ICT支援員支援LLM開発を通じて再考するICT支援という仕事
2025-06-16
2025年1月25日、沖縄県那覇市にある市立松島小学校にて、今年も沖縄県マルチメディア教育研究会主催によるイベント「第29回沖縄県マルチメディア教育実践研究大会」が開催された。当日は様々な分野の知識人らがあつまり、用意された分科会室においてワークショップを実施、最先端のテクノロジーやメソッドを来場者に伝えてくれた。このイベントにHPも参加。大勢の来場者に最新のGIGA端末をはじめ、豊富なポートフォリオを展示し、来場者の興味を引いていた。今回は数あるワークショップの中から厳選した分科会を紹介しよう。
ローカルLLMで生成AIをもっと身近に
モデレーターを務めるシンクライアント総合研究所の奥野氏のアナウンスによって開始されたワークショップのテーマは「ローカルLLM」となっている。ICT教育においても生成AIの活用が取りざたされる中、多くの聴衆の注目を集めていた。冒頭、そもそも「LLM=大規模言語モデル」とは何なのか、「生成AI」とはどういうものかを解説するのは、リモートで参加の株式会社SENTANの松田氏だ。
松田氏は半世紀をAI研究に捧げてきた人物であり、日本でもよく知られた研究者でもある。「ChatGPTに代表されるパブリック向けに提供される生成AIサービスが非常に人気です。しかし、自分たちで導入してみたけど、なかなかうまくいかない。そんな声も大きくなっています。つまり、成功例もあれば失敗例もあるのが現状であり、いずれにしてもノウハウが少なく、みなさんお困りになっていることかと思います」と松田氏は現状を語る。
AIの開発歴史を振り返りつつ、2000年に入ってからGPUでAI処理をおこなうようになり、ようやく結果に結びついてきたことを伝える松田氏。「AIは人間の脳を真似しているのです。ニューロンという仕組みを私たちは持っており、神経回路細胞の一つひとつで計算式を立てています。これをたくさんつなげると推論などができるようになるのですが、その仕組みに大量のGPUを搭載するグラフィックスボードというものが、AIの研究にとてもマッチしていたのです」と松田氏は説明する。
同時にAIが学習する過程を人間に例える松田氏。「赤ちゃんのときは何も言葉を話せませんが、繰り返しパターン学習することで、徐々に話せるようになります。しかし、これは学べば学ぶほど倍々で賢くなるわけではなく、なかなか覚えない時期が続きあるとき突然できるようになるものなのです」と松田氏。さらにAI学習について話を進める同氏は結論へ向けて語りだす。「実は覚えることと理解することは本質的に違うものです。暗記問題と応用問題がありますが、理解していなければ応用問題が解けません。実は大規模言語モデルというものは覚えるということについては人間よりもはるかに早く、そして忘れることがありません。また記憶できる容量も桁違いに多くなります。そういう点でAIは優れているのです」(松田氏)。
つまり、大規模言語モデルについて、いきなり高度な画像処理や事業分析などを任せるのではなく、単純な作業を任せることから始めるのが本来の使い方だと同氏はいうのだ。「文書作成や業務管理など、高度なコンピューターがなくてもできることからはじめてみればよいのです。サーバ型のAIサービスは非常に高性能ですが、現在はずっと低価格なワークステーションでも性能が格段に高く、十分にLLMを構築できます。私もHP様のワークステーションをご提供いただきながら研究を続けていますが、目の前のコンピューターだけでできることがたくさんあることが分かってきました。技術的なハードルもどんどん下がっており、応用範囲も広くなっています。学習させるのに必要な大量のデータはすでにみなさんがお持ちになっていると思います。これらの点から私は自らAIを育てる「プライベートAI」を使ってみることをおすすめしています」と松田氏は語った。
自分だけの生成AIも構築可能にするHPワークステーション
続いて奥野氏より案内されマイクを渡されたのは五十嵐氏だ。ICT支援員という仕事を続ける中で、人材不足や過酷な労働環境に課題を感じていたという五十嵐氏。同氏はローカルLLMに出会うことで、業務改善への期待を感じたのだという。「生成AIはなるべく具体的な質問をすることで、満足いく答えが返ってくるのだと思います。返ってきた答えに疑問がある場合は、何度でも聞き直す。相手は人間ではないので、ひたすら付き合ってくれます。様々な形で使うことができますが、あくまでも人間を助けてくれる道具ですから、出てきた答えをコピペして終わりではいけないと思います。私はいま、自分専用のLLMを育てていますが、それを『自分の子』と呼んでいます。自分のことを教えているので、私のことをよく理解してくれているのです」と五十嵐氏は語る。
