例年世界各国から4万人前後が参加するNRFビッグショーが1月12日から6日間にわたってヴァーチャルで開催された。今年はイベント形式が変わっただけでなくスピーカーもCEOが減り、戦略系、技術系部門トップによる「デジタルトランスフォメーションによっていかにコロナ禍を乗り切ったか」というテーマの講演が目立った。また昨年夏のブラック・ライブズ・マター運動の影響でスピーカーの40%強は女性で、アフリカ系、アジア系アメリカ人の登壇も例年より目立った。
ベッド・バス&ビヨンド社はアマゾンに売上を取られただけでなく、DXの遅れや店舗の劣化などによって、2016年度第4四半期以降売上既存比はマイナスが続いた。2019年11月にターゲット社CMOから同社CEOに就任したマーク・トリットン氏は、800店舗以上あったクリスマスツリーショップとそのディストリビューションセンターの売却、店舗と本社社員3,300人の解雇、ベッド・バス&ビヨンド店200店舗削減、マーケティング、マーチャンダイジング、デジタル、ブランドなど6部門のトップの総入れ替えなどの改革を行ってきた。
改革はコロナ禍によるEコマース売上急増によりさらに加速し、店舗からEコマースオーダーをフルフィルメントする機能を高め、5月には店舗および駐車場でのカーブサイドピックアップを全店の90%に拡大、9月にはオンデマンド配送サービスのシップトとインスタカートと契約し、即日配送を開始した。これらの努力が功を奏して、2020年度第2四半期には2016年度第4四半期以降初めて既存比6%とプラスに転じた(図表1)。
「次のデジタルトランスフォメーション戦略」というタイトルのセッションには、同社チーフブランドオフィサーのシンディ・デイヴィス氏とCOOのジョン・ハートマン氏が登壇した。ハートマン氏は「前経営陣はEコマース売上の拡大に力を入れ、グーグルクラウドにシフトしていたものの、前述のように業績に結び付いていなかった。新経営陣は顧客中心のオムニチャネル戦略に焦点をあて、よりデータを活用し、シームレスなオムニチャネル経験の提供にシフトした」と述べた。その具体的な例としてデイヴィス氏は「秋の新学期商戦では学校がリモート学習となり、特に(大学で寮に入り新生活をするはずの)学生を持つ家族はがっかりしたに違いない。そこで私たちは高校生たちが自分の部屋をすぐに寮に変えられるよう無料デザインサービスを含めた『カレッジ・フロム・ホーム』ページをEコマースを立ち上げた。また、ホリディ商戦も昨年は何に焦点を当てれば良いかを徹底的にデータとインサイトに学んだ。その結果、若い人たちが突然家で自分でコーヒーを淹れて飲むようになった、というような消費の変化の詳細をデータからキャッチし迅速に対応し、それが実を結んだ」と語った。
同社は昨年10月に経営再生3か年計画を発表し、①全体の60%に及ぶ450店舗の改装、②サプライチェーン、③テクノロジープラットフォームのアップデートと革新にそれぞれ2億5,000万ドルずつ投資する。自社株買戻しなどを含めて3年間で総額10~15億ドルを投資し、3年後には売上成長率は対前年5%を見込んでいる。
「2025年の店舗を形成するテクノロジー」というテーマのセッションでは、天然素材のスニーカーのオールバーズ、Eコマースプラットフォームのショッピファイなどが店舗の新たな価値について議論した。
オールバーズのグローバルリテールオペレーション部ヘッドのトラヴィス・ボイス氏は、Eコマースから始まった同ブランドが中国やニュージーランドにも店舗を出していることについて「店舗を開くのは顧客経験(創出)のためだ。店舗は私たちに顧客と過ごす時間という機会を与えてくれる。店舗は地元のコミュニティに関わり、ハブとなると思う」と語った。しかし一方で「コロナ前は私たちはそういう店舗経験に焦点を当てていた。だがコロナ禍が始まって以降はよりホリスティックに考えるようになり、顧客が全チャネルを訪れることを重視するようになった。次のステップは顧客により良いオムニチャネル経験を提供することだ。クリック&コレクト、カーブサイドピックアップ、店舗からの出荷、店内に入ってきた人が既に当社のEコマースで買ったことがある人かどうかがわかること、などが重要だ」と店舗の役割の変化について述べた。
