掲載日:2022/08/10

スマートカートが本格的に拡大:アマゾンはダッシュカート刷新、アルバートソンズはヴィーヴ導入、他 - :ニューノーマル時代で変わる小売業Vol.24

スマートカートが本格的に拡大:アマゾンはダッシュカート刷新、アルバートソンズはヴィーヴ導入


写真:アマゾン社提供 写真:アマゾン社提供

 

 店舗のレジレス化は、5月号でご紹介したように小型店で急速に拡がっているが、アマゾンはジャストウォークアウト(JWO)システム同様にスマートカートにも力を入れており、7月11日にスマートカート「ダッシュカート」の次世代版を発表した。

 ダッシュカートはもともと2020年9月にアマゾンフレッシュ一号店に導入され、7月末現在アマゾンフレッシュ38店舗中JWO店は22店、ダッシュカート店は16店だ。ダッシュカートの使い方は簡単で、アマゾンまたはホールフーズマーケットのアプリ上のQRコードをカートのスクリーンにかざすだけで自動的にログインし、利用できる。アプリさえあればプライム会員である必要はない。商品をカートに入れていくとコンピューターヴィジョン、アルゴリズム、センサーフュージョンが正確に出し入れをモニターし、リアルタイムでスクリーンに価格や課金情報を表示する。量り売り商品はカートについた秤に載せ、商品を選ぶと自動的に正しい価格を課金する。

 

今回刷新した機能は以下の通りだ。

  • カートの容量は前世代の2倍になりショッピングバッグが4つ入るが、総重量は軽量化。
  • カートの下段に大きな商品用の棚を追加。
  • 前世代は店内でしか使用できなかったが、新カートは屋外使用が可能で駐車場までもっていけるので、簡単に荷物を自動車に積み替えることができる。
  • 量り売りの場合、カート近くにある商品(例えばいつも買う青果など)の画像が自動的にスクリーンに表示されるため手入力が簡単になる。商品名をタイプすることもできるが、前世代では商品に貼ってある商品コードを探して入力しなければならなかった。
  • 店内でのカートの位置をより正確に特定できる結果、近くにある商品やセールを紹介できる。
  • 電池の寿命が延び、1日使用可能になった。

 開発チームは重量計にアルゴリズムを使ってカートが移動中で揺れていても数秒で重量の測定可能にし、カートの耐久性テストでカートを高熱または冷凍ルームで10万回以上テストした。新カートは数か月以内にホールフーズマーケットマサチューセッツ州ウェストフォード店に導入し、その後ホールフーズマーケット数店舗とアマゾンフレッシュの多くに導入する計画だ。


トソンズもスマートカートを本格導入

 全米スーパーマーケット第2位のアルバートソンズは、前アマゾン社員2名が創業したスタートアップ企業ヴィーヴ(Veeve)社のスマートカートを昨年11月に2店舗でテスト導入した。その後5月にスマートカート拡大を発表し当面は数十店舗で提供することを目標にしている。ヴィーヴ社CEOのシャリク・シディクィ氏は、スマートカート利用顧客の平均購入額は200ドルで、非利用顧客より高いと述べている。

写真:ヴィーヴ社提供 写真:ヴィーヴ社提供

 

 スマートカートの推定コストは1台あたり5千~1万ドル[1]だ。JWOタイプのシステムを大型店舗に搭載するよりコストは低いかもしれないが、レジスタッフの人件費と比較したらどうだろう。しかも、アマゾンを始め、レジレス技術を導入する企業は口を揃えて「店舗スタッフの数は減らない。仕事の内容がより重要なサービスや業務に代わるだけ」と公言しているので、大規模な人件費削減効果は期待できない。しかし今までブラックボックスだった顧客の店内購買行動についてより詳細なデータを得ることができる点は大きなメリットで、①売上や収益を拡大できる、②顧客の店内経験が向上する、③店舗やウェブサイトでの広告事業においてより精度高い広告効果を提供でき、非物販収入が拡大する。

 米国スーパーマーケット業界ではコンビニやファーマシー、配送サービス企業からも参入が相次ぎ、競争がいっそう激化している。ここで競争優位性を勝ち取るために、新技術への投資は無視できなくなっているようだ。

 

[1] カナダ、ダルハウジー大学食品流通政策教授シルヴァン・シャルルボワ氏による推計






ショッピングモールに初の自閉症ヒストリーミュージアムが開業

 ショッピングモールの苦境はコロナ前から始まっていたが、ワクチン普及後は客足が戻ってきたとは言うものの、直近の第一四半期の空室率[2]は8.0%、小売スペース平均2.7%やストリップセンター(幹線道路沿い商業スペース)5.0%に比較してもまだ高い。さらに問題なのは、コロナのピーク以降、他の立地では空きスペース率は下がってきているのにモールのみ高止まりになっていることだ。特に開業から40~50年たち、シアーズ、JCペニー等がアンカーとなっていたモールでの衰退が激しい。

