掲載日:2023/10/20

「グローサリーショップ報告:リテールメディア」他 : ニューノーマル時代で変わる小売業Vol.38

グローサリーショップ報告:リテールメディア

グローサリーショップ、リテールメディアのセッションより。左からコカコーラ-カンパニー、サイモン・マイルズ氏、モンデレーズインターナショナル社ジー・チェン氏、レキット社イムティーズ・アハメド氏、インサイダーインテリジェンス社アンドリュー・リップスマン氏 撮影:平山 グローサリーショップ、リテールメディアのセッションより。左からコカコーラ-カンパニー、サイモン・マイルズ氏、モンデレーズインターナショナル社ジー・チェン氏、レキット社イムティーズ・アハメド氏、インサイダーインテリジェンス社アンドリュー・リップスマン氏 撮影:平山

 

 全米にはさまざまな小売業界コンファランスがあるが、代表的なものの1つ、スーパーマーケットとCPG(消費財メーカー)に焦点を絞って開催するグローサリーショップが9月19日から21日までラスベガス、マンダレーベイホテルのコンベンションセンターで開催され、4000人以上が参加し400以上のリテールテック企業が展示会に出展した。現在米国消費市場は長引くインフレで消費が冷え込み、10月のアマゾンプライムディを皮切りに実質的なホリディ商戦が始まるが、全米小売業協会も当初の今年度売上成長率予測4-6%を下回るだろうと報道している。

 今年1月の全米小売業協会年次総会ビッグショーでは、リテールテクノロジーを活用した経営効率化だけでなく、組織文化の多様化を含めたサステナブル経営、地球環境保全のためのサプライチェーン革新など、中長期視点からの広範囲な経営論が議論されたが、グローサリーショップでは約50の講演セッションは一言で言えば「売上より利益確保」の色合いが濃いイベントだった。リテールテックもサプライチェーン効率化スタートアップ企業がセッションで紹介された。

 全セッションを通じてのキーワードは「ユニファイド・コマース」と「効率化」だったが、ユニファイド・コマースとはオムニチャネル戦略の発展形として使われている様子で、定義はハッキリしていないが「店舗とEコマースのデータ、オペレーションが統合され、AIやロボット等リテールテクノロジーに支えられたプラットフォーム」のようだ。この結果顧客経験も経営効率も向上する。

 「効率化」ではAIやロボットを活用したサプライチェーン全体の効率化が注目され、売上増加が期待しづらい時期にコスト削減を徹底的に行い利益を確保する、という流れだが、新たな視点としては、小売企業の新たな収入源として期待されているリテールメディア(RM)は経営効率を上げるためにも活用できる、というものだった。登壇企業からはその具体的な課題と方策がいくつか提示された。

 

【データの共有】

 コカコーラカンパニーオムニチャネルコマーシャル戦略VPサイモン・マイルズ氏は、CPGブランドとリテーラーがデータを共有し、同じ目標を持つことの重要性を説いた。そのためにはRMがトランスペアレンシーを強化し、信頼の構築が不可欠とも述べた。両者の協力によってオムニチャネルでより良い消費者経験を作る、という点は今年1月のNRFや3月のショップトークでも別のCPGが強調していたが、そのボトムラインにあるのは従来リテーラー=バイヤー、CPGやサプライヤー=セラーという力関係があり、これを前提に広告取引が始まることへの警戒感だ。例えばCPG側が棚割りを確保するためRMでも最低限のおつきあい広告を出稿する、あるいはそれを暗に勧められるという状況が既に始まっていることを匂わせていた。

 ガートナー社の直近調べでは、全業界の売上高におけるマーケティング費用は21年平均6.4%が22年9.5%に上昇している(図表)。業界平均では上位だったCPG業界は21年8.3%だったが22年8.0%に下がっており、一方で金融、メディア、テクノロジー製品、製造業が大きく予算を増やし9~10%になっている。広告費用はこの一部だがトレンドとしてCPG業界はマーケティングコストを削減する方向にあり、その中でRMへの新規投資が以前ほど楽ではないという状況もあるのかもしれない。

業界別マーケティング費の売上構成比 2021~2022年 出典:ガートナー社広報資料 2022年5月 業界別マーケティング費の売上構成比 2021~2022年 出典:ガートナー社広報資料 2022年5月

 

【広告測定の精度向上のための標準化】

 リッツクラッカー、オレオクッキー等を製造販売するモンデレーズインターナショナル社デジタルコマースヘッドのジー・チェン氏は「RMは小売企業によって内容や評価基準が異なるので標準化して欲しい」と述べた。これは3月開催のショップトークでも別の大手CPGが力説したポイントで、例えばウォルマート、クローガー、アマゾンなどに出稿しても広告効果基準が統一されていないので、広告効果を比較できない、ということだ。この課題はソーシャルメディアにもあるが、今から本格化するRMでは初めから釘を刺しておこう、ということだろう。

 

