顔をスキャンすると成人かどうかを自動認証されてアルコール飲料の購入ができる。他の商品も含めて課金は出口で行われる。今後このシステムはスタジアム内70か所に実装する計画だ。
AiFiは19年からポーランドのザブカ、フランスのカルフール、英国アルディ等ヨーロッパで100店舗以上をレジレス化し米国市場での展開は遅れていたが、昨年1月マイクロソフトと提携し、6月にダラージェネラル、8月にデンバー大学とサンディエゴ大学キャンパス内のコンビニ、12月にNFLフィラデルフィアイーグルスの本拠地、リンカーンファイナンシャルフィールドの「オンザフライ・エクスプレショップ」2店をレジレス化し、今後米国市場にも急拡大の様相を見せている。同社のシステムは天井のカメラ、コンピュータヴィジョンで動きを捉え、什器にセンサー類を取り付けないためシンプルな作りで低コストが特徴だ。
レジレス技術に限らないが、高度なテクノロジーもコストとのバランスが要で、収益確保が見込めるかどうかが意思決定に影響するフェーズに入っている。大手が発表しているだけでも全米に300弱のレジレス店舗があり、これに加えてスマートカートや、AIを活用したセルフレジシステムなどを含めると、既に相当数のレジレス、またはこれに近いテクノロジーを米国消費者が日々利用していることになり、量産のコストダウン効果も具体的になってきているのだろう。アマゾンゴーが1号店をオープンしてからちょうど6年目、レジレス店は人々に利用されながらさらに進化していくのだろう。
https://youtu.be/tgJLMI0b90c : AiFi x Compass Group: Opening the first autonomous store in Ireland, the Market x Flutter Store
【在米リテールストラテジスト 平山幸江】