掲載日:2023/01/17

バーンズ&ノーブルの復活。DX前にやるべきこともある、他 : ニューノーマル時代で変わる小売業Vol.29

リテールテックの新たな動き:MMID、RFID

アマゾンが研究中のMMIDの外観 出典:アマゾンサイエンス2022年12月9日号のウェブサイトより アマゾンが研究中のMMIDの外観 出典:アマゾンサイエンス2022年12月9日号のウェブサイトより

 

 アマゾンは12月9日、バーコードに代わる可能性を持つ、マルチモ-ダルアイデンティフィケーション(MMID)研究の進捗状況を報告した[1]。マルチモーダルとはさまざまなモード(様式)という意味で、形状、サイズ、重量などさまざまな種類の情報を使って当該のモノが何かを識別することだ。現在ロジスティクスの世界では製品の識別にはバーコードが主流となっており、他にRFIDも利用されているが、アマゾンはこれにとって代わるツールとしてMMIDを研究している。

出典:アマゾンサイエンス2022年12月9日号のウェブサイトより 出典:アマゾンサイエンス2022年12月9日号のウェブサイトより

 

 同社はベルリンのコンピューターヴィジョングループ内にMMIDチームを持ち、ベルリンやバルセロナ市内のフルフィルメントセンターでベルトコンベア上を移動するトレーに商品を1つずつ載せてカメラの下を通過させて撮影し、視覚的な形状、箱などに記載されている文字、立体の寸法の情報からデジタル指紋を作り(画像)、これと照合して商品を認識するというテストを行っている。その精度はテスト開始当初から75~80%、現在はほぼ99%だ。ただし、精度の高さの理由は部分的にはアマゾンの在庫管理システムが既にフルフィルメント工程においてどこに何が動いているかを把握しているためで、アルゴリズムが数百万という膨大な製品カタログと照合する必要はなく、現時点ではそれはまだ不可能だとアマゾンは説明している。また、トレイには1つの製品しか載せていないので、マッチングも簡単だ。このようなフルフィルメント過程での商品認識プロセスは一般的には不要だが、アマゾンの規模の物流管理となると、エラーの数も多いため必要となってくる。

出典:アマゾンサイエンス2022年12月9日号のウェブサイトより 出典:アマゾンサイエンス2022年12月9日号のウェブサイトより

 

 MMIDチームを当初リードしてきたノンタス・アントナコス氏は「フルフィルメント業務をより迅速に正確に行うためには、ロボットが製品のバーコードを探してスキャンするという動作を無くすことは基本的なことだ」と述べている。また「MMIDをフルフィルメント業務全体での使用はロボットによる自動化を促進し、結果的により迅速かつ正確にお客様に製品を届けることができる」ともコメントしている。

 このニュースはまだ初期のテスト段階とは言え、業界識者の間では注目されている。フォーブスのシニアコントリビューターでありリテールコンサルタントのクリス・ウォルトン氏は同氏が率いるオムニファイブ動画チャンネルで、アマゾンのMMID戦略の可能性についてRFIDと比較しながら、スキャン、ラベル(タグ)装着の手間と時間を省くことはコスト削減につながる、また、人の介在の必要性を減らし、フルフィルメントから店舗まで一環したロボット化を促進するかもしれないとコメントした[2]。

他方で、RFIDの新たな活用方法も登場している。ホームインプルーヴメント大手のロウズは、拡大する一方の店内強盗への防犯手段として「プロジェクト・アンロック」を立ち上げ、低コストのRFIDチップとIoTセンサーを使って、強盗の対象となりやすいパワーツールはレジで起動しないと使用できない対策を講じた。同時に、ブロックチェーンを使って購入記録や過去に盗難品であったかどうかを顧客が見られるシステムを構築している。同社は今後、パワーツール以外の商品についてもRFIDおよびブロックチェーンを活用した防犯システムの適用を広げていく計画だ。

 スーパーマーケット最大手のクローガーが初めてバーコードを実際の店内で使用したのは1966年[3]。その後バーコードを現在のように利用するためにさまざまな技術やシステム、ビジネスの運営制度が開発され、その後RFID、QRコードも同様に小売業の可能性を拡げている。今回の事例からも小売業者自身が次世代の技術開発や、新たな価値創造に取り組むことの重要性を改めて感じた。

 

[1] https://www.amazon.science/latest-news/how-amazon-robotics-is-working-on-new-ways-to-eliminate-the-need-for-barcodes

[2] https://www.youtube.com/watch?v=s1BVjwbRbZc

[3] https://www.smithsonianmag.com/innovation/history-bar-code-180956704/, https://www.barcodesinc.com/articles/history.htm





