2021.7.15

ワークステーションの本質
第2回:エンジニアの新たな働き方を支える(前編:製造業編)

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 新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の流行を境に、日本でもリモートワークを採用する企業が増えました。そこで今回は、ワークステーションの主要なユーザーである製造業と建築・建設業の設計/開発部門を前編、後編の2回に渡り取り上げ、より柔軟で高い生産性を追求する働き方に向けた最新の取り組みや、ワークステーションの活用方法を紹介します。前編は製造業の設計/開発部門にフォーカスを当てます。

強固なセキュリティ対策が必要とされる製造業の設計/開発部門

 コロナのパンデミックが始まった2020年初頭から現在までに多くの企業がリモートワークを体験し、リモートワークが社員の生産性向上を可能にする働き方であるとの認識が広がっています。いまでは、コロナ後の働き方としてオフィス勤務中心からオフィス勤務とリモートワークのそれぞれのメリットを活用する「ハイブリッド型」、さらにリモートワーク中心へと切り替える企業も出始めています。

 しかし、製造業の設計・開発部門に目を向けてみると、エンジニアの働き方をリモートワークにしようとする動きは進んでいるとは言えません。最大の理由は、製造業の設計・開発部門が扱うデータ(設計データなど)の機密性が非常に高く、より強固なセキュリティ対策が必要とされるからです。

 これまでも、例えば、製造業の設計・開発部門(のオフィス)に立ち入る際には、取引先、あるいは顧客であっても厳しいセキュリティチェックを受けるのが一般的でした。PCやスマートフォンなどの情報通信機器の持ち込みの制限や、カメラ部分のレンズに目隠しのシールを貼ることを義務づけているところもあります。

 このように情報セキュリティを徹底させる必要があることから、製造業の設計/開発部門では大抵の場合、据え置き型のデスクトップワークステーションが採用され、自席でしか使用できない環境がほとんどです。しかも、オフィス内のワークステーションはインターネットなどの外部ネットワークには接続されておらず、クローズドな社内ネットワーク上で運用されています。つまり、設計/開発部門はリモートワークの推進が非常に難しい状況にあるということです。

それでもリモートワーク対応が必要とされる理由

 とはいえ、設計/開発部門で働くエンジニアの仕事も、他の業務部門で働く人たちと同様に“ナレッジワーク”に類する作業であり、コンピューター(PC/ワークステーション)があれば仕事ができ、リモートワークが物理的に不可能というわけではありません。

 災害対策や業務継続の観点からも、場所に縛られた働き方は有事への耐性が低いワークスタイルといえます。例えば、大きな地震や台風などによってオフィスが被災したり、交通機関がストップしたり、あるいは新たなパンデミックが発生し、オフィスへの出勤、ないしは立ち入りができなくなることはいつでも起こり得ます。そのようなときに、オフィスでしか仕事ができないとなると、設計/開発部門の業務は止まってしまいます。それを防ぐためにも、自宅や最寄りのブランチオフィス、あるいはシェアオフィスなどでリモートワークができる環境/体制を整えておくことが求められます。

エンジニアの新たな働き方に向けた環境構築

 エンジニアのリモートワークを実現するには、リモートでありながら、高いレベルのセキュリティとエンジニアの生産性の担保が必須条件になります。

 今日、設計/開発部門の働き方の自由度を高める一策として、一部の製造企業がエンジニアのフリーアドレス化に乗り出しています。これは、設計用のクローズドなネットワークをオフィス全体に広げることで、ネットワークに対する外部からの不正侵入を防ぎながら、エンジニアがオフィス内の自席以外の場所で仕事ができるようにする取り組みです。自席での作業者を3割から半分程度までに減らし、オフィス内の密を避ける環境を確保することもできます。さらにこの取り組みを発展させることで、将来的にはブランチオフィスやシェアオフィス、さらには自宅でのリモートワークを可能にしようという狙いもあるようです。

 実は、かなり前からデスクトップワークステーションへのリモートアクセスのニーズは多くありました。特に、CAE(Computer Aided Engineering)やレンダリング用途で導入した高性能なワークステーションを有効活用したいという要望です。部門の共有マシンとして導入しても、従来は空き状況を確認してからマシンの設置場所に移動して使用しなければならず、必要性が高いにもかかわらず稼働率が上がらない、という問題がありました。自席からリモートアクセスが可能になることで、空き状況を確認後すぐに予約して必要なジョブをマシンにセットできます。進行状況も自席から簡単に確認できるようになり、稼働率が飛躍的に向上した例を多く聞いています。

 また、設計者の席に配布、設置している3D CAD(Computer Aided Design)用のデスクトップワークステーションをデータセンターに集約し、エンジニアにはシンクライアントやノートPCを使ってリモートアクセスして使用させたい、というニーズもあります。この方法は、マシンやソフトウェアのメンテナンスのために設計者の席を回ったり遠方のオフィスに出張する工数やコストを大幅に削減することができるというメリットがあります。一方で性能面での懸念もついて回ります。特にマウス操作に対するアプリや3Dデータの動作遅延は設計者の生産性を大きく下げてしまい大きなストレスとなります。ワークステーションの性能だけでなく、ネットワーク帯域やリモートアクセスツールの性能など、多くの要素が絡んできます。そのため、多くのメーカーが細い帯域のネットワークでも遅延の発生を最低限に抑えるリモートアクセスツールを提供することで、負荷を軽減しています。

