米商務省が発表した3月の小売販売額は対前月比9.8%、対前年比27.7%と大きく伸長した。その理由として①新規失業申告が4月10日週に57万6,000件と全州の76万9,000件を大きく下回っるなど雇用環境が改善している、②3月に議会を通過した米国救済計画1兆9,000億ドル(約207兆8,800億円)に基づく給付金一人当たり1,400ドル[1]が消費につながった、が挙げられている。
加えて、バイデン政権による積極的ワクチン接種拡大により、4月27日現在でアメリカの全人口の29.1%が必要な量のワクチン接種を済ませており、42.7%が少なくとも1回接種している。感染すると重篤化しやすい65歳以上では81.8%が接種を済ませている[2]。
[1] 最大金額。年収や家族構成によって金額は削減されたり、支給対象外となる。
[2] 米疾病対策センターのデータ。
ワクチンは州や市が指定する大型施設、全米ファーマシーチェーンストア、病院で接種しており、オンラインか電話で予約を取るシステムだ。全米でも最大の被害を被ったニューヨーク市内では4月初旬までは接種予約を取るのに数日かけて何十回もウェブサイトに向かわなければならなかったが、4月23日以降、予約無しにワクチン会場に出向いて接種してもらうことができるようになった。筆者はコンベンションセンター、ジャヴィッツセンターのワクチン会場で接種したが、毎日11時間操業で1日当たり11,000人以上に接種していた。他にもヤンキースタジアムやアメリカ自然史博物館などもワクチン会場となっている。会場内は空港の出国手続きのような流れ作業で、州兵を動員して非常にスムーズで効率的なオペレーションが組まれている。筆者接種時も1時間に1,000人以上が来場していたはずだが、個人情報と健康状態の再確認(事前にオンライン登録が必要)を経て注射が終わるまで到着してから10分。接種後は経過を見るため控室で15分間の休憩が義務だ。
さすがアメリカと感じたのは控室に行く途中で州兵から水と「私はジャヴィッツセンターでワクチンを打ちました」という腕にばんそうこうを貼ったイラスト入りのステッカーをもらい、休憩後の出口付近にはインスタグラムなどに投稿できるよう、ステッカーと同じ柄の撮影用パネルが用意されていることだ。ソーシャル上で拡散してもらい、接種者を増やす狙いだろう。
ニューヨーク州では、4月2日から全米初の健康状態を証明するアプリ「エクセルシオール・パス(Excelsior Pass)」の利用を開始した。マディソンスクエアガーデンなどの大規模娯楽施設・アート施設や大人数が集まる集会で使うことができる。入場者は同アプリをダウンロードし、名前・生年月日・郵便番号・身分証明に関する情報と、ワクチン接種済登録および事前に承認された検査機関によるコロナ感染テスト結果の情報を入力する。これらの情報に紐づいたQRコードをアプリ上に立ち上げ、入場時にQRコードをスキャンし、入場可否を判断できる。来場者は人前で個人情報をさらしたり、さまざまな証明証を持ち歩く必要がなくなる。
このアプリはニューヨーク州がニューヨーク市と共同開発し、IBMのデジタル・ヘルス・パス・ソリューションをベースに使っている。まだ扉を閉ざしているメトロポリタンオペラ劇場やブロードウェイの劇場などの安全な再開に向け、街をあげてのデジタルトランスフォメーションが始まっている。
ウォルマートも同様に、小売業者初のアプリをザ・コモンズ・プロジェクト財団(TCP)およびクリア(CLEAR)社と開発中だ。TCPは個人の健康情報を管理できる無料のアンドロイドアプリ「コモンヘルス(CommonHealth)」とコロナテスト結果およびワクチン情報を管理できるアプリ「コモンパス(CommonPass)」を提供している。ウォルマート顧客はウォルマートもしくはサムズクラブのファーマシーでのワクチン接種予約をアプリで取り、このデータをコモンヘルスやコモンパス口座にリンクすることで、ワクチン接種のみならず健康情報も1つのアプリで管理できる。今後、アプリが管理する健康情報を空港、職場、病院、娯楽施設などで活用できるよう、現在システム統合が行われている。
