2022.09.05
日本企業は労働生産性が低いなどと言われますが、生産性が低い理由をきちんと説明できる人はあまりいないかもしれません。公表されている経営指標や政府が出している世界での比較からは、多くの日本企業の労働生産性が低いのは事実ですが、先進的な取り組みによって生産性を向上させている企業もたくさんあります。本稿では生産性の基本的な定義から、日本の生産性が低い理由、生産性向上の取り組みや企業の事例までをわかりやすく解説します。
生産性とは生産のための資源をどれだけ有効に活用できているかを示す度合いです。生産のための資源とはヒト・モノ・カネのことです。一般的に、生産性は以下の式で表されます。
生産性 = 産出 ÷ 投入
「産出」とは主に商品の生産数量や売上総利益を指し、「投入」とは生産のために消費した資源の量を指します。この式から生産性を上げるには大きくわけると、「投入量は維持して産出量を増やす」「産出量を維持して投入量を減らす」という2つのパターン、あるいはその組み合わせがあることがわかります。
生産性には2つの種類があります。それは物的生産性と付加価値生産性です。物的生産性は製品の生産量などの物量をベースにした生産性を指します。一方、付加価値生産性は生み出した付加価値(粗利)をベースにした生産性です。
後述する労働生産性、資本生産性という概念もあります。これは物的生産性や付加価値生産性とは並行ではなく直交する概念です。
すなわち、物的生産性と付加価値生産性のそれぞれに「労働生産性」「資本生産性」の概念があります。また、経済成長率の指標として用いられる「全要素生産性」という概念もあります。
労働生産性は「産出 ÷ 投入」の式のうち労働投入量を分母に置く生産性です。すなわち、単位当たりの労働力に対してどれだけの産出があったかを生産性と定義したものと言えます。
物的労働生産性は「産出 ÷ 投入」の式のうち生産量を産出とした場合の労働生産性です。生産量とはたとえば製造業などでは製品の生産数量を言います。単位当たりの労働投入量に対してどれだけの数量の製品が生産できるかを示したものです。
付加価値労働生産性は「産出 ÷ 投入」の式のうち付加価値額を産出とした場合の労働生産性です。付加価値額とは売上総利益(粗利)と同義だと考えればよいでしょう。つまり、単位当たりの労働投入量に対してどれだけの付加価値を生産できたかが付加価値労働生産性です。
資本生産性は「産出 ÷ 投入」の式のうち資本ストック金額を分母に置く生産性です。すなわち、単位当たりの資本ストック金額に対してどれだけの産出があったかを生産性と定義したものと言えます。資本ストックとは具体的には、製造業の機械設備やオフィスのパソコンなどの設備の量など、多くの場合減価償却の対象となる資本を差します。
物的資本生産性は「産出 ÷ 投入」の式のうち生産量を産出とした場合の資本生産性です。
付加価値資本生産性は「産出 ÷ 投入」の式のうち付加価値額を産出とした場合の資本生産性です。
全要素生産性は「産出÷投入」の式のうち資本と労働力だけでなく、技術革新・ブランド価値など、すべての生産要素の合成投入量を分母に置く生産性です。労働と資本は定量化できますが、その他は定量化しにくいので、計算することは難しい指標です。
そのため全要素生産性は全体の産出の変化量から労働と資本の寄与したぶんを除去して算出します。全要素生産性は数値化しにくい質的な要素を投入として考えようという考え方です。
生産性向上と業務効率化は混同されがちですが意味が異なります。業務効率化は業務のプロセスの見直しにより産出量を維持したまま投入量を減らす手法です。
一方で、生産性向上とは「産出÷投入」を増大させることを言います。つまり、産出は維持したまま投入を減らすか、投入を維持したまま産出を増やすか、あるいはその組み合わせかです。このことから業務効率化は生産性向上の1つの手段であると言えます。
よく日本は生産性が低いと言われます。たしかに、日本の実質GDPは成長していますが、他の先進国に比べるととてもゆるやかです。逆に目覚ましい発展をしているのがインドなどの新興国です。今後、日本はインドなどに追い抜かれる可能性が高いとも言われています。
日本の経済成長が緩やかなのは生産性が低いからなのでしょうか? 日本の労働生産性は昔からずっと低いままですし、実質賃金は下がり続けているのも事実です。その要因を紐解くキーファクターの1つが資本装備率です。
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財務省が発表した「平成30年度法人企業統計調査年報」によると、企業規模別の労働生産性が、大企業と中小企業であきらかな差が出ていることがわかります。またリーマンショックで大きく落ち込んだ大企業の生産性はその後、右肩あがりで伸びています。一方、中小企業は低い水準のまま横ばいになっています。
