ビクトリアズシークレット(VS)と言えば年末のファッションショー、美人モデルのエンジェルたちが下着姿でランウェイを歩くイベントがポップカルチャーにもなり、一時期は女性下着市場の3分の1を占めるブランドに成長した。しかし2016年頃からセクシー路線のマンネリ化、経営トップの不祥事やトランスジェンダー、プラスサイズへの差別発言の一方で、女性の視線から女性が快適に着用できる下着を標ぼうしたD2Cブランドが複数成長し、VSは売上減少、19年には差別発言と社員やモデルへのセクハラでチーフマーケティングオフィサーが辞職、20年1月には当時VSの親会社だったLブランズ社会長兼CEOが辞任した。
しかしその後コロナ禍で消費者の生活も大きく変わり、VSは21年8月に親会社からスピンオフしてNY株式市場に上場し、現CEOのマーティン・ウォーターズ氏が経営再建に乗り出した。同社はブランド戦略の改革から始め、個人差や多様性を認めるブランドキャンペーンを世界各国で開始、モデルにはさまざまな人種や体形の人を採用し、店内マネキンにもこれを反映させている。商品も「女性の視点から見たセクシー路線」に調整し、ティーンエイジャー向けのカジュアルでベーシックなデザインの姉妹ブランド、ピンクを相互補完的に購入でき相乗効果を得られるよう、統合を行った。その1つがロイヤリティプログラムの一元化で、従来はVSクレジットカードの購入特典制度と「ピンク・ネーション」の会員制度は別になっていたが、今年2月から「VS&ピンク・コレクティブ」リワードプログラムとして統合し、どちらで何を購入しても誕生日には10ドル商品券進呈、無料配送の提供を行い、年間購入金額が300ドル以上、750ドル以上では段階的に特典を追加している。現時点ではテスト段階として特定の州在住顧客のうち30%をプログラムに招待しているが、年内に全顧客を対象とする計画だ。
また、ブランドイメージを革新するだけでなく、新たな顧客層を開拓する戦略として、今年1月には前述のD2Cブランド群の一社、アドアミー(Adore Me)の買収を完了し、VS、ピンクとは異なった、より自立・成熟した女性客の客層を広げる。2月には日本のテニス選手、ナオミ・オオサカ氏からインスピレーションを得て開発した「ビクトリアズシークレットxナオミ・オオサカ」コレクションを発売した。オオサカ氏は、記録的勝利の強いイメージだけではなく、うつ病との闘いも正直に公表したリアルな人間として多くのアメリカ人の共感を得ており、大きく変化した現代の消費者のハートに訴える戦略を次々に打ち出している。
同社の業績は図表の通り、まだコロナ禍前の水準には戻っていないが、赤字からは脱却し、2022年度速報(3月3日時点)によると、小売業界全体で過剰在庫が共通の課題となっているが、同社は昨年ホリディ商戦での在庫管理が成功し、在庫高の対前年削減率は二桁で良い状況で23年度を迎えたという。
一度離反した顧客を取り戻すことは難しい。しかし販路別売上高を見ると米国店舗販売は減少傾向が止まらないようだが、ダイレクトや海外には売上改善の余地がありそうだ。同社はオムニチャネル戦略への投資が遅れていたが、D2Cブランドを傘下に入れたことでEコマース売上拡大のノウハウを活用し、VS社全体のオムニチャネル戦略を前進させる可能性もでてきた。さらに、VSとピンクブランドは、アマゾンでの販売も開始している。
まだ同社の経営再建が成功するかどうか不透明な部分はあるものの、これらの更生戦略が開花する可能性も残っていそうだ。3月3日の業績発表時に、同社CFOは2018年を最後に中止していたファッションショーを、違う形で再開すると公表した。VS再生を祝うビッグイベントとなるのかどうか、楽しみだ。
環境に良いサステナブルな建築物、グリーンビルディングの認証制度、LEEDは有名だが、アメリカの不動産開発業者の間ではSEAM(Social Equity Assessment Method)、コミュニティにとってポジティブな社会的影響を与えることができるかどうかを評価する社会的公平性評価プログラムが話題になっている。
SEAMは2018年に商業不動産業界で15年以上の経験を持ち、現在大手商業不動産企業JLL社の幹部でもあるレイニー・シェイン氏とアレックス・デミスティハス氏が創業した非営利団体で、本社はアトランタにある。SEAMスタンダード™ は国連のSDGs、ISO26000、世界経済フォーラムなど国際的に認められている基準を基に、以下の社会的サステナビリティ4テーマ、8コンセプトについて商業不動産を評価・認証する。
要するに、より人権や福利厚生に関わる領域での認証制度だ。同社はまもなく約25社とパイロットプログラムを開始し、参加企業の店舗やショッピングセンターが混雑した場所に圧倒されたり混乱しやすい人々のために静かな部屋を用意しているか、光に弱い人々のために照度を落とした場所があるか、授乳室があるか、などを確認していく。SEAMはサステナビリティ目標の中でも、特に精神面での健康状況やジェンダーアイデンティティを評価する点で、世界で初の社会的インパクトを持つ認証制度だという。
シェイン氏は「JLL社のクライアントは何らかの社会的イノベーションを求めており、(SEAMへの参加には)さまざまな企業が関心を寄せている。私たちは、小売業界はSEAMを活用することでブランド認知度もあがると予測している。ミレニアル世代、Z世代は社会的責任を基準に購買の意思決定をする傾向にある」と小売メディア、チェーンストアエイジの取材に答えている。
