昨年9月にボストンで創業した中国発の激安マーケットプレース、ティームーが米国で大きな話題となっている。ティームーの親会社は中国のEコマース企業PDDホールディングス(前Pinduoduo)で、億万長者のコリン・ホワン氏が株式の28%を保有、ファッションからホーム用品、家電まで何でも取り扱い、年商190億ドル、月間アクティブユーザー数は7億4,000万人と見られている[1]。米国市場ではアプリダウンロード数第一位が7か月継続し、6月時点で総ダウンロード数は7,000万に達している[2]。
[1] Forbes, ‘Temu’s relentless push to woo American Shoppers’, 2023年6月22日
[2] Apptopiaのデータ
中国系激安サイトと言えば、ファストファッションサイトとして米国市場を瞬く間に制覇し現在米国ファストファッション市場シェア、ナンバー1と推定されるシーインが先行しているが、同社でもダウンロード数5,000万に達するのには3年かかったと言われている。しかしブルームバーグは、ティームーの5月の米国内売上はシーインより20%高かったと報道した[3]。ティームーは5年以内に米国で年商300億ドルの年商を目指しているらしい。
シーインは衣料品やファッションアイテムは同様の値段だが他のカテゴリーは取り扱い幅が狭く、家電類も若干扱うがビューティやアロマ等ファッション系に限られている。一方ティームーは、ファッション、ホーム用品、玩具、ゲーム、家電、クラフトアート、自動車部品と取り扱い領域が幅広い。価格はレディスのジャケットが$8.67、サングラスが$2.57、30個セットの指輪が$4.19、ポータブルワイヤレススピーカー$3.98、自動ロボット掃除機が$13.89、といったように米国内のどのリテーラーで買うよりも安い。代わりに配送には時間がかかり、スタンダード配送は8~25営業日だが無料、エクスプレスは送料$12.90($129以上は無料)で日数は購入時点でわかる仕組みだ。
価格だけではない。ティームーは短期間に市場開拓を果たすため、大盤振る舞いなアフィリエートプログラムとインフルエンサープログラムを持ち、前者ではティームーの商品をSNSでシェア、推奨してそれが売れるとコミッション20%を得られ、新たなユーザー開拓の場合は自分の購入商品は50%オフになり、最大月額15万ドルの現金を獲得できる。後者ではインフルエンサーになれば最大$300、隔月最大$1,000相当の商品を獲得できる。また今年2月にはスーパーボールの広告に1,400万ドルを投資したことも話題になった。
この採算度外視のマーケティング投資による急成長戦略は当然ながら当局の目に留まり、6月22日、米中経済競争を監視する上院委員会は以前から目をつけていたシーインとティームーによる輸入法違反の可能性を示す報告書を発表した。1件は輸入関税に関わるもので、米国では個人に直接配送する場合1配送品当り$800以下の場合は免税となるが、両社はこれを利用して昨年一日当り60万件以上を輸入したという。違反総額は推定でティームーが1,000億ドル、シーインは640億ドルとのこと[4]。
もう1つはウイグル強制労働問題で、シーインはウイグル地区にある工場で製品を製造しており、ティームーはウイグル強制労働防止法へのコンプライアンスを行っていない、と報告されている。ティームーはサプライヤーに対し、強制労働による製品を米国に輸出しないよう申し渡しているが、これを監視する具体的な措置を取っていない点が問題視されている。メディア、CNBCの取材に対し、両社とも米国の法律に準じた輸入を行っていると答えているそうだが、現在も両社に対する調査は続いている。
メディア、ワイヤードが社内の人間に確認したところ、ティームーのサプライチェーンコストを推計すると、米国市場に切り込むために1オーダー当り平均30ドルの損失を生んでいるという[5]。前述のマーケティングコストも入れるとチャイナマーチャンツセキュリティーズ社の試算では今年5~9億ドルの損失を生むのではないかとのこと[6]。
両社とも収益面でサステナブルなのかどうか、足元の赤字をそう短期間に逆転できるのか、両社を分析する識者たちはまだ時期尚早でわからないと締めくくっているが、米国の若い消費者が反応していることは確かだ。両社はティックトックともよく比較されるが、ティックトックは前政権が米国市場からの締め出しを試みたものの、現時点では消費者にとっても企業にとっても当たり前のように利用され、企業においてはマーケティング上重要なメディアとなっている。コロナに次ぐインフレ、年々極端になる異常気象現象の中、若い世代は将来に不安を持ち、健康には投資するがファッションや家具は率先して中古品の再販市場で調達している。そのような中で、豊富な品揃えでここまで安く買えるという体験に人気が集まるのは、やはりそこに消費者の飢えが存在するからだろう。両社のビジネスモデルの是非はさておき、超インフレを言い訳に値上げが続いた米国企業側からも新たなイノベーションが出ることを願いたい。
なお、ロイター通信は7月6日、ティームーが日本に出荷を始めたと報道している[7]。