五十嵐氏がローカルLLMに興味を抱くようになったのは、あるきっかけがあったからだという。「担当していた自治体のICT支援員の提出書類をまとめる仕事がありました。書類には提出期限があるのですが、すべてのICT支援員の書類を読み、意図が伝わりづらいようなら、私が書き直すなどの修正をするといった作業が連続することになります。結局締め切りに追われるようになるので、それがストレスになり、体調を崩してしまったのです」(五十嵐氏)。
そこで提出書類の編集を生成AIにやらせてみようと思った五十嵐氏は当初はクラウドサービスのAIに任せてみたのだという。「クラウドサービスではICT支援員の報告書に必要な情報を持っているわけではないので、インターネットに存在するデータだけを見て推論します。簡単にいえば専門知識がないので、正しい解釈をしてくれず、結局書き直しが頻発しました。そこで、有料のクラウドLLMを利用し、なるべく自治体の様子や言葉が通じるように資料を読ませて使用しました。こちらがある程度必要な情報を与えれば、各項目100字でまとめて欲しいとプロンプトを投げると、今度はとても良い報告書が仕上がるようになりました」と笑顔で語る五十嵐氏。その後、提出書類の編集という作業は軌道に乗り、数週間後には体調も戻り、業務が大幅に改善されたというのだ。
「クラウドサービスの生成AIも十分使えると思います。しかし、ICT支援員として報告しなければならない書類の中には、個人情報や支援員の本音のコメントを記載しなければなりません。そこまでインターネット上にアップロードし続けるのはセキュリティ上、少し抵抗があることは否めません」と五十嵐氏。クラウドサービスとしての生成AIの多くはアップロードされた情報を二次転用しないなどのルールを設けている。しかし、企業や組織が扱う情報のほとんどは貴重な個人情報となりえるものが多いという特徴がある。それがビジネスでクラウドサービスの生成AIが使いづらいといわれる所以でもあるのだ。
「情報を組み合わせて本当に必要な答えを導いて、それを提案したり回答したりする。つまりICT支援員の仕事もクリエイティブなものなのです。ですから、一般的なLLMには答えられない情報もたくさんある。癖のあるローカルな情報も含めて生成AIには回答して欲しいのです。ですから、私が作ろうとしているまさに『自分の子』であるローカルLLMには最初からその情報を入れていき、純粋に必要な知識を覚えさせていくので、欲しい答えが得られるはずだと思います」と五十嵐氏は語る。
LLMは自分で育てる時代へ
五十嵐氏はローカルLLMを「育てる」ために、情報を与え続ける作業は楽しいのだという。「子供を育てるのには長い年月がかかるように、生成AIも育てるには根気がいります。私の言葉でICT支援員のことを教えていくと、AIから得られる回答がどんどん私の意志や私の癖を理解して近づいていくようになるでしょう。初めて生成AIに出会ったときに、自分のコピーが作れるのではないかと思った、その夢が叶いそうな気がしてきます。」という五十嵐氏。さらにそれを実現していけるのは1台のワークステーションだという。
「クラウドサービス型の生成AIは月額あるいは年額の課金制がほとんどだと思いますが、それは継続的に払っていかなくてはならないコストです。しかしワークステーションは月額課金と比較すれば高価ですが、投資は1回で済みます。私が育てているのはICT支援員としてのローカルLLMですが、例えば那覇市に特化したローカルLLMだって構築可能で、それに聞けば方言で話してもきちんと答えが返ってくるような精度の高いモデルにもなり得るものです。これは汎用型の生成AIにはできないことです」と五十嵐氏は語る。
ここで紹介したエピソード以外にもたくさんのヒントを散りばめたトークを繰り広げた五十嵐氏。「自分たちの授業をもっとよくするために、自分でAIを作ってみてはいかがでしょう?」と五十嵐氏は最後に語ってくれた。回を重ねるごとに生成AIをテーマにしたワークショップが増えている沖縄県マルチメディア教育実践研究大会。注目があつまっている分野だけに五十嵐氏が語った内容は来場者にとって自分自身で体験中のまさに生きたヒントになったはずだ。今後も五十嵐氏が育てているローカルLLMについて注目していきたいと思う。
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