掲載日:2022/03/25

~ウクライナ攻撃に対する米国小売業の対応~:USリテール最新レポート - ニューノーマル時代で変わる小売業Vol.19

ウクライナ攻撃に対する小売業の対応

撮影:Tetiana Shushkina、出所:Unsplash 撮影:Tetiana Shushkina、出所:Unsplash

 ウクライナ攻撃が始まって既に約1か月。筆者が住むニューヨーク市内にはウクライナ移民のコミュニティがあり、皆家族、親族への想いを訴え、聞くだけでも胸に迫る。アメリカはロシアやウクライナとの経済的な関係は大きくなかったが、IT関連ではウクライナにアウトソーシングする企業が多いため、米国小売業を研究する者としてはリテールテックの今後が気になる。現に、取材協力していただいていたサイズテクノロジーのスタートアップ企業プレス担当者とのやり取りが途中で消えたのでおかしいなと思っていたら、実はウクライナ出身で実家や親族の安否確認でしばらく仕事ができなかったという連絡が来た。

 さて、アメリカ小売業界には現在、そして今後どのような影響が出るのだろうか。最初に影響が出たのがロシア産ウォッカ販売だ。ユタ、オハイオ、ニューハンプシャー、ヴァージニア等3月時点で11州が販売を禁止している。クロ―ガ―やパブリックス等大手スーパーマーケットチェーンは自主的にウォッカを店頭からはずしている。ロシア産のウォッカはアメリカに流通しているウォッカの1.3%[1]に過ぎず、他国生産品は販売が許可されているが、他国ブランドでもウォッカということで売上が下がっており、一方で人気上昇中のテキーラが昨年は売上成長率30.1%だったがさらに市場シェアを拡げそうだ。

 欧米系小売業者のロシアやウクライナの店舗およびEコマース事業は続々と一時営業停止となっている。アップルは3月1日に製品のロシア国内販売、アップルペイの使用、ロシアが運営するメディアロシアトゥデイとスプートニクのアップストアから削除、ウクライナ市民の安全を守る目的で位置情報がわかるマッピングサービス、アップルマップスの一部の機能を停止した。ナイキもロシア国内全店舗とEコマースの営業を「配送できる保証がない」という理由で一時営業停止、欧州系ブランドではファーストファッション系H&M、エイソス、マンゴそしてイケア(売上構成比4%)、ラグジュアリーブランドグループのLVMH、同リシュモン、他にバーバリーやエルメスが3月4日に営業を一時停止した。オンライン専業でもファーフェッチやネッタポルテが同地域での営業を止めている。各社の影響度合いは不明だが、LVMHは全社売上高の2%弱がロシア、リシュモンも同3%弱だそうだ。

 米系ではオフプライスチェーン、TJXが2019年に2億2500万ドルで買収したロシア市場に400店舗を持つオフプライスチェーン、ファミリアの株式を売却したニュースが大きく報道された。リーバイスはロシアでの販売一時停止だけでなく、ウクライナ支援のための非営利団体に合計で30万ドル以上を寄付し、同社社員がウクライナ支援のための寄付をする場合その2倍の額を会社も寄付するというマッチング制度(上限20万ドルまで)を始め、ウクライナ避難民に対して衣料品も提供している。2021年度リーバイス社の売上の4%は東欧諸国からで、そのうち約半分をロシアが占めている。

 ロシアにはデータセンターやオフィス等の施設を持たないアマゾンは、ロシアとベラルーシへのオンラインオーダー出荷停止、プライムビデオ配信停止と最近リリースしたオンラインビデオゲーム「ニューワールド」の受注停止を発表した。同社は攻撃開始直後にロシアとベラルーシでAWSの新規顧客を受け付けを停止している。またウクライナにはサイバーセキュリティを提供し、住民を支援する団体に500万ドルを寄付した。同社は従来からロシア政府とは関わらないという社内規則を持っている。

 ファーストフードではマクドナルドがロシア内850店舗の営業を一時閉鎖した。スターバックス、バーガーキングその他のレストランチェーンのロシアやウクライナ店はライセンス契約なのに対し、マクドナルドの店舗84%は直営で、全社売上高の9%に及ぶ。同社はこの閉鎖に伴い、閉鎖中の従業員給与や家賃などを含めて1か月あたり5,000万ドルを支払う。

 しかしこれらの個別企業への影響とは別にアメリカ市民に直接影響するのは、ロシアからの原油買い付け停止による原油価格の高騰で、昨年からのインフレに加えて確実に消費マインドに影響すると見られている。既にトイレットペーパー等一般消費財メーカーは、これ以上価格を上昇させないために静かに内容量を減らし始めている。また株式市場ではウォルマート、コストコなど低価格志向の小売企業に注目が集まっている。このような影響はロシア・ウクライナ情勢が仮に早期に沈静化したとしても当面の米国消費に影を落としそうだ。

 

