全米小売業協会の調べでは業界の減耗総額は22年で約1,000億ドル、その37%が強盗や万引き、28.5%が社員による盗みだ。また同協会が6月5日に発表した調査によると、消費者の55%が小売店舗での万引きや強盗がコロナ以降急増したと感じている。特にギャングがグループで店を襲う犯罪が増えたと感じる消費者の率は64%に及び、75%の人が鍵のかかったキャビネットを開いてもらって商品を買わなければならなかったことがあると答えている。
グループ強盗が特に多く発生しているサンフランシスコのダウンタウン、ユニオンスクエアでは20年以降、ノードストローム、オフィスデポ、オールドネイビーを含む19社が強盗や万引きを理由に店舗を閉鎖した。強盗の対象商品は広範囲に及び、高額なデザイナーブランドから低価格なアパレル製品、工具、薬品とさまざまだ。警察官をセキュリティガードとして雇うなどの対策を行っても歯止めが効かないのが現状だ。
これに対して、店舗デザインと販売方法を大きく変えることで万引き、強盗から商品を守る試みが始まっている。ウォルグリーンズはシカゴ市内サウスループ店舗を改装し、通常の什器が並ぶ売場面積を縮小して通路2本に減らし(写真)、市販薬の一部、日用品、化粧品、飲料・スナック等を必需品のみを販売し、それ以外の商品は顧客が中に入れないカウンターの向こうに保管する店舗を開発した。カウンター内の商品はセルフサービスのキオスクで選び、カウンターで受け取る。売場に並んでいない商品を含めると商品アソートメントは一般の店舗と変わらないそうで、言わばオンラインフルフィルメントセンターに小さな売場がついたような店舗だ。会計はセルフレジで行う。
同社広報担当者は最初に報道した地元メディアCWBシカゴの取材に対し、「当店では顧客および従業員の経験を向上させるために新たなストアコンセプト、テクノロジー、業務のあり方をテストしています」とコメントしている。顧客が入店するとまず通常の棚什器が並ぶ売場があり、店内奥に大きなピックアップカウンターがあって、事前にオンラインでオーダーするか、店内のキオスクでオーダーし、これらの商品をここで受け取る。このカウンターではフェデックスと金融サービスのウェスタンユニオンのサービスも提供している。
棚什器の高さが1.5メートルに抑えられているため店内は見渡しが良い。地元メディアのブロッククラブシカゴが店内の顧客にインタビューしたところ「万引きはどこでも行われているではないか。この店は防犯対策のために作られているようだが、なぜもっと顧客を信じないんだ?」と、あまりにも防犯を意図した店舗コンセプトに不満を表していた。
同店舗はあくまでテスト段階だ。店舗レイアウトを見ると、防犯だけでなく、オンラインオーダーのピックアップ拠点としても有効に機能しそうなフォーマットだ。家電のベストバイも本社近くで倉庫スペースの方が大きく、売場に並んでいない商品は店内でオンライン購入し店内カウンターで受け取る店舗フォーマットをテスト中だが、今後、このようなフォーマットが増えていくのかもしれない。
ファーストフードチェーンでは現在、オンラインオーダーの拡大に力を入れている。店内飲食よりテイクアウトを志向するという顧客の購入パターンの変化や、労働力不足、人件費の高騰がその背景にある。特に配送コストがかからないドライブスルーや駐車場でのピックアップサービスに誘導するため、AIやロボット技術を投入して、顧客の利便性と業務効率の向上を狙っている。
5月9日、同社は21年10月から提携関係にあるグーグルクラウドと共に生成AIを活用したチャットボット「ウェンディーズフレッシュAI」のテスト開始を発表した。ウェンディーズ顧客の75~80%はドライブスルーを好んで利用しているが、生成AIによるチャットボットを導入することで複雑なオーダーのやりとりを間違いなく自動化することを目的としている。同システムはオハイオ州コロンバス地区の直営店で6月からテストが始まっている。
