今年1月、アマゾンはテクノロジーを活用した全く新しい買物体験ができるファッション専門店をロサンジェルス地域にオープンするとブログで発表した。それが5月25日、グレンデールのジ・アメリカーナのショッピングモール内に開業した。筆者はまだ店舗は視察できていない。しかし現在までに米国内で報道されている信頼できるメディア情報を始め、取材した内容をご報告したい。
出典:アマゾン社広報資料
店舗はショッピングモール内のプライムロケーションを占めており、2層、3万スクエアフィートを占める。1階がマネキンやハンガー陳列による売場と試着室の一部、レジなど。2階は主に試着室と顧客は入れない商品在庫スペースとなっているようだ。試着室は40室、それぞれの部屋は5,6㎡程度のようで、奥壁面にクローゼットがあり、壁面に大きな鏡と大き目のタッチパネルがある。
クローゼット内にはハンガーと棚があり20点前後の容量があり、奥の壁面全体を使っている。半分はドアが無く、残り半分にはドアがついている。ドア無しのクローゼットには後述するようにアプリで試着リクエストをした商品が届いており、ドア付きは試着室内で追加にリクエストした商品を届けるためのものだ。クローゼット内壁側にドアがあり、従業員が店内倉庫から運んできた商品をここから入れる。室内側のドアは商品が届くまでは施錠でき、商品が届くと通知がくるので、ドアを開けて商品を取り出し、試着室内のプライバシーは守られる。このクローゼットの裏から商品を入れる仕組みはマンハッタンやロサンジェルスなど全米、イギリス、カナダに約30店舗展開しているサステナビリティファッションのリフォメーションが2017年から「マジックワードローブ」として提供してきたサービスと似ている。
店内には階段およびシースルーのエレベーターがあり、エレベーターの一部は業務用の大きなものでこれを使って従業員が試着室に商品を運ぶ様子を店内から見ることができる。同店舗を取材した複数のメディアが「予想以上に広い店舗空間」と表現しているが、売場内什器の高さや台数を押さえ、余裕をもって陳列していることや天井の高さなどが影響しているかもしれない。
商品はレディス、メンズで販売している開業時にブランドは以下の通り。売場に陳列されている商品は1サイズしかなく、QRコードで商品の情報やサイズ展開などを見る。マネキンには靴やアクセサリーまでトータルコーディネートしてあり、この正面にあるQRコードをスキャンすると全ての商品が出てくる。この手法は2018年に開業したナイキのマンハッタン5番街旗艦店「ハウス・オヴ・イノベーション」で採用している。陳列されている商品はあくまで実物を見るためのもので、これを購入したり試着する訳ではない。店内にはストアアンバサダーという接客担当者がいるので、伝統的な買物方法を好む人はアプリ無しに、接客を受け、購入または試着商品を用意してもらう。
本来的にはこの店はアプリで買物し、新たなショッピング経験を楽しむ店だ。アプリを立上げ、興味ある商品やコーディネーションのQRコードをスキャンしていく。アプリでは機械学習によって顧客の好みをベースに選んだ商品に似たものやコーディネートできる商品を推奨してくれる。これらの中から購入したいものは「ピックアップ」、まず試着したいものは「試着」をクリックする。試着を選んだ場合、全ての商品が試着室に準備されたら「準備ができました」という通知を受けるので、指定の試着室番号に行く。アマゾンによると準備時間は「数分」とのこと。
試着室ではアプリを使って開錠、室内のタッチパネルには自分のファーストネームが表示されており、ドアの無いクローゼットには商品がハンガーや棚に揃っている。これらを試着しながら、違うサイズを試したい、他の商品とコーディネートしたい、などをタッチパネルで双方向にコミュニケーションしていく。言わばタッチパネルを介したヴァーチャルスタイリストとの会話だ。アマゾンの説明におると「アマゾンスタイルの試着室はパーソナルなスペースで、売場に戻らなくても膨大な選択肢の中から買物を続けられる場所」だそうだ。追加商品は前述のようにドアのついたクローゼット内に裏から届けられ、揃ったら室内側のドアを開錠して商品を取り出し試着する。試着後は購入したい商品だけ持ってレジに向かい、残りは室内に残しておけば従業員が片付ける。
支払いはレジで行う。残念ながらレジレスでも移動レジでもないが、手のひら決済のアマゾンワンは利用できる。