[1] 蒸留スピリッツ審議会、2021年度米国のウォッカ輸入量データ






小売業界では広告メディア事業化が進展

 今アメリカの小売業界では非物販収入の拡大の柱として、店舗・Eコマース・SNSなどのマーケティング資産を広告メディア事業として活用し、積極的にCPG(一般消費財)メーカー等に販売する動きが顕著になっている。インサイダーインテリジェンス社が予測する米国デジタル広告全体の市場規模は2022年に2,399億ドル、対前年13.6%の伸びで、2025年には3,153億ドルに成長する[2]。この上位3社がグーグル、フェイスブック(調査時旧社名、現在メタ)、そしてアマゾンで、同調査によると図表1のように、トップのグーグルは売上が微減、フェイスブックは横ばいで、アマゾンが安定的に伸長している。その結果、2019年にはグーグルとアマゾンの間には2倍以上の差があったが、2023年の予測ではグーグルは26.4%、アマゾンは14.6%とアマゾンがグーグルの半分以上に迫っている。

 

[2] インサイダーインテリジェンス社, eMarketer調査 ‘US Digital Ad Spending, 2020-2025’ 2021年10月

 

図表1 米国デジタル広告支出トップ3社の構成比予測、2019年―2023年

 赤線:グーグル*、黒線:フェイスブック**、薄グレー線(下):アマゾン、濃グレー線(上):その他

出所:インサイダーインテリジェンス社eマーケター調査、2021年10月 *グーグルはユーチューブ広告を含む **フェイスブックは調査時旧社名。インスタグラム広告を含む 出所:インサイダーインテリジェンス社eマーケター調査、2021年10月     *グーグルはユーチューブ広告を含む **フェイスブックは調査時旧社名。インスタグラム広告を含む

 

 上位2社のシェア停滞の理由は、消費者プライバシー保護の流れだ。アップルは昨年4月から企業がウェブやアプリ上の行動追跡をするためには、ユーザーの事前承認を得なければならないという新プライバシー規則を導入した。その結果、スナップチャット(スナップ社)、メタ、ツィッター等は2021年下期に合計98億5,000万ドルの損失を出すという試算[3]もある。グーグルは2023年後半にクッキーの廃止を発表しており、図表1のトレンドも加速が予測されている。

 ではなぜアマゾンを含む小売業者のリテールメディア広告は成長しているのか?リテールメディア広告は、消費者プライバシー法の影響を受けにくく、顧客の詳細なプロフィールや購買行動、購買歴等の1次データに向けた広告であるため、購入率が向上しやすい。広告効果をより精密に分析でき、アマゾンゴーのようなレジレス店舗であれば長年ブラックボックスだった店内行動も把握できる。

 しかし最大の理由はもともと利益率が低い小売業者にとって、広告収入は売上だけでなくボトムラインも改善するこのため、積極的に投資をかけていることだろう。ウォルマート、ウォルグリーンズ、クロ―ガ―等の大手小売業者は、コロナ前からリテールメディア広告事業への投資を急ぎ、先月号でご紹介したように、ウォルマートは店内のデジタルスクリーンを増やし、店舗改装を行っている。図表2は主な大手チェーンストアの動きだが、こうして眺めてみると、改めて実店舗網を持つことが広告メディアとしていかに強みになるかが感じられる。3月に広告事業に参入したノードストローム百貨店は、昨年1年間テストの結果4,000万ドル(約46億ドル)の広告収入を獲得し、まだ総売上の0.9%ではあるが今後新たな収入源として育てる計画だ。

 

 デジタル広告は、単純な販促だけでなく、より深みのあるブランドの世界観を店舗のヴィジュアルの一環として表現することもできる。Eコマースやメタバースへの導入口ともなるため、リアルとヴァーチャルの融合の懸け橋にもなっていくだろう。

 

[3] 広告企業Lotame社試算をフィナンシャルタイムズが報道  2021年10月31日






スターバックスは全世界でよりインクルーシブでアクセサブルな店舗を出店

出所:スターバックス社広報資料 出所:スターバックス社広報資料

 

 サステナビリティは環境保護だけがテーマではない。人種や心身の障害、経済環境などによる差別を撤廃する努力も重要なSDGsの目標の1つだ。スターバックスは「ピープル・ポジティブ」、すなわち同社に関係する全ての人々を対象としてインクルーシブで平等に機会を与えられ、コミュニティに根付いたウェルビーイングを拡げていく、という大きな目標を社是の1つに掲げている。

 この目標の一環として同社は3月14日に、2030年までに同社パートナーと共に、世界中にスターバックス・コミュニティ・ストアを1,000店開業(または転換)すると発表した。既にコミュニティストアは世界に150店舗近く存在しており、地元の経済活性化型、地元の農家・若年層。女性の支援型、地元の非営利団体との提携型など複数のフォーマットがある。


【米国での取り組み:科学的根拠に基づいたウェルビーイング】

 