ドライブスルーでのオーダーは騒音や顧客がメニュー名を短縮して言ったりするため、チャットボットによる聞き取りが難しいが、ウェンディーズフレッシュAIは正確にオーダーをとる精度85%以上を目指している。ファーストフード業界ではドライブスルーでの音声による自動受注システムのテストが拡がっており、マクドナルドも21年にアプレンテ(Apprente)社と提携し、22年に同様にドライブスルーでの音声自動受注システムをイリノイ州内24店舗でテストしたが精度は80%台前半で、同社目標95%以上を満たすことはできなかった。一方、チェッカーズ&ラリーズはプレスト(Presto)社のAI音声アシスタントを22年に全店のドライブスルーに導入したところ、受注精度は95%以上で労働生産性が向上したと発表している。
ウェンディーズは5月17日に、オンラインオーダーのカーブサイド(駐車場)ピックアップを自動化する地下ロボットシステムのテスト導入を発表した。同システムを開発したのはパイプドリーム(Pipedream)社で、キッチンで調理されたオーダーが地下の配送システムを通って駐車場の「インスタントピックアップ・ポータル」に直接自動配送される。顧客は駐車場に到着したらポータルに設置されたスピーカーで従業員に自分の名前やオーダー内容を伝え、車を離れることなくその場でオーダーを受け取れる。
メディア、レストランダイブの取材[1]によると、オーダーは顧客が従業員と会話・確認してから1分以内に指定の駐車スポットに地下通路経由で届く。同システムを採用するのはファーストフード業界ではウェンディーズが最初で、同社は今回のテストで配送時間やタイミング、システム全体を検証し、全店で利用できるかどうかを判断するという。テストは東海岸の売上規模の大きい店舗で行われており、年内に意思決定するそうだ。同システムの設営は夜間に工事を行い2週間以内で完了、夜間営業にもほとんど影響が及ばないよう設計されている。ポータルは駐車場およびキッチンに設置される。
これらのハイテク投資によって、顧客経験と労働生産性が向上することが期待されているが、ファーストフード業界では同時にキッチン業務のロボット導入も始まっており、多くの仕事がロボットに代替されていくことへの議論が活発になりそうだ。
[1] Restaurant Dive, ‘Wendy’s tests underground robots for mobile order pickup’, 2023年5月18日
まだ様子見の状態だったショッパブルレシピが、いよいよ市場で幅広く利用される段階に入りそうだ。ショッパブルレシピとはウェブやモバイルのレシピサイトでレシピを選ぶと、調理に必要な材料をそのままネットスーパーで購入できるプラットフォームのことだ。レシピが決まれば材料購入、配送手配まで5分とかからずに終了できる。
数年前から小売、流通、マーケティング企業が注目し数々のスタートアップ企業が参入してテストが行われていたが、現時点ではグローサリーショッピ(Grocery Shopii)社が頭角を現している。同社は21年6月に100万ドルのシード資金調達を果たし、マイクロソフト社と提携して会話型AI開発も始めた。オクラハマ州に17店舗を持つ地元スーパーマーケット、リーザーズフーズ(Reasor’s Foods)は同社プラットフォームを自社ネットスーパーに組み込み、導入から1年もたたない22年8月時点でネットスーパー購入者の10%がショッパブルレシピを利用している。平均客単価$90に対しショッパブルレシピ利用者は$118と30%以上高く、購入頻度も多い。グローサリーショッピの他のクライアントでも客単価は25%向上しているという。
グローサリーショッピは6月に大手マーケティングエージェンシーのモクシーマーケティング(Moxxy Marketing)と提携し、全米にサービス拡大を図り、同業他社を制してより迅速な成長戦略を期待している。