ベストバイが「エクスペリエンスストア」を40店舗以上オープン

「エクスペリエンスストア」のイメージ画 出典:ベストバイ社 「エクスペリエンスストア」のイメージ画 出典:ベストバイ社

 

 ベストバイはコロナ禍を契機に店舗の役割を徹底的に見直し、新フォーマットの探求を続けている。2020年にはヒューストンに経験を重視したフォーマットを開業、21年にはノースカロライナ州シャーロットにパイロット店舗をオープンし、顧客のフィードバックを基に、22年11月に40店舗以上の「エクスペリエンスストア」の開業を発表した。オムニチャネル部門EVPのダミアン・ハーモン氏は新フォーマット発表の広報資料に「私たちはベストバイを顧客が最新のテクノロジーを発見し、プロからアドバイスを得られる究極の場所にしたいのです」と述べている。

 最新フォーマットはオーディオ、ホームシアター、ラグジュアリー系家電領域、および昨年春に導入したヘルス、アウトドアライフ、トランスポテーション(交通)の領域でプレミアムな経験を提供することを意図している。また家電サービスのギークスクワッドのスペースを25%拡張し、オンラインオーダーピックアップ用ロッカーを毎日24時間アクセス可能にした。以下が強化領域の詳細だ。

 

  • 電動移動機械:オンラインでは幅広い品揃えを提供している電動バイク、電動スクーター、電動モペッドを店舗でも展開し、実際に試してみることができる。また必要に応じて、自宅で製品のセットアップサービスも提供する。
  • アウトドアライフと「ヤードバード」:庭など屋外でくつろいだり、友人に食事を提供するための家具、グリル、燻製器具、ピザ用オーブン、照明等を幅広く提供。また21年に買収したアウトドア高級家具ブランド、ヤードバード(Yardbird)のダイニングセットやラウンジソファ等も展示。
  • ヘルス&フィットネス:トレッドミル、設置式バイクおよびローイング等ホームフィットネス器具を展示し、実際に試すことができる。またこれらの設置サービスも提供。
  • デモ:店内の各ショールームスペースでは、それぞれの機器の設置方法、理想的なホームオフィスの作り方、究極のホームシアターに必要な製品の紹介などをプロが紹介する。
  • レゴ・ブロック:どの世代にもアピールするレゴ製品のコーナーを設け、ハリーポッター、スーパーマリオ、スターウォーズ等のコレクションをフィーチャー。

 

 チェーンストアは現在、店舗に積極的な投資を始めている。しかしかつてのように売上拡大を最優先し闇雲に店舗数を増やそうとするのではなく、自社のEコマースデータやデジタルマーケティングデータ等を分析し、精度の高い売上予測を行い、ここから勝算の高い出店候補地に絞って出店または既存店改装を行っている。さらに、店舗フォーマットも商圏特性にあった新たなものを研究・開発し、Eコマースでは提供できないリアルな経験やサービスの価値を前面に出すようになっている。「災い転じて福となす」というフレーズをアメリカ人から聞く機会は無いが、コロナ禍後に米国小売業界で起こっているさまざまな革新を見ると、そういうことなのかなと感じる。

電動バイクコーナー。出典:ベストバイ社 電動バイクコーナー。出典:ベストバイ社




バーンズ&ノーブルの復活

バーンズ&ノーブルの小型店ミネソタ州ウッドベリー店、2019年 出典:バーンズ&ノーブル社 バーンズ&ノーブルの小型店ミネソタ州ウッドベリー店、2019年 出典:バーンズ&ノーブル社

 

 12月半ばに書店大手チェーン、バーンズ&ノーブル(B&N)が発表した2023年出店計画が注目されている。同社は2008年の726店舗をピークにアマゾンエフェクトや地元の独立系書店の巻き返し、経営トップの不祥事などの影響で店舗数を減らし続け、現在は600店舗だ。しかし2022年には16店舗を新規出店、23年には30店舗を出店する。新規出店予定地には昨年春に撤退したアマゾンブックストアのボストン2店舗の跡地も含まれる。

 B&Nは業績悪化の結果、2019年に英国エリオットマネジメントコーポレーションに買収され、ロンドンを拠点とする最大手書店チェーンウォーターストーンズのCEOジェームス・ドーント氏がCEOに着任した。同氏はウォーターストーンズの経営建て直しの中心人物だが、その手法は地元の書店経営に学び、地域の好みに応じた品ぞろえにするというもので、顧客を店舗に呼び戻すことに集中した。この方法をB&N再建にも活用し、従来B&Nの商品発注は本社に委ねられていたが経営陣交代後バイイング職を中心に本社スタッフ5,000人規模のリストラを行い、現在はごく一部の新刊本以外の買い付けおよび販促業務の大部分は店舗マネジャーに委ねている。

