■急増する少人数のグループ学習「ラーニングポッド」
アメリカでは州や学校によって異なるが、新学期は8月末から9月上旬に始まる。このために必要な買物を始めるのが7月末からで、文房具やパソコンだけでなく衣料品、靴、バッグ、大学寮などに移り住むため必要なベッドリネン、小型家具、キッチン用品など、広範囲なカテゴリーで商品が売れるためバックトゥスクール(Back To School、以後BTS)商戦はホリディ商戦に次いで大きな市場だ。全米小売業協会のアンケート調査では、小学生から高校生までの子供を持つ家庭は今年のBTS期間中に平均$789.49の支出を計画しており、昨年の$696.70を90ドル近く上回る予定だ[1]。
ところが今年は8月半ばになっても、オンライン授業を継続するか、対面授業かが決まらない教育機関が多く、結局多くはハイブリッド(オンラインと対面の混合)に落ち着いたがこれがBTS商戦の立ち上がりを緩やかにし、加えて相変わらずの失業率の高さや、失業者に対する連邦政府からの毎週600ドルの補助金支給が7月末で終了したことなどから、8月の小売販売総額は3か月連続で前月を超えたものの、前月比0.6%、7月の0.9%より緩やかな伸びとなった。
【親が自発的に組織する学習塾、ラーニングポッドが拡大】
しかし今年の最大の特徴は、リモートを取り巻く家庭内の環境作りやサービスへの支出が増えたことだろう。アメリカンエクスプレスのトレンデックス調査によると昨年より今年多く支出する項目は「テクノロジー」30%、次いで「リモートワーク環境の改善」27%だった。同調査に回答した人の55%は、「他の家族と子育てを共同で行うことを検討している」と答えており、オンライン授業で家庭での負担が増えた分、教育支援サービスへのニーズも高いこともうかがえる。
別の調査では61%の親が「学校が再開しても、ワクチンが開発されるまでは子供を学校に送ることをためらっている」[2]と回答している。しかし、オンライン授業だけでは教育の質が下がる、子供が幼い場合は誰かがオンライン授業を付き添わないと自分もリモートワークがしづらい、という課題がある。そこで、近所の親同士が3人から10人以内の子供を集めて交代で監督を行ったり、プロの教師を共同で雇って屋外でソーシャルディスタンスを取りながら授業をしてもらう、という自発的な学習グループ活動が生まれている。このような活動はラーニングポッド(learning pods)またはミクロスクール(micro school)、パンデミックポッド(pandemic pods)と呼ばれており、全米に拡がりつつある。
ニューヨークタイムズ紙(2020年8月18日)はラーニングポッドの定義を始め、ニューヨーク近郊のポッドや教師の探し方、教師への謝礼、ポッドで留意すべき点、などを細かく調べ紹介した[3]。2015年に創業したオンライン学習塾のアウトスクール社は、コロナ禍をきっかけに、オンライン授業だけでなく、家族同士でラーニングポッドを企画・開催する手伝いも行っており、参加者は今年3月以降、40倍に増えたという。指導料を含めた参加費用は内容によってまちまちだが、個人家庭教師を雇う場合の相場である1時間40ドルから200ドルに対して相当格安になる。
モノが売れにくい中、このような新たなニーズへのサービス事業は着実に成長している。
[1] https://blog.outschool.com/many-parents-uncomfortable-with-sending-children-back-to-school-this-fall-survey-finds/
[2] https://www.nytimes.com/article/learning-pods-coronavirus.html
[3] https://nrf.com/insights/holiday-and-seasonal-trends/back-school
■アマゾンがラグジュアリーファッションビジネスに参入
ファッションビジネスはアマゾンが長年制覇を目指してきたカテゴリーだ。2015年にニューヨークファッションウィークのメンズコレクションのスポンサーとなり、2016年にはプライベートブランド開発チームを立ち上げ、衣料品販売額ではメーシーズを抜いて全米1位となった。2017年にはハーバードビジネススクール卒でラルフローレン他でキャリアを積んだクリスティン・ボーシャン氏をファッション部門トップに登用し、AIがオケ―ジョンにふさわしい服を選んでくれるヴァーチャルスタイリストのアマゾンエコー・ルックを発売[4]、2018年にはサブスクリプションモデルの「アマゾン・ワードローブ」を導入した。その努力の結果、カジュアルファッションでは着実に売上を伸ばしているが、ラグジュアリーファッション分野には「日用品を幅広く安く売るサイト」のイメージが強く、食い込めずにいた。
[4] エコールックは今年春、静かに廃盤となっている。
【「ラグジュアリー・ストアズ」のビジネスモデル】
