コロナをきっかけにビデオゲームとファッションが近づいている。ルイ・ヴィトンやバレンシアガなどラグジュアリーブランドが、ビデオゲーム特有のイマ-シブ(没入感のある)で空想的な世界観にインスパイアされて、自社のコレクションの紹介にテスト導入していたが、今年に入ってからマスマーケットのブランドもゲームという新たなプラットフォームの活用に挑戦し始めている。
2019年にルイヴィトンは、世界中のチームがオンライン上で戦うeスポーツ「リーグ・オヴ・レジェンド」でゲーム開発企業ライオットゲーム社と共同開発したアバターのスキン(服やデザイン)と優勝トロフィーを提供した。スキンを獲得するには、一定期間内に一定以上のゲームを行い得点しなければならない。同ゲームは世界中に一日平均350万人のプレーヤーが存在し[1]、チャンピオンシップ開催時にはビューワーは1億人を超える。チャンピオンは同社のロゴ入りケースに入ったトロフィーをヴァーチャルにもらうことができる。2020年も同様にスキンを開発し、そのリアル版の商品も製造し世界12か国16店舗で販売した。
[1] LeagueFeed.com, ‘How many people play League of Legends? – Updated 2021’, 2021年3月8日
グッチは2020年、ビデオゲーム「ザ・シムズ4」にグッチのサステナブル系「オフ・ザ・グリッド」コレクションからスニーカー、バックパックなどのアクセサリーをヴァーチャル化してゲームのプレイヤーの希望者に無料で提供した。
任天堂の「どうぶつの森」にはルイ・ヴィトン、MGMの他、ラグジュアリースキンケアのタッチャ(Tatcha)も参加している。同社は昨年コロナ禍によって京都で行うはずだったインフルエンサーマーケティングキャンペーンが中止となり、代わりにどうぶつの森に「タッチャランド」を登場させた。ここにはアロ・ヨガのアクティブウェアも出ている。2,000人以上のゲーマーがヴァーチャルスキンケア・ラボや温泉、他の日本の地元の風景などを見に来たという。
MGMは2020年の秋冬コレクションから495㌦のジャカードのスカートと750㌦のベロアのトラックジャケットをデジタル化して露出したが、同社マーケティング&コミュニケーションズのトップ、ダン・マニオッチ氏は「来年が待ち遠しい。デジタルスペースでパイオニアでいることは私たちにとっては非常に重要なのです」とコメントしている。
これらは既存のゲームのアバターにスキン(服やデザイン)を着せる例だが、バレンシアガは昨年秋、コロナ禍で開催が難しくなったファッションショーの代わりにオンラインビデオゲームを開発、ここで2021年秋コレクションを発表した。「アフターワールド」でプレーヤーは2031年を旅するヒーローとしてバレンシアガの店から魅惑の森へと旅に出、その旅の途中にさまざまなバレンシアガのコレクションを着たアバターと出会う。実際に画像を見ると本当の服を見ているかのように精緻にグラフィック化されている。
今年3月にはヴォーグ誌はファッションモデルのジジ・ハディッドをアバターとしたゲームをオンライン版で発表した。ジジがスーパーマーケットで買物したり、街を散歩、最後は空を飛ぶなどのシーンの中で、シャネルから最近のファッションデザイナーまでさまざまなコレクションを着用しているのを楽しみながら実際にプレーすることができる。
ファッションショーや広告に多額の予算を持っているラグジュアリーブランドだけでなく、SCに出店するカジュアルブランドでもビデオゲームを販促に使う事例が出てきている。SCベースのヤングカジュアル、パクサン(PacSun)はゲーム開発スタジオ、メロンおよびグローバルオンラインゲームプラットフォーム、ロブロックス(Roblox)と提携し、ロブロックスのアバターマーケットプレースでパクサンの服やアクセサリーをロブロックス貨幣で販売した。800ロバックス(Robux)は9㌦99㌣だ。パクサン商品購入者には金色の翼がもらえる。6月28日時点ですでに衣料品は販売していなかったが、金色の翼は125ロバックス(1㌦56㌣)で販売していた。パクサンはこの取り組みによって、ティーンエイジャーにヴァーチャルなコミュニティを提供することを目的としており、早ければ今年秋には同プラットフォーム上での新たなプログラムを発表する予定だ。
若い世代のカジュアルからビジネスウェアを提供するケネス・コールは、6月のLGBTQの文化を称え権利を支援するプライド月間にちなみ、ゲーム開発企業ジンガと共に開発したゲーム「ハイ・ヒールズ!」で同社のプライド2021コレクションの中からTシャツ、スニーカー、時計などのアイテムをプレーヤーに提供した。同社はLGBTQコミュニティの認知や支援を拡げる一貫として、ゲームを共同開発したという。
