40年来最悪のインフレ下、特にアパレル等不要不急の領域では消費マインド低下の影響をもろに受けているが、そんな中、ヨガウェアのルルレモンは未だに毎期二桁成長を続けている。しかも当期利益も歳末の在庫調整販促で利益が前年を大きく下回った23年1月期以外は同様に二桁成長だ。直近の7月期は売上高22億ドル、前年同期18.2%の伸びで既存比7%増、アナリストの売上予測を1.7%、一株利益を5.5%上回った。同社は年間売上予測を当初より6,000~7,000万ドル、年間一株利益高も23~28セント上方修正した。
同社と必ず比較されるナイキは、売上高は22年11月度、23年2月度で在庫処分プロモーションの後押しで二桁成長したものの、重要な中国市場にコロナ後まだ弱さが残り以前の成長率に戻っていない。サプライチェーン問題による過剰在庫に悩まされ、販促強化のため当期利益は2期連続二桁マイナス成長だ。
それにしても、ヨガウェア、アスレチックウェア市場は新旧ブランドで大混雑なのに、ルルレモンはなぜこんなに強いのだろうか?多くのアナリストや識者が指摘するのは「草の根のコミュニティベースのマーケティング」だ。TVを始めマスメディアにセレブリティや著名アスリートを採用して消費者の心をつかんできたナイキとは異なり、同社には創業当時から「アンバサダー」と呼ばれるファンのネットワークがある。ファンと言っても誰でもなれる訳ではなく、①「スウェット(汗)」:ヨガやランニングを本格的にやる人、スタジオオーナー、アーティスト、先生などコミュニティのために働く人、②「グロウ(成長)」:人として職業人として成長を目指す人、③「コネクト(連携)」:地元のコミュニティとの関係を重視する人、という3条件を満たし審査に通る必要がある。アンバサダーは新製品の試着やルルレモン主催の参加者限定イベントに参加できる。さらに「スウェットコレクティブ」プログラムがあり、パーソナルトレーナー、アスリート、ジムインストラクター、コーチが参加でき、製品割引25%と招待者限定イベントへの参加、製品やデザインについてのフィードバックを提供することもできる。
両プログラム参加者はアフィリエートプログラムの一環で、コミッションも得られる。他にもSNSで3,000人以上のフォロワーを持つか、インスタグラムのクリエイターまたはプロ・アカウントを持つ人は「クリエーターネットワーク」に参加でき、新製品情報やプロモーションなどを紹介してコミッションを得ることができる。
同社はアンバサダー他の人数を公表していないが、実際に自分もヨガやスポーツをするアンバサダーたちが製品の信ぴょう性を支えて、ディスカウントは最小限で済む戦略が現在の成長率を支え、プレミアムマーケットを構築している。さらに、2020年に買収したホームフィットネスのミラーを軸に2種類の会員制度、年会費無料の「エッセンシャル」と、995ドルのミラーの購入をした「スタジオ」があり、エッセンシャルには900万人の会員がいる。
ルルレモンは中古品の再販市場でもブランド力を発揮しており、オンラインリセール最大手のスレッドアップ社の取引ブランドトップに入っている。ヨガウェアとしては高額だがプレミアムデニムなどよりは安く、インフレでもプチ贅沢でき、ヘルス&ウェルネス志向にもマッチすることでユーザーを元気づける、そんなバリューが今の世の中に重要というメッセージだろう。
8月24日、中国発ファストファッション、シーインがオーセンティックブランズグループ(ABG)とSC開発運営のサイモンプロパティ-グループのジョイントベンチャー、スパーク(SPARC)グループと提携し、双方のブランド製品を相互に販売することで合意した。また、シーインはスパークの3分の1の株式を保有し、スパークはシーインの少数株主となる。スパークはフォエバー21、エディーバウアー、リーボック、ノーティカ、エアロポスタル等のブランドを保有し、業界では同じファストファッション領域でフォエバー21とシーインのコラボレーションが推測されている。これによって、両社には以下のメリットが生まれることが期待されている。
【シーイン側】
【スパーク(フォエバー21他)側】
