2022.01.31
あらゆる業界でデジタルトランスフォーメンション(DX)の取り組みが進められている現在、ITを活用した新たなビジネスモデルの構築は避けて通れない。不動産業界においても同様で、不動産×テクノロジー、すなわち「不動産テック」が注目されている。
大手不動産デベロッパーの三井不動産は、同社の関西における基幹ビル「中之島三井ビルディング」の大規模リニューアルを実施した。「つながる」をコンセプトに、入居テナント向けのダイニングを中心とした共有スペースを構築し、2019年9月にリニューアルオープンを果たした。
同社の長期経営方針である「VISION 2025」では、テクノロジーの活用が重要なテーマとして掲げられており、企業全体で不動産業界のイノベーションに取り組んでいる。ビルディング事業においても同様で、今回のリニューアルと連動して、ネットワークカメラとAIプラットフォームを使った「AI活用」の実証実験を開始している。プロジェクトの中心メンバーである三井不動産 関西支社 事業二部 事業グループ 主事の佐々木 彬氏は、食堂のリニューアルという取り組みにテクノロジーの活用を組み込んだ背景をこう語る。
「本プロジェクトの一番の目的は『食堂機能の充実と働く環境の融合』で、入居しているオフィスワーカーの皆様に喜んでいただける施設にすることが前提となっています。そこにテクノロジーを活用すれば、より大きな成果が得られるのではないかと考え、具体的な活用方法を検討していきました」(佐々木氏)
三井不動産株式会社 関西支社 事業二部 事業グループ 主事
佐々木 彬氏
三井不動産のオフィスビル事業では、従来の“ワークスペースの提供”から、新たなビジネス価値となる“ワークスタイルの提案”への切り替えを推進している。今回のプロジェクトにおいても、単なる食堂の改修に止まらず、柔軟なワークスタイルを実現するための設計が施されているという。
AIの活用も、オフィスビルに新たな価値を付加する手段のひとつだ。数多くのITベンダーやパートナー会社と話し合い、AIの可能性を感じた同社は、本プロジェクトにおけるAIの活用方法を模索。そこで選択されたのが、さまざまな業種向けにAIソリューションを提供しているオプティムの「OPTiM AI Camera」だ。佐々木氏とともに中心的な役割を果たした吉岡 良氏は、AI活用の経緯と同ソリューションを採用した理由をこう語る。
「ビル内の食堂施設は、たとえリニューアルを行っても、時間が経つとどうしても飽きられて利用者が減ってしまいます。そこで一度のリニューアルで終わるのではなく、利用者のニーズを把握し常に手を加えていける施設にするために、AIの導入に踏み切りました。各ベンダーの提案を検討した結果、業種・用途別のパッケージを豊富に用意しており、工程もしっかり提示してくれたオプティムのソリューションを採用したという流れになります」(吉岡氏)
三井不動産株式会社 関西支社 事業二部 事業グループ
吉岡 良氏
「OPTiM AI Camera」の導入を決定したのは竣工の直前で、食堂のリニューアルデザインはすでに完成していた。そのため内装に合わせてカメラの設置位置や配線などを調整する必要があったが、オプティムのノウハウを活かして実証実験を開始することができたという。
2019年9月2日にリニューアルオープンした入居テナント向けダイニング「CUIMOTTE(クイモッテ)」。すでにデザイン決まっていた空間に、短期間で数十個のネットワークカメラが設置された
2019年9月のリニューアルオープンから「OPTiM AI Camera」の運用が開始されたが、現状は各種データを収集しているフェーズで、本格的な活用はこれからとなる。現在は「混雑状況」「滞留」「入店者数」「エリア別の人数分布」「属性(性別・年齢)」といったデータの中でもすでに入店者数の計測については高い精度を確立している。ダッシュボード上で利用者の行動を可視化することで多くの気づきを得ているという。
「たとえば従来の食堂は11:30~13:30の営業でしたが、リニューアル後は8:00~21:00に変更しています。オープン直後は以前の営業時間で利用する人が多かったのですが、徐々に利用時間のピークが広がってきていることがダッシュボード上のグラフで確認できました。食堂のスタッフからも利用時間が広がっているという声は聞こえていましたが、こうした現場で感じる状況変化を、明確な数値として見えるのは大きなメリットといえます」(吉岡氏)
このほか「北側のメインホールは空いている時間帯があるが、南側のカフェエリアは常に混雑している」といった食堂のPOSデータだけでは確認できない状況も、ダッシュボードで可視化されるようになったという。