[3] Bloomberg, ‘A once-obscure Chinese startup overtakes Shein in US’, 2023年6月14日
[4] CNBC, ‘Retailers Shein and Temu violate U.S. tarrif law and evade human rights reviews on imports, House report says’, 2023年6月22日
[5] WIRED, ‘Temu is losing millions of dollars to send you cheap socks’, 2023年5月26日
[6] Forbes, ‘Temu’s relentless push to woo American Shoppers’, 2023年6月22日
[7] Reuters, ‘Startup e-commerce platform Temu expands to Japan’, 2023年7月6日
最近よくデザインされた本格的なヴァーチャルストアが次々にオープンしている。
120年の歴史を持つ化粧品のエリザベス・アーデン(親会社:レブロン)は5月16日にヴァーチャルEコマースプラットフォーム企業、オブセス(Obsess)社と提携し、初のヴァーチャルストアをオープンした。ストアを訪れるとギャラリースタイルの世界に入り、同社の歴史的な写真やアートワークを見たり、スキンケアについてクイズ形式で自分に最も適した製品を探し当てることができる。もちろん製品をそのまま購入することもできる。同社グローバルチーフマーケティングオフィサーのマーティン・ウィリアムソン氏は「顧客経験を進化させ、新しい世代の顧客に私たちの製品とレガシーについてデジタルなストーリーテリングを通じて経験してもらいたい」と語っている。
6月9日にはアメリカンカジュアルのJクルーが同じオブセス社と組んで、同社40周年を記念し6つの部屋とボートハウスを持つヴァーチャルなビーチハウスをオープンした。各部屋は、過去40年間のJクルーのアイコニックな色柄、素材、スタイリングをテーマ別に編集し、双方向な体験ができる。例えば上記写真奥に見える「カタログの部屋」では、さまざまなカタログの表紙が何年のものかを当てる「カタログの表紙クイズ(Catalog Cover Pop Quiz)」があり、「色の部屋」ではJクルーを代表する色のニットやアクセサリーが展示され、購入できる。他に「遺産の部屋」「ストライプの部屋」「お花の部屋」や庭がある。部屋の中を注意深く見るとJクルーのロゴの一部があり、これを全部発見するとスペシャルギフトをもらえるというゲームもある。
オブセス社は昨年12月に化粧品ブランドのローラ・メルシエ、2月にルルレモンに次ぐ成長株のアロ・ヨガ、他にもコーチ、プラダ、フェンディ、アルマーニビューティ等トップブランドのヴァーチャルストアを手掛けている。ヴァーチャルストアが本格的に広がる背景には、Eコマースでは味わえない、何か新しいものを発見する楽しみを消費者が求めているからと見られており、オブセス社CEOのネハ・シン氏は「ヴァーチャルストアは基本的には小売企業にとって顧客を増やすものです」とコメントしている[8]。
[8] PYMNTS, ‘Elizabeth Arden launches shoppable virtual store to reach new generation’, 2023年5月16日
ラスベガスに6月に開業した「ジ・アフターマーケット」(370㎡)はミニスーパーマーケットとフードバンクが一体化したハイブリッドなスーパーマーケットだ。面積の80%が通常の小売販売、20%がフードバンクで、フードバンクの商品は写真付き身分証明書を提示すれば誰でも無料でもらえる。小売スペース側では食品しか販売していないが生鮮食品も購入できる。
店舗があるのはラスベガスのネリス空軍基地の近くで、最寄りのスーパーマーケットまで6マイルも離れた食品砂漠の地区だ。同店舗を開発し運営するのはドゥエイン・マッコイ氏が牧師を務めるファンデーション・クリスチャン・センターで、マッコイ氏は大手スーパーマーケット、ビグリーウィグリーおよびフードバンクでの職歴を生かして、地域の人々の役に立つ店舗として同店を開業した。同地区局長のマリリン・カークパトリック氏の協力により開業資金の一部にグラントを受けている。フードバンク部門の食品は製品の寄付以外に寄付金を募って経営し、少なくとも近隣1,000世帯が利用すると見られている。
マッコイ氏は、フードバンクは列に並ばなければならない点を指摘し「アフターマーケットでは、列に並ぶ恥ずかしさを排除し、人々の尊厳が回復できる場所だ」と述べている。
既に多くのメディアが報道している通り、6月21日に連邦取引委員会(FTC)はアマゾンのプライム会員登録について「ダークパターンとして知られている操作的、強制的、欺瞞的インターフェースデザインを使っている」「アマゾンは同意なしにトリックや罠を使って人々を会員制度に登録させている」としてシアトルの連邦裁判所に苦情を申し立てた。