中古品再販市場は金融サービスの大手、ジェフリーズ社の推計によると年間300億ドル(約3兆2,650億円)の市場となっており、今後10年以内にアパレル市場全体の10%以上を占めると予測されている。2019年以降ラグジュアリーブランドに特化したザ・リアルリアル、SNSに強いポッシュマーク、世界最大の規模のスレッドアップが次々と株式上場を果たしており、若い世代が中古品購入に積極的であることから、小売業界では無視できない市場に成長している。
ナイキは4月から返品されたスニーカーのうち、若干使用された商品を洗浄し修繕して値引して販売すると発表した。返品商品は「新品同様」「若干使用」「表面に多少キズあり」に分類され、機械ではなく手作業で洗浄・修繕が行われ、状態の説明を書いた箱に入れて再販する。当初はナイキファクトリーストアおよびアウトレットストア計15店舗で販売するが、今後は店舗数を拡大し、サステナビリティと廃棄削減に貢献する。スニーカーは使用される素材の種類が多く、リサイクルが難しいアイテムでもあり、再販は合理的な解決法の1つと業界ではみなされている。
一方で、同社が中古品再販に乗り出すのは、若い世代に人気の中古品再販EコマースのストックX(StockX)やゴート(GOAT)にナイキスニーカーの中古品が大量にプレミアム価格で販売される流れを止める目的もあると指摘されている。再販価格は最低でも元値の2倍、高ければ10倍以上にもなっている。キャップジェミニ社の消費財、小売、流通専門家、ヴェンキ―・ラメッシュ氏は「ナイキはこのようなプログラムをもっと早く実施することもできたが、ブランドイメージを損なうことを恐れてできなかった。しかし消費者の意識が変わり、Z世代やミレニアル世代が中古品を買うことを好むようになり、ナイキにとっては企業イメージを高めながら返品商品を換金する絶妙のタイミングが来た」とコメントしている[3]。
もっともコンサルタントのケン・ロンヤイ氏はメディア、リテールワイヤーの4月14日掲載記事に対して「(ナイキのような)公式なブランドが再販市場に近づくのは、貪欲もしくは途方に暮れている印象を与えてしまう。皆の憧れのブランドは中古品再販市場などからは一線を画すべきなのに、ナイキは自らディスカウントの棚に商品を並べようとしている」とコメントしている[4]。
いずれにしても中古品再販市場がナイキですら無視できない存在に成長していることは間違いなく、必然的に今回のテストを開始したのだろう。
[3] Forbes, George Anderson, RetailWire、’Nike refurbished gets more mileage out of used sneakers’, 2021年4月21日
[4] RetailWire, George Anderson, ‘Nike decides to ‘just do it’ in the sneaker resale market’, 2021年4月14日
ルルレモンは5月から「ライク・ニュー(Like New)」という中古品再販をカリフォルニア州とテキサス州の店舗で、6月からはオンラインでテストを開始する。ルルレモンの中古品は、店舗で同社ギフトカードと交換で回収され、製品の洗浄・補修・査定およびマーケティングを行う企業、トロヴェ(Trove)社と提携して再販プロセスに回される。同プログラムではルルレモンの品質基準に見合う製品だけを買い取り、残りはリサイクルに回す。トロヴェは既にリーバイス、パタゴニア、REIの再販コマース運営の実績を持っている。リサイクルに回す商品はカナダを拠点とするリバースロジスティクスおよびリサイクル企業、デブランド(Debrand)社に引き渡す。
同社もナイキ同様、今回のテストを通じて消費者の反応を分析し、今後全社規模に拡大するかどうかを決定する計画だが、同社を研究するアナリストの間でも「時代の流れを読んだ動き」と評価する声と「知らない人が履いたヨガパンツを履きたい人がそんなに大勢いるだろうか」という懐疑的な声がある。しかし、再販市場拡大の流れを無視せず、自らテストする姿勢は評価されるべきだろう。
アマゾンは4月20日、ロンドンにヘアサロン「アマゾン・サロン」をオープンした。実際にサロンを運営するのは地元の個人経営、ネヴィル・ヘア&ビューティだが、アマゾンはサロンに以下のような複数のテクノロジーを導入している。
アマゾンはブログ上でサロン開業について、ビューティ業界のプロフェッショナル向け卸売サイト「アマゾン・プロフェッショナル・ビューティストア」のイギリスでの開業を支援するため、と説明している。同卸売サイトは米国では2019年7月に開業しており、卸売価格を提供するだけでなく、購入最低発注額が無く、迅速に配送することが強みだ。
