コロナ禍でEコマース化が進んだチェーンストアに対抗し、急成長中の中小D2Cブランドをマーケットプレースに呼び込むため、アマゾンは10月に新たな戦略を発表した。
ウォルマート等チェーンストアが店舗網を活用してEコマース売上を拡大する中、アマゾンは地元の中小小売店から大手チェーンストアまで、同社マーケットプレース上で販売するセラーの店舗網をフルフィルメントと配送拠点として活用する「アマゾン・ローカルセリング」を10月から開始した。
ローカルセリング・プログラムに参加するセラーは、自社店舗がある地域のオーダーについて、店舗でのピックアップ、店舗からの出荷、を提供できる。これによって顧客側は配送費が無料になったり、即日で商品を受け取ることができるようになる。セラー側では、フルフィルメント・バイ・アマゾン(FBA)サービス[1]では出荷しにくい大型商品や壊れやすい商品などをマーケットプレース上で販売できるようになる。さらに、店舗を拠点として付加価値のある顧客サービス、例えば製品の組み立てや設営などを追加で提供することも可能となる。さらに、店舗ピックアップを選んだ顧客は、セラーの店舗体験をし、アマゾンでは販売していない商品を見たり購入することができるようになる。
同プログラムは現在家電最大手のベストバイやシアーズ、マットレスウェアハウス、フォーカスカメラ等が参加している。顧客にとってもセラーにとってもメリットがある上、アマゾンにとっても増える一方のフルフィルメント業務の軽減、配送コストの削減、顧客満足度の向上といったメリットがあり、現時点ではウィンウィンが見込めるものだ。
[1] オーダーのフルフィルメントをアマゾンがサービスフィーを徴収して行う制度
アマゾンの強力なサプライチェーンやFBAサービス、マーケティングサービスによって売上を拡大する中小企業も多い一方で、セラー側には高額なサービス料やコミッション、詳細な顧客データを得られない、顧客サービス向上の目的でさまざまな規則に縛られる、などのデメリットも発生している。また昨年大きな問題となったように、アマゾンがセラーのベストセラー情報を利用して売れる商品を自らPB化して利益を得、場合によってはオリジナル商品の売上が落ちる、という事例も出ている。このような理由で中小企業の中にはアマゾンの競合と言われオンラインストア設計や営業管理面での自由度が高いショッピファイ(Shopify)やビッグコマース(BigCommerce)などのEコマースプラットフォームに移行し、、アマゾンを副次的販路と位置付ける動きも出てきている。
これに対しアマゾンは中小セラーへのサポートを強化している。その1つである10月21日に開催された米国内セラー向けコンファランス、アマゾン・アクセラレート2021では、中小企業でもグローバル市場で簡単に販売できるプログラムが発表された。
このように、米国の中小企業がアマゾンのグローバルエコシステムを利用して世界中の市場に販売できるようになるのは、米国内中小企業にとっては朗報だが、日本の輸入業者や海外ブランド日本法人にとっては脅威となる可能性もある。
スーパーマーケット最大手のクロ―ガ―にスマートショッピングカートを提供しているレジレステクノロジー企業ケイパー社は、10月に新たな無人レジシステムを発表、既にチェーンストアの数十店舗にテスト導入されている。
「ケイパーカウンター」と呼ばれるシステムは、写真にあるように長方形のフレームとモニターから構成されていて、顧客が買いたい商品を枠の中に置くと、コンピュータヴィジョンとセンサーフュージョン技術によって商品を視覚的に認識し、モニターに支払い金額が出てくる。支払いは付属のデバイスにクレジットカードをスワイプするか、アップルペイまたはNFC(近距離無線通信)で決済でき、商品をフレームに置いて最短で8秒で決済が終了する。フレームには1回あたり10アイテムを置くことができる。
このシステムは930㎡以下、1万アイテム以下のコンビニエンスストア等の小型店舗に向けて開発されたもので、同社の主力製品で大型店向けのスマートショッピングカートに次ぐ製品だ。スマートカート開発で得た知見をもとに、顧客にとって簡単で迅速かつ非接触な決済手段であるだけでなく、リテーラー側にとっても現場のニーズにあった設計となっている。
ケイパーカウンターは、商品を1点ずつスキャンしなければいけないセルフレジからスキャンの手間を省いたもので、レジ回りの店舗経験をさらに快適にすることは間違いない。レジレス市場はアマゾン以外にスタンダードAI、グラバンゴ等複数の企業がそれぞれ大手小売企業とタイアップして実証テストを行っている。アマゾンゴーのジャストウォークアウトシステムも、現在、空港内コンビニや映画館の売店にライセンス供与しており、それぞれシステムの特徴を活かした市場を探索して棲み分けも視野に入れている。
独自のコンセプトを持つ製品を社会貢献型のマーケティングによって直接消費者に販売するD2Cブランドの株式上場が相次いでいる。D2Cブランドは7,8年前から既存の大手ブランドを脅かす存在として注目され続けている。その先駆けともなったオンライン眼鏡販売のワービーパーカーは9月に、衣類やアクセサリーの会員制レンタルのレントザランウェイは10月に、日本にも上陸した天然素材スニーカーのオールバーズは日程は公開されていないが、上場に向けた財務情報の登録・開示を始めている。
しかし近年上場を果たしたD2Cブランドはいずれも創業時から赤字が続き、一度も黒字化していない。しかも上場後も黒字化のめどが見えない企業が多いため、D2Cブランドへの投資に牽制をかける業界識者も少なくない。