 再生に向けて活動を開始した矢先にコロナ禍によって店舗閉店に追い込まれたが、B&Nはこの期間、店内のペンキを塗り替え、家具や大きなディスプレイ什器などを撤去して店舗をポストコロナに向けてリフレッシュした。また巣ごもり需要を追い風にEコマース事業を拡大、読書の楽しみを若い世代に広げるためにティックトックユーザーに#BookTokを使ってハリーポッターや他のおもしろい本についての動画投稿を促進した。このような地道な再建計画が功を奏し、B&Nと共に90年代に急成長したがその後経営破綻したトイザらスやスポーツオーソリティ等の二の舞を踏まずにいる。

 出店戦略は19年から小型化に転換しており、マンハッタンの高級住宅街アッパーイーストサイドではコロナで閉店した4,700㎡の店舗から数ブロックの地点、ホールフーズマーケットの前に650㎡の店舗をまもなく開店する。旧店舗は筆者もよく利用していた店だったが、書籍購入より店内のスターバックスを利用することがほとんどで、ここでは自由業の人が仕事をするだけでなく、ティーンエイジャーを持つ共働きの親が家庭教師と子供が密室で二人きりとなるのを防ぐため、家庭教師が夕方から何時間も席を陣取り、子供たちの勉強を見る場所でもあった。小型の新店舗ではこのような用途違いのスペースは無くなり、本屋としての本来の機能をいかんなく発揮することだろう。DXの前にいくらでも経営改革の種はあるという好例でもある。





ウォルマート「テキスト・トゥ・ショップ」

テキストで買い物ができる「テキスト・トゥ・ショップ」 出典:ウォルマート社 テキストで買い物ができる「テキスト・トゥ・ショップ」 出典:ウォルマート社

 

 ウォルマートのインキュベーションチーム、ストアNo.8が開発し、昨年秋からベータ版がテストしていた「テキスト・トゥ・ショップ」が12月に実用化された。ウォルマートのアプリをダウンロードしている人なら簡単に使える機能だ。グーグルなどの検索でText to Shop Walmartと入力するか、texttoshop.walmart.comにアクセスし、ログイン、携帯のテキストメッセージでID認証コードを受け取り入力すればすぐに利用できる。ウォルマートからテキストメッセージが来るので、買いたい商品名を入力して返信すると、過去の購入歴などから推奨商品をA, B, Cなどと画像と商品名、価格つきで送ってくる。A、B等と商品番号を選んで送信すると自動的にアプリのショッピングカートに入る。Checkoutと入力・送信すればそのまま会計に進むこともできるし、商品名を入力して買い物を続けることもできる。

 実際に試してみたが、ログインし既存のアカウントとつなぐ設定終了までに1、2分、その後は通常のテキストメッセージのように迅速に受送信できる。筆者が試したツナ缶の場合、推奨商品が出るまでに3秒かかったが3種類の商品が出てきた。もし頻繁にウォルマートで食品や日用品を購入する人ならリピート商品が多く、さらにスピーディに購入できるだろう。テキストメッセージでピックアップや配送の日時も指定できる。

 ウォルマートは2017年にグーグルと提携してボイスショッピングに参入したが、その後大きな動きはない。18年にはマンハッタン内で月額50ドルの会員制コンシェルジェサービス「ジェットブラック」を開始し、テキストメッセージでパーソナルショッパーに買い物代行を依頼できるサービスだったが20年に中止した。理由は、このようなサービスを利用する高所得層はウォルマートで買い物をしないという基本的なものだったが、撤退発表時にストアNo.8のヘッドのスコット・エカート氏はカンバセーショナルコマースやテキストショッピングの可能性に言及し、「ジェットブラックで学んだものをぜひウォルマートの別の事業に活用したい」とコメントしていた[4]。今回の機能は同社が内製したもので、ようやく学びが陽の目を見たと言える。

 このテキスト機能とアプリでのショッピングと、どちらがより便利なのかは今後顧客が答えを出していくだろう。しかしテキストショッピングはノードストロームやニーマンマーカス等のパーソナルスタイリストサービスで実績があり、アプリでのショッピング以上にパーソナルなアプローチが可能な販路として定着していく可能性も十分にある。少なくとも、ボイスショッピングよりは早く浸透しそうだ。

 

[4] Walmart Newsroom, ‘Moving Jet black from incubation into our broader business’, 2020年2月13日







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【在米リテールストラテジスト 平山幸江】


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