今回のリニューアルでは、4Fの食堂だけでなく2Fの共用スペースの改修も行われている。本来、オフィス利用者のタッチダウンスペースとして設計されていたが、ダッシュボードで分析した結果、想定とは異なり商談やミーティングに利用されていることがわかった。これが「本来その役割を想定していた食堂スペースが“食事をする場所”というイメージのため気軽に利用できていない」という気づきに繋がり、佐々木氏は今後の新規ビルのデザインにも活かせると期待を寄せる。
2Fの共用スペースも「OPTiM AI Camera」で利用状況が可視化された。来館者のタッチダウンスペースとして設計されたが、商談場所として使われる傾向が確認できたという
「OPTiM AI Camera」で収集した混雑状況は、テナント向けの情報サービスとして提供を開始しており、Webブラウザから食堂(4F)と共用スペース(2F)の空席状況の確認が可能。「上階から降りてきたが人が混雑のため利用できずオフィスに戻った」といった事態を未然に防ぐことができるという。このサービスが有効活用されるようになればビル内のムダな移動が減り、エレベーター運用の改善につながり、オフィスワーカーのエレベーターの待ち時間改善にも役立つと吉岡氏。こうした情報の確認や活用を遠隔で行えることは、多数のビルを運営する不動産会社にとって大きな効率化に繋がると語った。
現在、「OPTiM AI Camera」のオペレーションは佐々木氏、吉岡氏を中心に三井不動産の事業グループメンバーで行っている。佐々木氏は、今後の課題としてAIプラットフォームの運用体制の構築を挙げる。
「今年度中に『見るべきデータ』を絞り込み、来年度からポイントを絞ってデータをチェックしていく環境を作りたいと思っています。今回の取り組みは三井不動産における『AI活用の基盤』を構築するためのもので、カメラ以外の技術も幅広く取り入れながら継続していかなければなりません。我々立ち上げメンバーがいなくなっても継続的な取り組みを実現するための運営体制の構築が必要です。」(佐々木氏)
他の業界と比較すると不動産テックの事例はまだ少ないが、フリーアドレスやABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)など新たなオフィススタイルが普及してきた状況を鑑みると、業界全体でテクノロジーの有効活用に取り組んでいく必要がある。働き方改革やDXではデバイスやテクノロジーが注目されがちだが、働く場となる不動産(オフィスビル)が担う役割も大きい。
オフィスワーカーが快適に利用できる場を提供するためには、情報(データ)を収集・分析するための仕組みが不可欠です。その意味でも『OPTiM AI Camera』を使った今回の取り組みは、既存のオフィスビルのバリューアップという意味では重要なチャレンジといえるでしょう」(吉岡氏)
ビルを大型客船に見立てたコンセプト「VOYAGE」でデザインされたCUIMOTTEの北側メインエリア。ライブラリーや会議室も設けられており、柔軟なワークスタイルを実現する場となっている
今後は、ビル内だけではなくビル周辺からの情報も組み合わせ、オフィスビルの付加価値、ひいてはオフィスワーカーの満足度向上に繋がる施策を実施したいと吉岡氏。将来的には来館者の性別や年代に応じた効果的なマーケティングを行えるようにできればと展望を語った。
佐々木氏も、オプティムの持つ「AI」の知見と三井不動産の持つ「不動産」の知見を掛け合わせることで、不動産業界のAI活用を活性化したいと期待をかける。
「関西における既存オフィスビルへのテクノロジーの活用事例はまだ少なく、今回のプロジェクトが先行的な取り組みになっているという意識はあります。不動産は“場所”の事業であり、さまざまな業種のビジネスと繋がることができます。さまざまな分野でAI活用を推進しているオプティムと密接なパートナー関係を構築することで、新たなビジネスモデルを作っていければと期待しています」(佐々木氏)
グループ長期経営方針「VISION 2025」を掲げ、「テクノロジーを活用し、不動産業そのものをイノベーション」をテーマに事業革新を進める三井不動産株式会社。同社の関西における基幹ビル「中之島三井ビルディング」の大規模リニューアルに合わせ、AIを活用した不動産テックの取り組みを開始した。ここで得られた知見は、同社の新規オフィスビルの設計に活かされるだけでなく、不動産業界全体の活性化に繋がることが期待される。
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