ショッピファイのプロダクト・ディレクター、アーパン・ポデュテュリ氏は、今回の何十年に一度の危機の中で、同社がクリック&コレクト、ラストマイル配送、ソーシャルコマースなど出店者のニーズに合わせて様々な機能を実現するアプリケーションを開発してきたことに触れた。未来の小売の重要な課題の1つが来店客の認証だろう。ポデュテュリ氏は「入店した時に顔認証などの技術を使わずにEコマースの顧客であることを認証し、好みや購買歴、誕生日などの情報のもとに接客できる技術はこの数年以内に開発されるだろう」としながらも、「顧客がそれを好ましく感じるかどうか、またどのように技術を使うかについて①企業は責任を負うこと、②技術開発者はトランスペアレントであること」を指摘した。
また同氏は「現在Eコマースは急成長しているが、不動産コストは(店舗撤退で)下がっており、一方オンライン事業コストは上がっているので、地元に良いコミュニティを築くことの重要性を理解している新たなブランドは、出店も行うのではないか」とコメントした。
ボイス氏は最も優れたリテーラーはどこかという質問に対し「コミュニティを自然に構築しているルルレモン、顧客サービスおよびトレーニングが優れたワービーパーカー」の名を挙げた。
コロナ禍は数年前から実用化に向けた開発が進んでいたヴァーチャルフィッティングツールを、一気に市場に拡げて始めている。
ナイキは昨年12月にヴァーチャルに試着が可能な「ナイキ・ヴァーチャルビュー」を発表した。これは2016年にシアトルで創業したオムニヴォア(Omnivor)社の3Dホログラム技術とARを活用したアプリで、自分のサイズと体型に近いヴァーチャルモデルに、興味ある商品を試着させることができる。モデルは立体的でイラストや写真ではなく本当の人間のように見える。このモデルを360度回転させることができ、横や後ろ側からどう見えるか、を確認できる。
このアプリは現時点ではスポーツ専門店、フィニッシュラインおよびJDスポーツ限定だ。店内でQRコードを探しスマートフォンでスキャンする、もしくはスマートフォンでオンラインストアやアプリに入り、ナイキ・ヴァーチャルビューをクリックする。
ナイキによるとこのツールを利用した購入者は平均より購入点数が多く、返品が少ない。また、利用者の半数以上は1回以上このツールを利用している。オムニヴォア社は現在ナイキのために靴を3Dで見せるプログラムに取り組んでいると言う。
ブライダルドレス大手のデイヴィッド・ブライダル社は、コロナ禍が始まってすぐにヴァーチャルウェディングスタイリストやオンライン上の結婚式プロジェクト管理ボードなどのDXを進めた。昨年10月にはヴァーテブレ(Vertebrae)社の3D技術を使ってウェディングドレス52デザインをスマートフォンやPC上でヴァーチャルなマネキンに着用させ、360度回転させて見ることができるサービスを開始した。立体的に見えるだけでなく、シルエットや素材、ビーズ、レースなどのディテールを確認できるようズームインも可能だ。
また、花嫁の友人達(ブライドメイド)が着る、お揃いのブライドメイド用ドレスを友人たちと選ぶ際に、もし既にウェディングドレスが自宅にあればそれを着用して自撮りモードにし、AR技術でブライドメイド用ドレスの候補を並べて、集合写真を撮る際、どのデザインがウェディングドレスとマッチするかを選ぶこともできる。
結婚式という一大イベントの準備に、少しでも来店や友人同士の接触を減らし、自宅で選択できるように配慮したデジタルサービスだ。
アマゾンは昨年12月にヴァーチャルモデルを使ってTシャツをカスタマイズできる「メイド・フォー・ユー」プログラムを開始した。25ドルでTシャツの素材、色、身丈、フィット、ネックライン、袖丈を選ぶことができる。
オーダーするためには、アマゾンのアプリに身長、体重、自分の全身写真2枚を提出する。これらのデータはアマゾンが「ヴァーチャル・ボディダブル(仮想の人体模型)」を作るために使われ、使用後は自動的に破棄される。カスタマイズの過程で顧客はボディダブルに着せて、自分で長さを調節したり、ネックラインのデザインを変えることができる。画像はズームイン・ズームアウト、360度回転が可能だ。オーダーは製造に5日かかり、配送方法は自由に選べる。返品はどのような理由であっても受け入れ、無料だ。近い将来Tシャツ以外のアイテムもカスタマイズする計画だ。