ショッパブルレシピにおけるもう1つの動きは今話題のチャットGPTだ。食品配送サービスのインスタカートは5月31日からオープンAI社チャットGPTと開発した「アスク・インスタカート(Ask Instacart)」サービスを開始した。現在まだ全米の地区ごとに段階的に拡大しているところだが、同社のアプリの検索バーに質問を入れると、過去にはアイテムやブランドの検索しかできなかったが、今後は会話形式で「○○の素材があるが今夜のレシピは何を作ればよいか」などの複雑な質問について的確な回答をする。質問内容はレシピだけでなく、代替食材の提案、調理方法、手持ちの素材を使ってベストなレシピや味付けの提案など広範囲に及ぶ。
現時点ではまだ、インスタカート社の配送提携先スーパーマーケットでそのまま必要な素材を購入できるところまではいっていないが、北米に提携先1,200社、8万店の規模をもつ同社にとっては時間の問題だろう。今後の展開が楽しみだ。
フリーオスク(Freeosk)はスーパーマーケット店内でアプリのQRコードをかざすと自動的に無料サンプルの食品や日用品などをもらえるキオスクを開発・運営している。サンプルをもらうには顧客はフリーオスクのアプリをダウンロードし、顧客情報を登録し、QRコードをキオスクのホームスクリーンにかざすだけだ。ただしサムズクラブについてはサムズクラブの会員カードまたは携帯電話でFREEME (51697)にテキストして受け取るコードでもサンプルをもらうことができる。キオスクでもらえるサンプル数は1週間に1個のみだ。もっとも同社のウェブサイト上には「たまに2個出てくることもあるが、それはあなたにとってラッキーな日」と書かれている。同アプリの利用者はフリーオスクから無料サンプル情報をメールで受け取ることもできるので、これを狙って来店する客もいるだろう。
10年に創業した同社のキオスクは現在アルバートソンズ、セーフウェイ、サムズクラブ、直近5月にはショップライトなど全米大手スーパーマーケット1,400店舗以上に設置されている。キオスクでキャンペーンを行うと平均50%以上当該製品売上が増加し、購入者の70%は新規購入者だという。アプリに顧客情報を登録するため、広告主は顔の見える顧客に無料サンプルを配布でき、ROIが明確に測定できるという点で従来のサンプル配布とは大きく異なる。メディア、ベンディング[2]によると、サムズクラブはこのキオスクによって顧客が簡単に楽しく新たな製品を試すことができると認識しているようだ。
[2] Vending.com, ‘Could free samples from a vending machine lead to a full-size product purchase?’, 2021年1月12日
一方クローガーは5月、冷蔵ケースのドアをデジタル化・双方向化したクーラースクリーンズ(Cooler Screens)社のデジタルスマートスクリーン・ソリューションを500店舗に導入すると発表した。同ソリューションは今後リテールメディアの拡大に伴い、エンドキャップや店内壁面、窓、レジのラインなどにも拡大していく予定だ。
このクーラースクリーンズ導入によって、顧客は冷蔵ケースで表示される情報からダイエットや健康管理を考慮したり、予算やライフスタイルによって商品選択をしやすくなる。同社が今年1月に開催された全米小売業協会ビッグショーで公開した数値によると、既に全米に1万以上のスクリーンを設置し、月間ビューは1億以上、向こう12~18か月以内にスクリーン設置総数は4万に達する。同社はクローガー以外にウォルグリーンズ、ジャイアントイーグル、シェヴロン、ウェスターンユニオン等とも提携しており24年初旬には月間ビューは2億以上に達すると予測している。
現在注目されているリテールメディアの中でも特に店内メディアを活用したデジタルマーケティングには大きな期待が寄せられている。今まで広告投資対効果が見えなかった領域をIoT技術で「見える化」する動きが活発だが、無料サンプルキオスクや冷蔵ケースなどは従来無かったメディアであり、他の店内設備も今後メディア化の対象となっていくのかもしれない。
【在米リテールストラテジスト 平山幸江】