掲載日:2022/01/27

~メタバース・マーケティングの増加~「ナイキランド」他~:USリテール最新レポート - ニューノーマル時代で変わる小売業Vol.17

ホリディ商戦中のグリンチボットの現状と対策

 グリンチボットとは、需要が高いが販売数が限定されている商品、例えばXボックス、プレイステーション5、エアジョーダンのスニーカー等の人気商品を狙い、自動的にさまざまなオンラインストアの商品在庫情報を調べ、高速で買い占めるボット攻撃のことだ。グリンチとは楽しいクリスマスを台無しにする嫌なヒトを意味する。ホリディ商戦中は、大手小売業者Eコマースでは1秒間に6万以上のページリクエストを受けることもしばしばだが、ボットによってその数は3倍にも膨らむという。オーダー完了までのプロセスを数秒でこなすグリンチボットに買い占められた商品はeベイやアマゾン等のマーケットプレースでプレミアム価格で再販され、PS5などは希望小売価格の9倍にまで値が膨らむこともある。詐欺や未払いではないので現時点では違法ではないが、サプライチェーンを乱し、多くの消費者が適切な価格で買えなくなる点が問題となっている。

 サイバーセキュリティ企業、インパーヴァ・リサーチ・ラボが毎年4月に発表する「バッドボット(悪質なボット)・レポート」によると、2020年の全サイトトラフィックの25.6%はバッドボットで前年より6.2%増加、逆に人間のトラフィックは59.2%で5.7%減少した。ただし検索エンジン・ボットやバッドボットを取り締まるグッドボットのトラフィックは15.2%で16.0%増加している。同社によると21年11月中の最新型ボットのトラフィックは前月から73%上昇し、特にサイバーマンデーでは前週から8%増加した。これらの多くはグリンチボットと見られている。

 

 

 年々悪化する状況を食い止めるため、ニューヨーク州ポール・トンコ議員他は19年にこれを規制するための法案を議会に提出したが否決、しかし21年12月に再度「グリンチボット停止法案」を提出した。この法案が可決されるとグリンチボットの取り締まりだけでなく、eベイやアマゾンでの再販の削減にもつながると見られている


【企業の対応】

 21年2月のブログでご紹介した通り、ウォルマートは20年11月にグリンチボットに対抗するシステムを開発し、30分間で約2,000万のボットによるオーダーを阻止した。ターゲットもこの領域に投資をかけている。また、現在多くのEコマースが採用しているが、決済の手前でボットが見分けにくい画像を提示して判別させるクイズや、「私はロボットではありません」というチェックボックスを設け、サイト内での動きを分析することでボットかどうかを判別するシステムを導入する動きが拡がっている。しかし技術開発によるボット退治だけでは追いつかず、小売業者はそれ以外の対応も行っている。

 家電最大手のベストバイでは、オンライン上に受付順の待ち列を設け、順番が来たらテキストやEメールで顧客に連絡を取り、一定時間内に購入できるシステムを導入している。さらに、年会費199ドル99セントを払って「トータル・テック会員」になると、欲しい商品の在庫補充の際に必ず購入できるという特典を設けている。ゲーム販売のゲームストップも同様に年間14ドル99セントの会員制度を設け、会員には販売前日に販売予告をするサービスを提供している。ただし購入権を確約するものではない。

 さらに大手各社で幅広く実施されている方法として、人気商品の在庫補充をより細かく頻繁にすることでより多くの顧客が購入できる機会を増やしたり、特定商品のみ全オーダーを点検して怪しいオーダーをキャンセルする、在庫の一部を店舗に移す、などの対策を組み合わせてボット被害を減らす努力を行っている。


【顧客のリベンジ】

 昨年11月20日のウォールストリートジャーナル[1]は、親が入手が難しいおもちゃを子供たちのクリスマスプレゼントとして確保するため、会員制ボットサービスを利用して自らショッピングボットを使って当該商品を手に入れている事例を複数紹介した。ショッピングボット企業の1社、ボンテックソリューションズでは入会金40ドルと月額30ドルの利用費で素人でも簡単に使えるボットをサービスとして提供している。ただし専門家は、このようなボットサービスの利用は、マルウェア[2]である可能性があること、多くのEコマースの利用上の規定に反するため、リスクが高いと警告を発している。