しかし9月15日、ラグジュアリーファッションの世界を高画質かつインタラクティブな環境で探索し、そのストーリーを楽しむことができる新サイト「ラグジュアリー・ストアズ(Luxury Stores)」を立ち上げた。現時点ではプライム会員のうち招待された人のみがブラウズし購入できる。
プラットフォームには顧客エンゲージメントを拡大するため、エンターテイメントやハイテクノロジーの要素が組み込まれており、立ち上げ時にはロンドン出身でカール・ラガーフェルドが好んで起用したモデルかつ女優のカ—ラ・デルヴィ―ニュが出演するビデオを配信し、モデルが着用した服を360度回転して見られる「ビュー・イン360(View in 360)」を提供している。今後TV、フィルム、ライブストリーミングなども追加していくようだ。
ビジネスモデルはコンセッション(使用権供与)で、ファッションブランドはアマゾンのプラットフォームに使用料を払うが、デジタルストアのデザインや在庫管理、マークダウンなど全てを自社管理できるため、ブランドの世界観を十分に表現できる。また、アマゾンの即日配送やプライムエア配送を利用でき、欲しいものは今すぐ手に入れたい富裕な顧客層にとって大きな魅力になると見られている。アマゾン側はその売上などのデータにアクセスすることができるため、同社の今後のラグジュアリーファッション戦略の大きな武器となるだろう。今回の立ち上げにはオスカー・デ・ラ・レンタが参画した。今後ブランドを拡充し、まだ販路が少ない若手のデザイナーブランドも拡げていく。
【直接競合のファーフェッチの動向】
今後、直接競合となるのは、ファーフェッチやネッタポルテなどグローバルファッションEコマースだ。ファーフェッチ(Farfetch)CEO、ジョゼ・ネヴェス氏はウィメンズデイリー紙の取材に「アマゾンを低く評価することは決してありません。我々のデータと取引先のブランドとの会話からみても、アマゾンがこの業界でパイを広げていくのはかなり先の話でしょう。しかし、しっかりと彼らの動向は見据えていくつもりです。[5]」と答えている。
そのファーフェッチは、毎月約1,000万のビジターを持ち、2019年度の売上高は10億米ドル以上、世界190か国以上に出荷している。2018年9月にニューヨーク証券取引所に上場を果たした。しかし過去一度も黒字化したことはなく、過去5年間赤字幅は拡がり続けている。
[5] https://wwd.com/business-news/business-features/farfetch-jose-neves-amazon-second-quater-coronavirus-off-white-new-guards-1203699914/
アマゾン市場参入を意識してか、同社は9月半ばに「ファッションの世界に向けて扉を開こう(Open Doors to a World of Fashion)」というキャンペーンを行い、ロンドンの著名クリエーター、アーティスト、女優、中国、ナイジェリア、インドから新規モデルを採用して、「コロナ禍で現実世界で旅行をしたり買物をできなくても、私たちはファッションの世界をどこにでも、今も将来も届けます」というメッセージを送った。このようなブランド自体の広告は同社としては初めてのことで、同社チーフブランドオフィサーのホリー・ロジャース氏は「ファーフェッチは今、会社として第2章にいます。」とコメントしている。アマゾンの攻勢をいかにかわすのか、赤字拡大をいつまで投資家が容認するのか、今後の行方が注目される。
出所:ファーフェッチ社提供
■アップルも参入-ホーム・フィットネス業界の競争が過熱
コロナ拡大前は業績が右肩上がりだったフィットネスクラブがコロナ禍で苦戦する中、感染予防とリモートワークの定着により、自宅でフィットネスがブームとなっている。コロナ拡大以前から人気だった、自宅でヴァーチャルにインストラクターとワークアウトができるフィットネスバイク販売のぺロトン・インタラクティブ社は文字通りコロナを追い風い成長を続けている。しかし新規参入も多く、いよいよアップルも年内に参入を発表した。
【ぺロトンのビジネスモデルと業績】
出所:ぺロトン・インタラクティブ社提供
2012年に創業し、昨年9月にナスダック上場を果たした同社の事業は、①高額な屋内サイクリングバイク($2,245)、スレッドミル($4,295)の器具販売、②セレブ的インストラクターのクラスにライブまたはオンデマンド配信で参加できるヴァーチャルクラスのサブスクリプションで、会員は10種類以上のワークアウト、1万以上のクラス、毎日20以上のライブクラスに参加でき、自分のパフォーマンスのデジタル管理
をしながら他の会員のパフォーマンスをリアルタイムに見てモチベーションをあげることができる。同社は事業を、ヴァーチャルにインストラクターや他の会員とつながることができる「コネクテッド・フィットネス」と定義している。