今回のサロン開業について、多くの米国の業界識者たちは「サービス業での消費行動データ収集が真の目的」と分析している。アマゾンは物販では十分なデータを持っているが、サービス業には弱い。過去にアマゾン・レストランというオンデマンドの飲食店デリバリ―サービスに参入したが、競合のドアダッシュ、ポストメイツ等におされ、撤退している。最近ではヘルスケア分野に事業拡大しており、これに関連するパーソナルケアでも物販だけでなくサービス領域のデータを収集したい、そのためのテスト店、という見方だ。
もう1つの推測は、ヘアサロン業界は中小企業が多くビジネスモデルにあまり革新がなされていないため、この領域のサービスを向上させるようなテクノロジー開発とその事業化が目的ではないか、というものだ。例えばアマゾンゴーはコンビニチェーンの事業開発ではなく、レジレステクノロジー「ジャスト・ウォーク・アウト」を空港内コンビニや映画館内コンビニにライセンス契約する方向に向かっている。
ただ、今回使用されている技術はどれも新規性に乏しく、ヴァーチャルヘアカラーは既に大手ビューティチェーンのセフォラやアルタが店舗やアプリで広範囲に提供しているヴァーチャルメークアップと何ら変わらない。本国外で始めたこともあり、実際はアマゾンの発表の通り、卸売事業の販促程度のものなのかもしれない。とは言え、アマゾンが始めると世界は注目せざるを得ないようだ。
昨年初めに新たな店舗フォーマットや新規ビジネスが登場したものの、コロナ禍で消滅したり、影が薄くなったものも多い。後者の1つがオフィスサプライチェーン、ステープルズの「ステープルズ・コネクト」だろう。
昨年2月5日、同社はボストン地区の6店舗を改装した「ステープルズ・コネクト」を発表した。物販を超え、仕事をする上で必要なサービスやセミナーを提供する業態だ。店内には46㎡の防音設備が整ったコミュニティスペースがあり、地元の顧客向けにセミナーやワークショップを開催したり、会議室としても提供する。セミナーは現在ウェビナーとなっており、例えば5月6日には商務省主催、ステープルズ・コネクト協賛のマーケティングによってビジネスを再構築するセミナーを無料提供する。また「ステープルズ・スタジオ」というコワーキングスペースを併設する店舗もある。その後このコンセプトを全米の店舗に拡げ、サービス機能を提供する店舗は全て「ステープルズ・コネクト」としている。
コネクトでは、昔ながらのグレーやベージュのオフィス家具ではなく、若い世代が好むワークスペースのデザイントレンドを取り入れたオフィス家具から装飾品、事務用品1,000アイテムを新規に投入した。その中には、アップル、ソノス、ボーズなど高級家電や音響機器も含まれている。
さらにコネクトでは従来から提供してきたテクノロジー支援、印刷、マーケティング媒体(ポスター、看板など)制作などのサービスに加えて、専門機関と提携し、米運輸保安局の事前検査登録、法律、税金、財務などの専門的サービスを提供する。コネクトのウェブサイトで店舗を指定すると、周辺地域にあるビジネスサービスやレストランなどの紹介もあり、地元企業、特に中小企業がワンストップでビジネスを円滑に進めるための作業を行うことができる。iポスタル1(iPostal1)プラットフォームでは、自宅をオフィスとする小規模企業がステープルズの店舗をヴァーチャルオフィスのアドレスとして利用でき、アプリをダウンロードし登録すると、顧客に自宅住所を知られずに荷物の受け渡しや、その着荷状況をアプリで把握できる。さらに受け取った郵便物のスキャンやシュレッダーサービスも提供している。
実際に筆者の近隣の小型店に立ち寄ると、買物をしている人は少ないが、いつも顧客がパソコンでポスターのデザインをしたり、何か作業をしているのを見かける。全てがオンラインにシフトしていく中で、店舗ではサービスに徹して地元の顧客としっかりつながっていくことで、ステープルズというブランドへの信頼を高め、結果的にEコマースを通じて物販につなげることができるのだろう。この戦略は、業種を超えてニューノーマル時代のサバイバル戦略の基本ではないだろうか。 同社は4月の段階で既に3,000アイテム以上を販売しており、70以上のブランドを導入する計画だ。
【在米リテールストラテジスト 平山幸江】