 この対策として、モール自体を病院や大学、住宅に転換してしまう動きも始まっているが、従来通り物販を中心としながらもフィットネスクラブやボーリング場、子供用プレイグランドなどの家族向けエンターテイメント施設をアンカーとして導入し、来館者数増加を目指す戦略は相変わらず重視されている。

 ミシガン州オケモスにあるメリディアンモールもその1つだが、同モールは今年2月、全米初の自閉症をテーマとした施設「自閉症ヒストリーミュージアム」(130㎡)を開業した。同ミュージアムは、自身も自閉症の一種であるアスペルガー症候群でありながらホワイトハウス初の自閉症インターンとして業務経験を経たゼヴィアー・デグロート氏が設立した非営利団体によって運営されている。館内では20世紀初頭以降に活躍した著名人で自閉症を持つ人物の紹介がある。その中には、自閉症で有名だったアルバート・アインシュタイン以外にもトーマス・エジソン、ヘンリー・フォード、アンディ・ウォホール、ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、そしてイーロン・マスクの名前も並んでいる[3]。どの人物も時代の最先端技術を発明したり、文化を革新した人々だ。

 また館内は、光や音の刺激に敏感な自閉症の子供たちに配慮したセンサリーフレンドリー(感覚にやさしい)照度調節型の照明、水槽、ストレスを緩和するおもちゃ等が設けられている。7月には著名な動物行動学者でアスペルガー症候群、HBOによって映画化されたテンプル・グランディン氏のトークショーも行っている。

 全米での自閉症発症率は8歳以上の44人に1人[4]、学校のクラスに1人はいる計算で年々増加しているが、その対応は非常に遅れている。同ミュージアムは自閉症についての啓蒙を通じて、自閉症患者や家族への偏見やいじめを減らすことを目的としている。開業時には同じモール内に出店するディックス・スポーティング・グッズ、ローンチ・トランポリンパーク、地元のミシガン州立大学等がイベントを主催した。以前、本ブログでトレーダージョーズが自閉症の買物客のためにマグナスカードというアプリを導入した事例をご紹介したが、市民生活を支える小売業界がこのような社会的課題を支援すれば、政治家を介して課題解決するより迅速かつ即効性があるかもしれない。

 

自閉症ヒストリーミュージアム開業時の様子を報道したフォックスTVの動画はこちらから。

 

[2] CoStar社データを全米不動産協会(NAR)が分析、2022年3月18日

[3] 筆者の調べによると、必ずしも全員が自閉症(多くの場合はアスペルガー)であったことを医師から診断されたり、本人に自覚があった、公表した、わけではない。

[4] 全米疾病予防センターの2018年調査データより






メタバース、ロボット、植物由来プロテインに投資するチポレメキシカングリル

画像:ハイフン社広報資料より調理ロボット「メイクライン」。ツィッター2021年8月11日投稿画像 画像:ハイフン社広報資料より調理ロボット「メイクライン」。ツィッター2021年8月11日投稿画像

 

 サステナブルフードを提供することで若い世代に人気のチポレメキシカングリルは先端技術に積極的に投資しており、4月に「カルティベートネクスト(Cultivate Next)」というレストラン経営の革新を目指すシードからシリーズB段階のスタートアップ企業向けベンチャーファンドを設立した。ファンドは資本金5,000万ドルでチポレが単体で拠出している。

 このカルティベートネクストファンドが7月に行った資金援助内容が今注目されている。

  • ハイフン(Hyphen)社のレストラン向けロボットシステム:キッチンカウンターを上下に分け、上では人が店内オーダーを調理し、下では「メイクライン(Mikeline)」自動システムがオンラインオーダーを全て調理する。メイクラインはスタッフ1名のみ必要で1時間あたり350食を調理可能だ。調理だけでなく、メイクラインのOSは在庫管理を行い、必要な食材の不足や食材同士の接触による汚染の予防などの機能も持つ。チポレ社は他にも、昨年3月にトルティーラチップスを調理するAIロボット「チッピー(Chippy)」のテスト使用も行っている。
  • ミーティーフーズ(Meati Foods)社の植物由来プロテイン:「本物の食事は人にも地球にも良い」「誠実な食品」をモットーとする同社は、公害や農薬、抗生物質や成長ホルモンなどにさらされていない純粋でクリーンな屋内環境で栽培するマッシュルームを原料に、栄養価の高いホールフード食品を開発した。同食品はチポレが追求するサステナビリティの考え方とも符合する。
画像:ミーティ社提供。植物由来のカツレツ。 画像:ミーティ社提供。植物由来のカツレツ。

 