アマゾンは使用技術の詳細を公表していないが、2019年6月に化粧品のヴァーチャルトライサービスを始めた時にはモディフェイス(ModiFace)のAR技術を利用した。
このように、ヴァーチャルフィッティングや実際に商品を見るのと変わらないほどの視覚的な商品情報を提供することは、今後、小売業界のスタンダードとなっていくのではないだろうか。
2019年チャプター11入りし、全店舗撤退となったバーニーズだがオーセンティックブランズグループに買収され、その救済計画の1つがサックスフィフスアベニューへのインショップのライセンス権供与だった。1月15日にサックスのニューヨーク5番街本店(5,017㎡)、および1月25日にコネチカット州グリニッチ(1,300㎡)に「バーニーズ・アット・サックス」として開業した。
マーチャンダイジングはサックスの商品部が行っており、①バーニーズ導入による新規およびエクスクルーシブな16ブランド、②以前からサックスが販売してきたキー・ブランド、から構成している。バーニーズのVIP顧客を迎え入れるために、専用のプライベートな試着室があり、ここでは軽食なども提供できる。他にバーニーズ・アット・サックス限定サービスとして、ビデオ会議プラットフォームを使ってヴァーチャルに店内を案内したり、バーニーズ購入品をマンハッタングリニッチには即日配送をする。売場奥、ロックフェラーセンター側には「ハニーブレインズ(Honeybrains)」という脳の健康に良い飲料、スナックを提供するカジュアルなカフェが併設されている[1]。
サックスのチーフマーチャント、トレーシー・マルゴリーズ氏はハーパーズ・バザー誌の取材で「バーニーズ・アット・サックスを概念化する際、私たちはバーニーズ・ニューヨークの精神を貴ぶだけでなく、現代のラグジュアリー消費者を映し出す3本の柱に焦点を当てました。それは、発見、予想外、そしておもしろさ、です」と語っている。またバーニーズ・アット・サックスという名称については「サックスが翻訳したバーニーズだから」[2]とコメントしている。
筆者が本店のバーニーズ・アット・サックスを訪れた印象は、「頑張ってバーニーズ・ニューヨーク・マジソン街本店の世界観を表現しようとしているが、百貨店という器の中にある制限上、クールじゃないお客は寄せ付けないという緊張感は無い」というものだった。前のコンテンポラリー売場から改装せずに什器とプロップを変えているだけなので、そういう印象になるのかもしれない。しかし、メイン通路にフィーチャーしているデザイナー商品は、従来のサックスには無かった冒険的な要素が見られた。
ヴォーグ誌は、「サックスがどのようにバーニーズのレガシーを翻訳し続けようとしているのかを見るのはエキサイティングなことだ。究極のニューヨークスタイルを代表する特異な店と戦うのは確かに大変なことだが、ファッションにおける2つの異なる声を調和させるという計画は2021年において確かに価値がある」[3]とその難しさを指摘しているものの、一方で、同売場を取材した時に、ライブストリームなどで既に見ていたバレンシアガのだまし絵ジーンズが、実際に手に取って見てみるとあまりにも素晴らしく、ライブではデニムだと思っていたものが実はシルクだとわかった時の衝撃にも触れている。ファッション、特にラグジュアリーファッションは店舗で実際にモノを見て触ることがいかに大切であるか、その意味では、たとえ館からインショップへと器が変わっても、店舗で商品を見せることの価値をヴォーグ誌は伝えていた。
[1] 2020年2月時点では店内飲食禁止のためテイクアウトのみ
[2] https://www.harpersbazaar.com/fashion/designers/a35218605/barney-at-saks-launch/
[3] https://www.vogue.com/article/barneys-at-saks-opens-in-new-york
【在米リテールストラテジスト 平山幸江】