このようにまとめているうち、自宅でアマゾンマーケットプレースをブラウズしている時の経験と何が違うのだろうか、という気持ちになった。もちろん売場に行けば実物を見て触れる。ただ、私たちはあまりにもアマゾンの世界に慣れ過ぎてしまい、オンラインで商品をオーダーすれば1,2日後には自宅で実物を見られることを知っている。この数日の差をどう見るか。また、リフォメーションの試着室やナイキのハウス・オヴ・イノベーションに行ったことが無い人には新しい経験ができるかもしれない。しかし、このような経験は2回目以降は特別では無くなる。
この店の一番の新たな経験とは試着室内でヴァーチャルスタイリストと相談しながら「実物の商品をその場で無制限に試着できる」ということだろう。オンライン購入の際にはいくら無料返品とは言え、さすがにたった1枚の服のために数千ドルもクレジットカードで前払いする人はあまりいないだろう。サックスフィフスアベニューやニーマンマーカス、ノードストロームのVIP顧客ならリアルの接客でこういう経験ができるかもしれない。しかしそのためには年間何千、何万ドルも投資しなければならない。このような上質な接客経験を試着室とタッチパネルで誰でもアクセスできるようにした、ということは言えるかもしれない。
しかしロサンジェルスのローカルTV局、KTLAのレポーター、リック・デムーロ氏は6月1日に放映したモーニングニュースで同店を紹介しながら的確なコメントを残した。「この店が流行るかどうかは、従業員が実際にどれだけすばやく商品を試着室に運べるかですね。」本当に来店客が増えてきても数分で対応できるのだろうか。ここをロボット化できたら、アマゾンスタイルにもA+の採点がつくのだろう。ちなみに他社によくある、店内でコーヒーを飲みながら準備を待つというサービスは現時点では無い。
以下はデムーロ氏が案内する同報道ビデオのリンクだ。4分程度なのでご興味のある方、当面LA来訪の予定の無い方はどうぞご覧ください。
世界最大のアイスクリームメーカーであるユニリーバー社は、レジレス移動販売車、ロボマート社と提携し、今年夏からロサンジェルス地区で「ジ・アイスクリーム・ショップ」の販売を開始する。顧客がロボマートが開発したアイスクリーム・ショップ専用アプリでオーダーすると、ユニリーバ―所有ブランド、ベン&ジェリー、ブレイヤーズ等を搭載した冷凍庫つきミニバンのロボマート車がサービス地域内の指定の場所に10分以内に到着する。顧客はアプリでドアを開錠し、好きなアイスクリームを取ってドアを閉めると自動的に課金され、スマートフォンにレシートが届く。同社のレジレスシステムはRFIDを使用している。ロボマートは別途、食品や薬剤のレジレス移動販売車も行っているが、恒常的な利用者は平均週2.3回利用し、毎週利用数は9%、オーダー数は10%成長している[1]。
ユニリーバ―北米アイスクリーム部門ジェネラルマネジャーのラッセル・リリー氏は「ロボマートとの取り組みによって革新的な方法でアイスクリームを提供できることを大変喜んでいます」とコメントしている。今後ニューヨーク、サンフランシスコ、シアトル、ワシントンDC等の大都市に拡大する予定だ。
[1] ロボマート社、ユニリーバー社共同プレスリリース、2022年5月5日
5月下旬にはドローン配送企業フライトレックス(Flytrex)社と提携したアイスクリーム・ショップのドローン配送を発表した。配送サービス対象地区はノースカロライナ州ホーリースプリングス、ファイエットヴィル、テキサス州グランベリーの約1万軒だ。ユニリーバー社によると、アイスクリームはフレイトレックスが開発したアプリでオーダーすると、自宅の前か裏庭に飛行時間3分以内に配達されるという。顧客はアプリでドローン配送の状況をリアルタイムに追跡できる。アプリではドローン配送限定アイスクリームセットも販売しており、チョコレート、クッキーアイスクリーム、バーベキュー味アイスクリームなどがあるそうだ。前述のリリー氏は「革新的なだけでなく、ウルトラファースト配送」という点も強調している。フライトレックスは既に両州内で数千軒以上にドローン配送の実績を持つ。
ユニリーバーは2017年に「アイスクリーム・ナウ」という即日配送サービスを試験的に米国内で開始しており、900か所以上のコンビニエンスストアやガソリンスタンドから同社アイスクリームをウーバーイーツと提携して配送している。2020年2月には同社投資家説明会でベン&ジェリーズのアイスクリーム・ミニカップ(72グラム入り)3個を日系企業テラドローン・ヨーロッパ社のドローンでデモ配送したこともある。同社はパーソナルケア部門でもこのようなダイレクト・トゥ・コンシューマー戦略に継続的に投資を行っており、メーカーが直接消費者に最先端の方法で商品を販売する小売革新という点からも興味深い動きだ。