 HPでも10年以上前からHPワークステーション専用のリモートアクセスツール「HP Z Central Remote Boost」(リモート・グラフィック・ソフトウェア(RGS)から改名)を無償で提供しています。データやデスクトップを転送するのではなく、モニター画面に表示されるピクセルデータだけを暗号化、高圧縮で転送する手法を採用しているため、ネットワークの負荷を低減し、さらに高いセキュリティを担保できるツールとして既に多くの企業で採用いただいています。

 ワークステーションのデータセンターへの集約の手法としては設計者の席に設置していたデスクトップワークステーションをデータセンターに物理的に集約してしまう方法と、VDI(Virtual Desktop Infrastructure:仮想デスクトップ基盤)に置き換えてしまう方法があります。VDIは、物理PCで個別に運用してきたデスクトップ環境を仮想化し、データセンターのホストサーバーに統合して集中管理する技術です。この技術に加えてGPU仮想化という技術が登場したことで、3D CADやシミュレーションなど、設計者がワークステーション上で利用してきたアプリケーションをVDI上で運用することが可能となりました。

ワークステーションのデータセンター集約がもたらす働き方改革の効果

 VDIと比較してデスクトップワークステーションをデータセンターに集約する方式は、導入にかかるコストとエンジニアの生産性への影響を最小限に抑えて業務端末のリモート化を実現する有効な方法です。ネットワークの負荷とそれに伴う遅延状況を検証し、実用可能な範囲であれば一部のユーザーから徐々に導入することが可能です。エンジニアは自席にワークステーションが置かれていたときと同じように物理的なワークステーションを占有できます。そのため、リモート化によって自分が使用するワークステーションのパフォーマンス自体が低下するようなことはありません。また、ワークステーションをデータセンターに集約することで、PLM(Product Lifecycle Management)サーバー上に格納されている大容量の設計データをワークステーションにロードする際に、データセンター内の高速ネットワークのみを経由するため、データのロード時間を大幅に短縮し、設計者の待ち時間を減らすことも容易になります。

 さらに高負荷な作業を続けるワークステーションからは常時廃熱が行われます。特に夏場はオフィスが暑くなっても節電のためエアコンの温度を下げることができず、かなり過酷な環境での作業を余儀なくされていましたが、熱源をデータセンターに集約することで労働環境の改善にも貢献したという話もよく聞きます。

 大手製造業のHPのワークステーションユーザーでも、こうした「データセンターへのワークステーション集約+リモートアクセス」方式の導入例が多数あります。数百ユーザーでの導入例もあります。HPワークステーションでは、画面転送を活用するリモートアクセスツールを無償で提供しているため、追加の導入コストを必要とせず容易にリモート環境を利用でき、多くのユーザーに活用いただいています。前述の通り、導入当初はデータセンター集約による管理工数削減やセキュリティ向上などが主な目的でしたが、エンジニアの働き方改革やリモートワーク環境の構築へと、さらに発展させた環境構築を検討されているケースが大多数となります。

ステップを踏みながらリモートワークの在り方を模索

 上記のようなVDI+GPU仮想化か、それとも物理ワークステーションへのリモートアクセス化といった方式の違いはあれ、いずれもワークステーションのリソースをデータセンターに集約して一元管理し、エンジニアがリモート環境で3D CADやCAEなどを操作、実行できるようにするという考え方は共通しています。そしてこの流れは、製造業全体のトレンドとなっているといっても過言ではありません。

 フリーアドレスとリモートアクセスを組み合わせたワークステーションの利用環境を提供することで、エンジニアはこれまでになかった柔軟な働き方が可能となります。

 これを踏まえつつ今般のコロナ禍において、エンジニアに対して感染防止対策を施した安全な作業環境をいかなる形で提供するのか、さらに一歩進めて社外でも分散して働ける環境をどうやって実現していくのかなど、マネジメント層や経営陣はステップを踏みながらその答えを模索していく必要があります。

 当然のことながら、その途中過程でさまざまな技術的な課題や制約に直面することになるでしょう。仮にリモートワークを認めるとなれば、エンジニアはノートPCやシンクライアントからVPN(仮想私設網)回線を経由してリモートアクセスしてくることになりますが、例えば3D CADでソリッドモデルを扱う場合などは画面データの転送量が著しく増大するため、限りあるVPN回線の帯域を圧迫しかねません。これは同様にリモートワークを行っている他部門のユーザーのアプリケーション利用にも大きな影響を及ぼすことになります。

 また、これまでCADルームなど1つの場所に集まり、常に対面で意思疎通を行っていたエンジニアを離れた場所に分散させるとなれば、低下するコミュニケーションを補うための環境整備も必須になるはずです。一般的なウェブ会議ツールやビジネスチャット、クラウドストレージなどのツールに加え、エンジニアのコミュニケーション/コラボレーションを円滑にするための新たなタイプのコミュニケーションツールやVR/AR(仮想現実/拡張現実)なども必要とされるかもしれません。

 従って、設計の現場で働くエンジニアの意見もしっかりヒアリングしながら、環境整備に向けた入念な検討と吟味が求められることになります。そしてこれらの課題を一つ一つ解決していく先にこそ、製造業において設計や製品開発を担当するエンジニアのリモートワークの在り方、ひいては働き方改革の方向性が見えてくるはずです。

大橋秀樹
日本HP パーソナルシステムズ事業本部 ワークステーションビジネス本部 本部長
1993年に横河ヒューレット・パッカード 入社(当時)。ストレージ製品の技術担当、コンピュータシステムのビジネスプランニングを経てワークステーションチームへ移動。製品マネージャー、ビジネスデベロップメントマネージャー等を担当。2017年から現職(2021年6月現在)。

【本記事は2021年7月1日にZDNet Japanにて掲載されたものです】

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