このようにファッション業界はビデオゲームというプラットフォームを新たな世代の顧客開発に活用し始めている。今のところは商品販促というよりはブランドへの共感を高め、ゲーマーやビューワーのコミュニティの間でブランド認知度を高めることを目的としている。ゲーマーにとって、ゲームで高得点を取るだけでなく、アバターに自分が好きな服を着せたり、アバターの世話をすることは感情移入につながり、ゲーマー間の会話もはずみ、よりゲームに入り込むことができるのだと言う。インフルエンサーマーケティングがピークに差し掛かっている現在、次の世代を育てるマーケティングとしてビデオゲームへの注目度は今後も拡がりそうだ。
ターゲット社はコロナ禍にもかかわらず2020年度に小売業界でもトップクラスの好業績を残し、今年度第一四半期も好調に推移している。同社が好調なのは店舗もEコマースも売上が増加しているからだが、その理由として①消費をリードするミレニアル世代など若い世代が生活する大都市圏に小型店舗で出店を拡大、②Eコマース拡大を見越して2017年にオンデマンド配送サービス企業、シップト(Shipt)を買収し、即日配送体制を構築、③在庫管理を始め必要なシステム投資によって全1,909店舗中1,500店でクリック&コレクトサービスを提供、④マーチャンダイジング面でも高品質で低価格なプライベートブランドに力を入れ、中でも食品PBのグッド&ギャザーは年商20億ドル以上の規模にまで育っていること、⑤定期的に魅力的なブランドとの期間限定コレクションや鮮度の高いD2Cブランドを導入していること、などがあげられている。ブライアン・コーネルCEOは同社の業績好調は決してコロナ禍を追い風にしたものではなく、長期的・計画的な攻めの戦略が功を奏したためとコメントしている。
同社は昨年度中に300店舗をリニューアルする計画だったが、それを130店舗に縮小した。しかし今年3月には向こう数年間にわたって毎年40億ドルを新規出店および改装に投資することを発表し、今年度150店舗の一部が6月に終了し公開された。以下写真は左が改装前、右が改装後だ。
これらのデザインは大都市圏の小型フォーマットで試されたものであり、顧客の若返りを狙っての投資だ。大型店にはアップルストア、ディズニーストアが入店し、今後化粧品専門店アルタもインショップ展開、ますます店舗の魅力度も高める計画だ。
1)ファサード
ナチュラルなイメージの改装前に比べ、遠くからもはっきりとターゲットとわかる赤背景に白のターゲットロゴを強調し、モダンな感じになっている。しかし店内では赤、白、シルバーを基調としながらも、アクセントにナチュラルウッドが使われており、落ち着いた感じ、高級感も醸し出している。
2)カスタマーサービスカウンター
改装前はカスタマーサービスエリアはさまざまなサービスを同じ窓口で対応していたが、改装後は店舗顧客に向けた返品や交換と、Eコマース顧客のオーダーピックアップ、結婚や出産祝い用のレジストリー[2]を分け、Eコマースサービス向けにはPOSレジ端末には顧客が必要事項を入力しやすいタブレットを使用し、背景の壁面を明確に分けている。
[2] アメリカではお祝いを受け取る人が特定の小売企業を指定し、そこに自分が受け取りたい商品を登録するレジストリー制度が一般化している。贈答側は受取側が指定する企業で受取人が希望する商品リストの中から好きなものを選んで贈答する。
3)ビューティ売場
改装後は明るくモダンで、什器の高さを下げ天井にサークル状のシャンデリア照明を設置することで他の売場と異なるサロン感を出している。
4)食品売場
天井にはウッドの梁とダウンライトを用いて高級感をだし、売場全体を見渡しやすいように中央のアイランド什器は高さを抑えている。さらに、箱積みだった飲料売場も什器を導入し天井をウッドにすることで高級感を出している。
5)キッチン売場
天井に化粧品売場同様のシャンデリア照明を導入しただけでなく、プレゼン用テーブル什器を使用してコーディネーションの提案を行っている。商品が遠くから見えやすいよう什器位置を放射線状に傾斜させている。
こうして比較すると、もはやディスカウンターというより百貨店のようにすら見える。米国でも百貨店業態は異業態に市場を奪われ苦戦しているが、ターゲットの改装でさらに中価格帯百貨店は苦戦を強いられそうだ。