【ロイヤルティプログラムとライフタイムバリュー】

 健康・衛星・栄養関連のクレラシル、フィニッシュ、メディキュット等を製造販売するレキット社パフォーマンスマーケティングヘッドのイムティズ・アハメド氏は「ロイヤルティプログラムは重要だが、まだ店内タッチポイントでの経験が十分に活用されていない」点を指摘し、ここにチャンスがあると述べた。結局RMの最大の強みは売上の85%が創出されている店舗で、ここは他のメディアは勝負できない。店舗内で膨大にある商品の中から自社ブランドが発見されるような仕掛けを作ってくれれば話にのろうではないか、ということだろう。

 

【生成AIとプライバシー問題】

 ダラージェネラルのチーフマーケティングオフィサー、チャッド・フォックス氏は生成AIを顧客データ分析に活用し、マーケティング上でレコメンデーション等をできるようになったことを紹介した上で、生成AIやRMで避けて通れないプライバシー問題に触れ、顧客のプライバシーは重要とした上で「マーケターはプライバシー問題を怖がらずに実践することでよりベターにデータを活用できるようになる」と述べ、RMについては「他社がやっているからやってみる、ではだめだ」とコメント、「やるなら、やる理由とどのように差別化するのかが明確で、ターゲットすべき客層、需要、データセットを検証していけば売上増加の効果を見られるだろう」とアドバイスした。

まだチェーンストアによるRMは始まったばかりで、デジタルメディアのRM市場シェア75%を占める[1]アマゾンにはなかなか太刀打ちするのは難しい。しかし店舗メディアはまだほぼ手つかずで、レジ周りを始め、什器、壁面などさまざまな可能性が拡がっている。ただし店内があまりにも広告だらけになってしまったら、顧客経験はぐ~んと下がってしまう。可能性は膨らむが、顧客を中心にスマートな戦略と多くの試行錯誤が必要なようだ。

 

[1] eMarketer, ‘US Digital Retail Media Net Ad Revenue Share by Company’, 2021年10月調査





インスタカートIPOで注目されるコラボラティブパワー

インスタカートのIPO時の記念写真 出典:インスタカート社広報資料 インスタカートのIPO時の記念写真 出典:インスタカート社広報資料

 

 食品配送のインスタカートが9月19日ナスダックに上場した。米国のIPO市場は長らく冷え込んでいたが、夏以降、英国のテクノロジー企業アーム(Arm)社、地中海料理レストランチェーンのカヴァ(Cava)社が上場し、250年近い歴史を持つドイツのサンダルメーカー、ビルケンシュトック(Birkenstock)社もまもなく上場、久々に金融市場も活性化しつつあるが、株価は10月2日現在アームは上場時から12%下落、カヴァは19%下落、インスタカートは10%下落しており、各企業の下半期の業績見通しも楽観的ではなく、まだ本格的な回復とは言えないようだ。

 インスタカートは全米の大手から中小スーパーマーケットまでを中心に食品を配送する企業で、現在14,000以上の都市でスーパーマーケット1,400ブランド以上、8万店以上のオーダーを配送している。配送サービスのカテゴリーでは先に上場したウーバーやドアダッシュなどと比較されることが多いが、同社は食品にフォーカスしたことでコロナ時に爆発的な成長を遂げ、その後も安定的に成長している。しかし配送サービスはコストが重く、もともと利益率が低いスーパーマーケット企業をクライアントとするためサービスフィーを大きく課金できない。そこで当レポートでも何度かご紹介したように、インスタカートは配送事業に加えてフルフィルメントやEコマース、広告、スマートカート、分析システムを統合したプラットフォーム事業も提供している。

 同社業績は2022年度は売上高25億ドル、対前年39%増、当期利益は4億2,800万ドルだ。22年度から黒字化しており、この点は赤字が改善しないウーバー、ドアダッシュ、リフト等とは一線を画す。しかしオーダー数は2022年度が2億6,280万件、直近12か月では2億6,320万件、総取引額は同288億ドル、294億ドルと成長が緩やかになっている。インフレの影響で配送料を払うより自分で店舗に行って買い物する人が増えているのが原因だ。アナリストたちは配送利用者が頭打ちになれば、広告事業やソフトウェア事業にも影響が出るのではないかと指摘している。

 とは言え22年度のネットスーパー取引総額はウォルマートに次いで2位、アマゾンを超えている(eマーケター推定)。ラストマイル配送はフルフィルメントや配送コストが高く、中小企業が自社でシステム構築しにくいが、大手でもマージンが薄い会員制ホールセールクラブのコストコやハードディスカウンターのアルディもインスタカートを利用している。

 今年のNRFビッグショーではアメリカンイーグルアウトフィッターズの子会社が百貨店やアパレル専門店、製造業者とEコマース用フルフィルメントセンターおよび配送網を共用することで、規模のメリットを生み出すコラボラティブコマースネットワークの事例を紹介した。米国小売のDXはウォルマート等大手がリードしていたが、今後はこのようなコラボラティブの力が重要になるのだろう。





メタバース:ウォルマート再挑戦

ウォルマートの最新メタバース 上:「スーパーキャンパス」、下:「ハウスフリップ」「ホーム・ショーケース」 出典:ウォルマート社広報資料 ウォルマートの最新メタバース 上:「スーパーキャンパス」、下:「ハウスフリップ」「ホーム・ショーケース」 出典:ウォルマート社広報資料