ウォールストリートジャーナルは8月24日付の報道で、シーインは中国との関係から遠ざかろうとし、21年に本社はシンガポールに移転、22年度の売上約230億ドルのほとんどは米国、ヨーロッパ、ブラジルから稼いでいること、今年5月に20億ドルの資金調達を獲得したが企業価値は前年の3分の2の660億ドルだったこと、に言及している[1]。またシーイン自体は否定しているものの、米国での株式上場の準備をしているという噂に対し、超党派20名の議員が株式取引委員会に対して上場を許可する前に前述のサプライチェーン問題の監査を行うよう嘆願書を提出したことにも触れている。一方のABGについては21年にIPOを試みたが直前に投資グループ2社から127億ドルの資金調達ができたため延期し、今年6月にも200億ドル以上の資金調達を果たし、上場せずとも資金調達は順調であることをうかがわせた。
メディア、ファッションダイブはシーインの直接競合であるティームー、H&Mがそれぞれ今年7月にシーインに対して訴訟を起こしたことに言及した[2]。前者はシーインが製造業者に対してティームーとの取引を妨害するため違法な方法で取引侵害した件、後者はデザインをまねしたことによるコピーライト侵害を申し立てている。もっともシーインも、ティームーがSNS上でシーインだと思ってクリックしたユーザーがティームーに入ってしまうキャンペーンを行ったことで提訴し、3社の泥試合の様子を伝えた。
デラウェア大学ファッション・アパレル研究学部のシェン・ルー准教授は、アパレル製造業関連メディア、ジャストスタイルの取材に対し「今回のスパークとの提携によって、シーインが新たな事業機会を獲得し、自社に好ましい環境を創造することにいかに必死かがうかがい知れる」と述べた。また同社がD2Cだけでなく第三者マーケットプレースを開業し、より多くのセラーを集めて成長を急いでいる点も指摘した。その一方で、米国の若い世代に拡がるサステナビリティ志向にも触れ、シーインを含むファストファッションがサプライチェーンのクリーン性を証明しないと将来の行方は不透明となる点も指摘している[3]。
小売業界のニュース報道やディスカッションで有名なメディア、リテールワイヤーには多くの識者が分析や意見を寄せているが、多くの人はシーインにとって今回の戦略を「賢い」と評価している[4]。すなわち、資金調達には今のところ困ってはいないもののフォエバー21を筆頭にチャプター11入りやピークを過ぎたブランド群を抱えるスパークと提携することで、さまざまな課題を抱えるシーインがそれに足をすくわれることなく米国市場に深く足場を築くことができる、という点だ。
確かに今米国アパレルビジネスは、正直なところパッとしない。業績だけでなく、ファッションのクリエーションに欠けている。当面続くであろう消費マインドの低下やサステナビリティ志向というマクロ環境を考えると、低価格のファストファッションと旬を過ぎたブランドの提携がたとえ事業戦略的にスマートであっても、何かもう1つ消費者の心をわしづかみにするものが無ければせっかくの提携も骨折り損となりかねない。
[1] Wall Street Journal, ‘Shein strikes deal with Forever 21’, 2023年8月24日
[2] Fashion Dive,’Temu launches legal complaint against fast fashion rival Shein’, 2023年7月18日, ‘H&M sues Shein ofr copyright infringement’, 2023年7月25日
[3] Just Stylem, ‘Signal: Shein-SPARC deal may be the start of acquisitions for rapid US expansion’, 2023年8月30日
[4] Retal Wire,’ Will SPARC and SHEIN’s partnership create fashion juggernaut?’, 2023年8月28日
昨年1月、ウォルマートはオムニチャネル経験が向上する新店舗フォーマットを発表した(詳細は本レポート2022年2月号へ)。このフォーマットは営業を続けながら順次既存店改装によって導入されているが、マンハッタンから車で15分以内、金融街のアナリストたちもよく視察にくるニュージャージー州セコーカス店が8月18日に7,500万ドル、2年間をかけた改装を終了した。同店は新フォーマットの旗艦店とも位置づけられている。