米国の経済活動への規制が解除され、ショッピングセンターや街の人出もほぼコロナ前に戻りつつある。ニューヨーク、マンハッタンではまだ外国人観光客は少ないものの、欧州や国内観光客は徐々に戻り始めている。5月、6月には新たな体験型店舗、本格的なリテールテイメント(retailtainment)の店が次々とオープンした。
英国内2店舗でテスト展開されていた新たな体験型店舗が6月24日、ロックフェラーセンター内に開業した。2階建て、667㎡の店舗は「ブロック・ラボ」以外はオープンフロアに以下のアミューズメントが配置されており、フロアは自由に変えられるモデュール式の設計で、今後どんな店舗にも適応できる。同社はこのコンセプトをライセンス契約店舗を含む世界100店舗以上に数年かけて拡げていく予定だ。
【一階】
●「発見の木」
入店すると目の前に天井にまで達する巨大なレインボーカラーのレゴの木がそびえ立つ。88万個以上のブロックを使い延べ1,900時間で制作した木には社会貢献・環境保護のテーマで床や幹の中にブロックの人形たちの生活や活動が作りこまれており、子供たちはそれを望遠鏡のように覗き込むことができる。
●ニューヨーク市風景
自由の女神、フリーダムタワー、ブルックリンブリッジ、地下鉄ブース、スパイダーマン、ゴーストバスターなど写真撮影にぴったりのブロック制作物が1階および2階への階段周辺をかざっており、記念写真撮影の背景には事欠かない。1階入り口右側にある実物大のイエローキャブは中に入ることができるため、写真撮影希望の家族連れが列をなしていた。
【二階】
●「ザ・ブロック・ラボ」
仕切られた部屋となっているラボ内では床・天井・壁面に双方向なアニメーション、照明、音楽が繰り広げられるテクノロジーを駆使した20分のショーを体験でき、メインキャラクターのフィツィウィッグ教授からブロック遊びを学ぶことができる。子供1人と同伴の親で15㌦(予約制)。
●パーソナライゼーション・スタジオ
今回導入した新たな体験で、「モザイクメーカー」ではブースで写真を撮り、ものの数分で自分の顔がブロックでデザインされ、そのブロックのセットを買うことができる。129㌦99㌣(予約制)。「レゴ・ミニフィギャー・ファクトリー」ではモニターで自由にミニフィギャーをデザインし、それに名入れしたブロックとギフトボックスをつけてもらえる。11㌦99㌣。どちらも事前にレジで支払いが必要だ。ミニフィギャーに後から小物を付け足すこともでき、それを選ぶキオスクでは大人も子供も大量の種類のブロックの中から夢中になって欲しいブロックを追加していた。
●ストーリーテリング・テーブル
レゴ・セットのデザインやその背景にあるストーリーをデザイナーたちがビデオで双方向に語る。来店客はビデオを見ながらそのブロックセットを作ったり、デザイナーたちに質問ができる。
筆者が視察したのは開店して最初の土曜日の午前中だったが、入店列は3組のみですぐに入店できたものの、店内は写真を撮る人、ブロックで遊ぶ人、など滞留時間の長さが目だった。また、来店客の8割は購入しており、子供だけでなく大人も一生懸命ブロックで遊ぶ姿が印象に残った。同社は現在世界50か国731店舗を持つが、2021年中に120店舗を出店する。Eコマースも成長しており、昨年度のオンラインストアのビジター数は2倍、2億5,000万に到達し、現在もペースは衰えていないとのことだ。
同店舗は従来のスワロフスキーの店舗とは異なり、什器は一切なく、壁面に隙間なく埋め込まれた宝石箱の中にジュエリーや置物、時計などが散りばめられた、文字通りのワンダーストアだ。今年2月にミラノに1号店が開業、その後パリ、ニューヨークのソーホーとロックフェラーセンター、上海に開業し、今後27店舗の開業を予定している。
店舗コンセプトとデザインは同社クリエティブディレクターのジョバンナ・エンゲルバート氏が開発したもので、各店舗の内装の色は店ごとに白、ピンク、グリーン、ブルー、イエローのいずれかに統一されている(店舗面積が広いソーホー店はピンクとグリーンの2ゾーンに分かれている)。
陳列は商品のクリスタルの色(ホワイト、パープル、グリーン、ブルーなど)ごとにグループ分けされているものの、遠目からはただグリーンの壁、としか見えず、近づいてみても、アイテムもデザインも特に規則はなく自由自在に並べてあるようだ。ここは「まずワオ!と驚き、近づいて1つ1つの宝石箱の商品にうっとりし、最後はスタイリストと共に探検」する場で、商品を驚き半分で眺めているとスタイリストが近づいてきて、商品を詳しく説明したり、買物の相談に乗る。
