掲載日:2023/08/16

「プライムディ売上は記録更新・でも岐路に立つ米国アマゾンプライム」他 : ニューノーマル時代で変わる小売業Vol.36

プライムディ売上は記録更新・でも岐路に立つ米国アマゾンプライム

出典:Consumer Intelligence Research Partners 出典:Consumer Intelligence Research Partners

 

 昨年からコスト削減モードに入っているアマゾン。米国では延べ27,000人以上にのぼる人員削減、フルフィルメントセンター削減、非テック系店舗全面撤退、レジレス店舗も一部削減・新規出店凍結という状況だ。以前から売上の大黒柱であるマーケットプレース事業のコストの重さについては議論があったが、昨年度、2014年度以来初めて赤字となった。電気自動車開発企業リヴィアン関連の損失が大きかったため、一時的なものとは見られているが、改めて本業の物販の動向、特にプライム・エコシステムの今後の成長力について関心がもたれていた。

 今年7月11日、12日に開催されたプライムディは、例年のように「過去最高の売上」を達し127億ドル、前年比6.7%増ではあったが、アドビの予測9.5%には届かなかった。ヌーメレイターの調べでは、インフレの影響か例年とは異なり家庭用品(28%)、生活必需品(26%)、アパレル(24%)、家電(21%)と生活防衛型の商品が上位を占めた。

 ここで注目されているのがプライム会員制度と今後のプライム・エコシステムだ。冒頭の図表にあるように米国の推定会員数は2022年3月の1億7,000万人をピークに23年3月には1億6,700万人に低下したと見られている。22年は米国年会費を$119から一挙に$139に値上げしたため、会員離れや新規会員獲得が難しくなってもおかしくない。インフレで財布の紐を締めた消費者がウォルマート+会員制度($98)やコストコ会員($60)など生鮮食品からPCまで安く買える強力な会員制度に流れたとしても自然ななりゆきだ。そもそも、人口3億3,200万人(2021年)の半分以上が会員(推定値)と聞くだけで頭打ちは当然と理解できる。

 問題は今後会員をキープできるかどうかだ。例えばプライム会員は従来ホールフーズマーケットで35ドル以上購入すれば無料配送だったが、今年1月から最低購入額を150ドルに値上げしている。また昨年プライムミュージックは無料で聞ける音楽のタイトル数を100万から200万に増大したが、一方で自分が曲を選ぶ時、特定のアーティストやバージョンを選べなくなり、シャッフルで出てくるものを聞くというルールに変わった。これを避けるには月額$8.99の無制限会員にアップグレードしなければならない。これには不満を唱える会員が多く、アップルその他のストリーミングサービスに変更するといった声をSNSに挙げている。5年前、10年前と異なり、最新のエンターテイメントを無料や格安に提供するメディアはいくらでもある。

 

出典:アマゾン社アニュアルレポート 出典:アマゾン社アニュアルレポート

 

 ここでアマゾンの本業マーケットプレース(オンラインストア)とサブスクリプションサービス(年会費)の売上構成比推移を見てみよう。過去6年でオンラインストアは60.9%から42.8%のシェアへと下がっている。AWSだけでなく、セラーサービス、広告サービス(17年度から19年度までは「その他」に含まれる)という非物販売上が成長しているためだ。サブスクリプションサービス[1]は22年度はシェア0.1ポイント増で横ばい、前年比は10.9%増だった。年会費は16.8%値上げだったので、やはり会員数は減少と見られる。この数値を見る限り、アマゾンにおける物販売上の相対的縮小は確定事項のようだ。また実店舗については創業者ベゾス氏は店舗の重要性を何度も説き、現在も会長職で店舗事業については監督しているはずだが、宇宙事業の方に心を奪われているのかジャッシーCEOに説得されたのか、冒頭の通りレジレス店舗まで閉め始めている。閉鎖・新規出店保留にあたりジャッシーCEOは「最高の店舗フォーマットを見つけるまでは」とコメントしている。本レポートでも既報の通り、レジレス技術自体はスタジアムやアリーナ、空港売店等にライセンス提供し静かに拠点数を増やしている。担当チームが昨年秋からAWSに異動しているので、レジレスサービス売上はAWSの売上に計上されているはずだ。

 小売業をこれだけ変革してきたアマゾン。現在NRFトップリテーラーランキング[2]では物販売上のみでウォルマート6,000億ドルに次ぐ2位3,433億ドルだが、物販売上でウォルマートに追いつき追い越す日はこないのかもしれない。

 

[1] 会員費以外にプライムビデオ・ミュージック、電子書籍等AWS以外のサブスクリプション売上を含む

[2] NRF, ‘Top 100 Retailers 2023 List’





アマゾンフレッシュが店舗を再編集

 セルフレジを導入したアマゾンフレッシュ。出典:アマゾン社ニュースルームよりスクリーンショット  セルフレジを導入したアマゾンフレッシュ。出典:アマゾン社ニュースルームよりスクリーンショット

 