同調査の資本装備率に関する統計を見ると、製造業における資本装備率は中小企業で631、大企業で1812と3倍近い差がありました。非製造業においても中小企業は760、大企業は2937と4倍近い差となっています。
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参考・出典:2020年度版中小企業白書/中小企業庁
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2020/chusho/b1_2_1.html
資本装備率とは従業員1人あたりの有形固定資産の評価額です。つまり、とりわけ中小企業において設備投資や人的投資が十分行われていないことが、日本の生産性が低迷し続けている要因の1つとして考えられます。
さらに付け加えると、ひと昔前は中小企業の資本装備率の低さを「人」がカバーしていました。しかしそれだけでは差を埋められなくなってしまっているのです。
この傾向は、今後の労働人口の減少により、ますます加速する可能性があります。資本装備率を高めるか、また別のことをビジネスモデルや人以外で考えなければ、日本経済における生産性向上は果たすことが難しいのです。
生産性の概念が注目されるのはいくつかの理由があります。
生産性が注目される背景には人口減少と労働力不足があります。それは少ない人数で現在と同等以上の売上を上げなければならないことを意味します。
日本の総人口は現在約1億2,000万人ですが2050年には1億人まで減少すると言われています。労働人口は2020年には6,400万人だったのが、2050年には4,600万人まで減少するとされています。経済成長のためには、人口に頼ったビジネスデモルから脱却し、生産性向上を加速させていくことは避けて通れないのです。
現在、ROE、ROICなど生産性を表す指標は企業価値を評価する際に利用されます。ROEとは自己資本利益率のことで、株主資本に対する当期純利益の比率を意味します。ROICとは株主資本と有利子負債の合計に対する税引後営業利益の比率で、投下資本に対する収益性を表すものです。これらは企業の収益性の指標としてM&Aなどの際にも参考にされます。
労働生産性や資本生産性など、生産性向上の取り組みによってこれらも必然的に向上します。生産性の向上は、企業価値の向上につながるのです。
将来的な人口減少に伴い、今後の日本では内需が縮小していくことが見込まれます。それは少ないパイの奪い合いになることを意味します。すでに現状でもそうなっているかもしれません。
必然的に企業はグローバル市場に打って出なければやっていけない時代が来るでしょう。IMD「世界競争力ランキング2022」によると日本の国際競争力の順位は世界で34位です。1990年は1位でしたが、年々下がり続けて今の位置まで落ちました。
ここまで日本の競争力が落ち込んでいる原因は「ビジネス効率性」の落ち込みが足を引っ張っているからです。ビジネス効率性は2015年には29位だったのが、2022年には55位まで落ち込んでおり、この改善が国際舞台で戦っていくうえでは、喫緊の課題と言えるでしょう。
近年の国際情勢の影響もあり、物価高騰が急速に進んでいることは衆目の一致するところです。これは企業にとっては原材料や人件費、エネルギーが高騰することを意味します。これらすべてを価格に転嫁するだけで吸収するのはなかなか難しいことが想像されます。値上げだけでは需要減を単純に引き起こし、売上が減るリスクもあるからです。
よって、そのぶん生産性を上げるか、イノベーションを起こして新たな収益の柱をつくる必要があります。
ここまでの解説を読んで、生産性の概念や重要性は理解できたと思います。ではどうやって生産性を高めればよいのでしょうか。その取り組み方やポイントは主に4つあります。
市場環境の変化に応じてビジネスを変革し、利益を上げやすい体質を作ることで生産性を上げることが重要です。顧客やマーケットを再度徹底的に深掘りし、企業が提供する価値を再定義する、新しいビジネスの機会を見つける、取引の継続性を担保するビジネスモデルを構築するなどして利益を上げやすい状況をつくらなければなりません。
これらはすべてマーケティングの機能とも言えます。単なる販促活動からマーケティングを抜け出させ、企業価値向上に向けた機能へと発展させることが必要です。
先述したように、とくに中小企業においては資本装備率の低さが生産性の低い原因であるため、この分野は優先的に実施すべきだと考えられます。ITツールの導入によるデジタル・トランスフォーメーション(DX)は必須です。業務改善だけでなくデータの蓄積と活用によって、ビジネス変革に繋げる可能性も広げておくことも重要です。
現代は市場環境の変化が急速に進む時代であり、必要とされるスキルも日々移り変わっていきます。社員のリスキリングに投資し、継続的に生産性を高められる組織へ変革する必要があるでしょう。社内外の研修や学び直しの奨励などが必要です。
また、柔軟な働き方や人材の多様化も考慮する必要があります。今後はプロフェッショナル人材や副業人材の活用なども積極的に取り入れる必要があるでしょう。