 ショッピングボットはコロナ禍が始まり、マスクや消毒剤が売れ切れた時にも使用され、マーケットプレース上で高値で再販されていた。やはり早急な法規制と、企業側の対策は必須だろう。

 

[1] ウォールストリートジャーナル、’Desperate parents turn to shopping bots to hunt for hottest Christmas gifts’、2021年11月20日


[2] マルウェアとは悪意のあるソフトウェアや悪質なコードの総称






メタバース・マーケティングの増加~「ナイキランド」

ロブロックス上の「ナイキランド」 出所:ロブロックス ロブロックス上の「ナイキランド」 出所:ロブロックス

 

 フェイスブックが昨年10月に社名をメタと変更して以来、メタバース(3次元の仮想空間)という言葉が一般的になり始めている。大手小売業者もこの流れに乗り遅れないために、ARやVR、ゲーム等の技術を使って消費者が仮想空間内で楽しい体験をしたり、ショッピングまでできるマーケティングキャンペーンを次々と開始している。

 

 その注目事例の1つとして、ナイキは昨年11月に、ゲーミングプラットフォームのロブロックス(Roblox)上に新たに「ナイキランド(Nikeland)」を開設した。ナイキランドではアバターを使って様々なゲームや競技に参加できる。特徴は以下の通りだ。

  • ナイキ社の実物の本社をモデルにしてデザインされたビルやフィールドの中で様々なミニゲームを経験でき、ゲームはユーザーが簡単にカスタマイズできる。
  • モバイルデバイス内の加速度計を使って、ゲーム上のジャンプや走る速度を自分の身体の動きを使って制御できる。その結果、リアル世界で運動量を増やすことができる。
  • アバターにエアフォース1フォンタンカ、エアマックス2021などナイキの最新シューズや衣類を着用させることができる。
  • ナイキランドは無料で、ゲームに勝ち進むとブルーリボン、ゴールドメダルをもらうことができる。ブルーリボンはヤードを作る材料と交換でき、ゴールドメダルはアバター用ヴァーチャル製品と交換できる。
  • ナイキランドは12月からホリディ期間中にマンハッタン五番街にあるハウス・オヴ・イノベーション店舗地下の子供用品売場でも展開した。スナップチャットのレンズ機能を店内で立ち上げると実際の売場にナイキランドのAR版が現れ、ゲームを楽しむことができる。

ナイキ・ハウス・オヴ・イノベーション店内のシューズ売場(左)とスナップショットのレンズ機能で床をスキャンして行うバスケットボールのシューティングゲーム(右) 出所:筆者撮影 ナイキ・ハウス・オヴ・イノベーション店内のシューズ売場(左)とスナップショットのレンズ機能で床をスキャンして行うバスケットボールのシューティングゲーム(右) 出所:筆者撮影
同売場内スペース(左)をスナップチャットのレンズ機能でスキャンすると現れる火山の溶岩を避けるゲーム(右) 出所:筆者撮影 同売場内スペース(左)をスナップチャットのレンズ機能でスキャンすると現れる火山の溶岩を避けるゲーム(右) 出所:筆者撮影

【他社も次々とメタバースでのマーケティングを拡大】

 ナイキに限らず、10代、20代をターゲットとするブランドは、彼らが慣れ親しんでいるメタバースでのゲームやショッピングを通じてブランド体験する機会を増やしており、ロブロックスは重要なパートナーとして頭角を現している。カジュアルウェアのヴァンス社はロブロックス上にオリジナルゲームの「ヴァンス・ワールド(Vans World)」を作り、ビジター4,000万人以上を集めたという。

