掲載日:2023/05/15

「オンラインギフトストアがチャットGPTを使って詩のメッセージを提供」「手のひら認証『アマゾンワン』がレストラン業界に進出」他 : ニューノーマル時代で変わる小売業Vol.33

イケアが全米にオーダーピックアップ900拠点、小型店9店を出店

イケアの「プラン&オーダー・ポイント」 出典:イケア広報資料 イケアの「プラン&オーダー・ポイント」 出典:イケア広報資料

 

 イケアは向こう3年間でオムニチャネル成長戦略に22億ドルを投資すると発表した。この投資額は同社が40年前に米国市場に参入して以来、最高額となる。同社は過去3年間にEコマースシフトに対応し、既存店51店をEコマースフルフィルメント網として活用するために改装、昨年はオーダーピックアップ拠点15か所と小型店「プラン&オーダー・ポイント」2店を出店した。今回の米国成長戦略では新規8店舗、プラン&オーダー・ポイント9店、そしてオーダーピックアップ拠点900か所の出店を予定している。

 プラン&オーダー・ポイント店は740~840㎡のインテリアデザインや改装のプランニングスタジオだ。同社はこのフォーマットの原型である「ザ・プランニングスタジオ」米国一号店を2019年3月にマンハッタン、ブルーミングデールズ百貨店の真向かいに開業している。面積は1,625㎡で現在のプラン&オーダー・ポイントの2倍、1階2階がショールーム、地下1階がデザインプランニング用スタジオというサービス機能のみの店舗で、販売用商品在庫は置かず、商品購入はオンラインまたは最寄りの大型店舗に送客した。当時は同様のコンセプトでノードストローム百貨店が280㎡程度のオンラインオーダーピックアップ、試着、サイズ直し、返品・交換など各種サービスを提供する小型店「ローカル」を大都市内に出店したこともあり、業界ではサービスのみ提供する小型店フォーマットが注目された。

 翌年全世界を襲ったコロナ禍によって小売環境は大きく変化したが、このサービス専用小型店はむしろ時勢を先取りしていたようで、ノードストロームは現在ローカルを8店舗に増やしロサンジェルスやマンハッタンというEコマースの重要商圏の旗艦店をサポートしている。イケアは2022年1月にマンハッタンのプランニングスタジオを閉店し「より面積の小さい場所に移転する」と報道した(5月時点ではまだ出店していない)。同年8月にはロサンジェルスにプラン&オーダーポイントを2店開業した。

 2019年以降コロナの追い風もあり、インテリア業界ではARや3Dモデリング等の技術を活用したインテリアデザインのヴァーチャル化が進んでいる。広いショールームを持たなくても、精緻な3DシミュレーションをPCのモニターやモバイルで見れば、かなり実感をもって部屋の模様替えや家具購入ができるようになった。イケアの店舗戦略は、やはり時代の変化の一歩先を見ているようだ。





オンラインギフトストアがチャットGPTを使って詩のメッセージを提供

1-800-flowersのチャットGPTを使用した顧客経験。左:スミレ色、ぶどう、ペンダントという言葉を使った俳句。右:スミレ色、ポップコーン、ペンダントを使った歌詞。 1-800-flowersのチャットGPTを使用した顧客経験。左:スミレ色、ぶどう、ペンダントという言葉を使った俳句。右:スミレ色、ポップコーン、ペンダントを使った歌詞。

 

 1-800-flowers社は年商22億ドルのオンラインギフトストアで、もともとはフローリストだったがインターネットブームでいち早くオンライン販売に転換し、その後はギフトを通じて人々の絆を深めるビジネスとしてグルメ食品や生活雑貨ギフト企業を買収、総合的なギフトストアになっている。同社は2016年にフェイスブックやアマゾンと提携しSNSやボイスを通じたソーシャルショッピングに参入するなど、常に時代のテクノロジーをいち早く活用している。4月末には今話題のチャットGPTを活用し、無料で詩を作文して家族や友人に贈れるサービス「マムバース(MomVerse)」を開始した。商品購入の必要はなく、詩だけ作ってメールやSNS、あるいは紙に印刷して自由に手渡せる。

 ウェブサイトのトップページでマムバースのタブを選び、「詩、俳句、韻を踏んだ詩、リメリック(五行詩)、歌詞」の5形式の中から好きなものを選び、受取人の属性(例:母、妻など)、受取人が好きなものやことを示す言葉3つを選ぶとAIが自動的に詩を作ってくれる。試しに受取人:母、3言葉の設定:スミレ色、ぶどう、ペンダント、で5形式の詩を作ってみた。俳句はものの数秒で、その他は15秒ほどで作詩できた。ぶどうとスミレ色が近過ぎるように感じたのでぶどうをポップコーンに入れ替えてみたが、所要時間は変わらない。詩の内容はぶどうの時は形式に関わらず情緒がある感じに仕上がっていたが、ポップコーンに変えるとユーモラスな明るい雰囲気に変わり、歌詞ではコーラスまでついた。

 同社広報資料によると、世界でたった1つの詩を母の日や他のオケージョンに贈ることができ、特別な顧客経験を提供できる。本レポート先月号ではオンライン家電ストアのニューエッグがPCをカスタムメイドするためのアドバイスにチャットGPTを活用している事例をご紹介したが、今回は使って楽しく、受取人を喜ばせ、「AIが作った!」と驚かせる効果もある。パーソナルメッセージなので著作権の問題も発生しにくい領域だ。試してみたい方は以下へどうぞ(英語のみ)。

https://www.1800flowers.com/account/momverse





障がい者に寄り添うウェグマンズ、多様性を教育するバービー人形

右から3番目が4月に発売されたダウン症のバービー人形 出典:マテル社広報資料 右から3番目が4月に発売されたダウン症のバービー人形 出典:マテル社広報資料

 

