今年も1月15日から3日間、ニューヨーク市内ジャヴィッツセンターでビッグショーが開催された。20年1月に過去最大約38,000人が参加したものの、その後コロナ禍で21年はヴァーチャルに、22年は対面再開したもののオミクロン株の急増で参加者もエキスポもドタキャンが相次ぎ、参加者数は公表値15,000人、実際にはもっと少ない印象だった。
そして今年は35,000人、1,000以上の出展企業が参加し、写真のような賑わいだった。日本からの参加者も多かったという。筆者が他紙に執筆させていただいたものを含め既に数々のNRF報告が公開されているが、「要するにどうだった?」の視点で今年のビッグショーを以下にまとめてみた。
最後に、来年から「リテールズ・ビッグショー・アジア・パシフィック」がシンガポールで6月に開催されることが発表され、これが一番の話題だったかもしれない。
デジタルツインとは、現実空間のモノや環境に関する情報をデジタル化し、仮想空間上で同じように再現する技術をさす。実際の店舗をテストのために変更することはコスト面や顧客を惑わすリスクがあってできないが、デジタルツィンを使ってヴァーチャル店舗を作り、シミュレーションを行えば、店舗では難しい設定や測定が可能だ。
クローガーは昨年3月、AI技術プロバイダー、NVIDIA社と提携し、食品の鮮度管理、配送ロジスティクス向上、店内顧客経験の向上のためAIの活用を拡げることを発表した。シンシナティのクローガー本社内にラボを設け、NVIDIA社のリテール向けAIエンタープライズソフトウェア、デジタルツィン制作用にNVIDIAオムニヴァースエンタープライズ、ロジスティクス最適化のためにcuOptを使用する。ハードウェアではNVIDIA DGX A100システム9機、NVIDIAインフィニバンドネットワーキング、NVIDIA RTXワークステーションを導入する。ラボではクローガーの約2,800店舗から実用的なインサイト(洞察)を収集し、以下のような目的にAI技術をどのように利用できるのかの研究を行っている。
クローガーとNVIDIAはNRFビッグショーのセッション「クローガーはシミュレーション、エッジ、AIで顧客の店舗経験を変革」に登壇した。セッションでは前述のような詳細には触れなかったが、テクノロジートランスフォメーションとR&D部VP、ウェスリー・ローズ氏はデジタルツィンで「客数、滞留時間、バスケットサイズ等の設定を増減させて分析している。まだ学習は始まったところで、現在基準を作り始めている段階だ」とコメントした。
ロウズのデジタルツィンに関するNRFでのセッションはなかったが、同社も昨年9月にNVIDIA社と提携し、オムニヴァースエンタープライズを使って、店舗のシミュレーションを開始した。ARを使いレイアウトの再設定、補充サポート、リアルタイムなコラボレーション、「X線ヴィジョン」を行っている。店舗従業員は「マジック・リープ2」ARヘッドセットを着用してデジタルツィンと双方向体験をする。ここで、従業員は現実の店舗什器の棚をヴァーチャルと比較し、正しい商品が正しく配置されているかどうかを確認する。この店内での実験はARを通じて本社の店舗プランナーにも伝えられている。もし店舗従業員が商品陳列計画に改善を見つけた時には、AR付箋でデジタルツィン上にフラグを立てることができる。
「X線ヴィジョン」とは、通常商品が什器の一番上に積まれている場合、従業員ははしごを上ってスキャンしたり商品名を読まなければならないが、ARヘッドセットとデジタルツィンを使って地上から部分的に隠れて読めないような小さなラベルの商品情報を調べることができる。そしてARオバーレイを経由して、箱の中に何が入っているかをコンピュータヴィジョンとロウズ社在庫アプリケーションプログラミングインターフェースが見ることができる。
Eコマースでは既にデータを収集・分析し顧客経験を最適化しているが、デジタルツィンも店内売上と顧客行動データを使って店内経験を最適化できる。3Dヒートマップとヴィジュアルインディケーターを使えば、頻繁に一緒に購入されるアイテムを認識し、近くに陳列することもできる。ロウズのような大型店ではこれだけでも平均客単価の向上や購入率、ロイヤリティなどに好影響を与えることができる。
クローガー担当者の話ではこのようなプロジェクトは業者の選定やテスト設計だけでも数か月かかるとのこと。まだ両社共に具体的な成果を数字で表す段階には至っていないようだが、このような最先端技術への投資の積み重ねがマージンの薄い小売業界が将来も利益を守るためには必要、というのが米国大手小売業者の認識、ということだろう。
小売業界ではメタバース参入にロブロックスを利用する事例が増えている。同社は2004年創業したゲーミングプラットフォームで13年には従業員数は68名だったが16年には163人に拡大し、翌年8,200万ドルの資金調達に成功したのち急速に事業拡大、19年には中国、ドイツ、フランスに拡大、コロナ中にユーザー数の拡大で資金調達が進んだ結果企業価値は7倍にも上昇し[1]、21年にニューヨーク株式市場に上場している。同プラットフォーム上ではアバター用アイテムをマーケットプレースで購入でき、仮想通貨ロバックスを流通させている。