 メキシコ料理チェーンのチポレはハロウィーンのプロモーションとして、昨年10月28日から31日まで、ロブロックス上にヴァーチャルレストランでのゲーム「ブーリトー(Boorrito)」を立上げた。顧客はヴァーチャルレストランに入店し(写真1)、チポレがデザインした「チップスの袋を着たゴースト」「ブリトーのミイラ」「スパイシー・デビル」等のコスチュームのどれかを着て(写真2)ヴァーチャル店内のレジに向かい(写真3)、先着3万人はブリトーが無料になるコードをもらう。3万人を超えてもブリトー、サラダ、タコス等が5ドルになるコードをもらえる。ただしコードは同プロモーション参加店舗に行ってオンラインかモバイルアプリでオーダーしないと使えない。さらに、このヴァーチャルレストラン内の迷路で遊ぶと日替わりで無料または有料のアバターに着用させる限定スキンやアクセサリー(写真4)をもらえる。

 

写真1(左)、写真2(右) 写真1(左)、写真2(右)
写真3(左)、 写真4(右) 写真3(左)、 写真4(右)

 

 ヴァーチャルゲームやメタバースでのプレイをしない人は「いったい何がおもしろいのだろう?Eメールに販促コードをつけて送るのではだめなの?」と感じるかもしれないが、これがヴァーチャル時代の若い消費者の心をとらえる最新マーケティングなのだ。米国マーケティング専門家は、ナイキランドは顧客がゲームをカスタマイズでき、誰でも無料でゲームを遊べる、実店舗内でも展開しているという点で一歩先を歩んでいると見ている。今年はこのようなメタバース上のマーケティングがさらに増えるだろう。






メルカリがサンフランシスコに初のポップアップストアを出店

出所:メルカリUSA社 出所:メルカリUSA社

 

 メルカリUSAは12月29日、サンフランシスコ市内ストーンズタウンギャラリーセンターに初の体験型ポップアップショップをオープンし、22年2月12日まで営業する。同店舗には査定専門家がいて、予約なしに持ち込んだ商品を査定し買い取る。1点当たりの買取価格は最大30ドル、一人当たり1日最大100ドル、ピア・トゥ・ピア決済のヴェンモまたはペイパルアプリで支払われる。再販者は18歳以上で売りに出す製品を所有していることが条件で、場合によってはその証明を求められる。

 メルカリは日米で、フリマアプリによるクリスマスギフトへの意識調査[1]を行っているが、その結果がおもしろい。日本はアメリカより中古品をクリスマスプレゼントとして贈ることに抵抗心が少なく、また年齢が上がるほど中古品を贈ることに積極的だ。図表1、2のように日本では「中古品をクリスマスプレゼントとして贈るのは新品(未使用品)ならよい」と答えた人は43.0%、「新品でも中古品でもよい」と答えた人は20.4%、計63.4%に及ぶ。これを年齢別に見ると20代が57.4%だが、50代だと64.3%というように、年齢が高くなるほどフリマアプリでの購入に抵抗が低くなっている。

 一方でアメリカでは、「中古品をギフトとして贈る」と回答した人が38.1%、年齢別では18~24歳が44.8%だが、60~75歳では16.9%と若い層の方が抵抗感が低い。日本は2020年12月調査、アメリカは21年9月調査という時差はあるものの、この日米の差は興味深い。筆者の推測では、日本には「もったいない」という文化があり、不要なものをもらってもなかなか捨てたり返品しにくい。これがフリマアプリ市場を急成長させたのだろうが、年齢が上がるほどギフトに中古品を贈りたいというのは、よほど家に在庫が有り余っているということだろうか。

 アメリカでは中古品購入や再販は、環境保護の視点から若い世代ほど支持する傾向にある。長年大量生産・大量消費・大量廃棄だったアメリカ、世代が古いほどこの文化からの脱却が難しいのかもしれない。その意味では、メルカリUSAのポップアップストアは、幅広い年齢層に啓蒙と体験を提供するマーケティング戦略として期待できそうだ。

 