 米国内のコミュニティストアでは主に農村部や都会をターゲットとし、雇用創出、地元コミュニティ用イベントスペースの提供、地元アーティストや様々な分野の自営業者への発注、退役軍人や軍人の家族を支えるサービス等の経済的機会の提供に重点をおいている。

 今後、同社は社会科学調査審議会が開発し数量化したアメリカン・ヒューマン・デベロップメント・インデックス(HDI)を用いて、新たにコミュニティストアを出店する際、どの地域であれば価値やサービスを最大化できるかを見極めていく。これによってコミュニティストアの情報(根拠)を明確に示すことができ、その分析に基づいて革新的なプログラムを創造していくことができる。またコミュニティストアは、資源が少ない地域の経済開発支援だけでなく、全米約9,000店に地元のニーズに根差したプログラムを拡げていくためのインキュベーションセンターともなり得る。

 HDIは世界的に最も広範囲に使われているウェルビーイングの指標で、健康的な長い人生、情報へのアクセス、一定の生活水準などの重要な項目の達成度を測定できる。


【障害者に対するインクルーシブな経験の提供】

 

 米国では成人4人に1人が何らかの障害を持っており、スターバックスも障害者のインクルーシブでアクセサブルな環境を店舗、Eコマース両方で提供するためにさまざまな取り組みを行っている。例えば聴覚障害の人々のために日本を含む世界で11店舗の手話店舗があるが、以下のようなテクノロジーも複数のテスト店舗に導入している。

  •  従業員や顧客がオーダーをしたり、受け取ったりする際に利用できるリアルタイムな会話を文字にするヴィジュアルディスプレー
  • オーダーの進捗状況や完了の知らせを視覚的にも見られるノーティフィケーションボード
     

 視覚障害者向けには、2021年からエラ(Aira)サービスを無料で提供している。これはカリフォルニア州カールズバッドに所在するエラ・テック・コーポレーションが提供するサービスで、同社のモバイルアプリを立上げ、カメラを自分の周囲にかざすと、エラの視覚通訳の訓練を受けた専門家がそのライブ動画を見ながら何がどの位先の距離にあるか、などの視覚情報をモバイル経由の音声で視覚障害者に伝達するサービスだ。また、全米およびカナダの店舗では拡大文字や点字のメニューも用意している。

 

 スターバックスは2020年に、全米で既存店500店舗を閉鎖すると発表した。一方で在宅勤務の継続の流れを受け、郊外のドライブスルー店、ピックアップ専用のトゥ・ゴー店は撤退店舗数を上回る勢いで数を増やしている。コミュニティストアの拡大は、社会貢献を超えて、今まで同社が見過ごしてきた新たな顧客の開拓につながるのだろうか。






リバースロジスティクスのナーバーが返品を自宅から回収

出所:ナーバー社ブログ 出所:ナーバー社ブログ

 

 米国で返品問題がコスト面で小売業者の収益を圧迫するだけでなく、環境破壊の面でも大きな問題になっていることは皆さんご承知の通りだが、リバースロジスティクスのナーバーは、返品を自宅まで取りに行くサービス「ホーム・ピックアップ」を開始した。同社は提携したブランドの返品を、物流企業UPSストア全米5,000か所、モール・オヴ・アメリカ、サイモン・ショッピングモール、ノードストローム、ウォルグリーンズ等、全米20万か所で引き取るプラットフォームを持っており、返品希望者は商品を梱包したり配送ラベルをつける必要もなく、事前にアプリで返品手続きリクエストを出してQRコードを受け取っておけば、商品返品時にその場で返金してもらえる。

 新サービスは現在サンフランシスコ、ニューヨーク、ロサンジェルス、シカゴ、ヒューストン等主要10都市で展開しているが、向こう数か月間で100都市程度に拡大し全米をカバーする計画だ。自宅に回収に来るのは地元の配送企業またはギグワーカーで、サービス料金は$7で、小売業者側には費用はかからない。回収商品はそのままナーバーの最寄りの返品カウンターに届けられる。顧客は複数の小売業者への返品を一度に行うことはできない。昨年ホリディシーズンに靴アウトレットチェーンのDSWやアンテイラー他と行った実証テストによると、顧客満足度が上がり、倉庫までの返品速度は25%早くなったという。同社の2021年消費者調査によると、調査対象の96%は返品経験が好ましければ再び同じ企業で購入すると回答している。

 

 全米小売業協会の試算によると、2021年の小売販売総額は4兆5,830億ドルで、オンライン売上げたはそのうち1兆500億ドル、オンライン売上の返品率は20.8%だった(2020年18.1%)。「自社が売ったものを責任持って回収し、環境を保護する」ことは小売企業の新たな必修科目となっているが、このためのコストも大きい。前述のようなリテールメディア広告事業の拡大戦略は、決して気楽なお小遣い稼ぎではないことが改めて認識できる。


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【在米リテールストラテジスト 平山幸江】



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