22年第3四半期現在世界中に5,880万人のデイリーアクティブユーザーを持ち半数が13歳以上だが、現在20代、30代が急上昇しているという。コアユーザーの加齢という要素もあるが、近年、小売企業や消費財企業を含め、企業がロブロックスユーザーをターゲットにヴァーチャルイベントやマーケティング活動を行っている影響で、より高い年齢層がロブロックスに参加するようになったという。
NRFでは「メタバース:ブランドが次のデジタル経験の最先端に参加できるか」のセッションにロブロックス、同プラットフォーム上でマーケティングキャンペーンを展開するPVH(トミーヒルフィガー)、シセードーアメリカズ(NARSブランド)が登壇した。トミーヒルフィガーは21年12月に初めて「トミーXロブロックスクリエーターズ」を展開、UGC(ユーザーが作るコンテンツ)デザイナー8名とパートナーを組み、30のアバター用ファッションアイテムをロブロックスアバターマーケットプレース上で販売した。昨年9月のニューヨークファッションウィークでは、リアル世界のファッションショー以外にヴァーチャルなニューヨークの街を舞台にしたランウェイをアバターがコレクションを着て歩くイベントを行い、リアルショーでもヴァーチャルショーをライブ配信した。同社デジタルプロダクトVPクリス・タッケンバーグ氏は「メタバースではクリエイターコミュニティとコネクションを築くことが一番重要」とコメントした。
一方20~30代が中心顧客のメークアップブランド、NARSは21年に初めてヴァーチャルグッズを販売し、22年には「NARSカラー・クエスト」キャンペーンでヴァーチャルグッズ1,960万点をユーザーに提供した。ウェブ3/メタバースグループ、シニアVPディナ・フィエロ氏は、同ブランドの顧客の年齢がロブロックス主力顧客より高いことを認識しながらも「ロブロックスのスケール(ユーザー数の多さ)が同社との取り組みの決め手になった」と述べた。シセードーが保有する他ブランドの年齢層はさらに上であることを考えると、メタバースは10代、20代の若い層のものだけではない新市場というアメリカ企業の認識が伺える。
2月2日に第4四半期業績発表で、アマゾンは複数のアマゾンフレッシュおよびアマゾンゴー不採算店舗を閉店し、フレッシュの新規出店を当面凍結すると発表した。まだ具体的な数や場所は明らかにされていない。しかし公の場にあまり登場しないアンディ・ジャシーCEOはコンファランスコールに参加し、この理由について「我々が本当にこれだと考えるフォーマットが見つかるまでスローダウンすることにした」と何度か繰り返した。またそのフォーマットについては「他社との差別性と経済的なバリューがあるもの」と述べた。
アマゾンフレッシュは2020年から出店が始まり、ジャストウォークアウトシステムまたはダッシュカートでレジレス化したスーパーマーケットだ。品揃えや価格は一般的なスーパーと変わらず、PBは「ホールフーズマーケット365」とアマゾンフレッシュ用に開発した「プレンティ」が中心で、プレンティは確かに安いが品揃え幅がまだ狭い。365は高級スーパーのホールフーズマーケット店内で見れば安いが、一般のNBと価格だけ比べると特に安いわけではない。ジャシーCEOが指摘するように、差別性も経済的価値も強くはない、ということだ。
2018年にアマゾンゴーが初めて世に出た際、開発担当者は「一番苦労したのはマーチャンダイジング」と語っていた。当時は魔法のようなレジレス技術が話題になった中、妙に実感がこもっていたので記憶に残っていたが、確かに現在アマゾンフレッシュで買い物をするとマーチャンダイジングにはこれといった特徴が無い。生鮮食品はホールフーズマーケットのフォーマットでなるべく価格を押さえようとしている様子で、日用品売場は普通のスーパー。結局唯一の特長はレジレスだということになるが、悲しいかな、いつ訪れてもレジがあったら長蛇の列だろうなと思わせるほどお客が入っていないので、レジレスのありがたさを実感できない。
しかしジャシーCEOはスーパーマーケット事業の重要性を強調し、「スーパーマーケットはオムニチャネルであり、消費者はオンラインでも実店舗でも購入する」ことへの確信を述べた。さらに、ホールフーズマーケットが徐々に収益性を改善している点を賞賛した。今回NRFに初めて登壇したホールフーズマーケット新CEOのジェイソン・ビュークル氏は今後100店舗出店すると明言し、NRF開催直前にマンハッタン内ウォール街に大型店舗が出店し、モンタナ州に初の出店も果たすことをアピールした。第4四半期中、ダイレクトEコマース売上は2%減少したが、店舗事業売上は6%増で予測を上回っている。
コロナで倉庫網、物流網に投資し過ぎ、加えて電気自動運転車リヴィアン社への投資が利益を圧縮しているアマゾンは18,000人の人員削減や倉庫の縮小などリストラの最中だ。不採算店舗削減もその一環だが、店舗事業の今後についてはホールフーズマーケットという既存の店舗網を軸に拡大を目指す方向のようだ。アマゾンフレッシュ実店舗の今後についてはかなり不透明だが、レジレス技術自体は以前当ブログで報告させていただいたようなアリーナや空港売店などへのライセンス収入を生む資産としてヴァージョンアップを続けるのだろう。
ジャシーCEOに交代して1年、WOW!(驚き)は無くても技術x小売で長期的安定企業に変わっていくのだろう。特に買い物は無いが、近いうちにアマゾンフレッシュをもう一度見ておこうと思った。
【在米リテールストラテジスト 平山幸江】