 北東部を中心に店舗網をもつスーパーマーケット大手のウェグマンズは、3月からニューヨーク州北部5店舗の店内ファーマシー部門で視聴覚障がい者に対するさまざまなサポート提供をテスト導入した。

 

  • ビデオを通じて遠隔手話通訳サービス
  • ビデオ電話を利用する顧客からの電話をファーマシーにビデオ電話形式でつなぐビデオリレーサービス
  • ファーマシーのレジやカウンセリングエリアで補聴器具の貸し出し
  • 処方箋薬の説明書やカウンセリング書類の文字拡大印刷
  • 視覚障がいのある顧客が自身の携帯電話のカメラを店内陳列棚に向けると、陳列棚にどのような商品があるか、商品の詳細情報などを携帯電話を通じてスタッフがライブで読み上げたり教えたりしてくれるサービス。アイラ(Aira.io)社と提携し同社社員が対応

 

 Aira.ioのサービスは大手リテーラーではターゲット社に次いで2番目の導入となる。ターゲットはファーマシーに限定せず導入しているが、ウェグマンズは正確な情報入手の必要度が高いファーマシー部門に限定して開始する。これらのサービスは店内、ウェブサイト等で告知し、認知度を高め、どの程度価値のあるサポートとなるか検証する。

 2年前に本レポートでは、トレーダージョーズが自閉症の顧客が安心して買い物できるよう、店内の様子を予め学べるマグナスモードのカード教育システムに参加したことをご報告した(2021年4月)。同年、5ドル均一店ファイブビローは一部の店舗でBGMを流さない「静かな時間」を設け、騒音が苦手な自閉症の顧客が落ち着いて買い物をできるサービスを開始した。しかし、法的に義務づけられている車いすでの店内移動手段確保はどの企業でも提供しているものの、それ以外の領域で障がい者によりスムーズな店舗経験を提供しているリテーラーは非常に数が限られている。

 4月25日に玩具メーカーのマテル社はバービー人形コレクションに初めてダウン症を持つ人形を発表した。同社は2016年に車いす使用、および義足を装着した身体障がい者の人形を発表し、以後人種を含めて多様性ある人形を世に送り出し、現在コレクションには肌の色35種、(人種特性やライフスタイルが現れる)ヘアスタイル97種、身体タイプ9種の人形がある。今回の人形開発には全米ダウン症協会が深くかかわっており、体形、服、アクセサリー、パッケージに至るまでダウン症をもつ人とその家族を支援し続ける協会から細かくアドバイスをもらってデザインしたそうだ。

 マテル社は、子供にとって幼いころの経験は生涯の思考や認識形成に影響し、バービー人形は大きな役割を果たすと考えている。今回の人形発売で、自身がダウン症の子供やその友人の子供達が多様性、包括性の感覚を養っていくだろうと述べている。発売から1週間弱だが、ターゲットでは既に売れ切れとなっていた。アメリカではダウン症の子供の出生は700件に1件、自閉症スペクトラム症の子供は36人に1人というデータがある(共に米国疾病予防センター、2023年4月)。予想以上に日常生活に不便を持つ人は多いのに、彼らやその家族が頻繁に買い物をする小売店は法規制にしか対応していない。まして日本は高齢者大国だ。もっと創造的に店舗やオンラインストアを作れないものだろうか。





手のひら認証「アマゾンワン」がレストラン業界に進出

写真:アマゾン社2023年3月22日付ブログからスクリーンショット 写真:アマゾン社2023年3月22日付ブログからスクリーンショット

 

 ベーカリーカフェで北米に2,100店舗以上を展開するパネラブレッドが3月末にセントルイス市内2店舗でアマゾンワンを導入した。レストラン業界でのアマゾンワン導入は初めてで、年内に拠点数を10~20に増やす計画だ。

 アマゾンワンはアマゾン直営のアマゾンゴーやアマゾンフレッシュ、そしてホールフーズマーケット100店舗以上に実装されている。手のひら情報とプライム会員情報を紐づけ、レジレス店舗では手のひらで入店するだけで買い物の決済まで行える。今回もパネラのロイヤルティプログラム「マイパネラ」と連結し、顧客が店内レジでオーダーする際、レジで手のひらをかざすと従業員側のモニターに顧客情報が自動的に表示される。ここに従業員が顧客のオーダーを入れ、顧客が再度手のひらをかざすと支払いが完了する。

 
  •  既にアマゾンワンに登録している顧客:オンラインか店内キオスクでパネラの会員番号を連結するのみ。
  •  初めてアマゾンワンに登録する顧客:店内キオスクで手のひらとパネラ会員情報を登録。1分程度しかかからない。

 

 パネラは鮮度と品質の高いパンや料理を提供することで人気があり、パネラ会員数は5,200万人にものぼる。経営面ではDX投資に積極的で、時代の先端技術を顧客経験や経営効率化に活用する企業として認識されている。同じ3月にはアマゾンアレクサでボイスによる注文サービスも開始した。同社の人気サービスで1か月$11.99でコーヒー、紅茶やジュースを飲み放題の「シップクラブ」も利用できる。ただしマイパネラ会員のポイントは現時点では利用できない。

 アマゾンの手のひら認証やボイスアシスタントがどの程度消費者にとって利便性が高いものなのか、その結果小売業界にとって必要なインフラとなるのか、まだ結果は見えていない。しかしもしパネラで成功すれば一挙に2,100店舗、5,200万人が手のひらでランチやディナーを買う可能性が出てくる。アレクサも世の中に登場して来年で10年。ようやく長いトンネルを抜けるのか、それとも次のリストラ対象となるのか。パネラとの取り組みは正念場と言えるかもしれない。







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【在米リテールストラテジスト 平山幸江】


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