SEAM認証プロジェクトの第一号はアーバンヴィジョンズ社で、シアトルのパイオニアスクエア地区内の住宅プロジェクト、ザ・ジャックを申請した。シェイン氏は向こう5年のうちに、このような社会的インパクトの認定は不動産所有者や開発者にとって義務化していくだろうと語っている。同氏によると既にニューヨーク州とカリフォルニア州は社会的報告することによってファイナンスや減税、低利子を適応する法を通過させており、やがて商業不動産事業のメリット分析の対象にもなっていくだろうと述べている。
★SEAMの詳細へのリンク:https://www.seamcertification.org/
昨年12月6日、ウォルマートのダグ・マクミロン氏はCNBCのテレビ番組取材で店内での盗難、万引きが急増していることに触れ、状況が改善しなければ「(商品)価格がさらに高騰し、店舗を閉めることになる」と発言した。全米の小売店舗でコロナ禍以降、盗難が大きな社会問題になっていることは以前もご報告したが、全米小売業協会の調べでは2021年のみで盗難被害額は945億ドル、平均して年商の1.4%と見られている。その中で特に多い組織的犯罪は21年度に26%増加している。
2月にウォルマートは10店舗の閉鎖を発表したが、そのうちオレゴン州ポートランドの2店舗は盗難による減耗率が大きすぎるのが原因と見られている。ポートランドでは盗難が大きな問題になっており、ナイキは同市内にある、盗難急増によって既に数か月間閉店のままとなっているナイキコミュニティストアを再開するため、同市警官を非番の日に雇わせてもらえるよう、嘆願書を送った。既に同市内のアップルストアも警官を雇っている。
ニューヨーク市内でも小売店を狙う盗難は大きな問題になっており、市内では昨年の盗難件数は前年から27.6%増加、タイムズスクエア、マジソンスクエアガーデン等のミッドタウンサウス地区では63.4%増加している。ドラッグストアチェーンのライトエイドでは盗難や不正、従業員の業務ミスによる減耗は年間500万ドルに達するが、マンハッタンのミッドタウンウェストにある同店舗は2か月間で20万ドル相当の商品が盗難にあい、今年2月に閉店した。同社はもともと業績が悪化しており、店舗も古く、照明が暗く、従業員数も少ないため、盗難のターゲットになりやすいようだ。公開されている防犯カメラ映像によると、犯罪者は昼間、大きな袋を持って入店し当たり前のように棚から商品を袋一杯に詰め、堂々と店内を歩き去った。
店舗の防犯対策には、テクノロジーの活用を含めてさまざまなアイディアや製品も出てはいるものの、なかなか決め手はない。現在、ドラッグストアの多くは価格が20ドル以上だと鍵のかかる什器で販売し、従業員を呼んで購入する方法を取ってはいるが、これでは購入意欲そのものを下げてしまう。その他、機械学習を活用した防犯カメラや現役警察官の配置など、企業側にはコストがかかる一方だ。今年は出店が増加しているが、新規出店だけでなく、より治安が良く収益性が読める地域へのリロケーションも増えていくのではないだろうか。さらに、店舗はショールームや体験の場とし、オンライン売上を増加させる追い風にもなりそうな気配がある。
ポップアップグローサー(Pop Up Grocer)は2019年に創業した、一般のスーパーマーケットでは販売していないような、小規模だがストーリーのある食品ブランドを販売する小売企業だ。創業者のエミリー・シュルト氏はマーケターとして大手企業のブランディングやマーケティングを支援してきたが、「最新のおもしろい商品を紹介し、視認性を高めることでそのブランド認知度を高めたい」という考えから起業した。
同社はオンラインストアおよびポップアップストアで食品および生活用品、パーソナルケア用品約150ブランド、400アイテムを販売する。取り扱いブランドは「発見」というコンセプトの通り、市場で新しい商品、ビーガンやグルテンフリー、サステナブル等人や地球環境に良い商品、女性やBIPOC[1]が起業したブランドが中心で、いわゆるナショナルブランド系のブランドはほとんど取り扱っていない。19年以降、マンハッタン、ロサンジェルス、マイアミ、シカゴ、オースティン、デンバーに1回あたり30日間限定で100㎡未満の店舗を出店してきた。
このようなポップアップ出店経験を積んで3月3日にマンハッタン、グリニッチヴィレッジに開業した店舗は約280㎡で、11席のカフェもある。店内は写真のように、一般的なスーパーでは見られない、カラフルまたは非常にシックなデザインの商品が並んでおり、どれも商品を手に取って説明を読まないと何だかよくわからないものが多い。値札はほとんどついていなかったが、来店客は20代、30代と若い層で、スマートフォンで確認したのだろうか、値札が無くてもあれこれ購入する客が半数以上を占めていた。
カフェは満席で、友人と誘い合って来店している客がほとんどだった。店内着席でなくてもテークアウトでコーヒーなど飲み物がよく売れていた。
同社はシード段階で,累積で300万ドル以上の資金調達を行っている。アメリカでは一時のEコマースブームが落ち着き、オンラインと店舗の両方で買い物をする人が増え、店舗の価値が再び見直されるトレンドにある。同店はグリニッチヴィレッジの玄関口、地下鉄のウェスト4駅から徒歩数分、6番街に面した立地で、広告をしなくても人通りの多い場所だ。今までオンラインのみでの販売で十分なブランド露出が無かった食品ブランドにとっては、今回のマンハッタン内での本格的出店により、消費者だけでなく大手チェーンに対する売り込み効果も期待できるのではないだろうか。いずれにしても、出店=店舗での売上ではなく、ショールーム機能が重視される時代が始まったことを実感できる店舗である。
[1] 黒人、ネイティブアメリカン、有色人種を意味する。
【在米リテールストラテジスト 平山幸江】