既存のマットレス業界の販売方法を革新し、圧縮フォームマットレスを箱に詰めて配送することで、受け取り・返品を容易にし、幅広い世代から支持を得てきたキャスパーは昨年1月ニューヨーク証券取引所に上場したが企業価値は当初の半分に低下、IPO株価は予測の$17~$19から下がり、最終的には$12で初売りとなった。同社は早い時期から直営ショールームを展開し、ターゲットと提携して全米の店舗およびターゲットEコマースでも販売するなど、販路の短期間での拡大に尽力してきたが、箱入りマットレス市場では既に類似品ブランドが出回っており、現在175以上のブランドがある[2]と言う。キャスパーはオンラインマットレス市場占拠率37%でトップだが、2位のパープルは32%[3]と差は小さい。その競争のためのコストが膨らむ一方で売上成長の鈍化に見舞われている。コロナ禍で全米に自宅待機令が拡がった昨年3には株価は$3.18にまで下がり、一時期回復したものの今年6月以降再度下落し、10月末時点で3ドル台に下がっている。
同社は現在S&Pの「もっとも脆弱な企業リスト」に入っており、債務不履行率の予測は2022年19.3%、2023年24.4%とされている[4]。
[2] CNBC、’There are now 175 online mattress companies’、2019年8月18日
[3] エディソン・トレンズ調査。フォーブス、’Casper, with competition growing, wants to be more than a mattress company’, 2019年5月7日
[4] リテールダイヴ、’Tuesday Morning, Casper, Vince on S&P’s latest “most vulnerable retailers’ List”、2021年2月22日
1度着たら2度と着ないことが多いパーティウェアのレンタルで一斉を風靡した同社は、その後オフィスウェアやカジュアルウェアのレンタルにも乗り出し、主要都市にショールームも展開していた。しかしコロナ禍によって外出が減ったことから売上が減少、その一方で経費は上昇し、昨年度は売上1億5,750万ドルに対して当期損失は1億7,110万ドルと売上を超える結果となった。
同社は10月のナスダック上場時には予想株価で最も高い$21で初売りをした。しかし同社の公開財務情報を分析するアナリストの中には、トレンドの変化が大きいファッションビジネスで毎年8,500万ドルの製品を購入する一方で9,000万ドル製品が売却または処分されている減価償却が反映されていないことなどを指摘し、ビジネスモデルの継続可能性を疑問視する声も出ている。
一方、9月にニューヨーク証券取引所で上場したワービーは、赤字ながら安定して売上を拡大しており、ダイレクトリスティングでの初日株価は$54.49を記録、企業価値は68億ドルとなった。ワービーは眼鏡という生活必需品を市場の半分近い半額で販売していること、同社がオンラインでヴァーチャル試着やヴァーチャル検眼できるテクノロジーに投資していることなどが、投資家にとっての魅力となっている。
このようにD2Cブランドの上場が相次ぎ、経営の内情が数値で明らかになるにつれ、ユニークな商品や社会貢献型のD2Cというだけでもてはやされた時代は終了し、今後はより厳しく健全経営が求められそうだ。
ウォルマートは10月21日にキャッシング機器企業コインスターと暗号通貨両替企業コインミーと提携し、全米200店舗にビットコイン両替機(ATM)をテスト導入すると発表した。同社は今後国内で8,000か所以上に設営することも視野に入れている。
全米ではビットコインATMは25,000か所以上に普及しており、スーパーマーケットやガソリンスタンドに設置されている。このうちコインスターは4,400台を33州で運営している。ATMではコインミーの口座を開設し、通常の貨幣をATMに挿入し、領収書情報でビットコインを使うことができる。8月にはコンビニエンスストアのサークルKがビットコインATMの導入計画を発表している。一日当たり$2,500の上限があり、取引量4%と両替サービス料7%を支払わなければならない。
ビットコインATM導入はただ顧客へのサービス向上が目的なのではなく、より大きな経営戦略の一環として行われている。ウォルマートはATM導入に先立ってデジタル貨幣戦略のシニアディレクターを募集しており、アマゾンも7月にビットコイン事業関連で求人をしていたため、ビットコインが値上がりしたことがあった。
ティーンエイジャーから30代のミレニアル世代まで若い世代は、ビットコインを始めとする暗号通貨やNFT(非代替性トークン)などデジタル投資に非常に関心が高い。その理由として、若い世代は銀行や証券会社など既存の金融機関よりもソーシャルメディアによる情報を信頼する傾向にあるからとUSAトゥデイは報じている[5]。同紙がクレジットカルマ社に委託した調査によるとZ世代・ミレニアルの56%がファイナンス情報をSNSで探し、ミレニアル世代の50%以上はフェイスブックを40%がインスタグラムを利用しているという。また取材した若い世代は、個人資産管理もユーチューブを検索して専門家の講義を聞くことも多かった。
米国の若い世代は大学費用を自分で学生ローンを組んで負担するのが一般的で、社会人になった時に既に借金を背負っているため、個人の財務管理には日本の同世代以上に知識やスキルを求められる。ビットコインなどはパソコンを持っていれば自分でも作ることができるため、筆者の息子の友人たちも高校生の時代からビットコインを作ってお小遣いを稼いでいたが、デジタル通貨と自然に慣れ親しんでいる世代に向けて、若い世代向けカジュアルファッションブランドなどは既にオンラインストアでビットコインでも買物ができるよう決済システムを組んでいる。ウォルマートがビットコインATMを急ぎ拡大しようとする背景には、こうした若い世代の顧客化を視野に入れてのことなのだ。
[5] USAトゥデイ、’TikTok shows Gen Z how to buy bitcoin and crypto’、2021年9月26日
【在米リテールストラテジスト 平山幸江】