目先の業務効率化だけでなく、イノベーションを起こし付加価値を高めることが必要です。あらたな需要を喚起し、成長のためのエンジンを追加していかなければ世の中の変化にはついていけません。
そのために必要な要素として、徹底した強みの定義と、多様な人材、多様な働き方の推進が挙げられます。強みに関しては要素技術まで分解し、その応用方法を深く考慮していくことと、市場や顧客の理解を結び付けることが重要です。また人材の多様性については、たとえば、属性に依存しない公平な評価制度の導入、育児や介護休暇の導入、時間と空間に依存しない働き方の推進などが考えられます。このような人材や働き方の多様化は新たな気付きや化学反応を引き起こし、イノベーションの元となるのです。
【関連リンク】生産性向上のための5つのステップと3つの事例を徹底解説
https://jp.ext.hp.com/techdevice/business/mps_sc40_01/
生産性向上に取り組む企業の例を、働き方からのアプローチとイノベーションのアプローチの2つの側面からご紹介します。
HPでは生産性向上の一環として、早くから働き方改革に取り組んできました。HPがフレックスタイムを導入したのは1977年のことです。その後、2001年にオフィスにフリーアドレスを導入しました。そして、2007年のフレックスワークプレイスの導入を経て、2021年にはハイブリッドワークを導入しています。これにより、オフィス面積を半分に縮小することに成功しました。HPのこれらの取り組みは、単に業務オペレーションコストの削減に留まることなく、イノベーションの創出も目的の1つとしています。
参考:日本HPについて│日本HP
https://jp.ext.hp.com/hp-information/about-hpjapan/
サイボウズはかつての悔しい思いをバネに働き方改革で成功した会社です。今でこそ先進的な企業ですが、2005年ごろは昭和的な社風で離職率が28%にも上がってしまったそうです。そこでまず育児中の社員にも長く働いてもらえるように6年間の育児休暇制度を制定しました。そして人事制度を選択型人事制度へ移行。2010年のテレワーク導入を経て、現在では100人いれば100通りの働き方ができるほど柔軟な組織へと変化しました。その結果、離職率も3〜5%程度まで低下したとのことです。
【参考】離職率28%、採用難、売上低迷......ボロボロから挑戦した「ハイブリッドワーク」へのサイボウズの10年史│サイボウズ
https://hybridwork.cybozu.co.jp/story/cybozu-10years/
シスコでは、世界全体では約60%、日本では約40%の社員がハイブリッドワークによって仕事をしています。2010年よりワークスペースの最適化を進め、241箇所のオフィスビルがクローズされ、従業員エンゲージメントが16%向上しました。また、働く場所での生産性が14%向上したそうです。リモートでありながら、臨場感のあるミーティングをするための高度なWeb会議システムを自社で開発するなど、生産性向上へのこだわりが見られます。
参考:ハイブリッドワークスタイルの作り方│シスコ
https://www.cisco.com/c/m/ja_jp/solutions/remote-solutions/new-workstyle.html
富士フイルムは歴史ある会社です。1934年に創業され、1980年時点ですでにカラーフィルムの最大手でした。しかし、1980年代、世界初のフルデジタルカメラを発売します。カラーフィルムが基幹事業であるにもかかわらず、自ら破壊的イノベーションを起こしたのです。
その後、写真フイルムの需要は予想以上のスピードで縮小ましたが、同社は2007年にフイルム技術を化粧品に転用させ、化粧品・医薬品事業へ参入。現在はイメージング、ヘルスケア、マテリアルズという新しい3つの領域で収益を上げる体制に変貌しました。
参考:事業領域│富士フイルム
https://www.fujifilm.com/jp/ja/about/corporate/field
真の生産性向上は小手先の業務効率化では実現できません。先述した事例にみられるように、企業の成長を中期的に捉え、徹底的に強みを分析し、存在意義と進むべき道を時代にあわせて定めたうえで事業を再構成することが最も大切です。また、そのために、積極的に人的投資をする必要があります。あわせてITに投資して資本装備率を上げたり、リスキリングされた人材をしっかり資本装備で支え、ビジネス効率を高めていくことが喫緊の課題と言えるでしょう。
【関連リンク】HP MPSで実現するハイブリッドワーク時代の印刷環境づくり
https://jp.ext.hp.com/techdevice/business/coreprint70_03/
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