セルフレジは米国市場に着実に増えているが、一方ではセルフレジの是非についての議論が活発になってきている。セルフレジを導入する理由は、①レジ要員削減による人件費削減、②買い物点数の少ない顧客にとってはスピーディに買い物できる、が挙げられる。しかし①のコスト削減は理論的にはそうなるはずだが、今のところ立証はされていないではないか、という声が上がり始めている。他方のセルフレジ否定派の理由は、①顧客によるレジでの不正の増加、②顧客がレジ操作を上手にできない結果、全体の待ち時間が長くなる、③機械操作を不得意とする高齢者や一部の顧客に差別的に負担が大きくなる、④レジ操作を間違っただけなのに顧客がレジで不正をしたとして不当な処置を受けたり、これに腹をたてた顧客が訴訟を起こすリスクがある、などだ。④はウォルマート・アラバマ州センメス店でレジ不正を行い48ドルを奪ったとして逮捕され、ウォルマートや地元警察に何度も不当に罰金を支払わされたレスリー・ナースさんの判例が有名で、5年かかって21年に勝訴したナースさんにはウォルマートから210万ドルの賠償金が支払われた。
ウォルマートは向こう2年間に90億ドルを投資して1,400店舗を新フォーマットに改装する計画でセルフレジも拡大するが、その一方でニューメキシコ州内の数店舗からセルフレジを全廃した。ショップライトもデラウェア州内の店舗から撤廃している。ウェグマンズは本レポート22年10月号で既報の通り、スキャン&ペイ型モバイル決済を終了している。これらは全てメリットよりデメリットが大きいとの判断からで、特に顧客サービスの低下とレジ不正の拡大、を理由に挙げている。
コストコは会員しか入店・購入できないが、恐らく違法な手段で入手した他人の会員カードを使って購入するケースの増加によって、セルフレジの監視スタッフの数を増やし、もともと行っていたセキュリティガードによる出口でのレシートと購入商品内容の確認体制を強化している。また同社幹部は減耗率の増加について、一部の要因はセルフレジの普及だと公の場で言及している。
このような状況の中で最初に出てくる疑問は「本当にセルフレジはコスト削減に役立っているのだろうか?」だろう。実はここが数字ではっきり見えていない。全米小売業協会(NRF)の2023年リテールセキュリティサーベイによると、平均減耗率は21年度1.4%から22年度1.6%に増加、業界全体で1,121億ドルの損失となっている。ただし減耗には下の円グラフのように様々な要因があり、この中でセルフレジの不正による金額は公表されていない。
もう1つ注目したいのが1店舗当たりの平均従業員数の変化(下の図表)で、どうやらセルフレジ導入率の高いスーパーマーケットでは1店舗当たりの平均従業員数が増加している。もっとも、この増加はEコマースオーダーの店舗からの出荷の増加による人員増強の影響が大きいのではないかと筆者は考えている。
とは言え、少なくとも店舗では仕事が増えていて、それなのに労働力不足の影響で人手が足りない、という状況の中、顕著な人件費削減効果がなくてもセルフレジは導入せざるを得ないことになる。ただしデメリットも見えてきたので、明らかにデメリットが大きい店舗ではセルフレジを撤廃、というのが現在の暫定的な対応なのではないだろうか。と、この原稿を書き終える直後にダラージェネラルが全店セルフレジ撤廃のニュースが入った。理由は第3四半期の既存比がマイナス1.3%、減耗率の拡大で利益が圧縮されたためだ。セルフレジ撤廃を補うため、人件費に追加で1億5,000万ドルの予算を組み、そのうち5,000万ドルは店舗を巡回し在庫管理を手伝う「スマートチーム」予算から補填する。同社の中心顧客は郊外よりさらに都心から遠い地域の低所得者層だ。トッド・ヴァソスCEOは「セルフレジは一部の店舗で顧客に利便性を提供できたが、フレンドリーな従業員によるレジ業務の重要性を変えることはなかった」と婉曲な表現で有人レジの必要性に言及している。またビジネスインサイダーは、最近の調査でセルフレジで購入アイテムを全部スキャンしない率は有人レジより21倍高いことを引用している[1]。
識者の中には、最終的にはカメラやセンサー、スマートカート等を使ったレジレス技術が普及するのではないかと見る人もいるが、こちらは初期投資の問題がある。しかしコストが十分に下がるのであれば、在庫管理上でも店内購買行動分析上でもメリットがあるレジレス化の普及もあり得るのかもしれない。セルフレジを取り巻く状況も来年には方向性が見えてくるだろうか。