店内には陳列什器やストック棚、ラッピングステーションはなく、店内にあるカウンターの下から必要な時に小さなモバイル決済デバイスを取り出してくる。販売商品はドアで仕切られた後方スペースに保管されている。普通のスワロフスキー店なら什器内にコレクションごと、用途ごとに整然と並んでいるため、スタイリストがいてもセルフサービスが可能で、自分でサッと見て素通りしてしまうことも多いだろう。しかしこの店舗ではお客様がディスプレーに見とれるているうちにスタイリストは会話をする機会をとらえやすく、購買までのショッピングジャーニーにスタイリストが同乗できる時間が長い。筆者もキラキラ輝くクリスタルを見ながら話を聞くうちに、気が付いたらそのうち買おうと思っていたウェビナー用イヤリングを購入していた。
購入後メールが届き、Eコマースにリンク、ここで同社の120年以上の歴史と技術、クラフトマンシップのストーリーや動画に簡単にアクセスできる。筆者は広報資料を読み、店内写真を見た時には奇をてらっているだけのようでピンとこなかったが、来店して、実は計算されたオムニチャネル戦略に基づいた体験型の店舗なのだと納得した。
グーグルは過去に何度もポップアップストアを展開してきたが、6月17日、マンハッタン、チェルシーにある本社1階に本格的な店舗を開業した。基本的には同社のピクセル・フォン、ネスト、フィットビットなどの製品のショールーム兼店舗だ。またハードウェアだけでなく、グーグル検索、グーグルアシスタント他のソフトウェアについての相談や背景にあるシステムのコンセプトなどをヴィジュアル体験することもできる。以下が主な機能だ。なお筆者は6月27日日曜日夕方5時頃視察した。
●サステナビリティ
同店舗は米国グリーンビルディング審議会認証LEEDプラチナ仕様となっている。壁面素材のべニアはサステナブル素材で、照明は省エネ仕様、店内のソファーや子供客向けの家具も地元ブルックリンの職人によるコルクや木を素材としたものだ。
●グーグルイマジネーションスペース
5メートル以上ある円筒状のスペースはグーグルの製品やテクノロジーを双方向で体験する場で、開業時はグーグル翻訳機能における同社の機械学習機能を体験するものだった。マイクに向かって話すとそれを24の言語に翻訳し、システムの裏側で何が起こっているかを図解してくれる。筆者も試したが、まずここが何をする場所であるかをスタッフに尋ねてもよく理解していないようで「とにかくマイクに向かって話して」としか説明を受けなかった。マスクごしに何度か違う内容の会話を試したが、店内の音楽が災いしたのか英語のアクセントの問題か、翻訳は必ずしも正しくはなかった。
●サンドボックス
3つの遮音された部屋があり、ネスト製品をリビングルームの設定で試すことができる部屋、ステイディアでゲームを遊べる部屋、ピクセルの最新カメラの照明調節機能を体験できる部屋がある。ここには常に人が入り、リラックスした様子で製品を楽しく試している様子だった。
●サポートデスク
ピクセルのその場での修理を含め、グーグルの全製品に関するヘルプデスクだ。筆者視察時にはここに一番お客様が集まっていた。
●ワークショップスペース
視察時にはあいにく何も開催されていなかったが、20人程度が着席でき、大スクリーンが設置されたオープンスペースではピクセルの撮影教室、ネストでの料理デモンストレーション、ユーチューブ・コンサートなどのイベントを開催する。
同店舗はマンハッタンの観光スポットの1つ、チェルシーマーケットの対面で、スターバックス・リサーヴ、アップルストアもはす向かいにある、集客には最適な立地だ。しかし465㎡というアップルストアとは比較にならないこじんまりとしたスペースで、特別わくわくするような仕掛けがある訳でもなく、ヘルプデスクも潜在的には巨大であろうグーグルのソフト、ハードのトラブル解決に本腰を入れて対応するわけでもなく、過去に楽しませてもらったポップアップの数々に比べて、いささか見劣りがする店舗である。何よりも、まだ開業して日も浅いというのにスタッフの訓練が足りていないのか、「コルクのソファーって珍しいわね」と話しかけたら、「でしょう?座り心地は悪いんだけど、環境にはいいんだよ」と返答して、どこかに去っていった。それ以上突っ込んだ質問を避けたかったのかもしれない。
マンハッタンではこの他6月4日にハリーポッターストアも開業したが、これは後日に譲ることにして、12か月間コロナで停止していた街で小売業の未来への実験、リテールテイメント出店が再開した。これらを実現させた人々に感謝と敬意を感じぜずにはいられなかった。
【在米リテールストラテジスト 平山幸江】