 前レポートを書き終わった直後の8月2日にアマゾンは、アマゾンフレッシュのシカゴ郊外2店舗を再編集したことを発表。やはりまだアマゾンフレッシュ店を諦めてはいなかったようだ。対象となったのはイリノイ州ショーンバーグ店、オークレーン店だ。再編集のポイントは以下の通り。

  • 新規ナショナルブランド、PB:1,600アイテム以上追加。特に乳製品、スナック、ホームケア、ヘルス、ベーカリー領域を拡大。
  •  海外食品の強化:ナン・ブレッドやソース類の選択肢を拡大。
  •   グラブ&ゴー:サンドウィッチ、サラダ、ラップ、スナックの新製品を投入。また自宅で再加熱するタイプのピザやブリト-、夕食メニューを追加。
  • クリスピークリーム・ショップ導入:アマゾンフレッシュでは初めてのインショップで、ドーナッツ、コーヒー、フローズンラッテ等を提供。
  • レジ:スマートカートのダッシュカート最新版を導入し、セルフチェックアウトを新たに6台導入。
  • 「子供向け無料フルーツカート」:バナナ、りんご、オレンジを子供達に無料で提供。

※アメリカでは、日本では考えられないことだが買い物中にまだ精算前のフルーツや飲み物を店内で子供や大人までもが飲食し、空のボトルやコンテナーをレジに出して支払いする人が非常に多い。

 2月の業績報告会でジャッシーCEOはスーパーマーケット分野の重要性を述べ「私たちにとっては戦略的領域」としている。コンビニのアマゾンゴーは9店舗閉店したが、アマゾンフレッシュは開業前の店舗開業凍結のみで踏みとどまっている。ただしこのうち1店はリース契約違反について地主とアマゾン双方から訴訟となって争議中だが、他はサブリースを探しているという。

 筆者はこのシカゴ店を視察していない。ただ、一般論として言えるのは、立地が変わらないまま内容を多少手直ししても、客足をグンと上げるのはなかなか難しい。子供に無料のフルーツを配らなくてもどのみち彼らはこっそり食べているし、意外と店内のアレクサで子供達が楽しく遊んでいる姿を筆者は何度も見かけた。セルフレジ導入は、ゲートでの入店に戸惑う客が多いというフィードバックから設置したそうだが、夢のハイテク店舗のコンセプトからは後退だ。既にウェイクファーン社がニュージャージーとマンハッタン2店舗でインスタカート社のスマートカートでテストしている。

 なお、7月26日にアマゾンフレッシュは店内領域別監督者であるゾーンリード数百人をコスト削減のためレイオフした。ワシントンポストは8月1日に「アマゾンはインターネットはマスターしたが、スーパーマーケットは別の話」の見出しでアマゾンフレッシュを分析しているが[3]、確かに2007年にネットスーパーを立ち上げて以来、スーパー攻略には随分時間がかかっている。

 

[3] The Washington Post, ‘Amazon mastered the internet. Grocery stores are a different story.’, 2023年8月2日

(左)グラブ&ゴーを拡充 (右)クリスピークリーム・ショップの導入 出典:アマゾン社ニュースルームよりスクリーンショット (左)グラブ&ゴーを拡充 (右)クリスピークリーム・ショップの導入 出典:アマゾン社ニュースルームよりスクリーンショット




ウォルマートの自動倉庫で働く人々の声

ウォルマート、フロリダ州ブルックスヴィル倉庫で使用されているシンボティック社の自動化システム 出典:ウォルマート社広報資料ビデオよりスクリーンショット ウォルマート、フロリダ州ブルックスヴィル倉庫で使用されているシンボティック社の自動化システム 出典:ウォルマート社広報資料ビデオよりスクリーンショット

 

 向こう3年以内にフルフィルメントセンター内商品の55%をロボットが処理し、店内在庫の65%を自動処理する計画を持つウォルマート。4月の投資家への報告会でジョン・D・レイニーCFOは「むこう5年間、設備投資の90%はリターンが高いEコマース、サプライチェーン、店舗に向ける」とコメントした。オートメーションの導入によって、自動処理された商品1点当りのコストは20%下がると見られている。

 2021年フロリダ州ブルックスヴィルにシンボティック社と提携した初の完全自動倉庫を、ウォールストリートジャーナルは7月28日付の記事で、開業2年後の従業員たちを取材しレポートした[4]。その概要は以下の通りだ。

  • 開業時に従業員には従来のマニュアルな倉庫業務から自動システム内での業務への転向の機会が与えられた。時給は平均$25.50とのこと(マニュアル倉庫業務の時給は$16以上、平均$19.25)。
  • 自動化によって必要な従業員数は減ったが、現時点までウォルマートはレイオフは実施せず、従業員の希望でマニュアル作業を選ぶ場合は相応の職場を与えている。ただし、状況を読んで自ら退職する人はいて、その補充を行わない形で人数を減らしている様子。労働問題にはウォルマートは非常に神経を使い、2017年にオートメーションのテストを始めた時から、倉庫従業員数を増やさないように努めてきたという。同社の米国従業員総数は2021年170万人だったが2022年には160万人に下がった。
  • 自動システム業務は肉体労働は減り、より精神的な刺激の多い業務が増える。倉庫業務経験が長い人々の中には昔ながらの単純作業の方を好む人もいる。
  • 記事に紹介された倉庫歴20年、49歳の従業員は2年前に自動システム業務に転換し、ロボットが店舗への出荷用パレットを作る作業をモニターで監視している。彼は「仕事が終わったあと、疲れすぎていて子供達や孫たちと遊べない」同僚たちに転換を推奨しているという。
  • 広報担当者は「当FCでは肉体労働が無くなったことで従業員満足度は大きく向上した」とコメントしている。