 ファンドは今後、農業やサプライチェーン領域でイノベーションを追求する企業への投資にも関心を寄せている。チポレは昨年3月には自動運転車開発企業でウォルマートやCVSともテスト配送を行っているニューロ(Nuro)社にもシリーズCファンドに投資した。

 また、メタバースでもさまざまな取り組みを行っており、昨年から今年にかけては4回、ロブロックス社などゲーミングプラットフォーム上でオリジナルゲームを提供しながら、その景品として実店舗で食事が無料または安くなるヴァーチャルクーポンを提供した。同社は既にデジタル決済プラットフォーム、フレクサ(Flexa)と提携してオンラインオーダーでビットコイン、イサリウム、アヴァランチ等98種類のデジタル通貨での購入を受け付けているが、7月下旬には1週間限定で20万ドル相当の無料仮想通貨を賞金とする懸賞プロモーション「バイ・ザ・ディップ(Buy The Dip)」を開催した。

 チポレは業績も好調で直近の第二四半期でも売上は17%増、既存店売上10.1%増、一株利益もアナリスト予測を上回り40.2%増加した。全売上の39.0%はオンラインオーダーで、営業利益率は1年前の24.5%から25.2%に上昇したが、原材料高騰による販売価格値上げ分は人件費高騰で相殺されたとのこと。この業績内容を見ても、ロボットへの投資、若い世代が好むサステナブルフードやゲーミングへの投資は効果を得ているようだ。デジタルテクノロジーに投資する企業は多いが、必ずしも収益に結びついていない中、チポレの事例は注目し続けたい。






あのグロシエの商品がTJマックスで売られていた!

写真:グロシエ、マンハッタン旗艦店内にて筆者撮影。2019年6月 写真:グロシエ、マンハッタン旗艦店内にて筆者撮影。2019年6月

 

 コロナ前、10代、20代の女性の間で大人気だったカルト的化粧品ブランド、グロシエ。マンハッタンの旗艦店前には、連日入店を待つ列に50名以上の姿が見受けられた。インフルエンサーだったエミリー・ワイスがフォロワーたちの声を聞きながら開発したグロシエ・ブランドは、2014年にEコマースで創業し、成功したD2Cブランドの代表的存在だった。そのグロシエの商品が7月、アウトレットチェーン、TJマックスで売られていることがSNSのレディットやティックトック上で報じられた。ビューティ業界メディア、グロッシー[5]によると販売されていたのはトロントやテネシー州ノックスヴィル、インディアナポリス等、海外と地方の中核都市の一部だけだったが、第一報後、店舗に押しかけたグロシエファンによって商品は瞬く間に店頭から消えたという。ちなみに販売されていたのはアイシャドー定価18ドルが6ドル99セント、バーム12ドルが5ドル99セントなど50~60%オフで、同メディアの報道によるとパッケージのバッチコードから2020年のコロナ禍中の在庫商品の可能性が高いようだ。

 コロナ禍で同社は一時期全店舗を閉鎖し、その後マンハッタン旗艦店を除く店舗を徐々に再開したが、創業者ワイス氏が有色人種の社員に差別的な発言を行っていたことが社内告発され、経営刷新が問われていた。今年1月には社員約3分の1にあたる80人のレイオフを行い、5月にワイス氏はCEOの座をカイル・リーヒィ氏に譲った。リーヒィ氏は2021年に同社チーフコマーシャルオフィサーに迎え入れられたばかりだが、ナイキ、コールハーン、アメリカンエクスプレスでの経験を持つ。コロナ前に企業価値18億ドルの評価を得てユニコーンの座も獲得した同社にIPOの期待も大きく、新CEOの下で新たな成長戦略を展開する予定だ。

 グロシエは年内にワシントンDC、アトランタ、フィラデルフィア、ブルックリンに出店し、2023年にはマンハッタンに、コロナによって閉店した旗艦店に代わる新店舗を再開する。先月26日にはセフォラへの卸売販売を発表し、創業以来ダイレクト販売を通し続けてきた同社にとっては大きな戦略転換となる。この準備の一環として負の遺産整理をしたのが今回のオフプライス騒動だったようだが、カルトの頂点だったワイス氏退任後にも関わらず反応の大きさに、経営陣は一先ずホッと胸をなでおろしたことだろう。しかし今後、庶民的百貨店コールズにも入店しているセフォラでの販売が始まり、ブランドのカルト色が薄らぐことは覚悟しなければならない。企業価値がユニコーン入りしてもIPO後、赤字経営が改善しない事例が多いD2Cブランド。収益力かブランドのオーラか、悩ましい選択にどんな答えが待っているのだろうか。

 

[5] Glossy, ‘Glossier products are being sold at TJ Maxx’, 2022年7月22日







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【在米リテールストラテジスト 平山幸江】


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