全米に1,000店舗以上を持つアメリカンカジュアルウェア専門店のアメリカンイーグルアウトフィッターズは2020年からサプライチェーン改革を行い、成果をあげている。従来はペンシルバニア州やカンサス州にあるセンター倉庫から全店舗に商品供給・補充を行っていたが、2021年にボストン、ロサンジェルス、シカゴ、フロリダ州ジャクソンヴィル等の大都市商圏の近くにリージョナルハブを開設し、より店舗やEコマース顧客に近い場所に店舗在庫の約3週間分をまとめて持つことで2021年第1四半期には2019年第一四半期に比べて平均で約2日早く顧客に商品を届けることができるようになった。また在庫の移動コストも下げ、第2四半期には増収増益を果たしながらもサプライチェーン全体のスピードは約1週間半早くなったという。
同社はさらに革新を求め、昨年8月にロジスティクス企業エアテラ(AirTerra)社を、11月には即日・翌日配送サービス企業クワイエット・ロジスティクス(Quiet Logistics)を3億5,000万ドルで買収した。しかし企業買収で自社サプライチェーンを強化するのが目的ではなく、強力な『ハイパースケールなサプライチェーン』を作り、他社と共有することが真の目的であると同社チーフサプライチェーンオフィサーのシェカー・ナタラジャン氏は説明している。
同氏は「一企業がサプライチェーンを改革してキャパシティを拡大しても、それをフルに使えるのはホリディシーズンの時だけ。どの企業も自社のみでバーティカル化を進め、同じ工場で生産するのに出荷時のコンテナーは別、その後の物流も別」である点を指摘し、シェアエコノミーの考えをSCMにも応用してハイパースケールなサプライチェーンを構築するメリットを述べた。
既にクワイエットロジスティクスは百貨店のコールズ、ホームフィットネスのぺロトン、D2Cブランドのマック・ウェルドン等50社と提携しており、収益面からの提携目標は250社、2023年の黒字化を目指している。5月にはスポーツブランドのライセンス企業大手ファナティクスとも提携した。エアテラとクワイエット両社では元アマゾン幹部だったチャールズ・グリフィス氏がチーフテクノロジーオフィサーとして活躍しており、アマゾンの卓越したSCM戦略ノウハウも活用されているに違いない。ラストマイル配送サービス企業買収ではターゲットによるシップト(Shipt)買収が成功例として知られているが、ターゲットは自社の配送サービスを向上・配送費を削減させただけでなく、シップトが他社のラストマイル配送を請け負うことでサービス収入も拡大している。ナタラジャン氏自身もターゲット、ウォルマートでSCMの経験を持つ人物で、トップ企業の優れたSCM戦略が人材の移動で下位企業の間にも広まっていく、という点からも注目したい動きだ。
衣料品はコロナ禍で大きく痛手を受けた領域の1つだが、実はコロナ以前からオーバーストア、アマゾンエフェクト、消費者の衣料品購入に対する意識の変化などの影響で大手各社の売上は下がっていた。しかし2021年度の業績を見ると百貨店やショッピングモール系アパレル専門店の間で回復の傾向が見られている。そして共通して今後の成長戦略として小型店舗出店加速を表明している。
メーシーズは過去2年間でテキサス州とアトランタ地区に2,000~5,400㎡、標準店の約5分の1のサイズの小型店「マーケット・バイ・メーシーズ」を5店舗出店しテストしてきた。標準店を向こう3年間で125店舗閉鎖し経営合理化を進める一方で、今年度は小型店やアウトレット店舗を10店舗新規出店する計画だ。
コールズは既に3,200㎡前後、標準店の半分以下の小型店を20店舗出店しているが、向こう4年間で100店舗の小型店を新規市場に出店する。また全米に500店舗以上を持つアパレル専門店チェーンのエクスプレスは昨年「エクスプレス・エディット」をオハイオ州コロンバスとナッシュヴィル他に10店舗出店したが、今年第一四半期中だけで5店舗追加出店する計画だ。
これらの小型店舗出店には以下のような共通した戦略とメリットがある。
オンライン・オフラインに限らず、消費者にとって「今すぐ手に入れる」という購買行動が当たり前になってしまっている。店舗を小型化し拠点数を増やす戦略は、大型店舗のワンストップの利便性をオンラインに奪わされた現在、どの業種でもニュースタンダードとして定着していくのかもしれない。
【在米リテールストラテジスト 平山幸江】