 全米でウォルマート4,700店舗、サムズクラブ600店舗を持つ同社にとって、フルフィルメント業務の自動化効果は大きい。店舗を視察すると、ECオーダーを収集するショッパーの数は目に見えて増えており、カーブサイドピックアップもニュージャージー州セコーカス店での観察では、夕方午後5時30分頃15か所の駐車場のうち4,5か所は常時場所が埋まっていて、停車から3,4分で荷物を受け取り、車が一台出るとまた新たに一台入ってくる、という回転効率だった。店内は週末が近かったため食料品やBBQパーティ用の紙皿、玩具などを買う人々でにぎわっていたが、昔の客数ではない。それでも全社売上は成長しているのはECやロボットのおかげなのだと実感した。

 

[4] Wall Street Journal, ‘Inside Walmart’s warehouse of the future’, 2023年7月28日





ペトコのペットケア完全版店舗フォーマットがマンハッタンに登場

ペトコの最新フォーマット、完璧にペットケアができるマンハッタン、ユニオンスクエア店 出典:ペトコ社広報資料 ペトコの最新フォーマット、完璧にペットケアができるマンハッタン、ユニオンスクエア店 出典:ペトコ社広報資料

 

 全米、メキシコ、プエルトリコに1,500店舗以上を展開するペット専門店チェーン、ペトコがマンハッタン、ユニオンスクエアに物販、サロン、病院、フレッシュフードを統合した店舗(2,300㎡)を6月に開業した。ペットはコロナ禍以降、ファミリー世帯だけでなく、将来に対して不安を抱きメンタルヘルスを気にする10代、20代のZ世代の間でも急速にオーナーが増えている。このため、専門店だけでなくスーパーマーケットでもペット用品を拡充し、従来の乾燥ペットフードだけでなく専用冷蔵ケースで鮮度高いペットフードも販売している。

 これに対してペット専門店はワンストップ機能を強化しているが、今回の店舗はこれに加えて「店舗経験」を重視したものとなっている。

  • 「17th&Bark™」:同店限定のプレミアム商品を集めた売場で、地元ニューヨークのサプライヤー、LGBTQやBIPOC、女性がオーナーのサプライヤーなど多様なコミュニティが生み出した商品を取り揃えている。人気のTシャツブランド、ヒロ・クラークの初のペット衣料、アンドレア・カセーレのペットとオーナー向けペアルックコレクション、ベン・レノヴィッツによるペットの肖像画アート、ラムウルフ・コレクティブのペットアクセサリー等。
  • 「Vetco Total Care」:ペットの健康状態の検診、ワクチン接種、マイクロチップ装着、歯科、皮膚科、外科等ペットの健康管理を全て行う動物病院。
  • 「Ruff’s Barker Shop」:昔ながらの理髪店の雰囲気を持つスタイリッシュなサロンで、最高のグルーミングサービスを提供。また飼い主による愛犬のセルフウォッシュコーナーもある。
  • 「Reddy Shop」:ラウンジ、試着室、テーラーサービスまであるペトコ・プライベートブランドのブティック。
  • 犬のトレーニングと屋内パーク:ライセンスを持つトレーナーが犬のソーシャル、メンタル、フィジカルな健康を守る。
  • 「JustFoodForDogs Kitchen」:獣医が監修したレシピによるグルメ料理を調理するキッチン。少量を調理し、人間と同レベルの食事。
  • 「Petco Love Adoptions」:ペトコラブはペットとその家族のコミュニティのための非営利団体。累積で3億5,000万ドルを投資しペットの救済や福祉サービスを行う。過去に700万頭以上の里親を提供してきた。1年中無休で猫の養育先を探し、フォトブースで引き取られる猫と里親の記念撮影を行う。

 もはやペットと人とを区別すること自体が時代錯誤だと言わんばかりに、贅沢な商品やサービスが盛り込まれている。しかしオープンしたばかりのせいか「犬の皮膚の様子がおかしい」で同店内病院を予約しようとしたら、3週間先まで空きがないので近くの獣医に連絡をするか、他のペトコ経営病院の予約を進められたが、20マイル以上離れた場所しか翌日の予約は取れない様子だ。医療サービスの面ではいささか心もとない印象を得た。オンラインのペットストア、チューイーは地元の獣医をネットワーク化し、オンライン医療も受けられるプラットフォームを開発しており、こちらの方が実用的ではある。







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【在米リテールストラテジスト 平山幸江】


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