他にもアレクサが不適切に子供の声を収録していた件、防犯デバイスのリング・ビデオドアベルでの収録画像を従業員が見ることを許可していた件でFTCは提訴し、アマゾンは今年5月に3,080万ドルを支払って和解したばかりだ。この件についてアマゾンは「当社はアレクサとリングに関するFTCのクレームや違法であるという指摘について反論するが、この和解によって本件を終了とする」との声明文を出している。また「和解の一部として、親や後見人が選択しない限り18か月以上活動の無い子供のプロフィールは削除する」[9]とも述べている。ちなみに子供のプライバシー保護のため、アマゾンは親やユーザーが録音音声や位置情報を削除できる機能を提供しているが、アレクサのアルゴリズムを改善するためにそれらの情報を数年間保管していたことが問題となった。リングのケースも同様に、プライバシー保護の対応が皆無だったわけではないが、FTCがより厳しい条件を求め、それにアマゾンが屈した形だ。
これらは2021年3月にFTCが開始したアマゾンへの調査の一環だ。6月29日にはメディア、ブルームバーグがFTCは反トラスト法(独占禁止法)違反でアマゾンを近いうちに提訴する見通しだと報道している。2021年6月にFTC委員長に就任したリサ・カーン氏は学生時代の2017年にアマゾンを反トラスト法違反で規制すべきだという論文を発表しており、徹底的にアマゾンを追及する構えだ。
Eマーケターの今年6月の調査によると、全米18歳以上のプライム会員制度のユーザーは2022年に1億6830万人、全米人口の64.0%に相当する。今年は65.9%に上昇すると予測している。筆者も同意せざるを得ないが、アメリカ生活の中で一度プライム会員になってしまうと、何か必要な時、欲しい時には必ずアマゾンを検索し、多くの場合そのまま購入してしまう。筆者はビデオや他の特典はあまり利用しないが、なんでも配送してくれる利便性だけで年間139ドル+税金の年会費は高いと思いつつ、自動引き落とし支払いをついつい許してしまう。
しかしアマゾンが独走していた時代はもう終わった、という実感もある。アマゾンは良くも悪くも「エブリシングストア(なんでもある店)」なので、例えば洗剤でも「プロ仕様のバスタブ洗剤」ならホームデポが圧倒的に安い、トイレットペーパーや一般的な日用消耗品はやはりウォルマート、高品質な肉ならコストコ、衣料品はそれぞれのブランドで旬のデザインを、といったように商品にこだわっていくなら他社のオンラインストアの方が欲しいものが手に入る。しかも下図の通り、ウォルマート会員制度を始め、大手チェーンストアは無料配送特典付きの会員制度をもっと安い価格か無料で提供している。
[9] Wall Street Journal, ‘Amazon settles complaints over Ring surveillance, use of children’s voice recordings’, 2023年5月31日
コアサイトリサーチ社の今年4月の調査によると、プライム会員の60%は過去12か月間に1度以上ウォルマートのネットスーパーを利用し、55%はアマゾンのサイトまたはアマゾンフレッシュで食品を購入、14%弱がホールフーズで購入している[10]。今年3月プライム会員の無料送料特典については改正があり、食品購入については1回あたり150ドル以上買わないと送料が発生するようになった。しかも長引くインフレが追い風となり、プライム会員が他社でも買い物に流れつつある。これが固定化したり食品以外にも広がったら、さすがのプライム会員制度にも離脱者が増える可能性がある。
アマゾンがネットスーパー無料配送最低価格を値上げせざるを得なかったのはラストマイル配送のコストの高さだ。ウォルマート他チェーンストアには店舗網という強みがあるので顧客に無料店舗ピックアップを提供したり、ラストマイル配送のコストも最小限にできるが、アマゾンはスピード配送力では勝っても、顧客に近い拠点で数千単位のフルフィルメント拠点を持っていないためコスト管理面で苦慮し始めているということだろう。それゆえ、同社は現在小型FCの拡大に力を入れ、向こう数年間で少なくとも150か所開設するだろうと倉庫調査及びコンサルティング企業MWPVL社は分析している[11]。
トップラインの数字だけを見ているとアマゾンマーケットプレースは成長率が一桁台に落ちてきたとは言え、まだ伸びていきそうに見える。しかしウォルマートに限らず、チェーンストア勢がオムニチャネル戦略で力をつけてきた今後、今までのような一人相撲とはならないであろうことが、消費者の目には明らかだし、データにも少しずつ現れてきている。この状況下でFTCからプライム会員制度の在り方をつつかれたのは、アマゾン・エコシステムにとってはそれなりの痛手になる可能性もある。
[10] Business Insider, ‘Amazon’s own Prime members prefer Walmart over Whole Foods’, 2023年6月26日
[11] PYMNTS, ‘Amazon opening more ultra fast delivery sites’, 2023年2月26日
【在米リテールストラテジスト 平山幸江】