アマゾンゴー同様にカメラ、センサー、コンピューターヴィジョンによるレジレス技術を開発したスタンダードAI社は11月半ば、「ゾーンモニタリング」プログラムを発表した。現時点では対象をコンビニエンスストアに限定しているが、タバコ、アルコール、グラブ&ゴーの食事等、価格の高いゾーンに限定してカメラとコンピューターヴィジョンで当該ゾーンを監視し盗難対策を行う。
1ゾーン当りに3~5台のカメラを設置し、什器棚や周辺の商品や人の動きをヴィジュアルAIがモニターする。棚上の商品が欠品するとリアルタイムで在庫管理チームに警告を送る。カメラは人の動きをビデオ撮影しているため、実際に万引きが発生した場合システムがアナリティクス、傾向、インサイトを提供し、当該ゾーンの盗難のパターンをより深く分析し、防犯に役立てることができる。1ゾーン当りの月額サービス料は100ドルからで、低額であることも魅力だ。このシステムはまだ今後さらに進化させる計画で、近い将来ID認証、POSエリアおよび無効となった支払いのモニタリング、現金取り扱い現場の監視、棚割り図との整合性なども監視できるようになる計画だ。
米国では小売店舗を狙う万引きや集団強盗が後を絶たず、前述の通り小売販売額の1.6%相当が盗まれている(全米小売業協会調べ)。加えて、セルフレジの拡大によるレジでの不正も増加している。しかし現行犯逮捕が難しい領域であり、小売業界が一般的に行っていることは「監視体制の強化により万引きの証拠を蓄積し、証拠が固まった段階で次に入店した際に取り押さえる」という方法だ。この領域をリードするターゲットでは顔認証を使ったビデオ分析で容疑者を特定し、推定累積窃盗額1,000ドルを超えた段階で入店時に警備員が取り押さえ、警察に証拠と共に引き渡す。しかし、スタンダードAIは顔認証技術と顧客のデモグラフィック情報分析は行っていないと発表しており、レジレス技術を応用して商品と人の動作分析、リアルタイムな在庫と売上データ分析から判断するという。同社のシステムがターゲット他の防犯システムより優れているのかどうかは現段階では判断できないが、店内に一歩踏み入れた瞬間に自分の行動はすべて追跡される時代が始まっていることだけは確かだ。
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11月からメタとアマゾンはフェイスブックおよびインスタグラムのユーザーがそのアカウントをアマゾンのアカウントと接続すれば、フェイスブックまたはインスタグラムを離れることなく広告から直接アマゾンで購入できるようになった。以前からフェイスブックやインスタ上の広告をクリックすれば購入できたのでそれほど驚くような機能アップでもないように見えるが、メディア、マーケティングダイブのコンテント・ソーシャルメディアマネジャー、アンドリュー・ハッチンソン氏の分析によると、以下が重要なポイントだという[2]。
従って今回の提携によってメタの広告事業でより精度の高いターゲット設定やオプティマイゼーションができるようになるわけではないと同氏は分析している。しかしアップルiOS14のアップデートによってメタのアプリでの顧客追跡が制限された現在、メタはこのダメージをアマゾンとの提携で多少なりとも補うことができるかもしれない、と指摘している。少なくとも米国内だけで1億6,700万人と推定されているプライム会員に利便性を提供することで、メタのアプリ内でのショッピングが拡がれば、メタにとってプラスにはなるだろう。
アマゾン側にとっても、メタのユーザーに一歩近づくことができる。アマゾンはソーシャルメディアが苦手だ。以前プライムエコシステムに取り入れるためにスパークを立ち上げたが19年に撤退、同年ライブストリーミングショッピングを立ち上げ現在も継続しているが、非常に商業的でソーシャルメディアの要素はほとんど無い。