改装ポイントは前レポートの通りだが、改装ポイントと実際に来店して見た印象をご報告したい。
筆者は改装中の2年間に何度となくこの店舗に通ってきたが、こうして出来上がってみると、やはり「クリーンで買い物しやすい店に変わった」という印象を持つ。また、ウォルマートはアプリにも投資をし、インストアモードにすれば欲しい商品の位置情報(マップ、および什器番号)が価格や商品情報、在庫情報と共にすぐわかる。30,40代の子連れの買い物客は、結構この機能を使っているようだった。ただ、会員特典であるスキャン&ゴー(自分で商品をスキャンして最後にセルフレジでバーコードをスキャンして決済)を利用している客は筆者くらいで、見かけることはほとんど無かった。
ウォルマートの中心顧客は今は統計的には50代だが、毎年確実にデジタル世代に代わっていく。そのインフラがきちんと作られているのだと感じた。
以上全て筆者撮影
オンライン家電大手のニューエッグは生成AIを活用し、次々と顧客サービス向上を行っている。本レポート4月号では今年3月にチャットGPTを使って「PCビルダー」というパソコンのカスタマイズを助け、顧客の希望に応じてコンポーネントを評価・推奨するサービスを開始したことをご紹介した。その後6月には「ホーム・ショーケース」を導入、住宅所有者をターゲットに家電購入を助けるサービスだ。2階建ての家を模したヴァーチャルな家の中にキッチン、リビング、浴室、オフィス、ベッドルーム、ガレージ等8か所クリックできる部屋があり、部屋を選んでクリックすると一般的にその部屋に必要な製品が、人気のブランド、販促情報、部屋の中に設置した様子を移した写真と共に紹介される。例えばキッチンなら、コーヒーメーカー、圧力鍋などが、裏庭なら、屋外用ヒーター、セキュリティカメラ、自転車、スクーター、ウエラブル機器などが出てくる。
同社は「ステイブル・ディフュージョン」(文章から画像を制作するAIモデル)を使って製品の写真をより顧客が理解しやすい画像に改善し、チャットGPTで製品情報とクイックビューページの文章を作文している。
さらに8月、「レビュー・バイツ」を導入した。AIが顧客による製品のレビューを分析し、キーワードを抽出してチャットGPTが要約文を作成する。顧客は各レビュー全文を読まなくても、投稿者が当該製品が好きか嫌いか、ハイライトがわかる(筆者注:バイツとはbyteとbite=一口サイズ、をかけた言葉)。また「サマリーAI」サービスも導入し、キーポイントを要約したものも追加した。現時点ではデスクトップ用ウェブサイトのみで、レビューが少ない製品を対象に提供しており、生成AIが作成した文章にはそれがわかるようアイコンがついている。同社ブランド&ウェブサイト経験ディレクターのアンドリュー・チョイ氏は「当社は顧客経験を改善するために生成AI活用に深く取り組んでおり、購入のための情報分析は難しいが、顧客のフィードバックを効率的に読めることでその作業が多少でも楽になる」とコメントしている。
アマゾンも同様にAIを使って、製品情報と顧客レビューで共通して出てくる使用時(後)の感想を短い文章でハイライトした文章を掲載し、顧客の購入判断が楽になるように取り組んでいる。このハイライトの下には緑色で製品の特長のキーワードがあり、自分が関心のある特性のみを選んでレビューを読むこともできる。例えば「使用が簡単」に関連するレビューを読みたい時には「使用が簡単」をタップすればそれに関するレビューを読める。生成AIが作成したレビューのハイライト文は現在米国モバイルアプリの一部の製品を対象にし、アマゾンの購入した顧客の信頼できるレビューのみから作成している。
同ブログの後半でアマゾンはレビューの信ぴょう性についても長々と同社の方針を書いている。テクノロジー面ではなく社内の体制や担当者が気を付けていること、などだ。まるで「AIや生成AIに全部丸投げしているわけではないんです」という説明のようでもあった。こちらにも生成AIでハイライト文をつけてくれればよいのに、と思った。
【在米リテールストラテジスト 平山幸江】