同社は図表2の通り、2018年6月期以降、毎年売上は2倍となっている。直近の2020年6月度の数字を見ると、売上の内訳は器具販売が80%、ワークアウトのサブスクリプションサービスが20%だが、粗利益率を見ると器具販売が43.0%、サブスクリプションサービスが57.8%、と後者の方が利益率が高い。しかし、営業支出、特に販売・マーケティング費用と一般管理費が大きく、4期連続で赤字決算だ。ただし、昨年度は赤字幅が前年度の4倍に膨らんだが、直近の2020年6月期には前年の36%にまで圧縮している。
ぺロトンの成長を支えてきたのは当初は口コミで、ウルトラマラソン選手のロビン・アルゾン、ダンサー、モデルでスポーツ界のアリーナホストも務めるアリー・ラヴなどセレブ的存在のインストラクターたちが、自宅でサイクリングをする姿をソーシャルメディアなどで紹介したのがきっかけだ。俳優のヒュー・ジャックマン、オリンピックのスプリンター金メダリストのウセイン・ボルト、ヴァージン・グループのリチャード・ブランソンなども会員に名を連ねている。
図表5にあるように会員数は100万人を超える一方で、月当たりの平均解約率は0.62%と低く、会員当たりの平均ワークアウト数も17.9回、3年前の8.4回から2倍以上となり、会員が熱心に参加している様子が伺える。
【さまざまなハイテク器具が開発され、競合も激化】
ホーム・フィットネス市場は140億ドルと言われているが、ぺロトンの成功により、数多くのスタートアップ企業が似たようなビジネスモデルだが特長のある器具を開発し、投資家の注目を集めている。
※各社ビジネスモデルの比較は8ページ図表6を参照ください。
●ミラー
5月にヨガウェアのルルレモンに5億ドルで買収されたミラーは、鏡1枚で20以上のワークアウトができ、脈拍測定器とコネクトしてパフォーマンスを測る。
ぺロトン同様にオンデマンドとライブ配信のクラスがあるが、ぺロトンが提供していない一対一のパーソナルトレーニングも提供している。ミラーの鏡はぺロトンのバイクの3分の2で、使用しない時は普通の鏡としても利用できるので、リビングルームなどに設置しても器具が目障りにならないのも利点だろう。
出所:ミラー社提供
●トナル
AIと17のセンサーがリアルタイムで正確に重量負荷を管理・測定するウェイトリフトマシーンが人気だ。もしウェイトが重過ぎる場合は、自動的に無理なく支えられる重要に変更する。フィットネスクラブにある器具より小型なので、忙しい人が自宅で筋肉トレーニングをするのにはうってつけだ。
出所:トナル社提供
●ハイドロウ
世界中の川でボート競技の訓練をヴァーチャルにできるのが魅力だ。器具の価格はぺロトンと同じくらいだが、サブスクリプションフィーは約3倍、しかしローイングはバイクと異なり上半身、下半身の両方を鍛えられるので、費用対効果は悪くない、ということだろう。実際のボート競技のようにヴァーチャルなグループトレーニングができるのも特長だ。
ぺロトンを含めてこれらの器具はコロナのピーク時には生産が追い付かず、1か月前後待たされることもある。
出所:ハイドロウ社提供
●ぺロトンの新機種
ぺロトンは9月9日、新機種のバイクとランニングスレッド
ミルの発売を発表した。新たなバイクの特徴は①23.8インチの回転式HDタッチパネルスクリーン、②スピーカーシステムを改良、③アップルウォッチとのデータ統合が可能、④運動負荷を自動的に調節、という機能で、価格は$2,495だ。同時に既存のバイクの価格を$2,295から$1,895に下げた。
スレッドミルは従来の$4,295に対して$2,495と安いモデルを開発、バイク同様23.8インチの回転式スクリーンが付き、マシーンサイズが長さ68インチx幅33インチx高さ62インチと小型になっている。こちらはイギリスで先行販売し、アメリカでは来年発売する。
【アップルの参入とぺロトンの新機種投入】
アップルはこの市場に目を付け、「フィットネス+」というサブスクリプションを年内に開始する。月額$12.99または年会費$79.99と他社に比べ、低価格だ。必要な器具はアップルウォッチシリーズ3以上とiフォン(6S以降の新機種、またはSE)、もしくはiパッドかアップルTVだ。既にこれらの機器をもっている人には非常にお得なホーム・フィットネスができる。また、アップル・ジムキットが使えるランニングスレッドミルやバイクを持っている人なら、アップルウォッチのデータと器具のデータをシンクロさせることが可能だ。
アップルはミュージック、TV、iクラウドなど複数のサブスクリプションサービスをまとめて提供する「アップル・ワン(Apple One)」も9月半ばに開始し、プレミエール会員月額$29.95だとフィットネス+を含む全6サービスを利用できる。
フィットネス専門家は、アップルのフィットネス+は大型の器具投資をして本格的にホームフィットネスをやるかどうかわからない人たちや、既に器具をもっているユーザーを対象とし、必ずしもぺロトン他のビジネスモデルとは競合しないと見ている。この市場が細分化し、多様化しながら拡大することは間違いないだろう。
【在米リテールストラテジスト 平山幸江】