一方1億5,000万人のユーザーを持つティックトックは9月に「ティックトックショップ」を立ち上げた。同社はフィーダーのページのショップのタブを入れ、ショッパブル広告、アフィリエートプログラムも提供し、クリエイターにコミッションも支払う。最も注目すべきは「フルフィルド・バイ・ティックトック」で、メタとは異なり自社でロジスティクスも管理する。今回アマゾンがメタと提携したのも、ここへの対抗の意味もあるだろう。ただしフォーブスのコントリビューター、ローザ・エスカンドン氏はライブストリーミングショッピングの難しさを指摘している[3]。フェイスブックもインスタグラムもライブストリーミングにショッピング機能をテストしたものの、現在は停止している。
従って、一見脅威に見えるティックトックショップだが、今後どうなるかは成り行きを見ないとなんとも言えないという声もある。700万人以上のフォロワーを持つクリエイター、ノア・グレン・カーター氏はティックトックのコマースに関連して「アルゴリズムが過剰に広告を出していたが、ピークを過ぎたら消えていった」とコメントしている。他のクリエイターもまだ自分のショップ開業の準備中なのに広告がどんどん出るなどの苦情を述べているそうだ。しかし、個人のクリエイターが多いティックトックのコマースが軌道に乗れば、アマゾンとは異なる新たな市場が急成長する可能性はある。ソーシャルメディアとしては既にピークを迎えているフェイスブックやインスタグラムが警戒するのも無理はない。
1位フェイスブック、2位インスタグラム、3位ティックトック、4位ピンタレスト
今年も数多くのメタバースが登場した。メーシーズは10月にデジタルとフィジカルを橋渡しするファッションプラットフォーム「マイスタイルラボ(mystylelab)」を立ち上げた。メタバース上にはメーシーズ感謝祭パレードをテーマにしたビデオゲームでポイントを稼ぐと賞品をもらえる「パレードゲーム」、新PBの「On 34thショップ」がある。ゲームの賞品の中には3Dデジタル塗り絵もあり、自分で色を塗った作品を実商品やNFTとしてもらうことも可能だ。
ショップではマンハッタンの街並みのようなヴァーチャルな景色の中で巨大に拡大されたOn 34thの服がランウェイを歩くように移動する様子が見られる。ショップでその服を購入したり、コレクション画面についているSNSのスナップチャット用スナップコード(QRコードのような2次元コード)をスキャンすると、自分が今いるリアルな空間を背景にそのコレクションをヴァーチャル試着もできる。
従来はファッションブランドがメタバースに参入する際には、ロブロックス等ゲーミングプラットフォーム上にブランドのワールドを構築し、ヴァーチャル商品の販売は同プラットフォーム上で行うケースが多かったが、メーシーズのメタバースは同社ウェブサイト、モバイル上に構築されている。このため、プレイや購入するためにはメーシーズドットコムのアカウント情報でログインするか、アカウントを作ることになる。これは、メタバースとメーシーズ・スターリワーズ会員制度が連結したという点で、確かにヴァーチャルとフィジカルが一歩近づいたと言えなくもない。
同社のメタバースも他社同様、10代~30代の若い世代に彼らの目線、彼らの方法でPB商品を紹介し、おもしろがらせ、購入に結び付けるというのが狙いだ。このメタバースを「若い世代」から遥か遠い筆者が試したところ、ゲームは筆者でもできる簡単なものでちゃんと的をヒットしていなくてもポイントをゲットでき、さすがのオバサンにも少々物足らない感じだ。賞品はアイディアとしてはおもしろいが若い世代が本当にそれを欲しがるかは未知数、ただスナップコードでヴァーチャル試着ができる部分は、スナップチャットユーザーであれば共有が簡単で良いかもしれない。いずれにせよ、今後継続的に進化させるそうだ。
もう1つファッション業界で話題になっているメタバースはJクルーのホリディ版メタバースで、スキー場を舞台にゲームをしたり、レディスアパレルとアクセサリーを紹介・販売するスノーロッジ、よびメンズアパレル用のスキーシャレ-でショッピングも楽しめる。同メタバースはファッション業界の大手を数多くクライアントに持ち、美しいアートワークで知られるオブセス社が開発した。メーシーズに比べてJクルーのメタバースは一般的なビデオゲームのように目まぐるしい画像ではない。ユーザーのペースで美しいヴァーチャル空間とショッピングをゆっくり楽しめ、大人のメタバース、と筆者は感じている。メタバースを実業の販路と考えるなら、こちらの方が売上に直結しそうな印象を持った。
☆実際に試したい方はこちらへ
【在米リテールストラテジスト 平山幸江】