[3] メルカリ社「フリマアプリとクリスマスプレゼントに関する意識調査」2020年12月、20代~50代1,032人回答。メルカリUSA社「セカンドハンド・ホリディ調査」2021年9月、18歳~75歳2,009人回答

 






億万長者の寄付も支えるSDG

 年末はアメリカ人にとって寄付の月でもある。クリスマスを祝うプレゼントの一環としてNPOに寄付するだけでなく、個人収入確定申告での減税効果を狙って駆け込み寄付をする人が多いからだ。意識の高い家庭では子供が幼いうちから「困っている人を助けるために寄付はすべき」と教育し、世帯収入の数%を毎年寄付に回すと決めている家庭も珍しくない。

 まして億万長者による寄付は社会的義務であり、最近ではSDG達成の重要な資金源とも見られているため、寄付先は地球環境保護に関する事業・団体が多い。著名なのはマイクロソフト創業者のビル・ゲーツと元妻のビル&ミレンダ・ゲーツ財団だ。同財団は昨年11月気候変動に適応する農業に取り組む小規模農家を支援するため3億1,500万ドルを寄付し、21年度支援金総額は50億ドルを超える見込みだ。マイクロソフトはSBTi(科学的根拠に基づく目標設定)として2030年までに100%再生可能電力に転換し、温室効果ガスを17年時点の同社の水準より30%削減する。また同氏はアマゾンのクライメート・プレッジ(気候変動対策に関する誓約)にも署名している。

 テスラ創業者のイーロン・マスクは2月に2050年までに毎年10ギガトンずつ二酸化炭素を除去するソリューション開発に向けて向こう4年間コンペティションをする非営利団体Xプライズ(XPrize)に1億ドルを寄付した。

 アマゾン創業者のジェフ・ベゾスは前述のアマゾン・クライメート・プレッジをグローバル・オプティミズム・グループと共同で開設し、2040年までに二酸化炭素排出ゼロを目指している。アマゾンは現在世界で最も再生可能エネルギーを購入しており、2030年までに電気自動車10万台を導入する計画だ。氏個人としてはビル・ゲーツが率いるブレークスルー・エネルギー・ベンチャーズに16年に参加し、新たな二酸化炭素排出ゼロ技術の開発企業に少なくとも10億ドル投資をする目標を共有している。また20年には100億ドルのベゾス・アース・ファンドを開設し、21年11月には気候変動問題解決に取り組む16団体に計7億9,000万ドルを寄付している。

 しかしベゾス氏には「所得の割には寄付が少な過ぎる」という批判が高い。同氏が私財の多くを宇宙ロケット開発企業ブルーオリジンに投じる一方で、19年3月に離婚した元妻で世界で23番目、女性としては3番目に裕福なフィランソロピストのマッケンジー・スコット氏は離婚後86億ドル以上を780以上の団体に寄付している。同氏は寄付金の使途に条件をつけないだけでなく、昨年末には「当面、どの団体にいくら寄付したかを公表しない」と発表した。その理由として「メディアは多額の寄付者に焦点を当てがちだが、寄付を受けた企業の活動に皆の目が向いて欲しいから」としている。ちなみにスコット氏はフォーブス誌の「2021年もっともパワフルな女性」の1位に選ばれた。その理由は、申請を受けてから調査・決定・入金のスピードの速さと企業の自主性を重視し条件をつけずに「私の金庫が空になるまで寄付を続ける」というポリシーだ。同氏は大企業やビジネスマンとは違う視点から寄付先を選定しており、現時点ではSDGの1つである人権や人種・性差別問題に関わる寄付が多い。

マッケンジー・スコット 出所:ツィッター マッケンジー・スコット 出所:ツィッター

 

彼女が地球をより良くするために投資を続ける傍らで、元夫やお金持ちグループの男性たち(イーロン・マスク、ヴァージングループのブランソン)は地球から逃れる宇宙旅行にせっせと金をつぎこんでいる、とテックメディアのザ・ヴァージは揶揄っている。







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【在米リテールストラテジスト 平山幸江】


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