 

 昨年9月に初めて「ウォルマートランド」と「ユニバースオヴプレイ」をゲーミングプラットフォーム、ロブロックスに開設しメタバースに参入したウォルマートは、メタバースとの取り組みは本気だとコメントしていた。しかし両方ともあまり評判を呼ばずユニバースは今年春に引き下げられたが、その後も続々と新たなコンテンツを開発している。

 今年春にはゲーム開発のFUN-GIと提携し、ヴァーチャルに家を改装し販売できる「ハウスフリップ」を提供し、店舗で販売しているグリデンペイントと提携して同ブランドのペンキの色をヴァーチャル体験でも使えるようにした。同ゲームは最初の1か月で1,200万のインプレッションを獲得した。9月にはヴァーチャルDIY製品の一部をロブロックスから離れることなく購入できる仕組みを提供開始し、メインステイズ、ベターホーム、ガーデンズのブランドをハウスフリップに追加投入した。

 また8月に新学期商戦プロモーションの一環としてロブロックスに「スーパーキャンパス」を開設した。筆記用具のビック(BiC)、クレヨンのクレヨーラ、付箋のポストイットと提携し、これらのヴァーチャル製品を使って創作的なゲームを楽しむことができる。同時にファッション分野にも拡大し、ウォルマートが販売するアパレルブランド、スクープのヴァーチャル商品をメタバースプラットフォーム、ゼペート(ZEPETO)上の「ランウェイZ」で購入できる。

 昨年9月は単純にゲームやヴァーチャルイベントを提供したが、今年はより実店舗・Eコマースへの誘導が可能となるコンテンツでメタバース開発に取り組んでいる。カテゴリーもホーム、文房具、ファッションと変え、オケージョンや年齢ターゲットも変えてテストしている。

 筆者も一念発起し、今のところ小売企業によるメタバースの取り組みで成功事例とされているナイキやチポレメキシカングリルのメタバースで実際にゲームをやってみたが、ビデオゲームなどほとんど触ったことが無い人間でも、なんとなくおもしろそうだということは感じる。ゲームやヴァーチャル体験としてよほどおもしろいか、魅力的なリワード等の実益を伴う動機づけがないとメタバースをマーケティングチャネルとして活用するのは難しいのではないか。しかし開発を通じてウォルマート顧客にとってそれは何か、を探しているのだろう。





個人的体験に基づくアマゾンのセラーパッケージ制度の現状

 

 アマゾンは配送収益力を強化するため、セラーがアマゾン配送箱を使わず自社製品のパッケージのまま配送できる制度を拡大している。同社はAIが製品の寸法、形状、重量等に応じて梱包を最適化するシステムを使い、セラーが自社の梱包材の耐久性強化やブランディング面でデザインし直す際の支援サービスを提供している。2022年には全世界のアマゾン出荷の11%がセラーのパッケージで配送された。2024年にはフルフィルメントバイアマゾン(FBA)を利用する全セラーに拡大する予定だ。

 同プログラムはセラーにとっては①顧客へのブランディング効果、②FBAフルフィルメントフィーを削減できる上自社パッケージのデザインによってはさらにコスト削減が可能、③環境保全への貢献、というメリットがある。もちろんアマゾン側にも②と③の効果がある。しかし、顧客経験はどうかと言うと、最近下がってきているという評価も出ている。さてここからは筆者の個人的体験だ

 

 左は筆者が受け取ったアンチョビ5缶パックだ。コロナ前に購入した時はメーカーのバブルラップ(気泡緩衝材)の袋に入った上アマゾンの箱に入っていたが、今回はバブルラップだけだったため、外圧により缶が3つ完全に押しつぶされ、そのうち2缶から中のオリーブ油が漏れ、写真のように哀れな姿で到着した。2缶は破損により食べられない状態だった。食品なので返品不可だが抗議をしようと30分ウェブサイトと格闘したものの、結局セラーのフィードバックに星1つをつけ状況をコメントするのが精いっぱいだった。ちなみにレビューを見ると5つ星68%、1つ星32%と真っ二つに分かれている。5つ星は「とにかく美味しい」とべた褒めで、1つ星は筆者同様、配送中の缶の破損と返品不可への苦情だった。

 右の写真はある米系ブランドの衣料品だが、まさにこの状態で配達された。しかもビニール袋の口が開いたまま。住居の管理人から笑顔でこれを手渡された時には思わず「えっ、外箱は?」と尋ねてしまった。開封状態で届いたのですぐ洗濯したいが、手が不自由な親へのプレゼント用の品なので渡す前に洗う訳にはいかない。またタグ情報等で身障者向けデザインであることがわかり個人情報も丸見えだ。複数のメディア報道では郊外に住む顧客たちが玄関に配達された商品の中身が外から丸見えのため、盗難されるのではという懸念が拡がっているとのこと。

 顧客経験を犠牲にしてでも進める配送効率化。Eコマース事業のコスト問題の深刻さが垣間見える。







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【在米リテールストラテジスト 平山幸江】


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