2020.09.08

コロナ時代の印刷業界 - この3か月での変化に迫る

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HP デジタル印刷機
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新型コロナウイルスの感染拡大は日本でも第二波を迎え、不確かな時代は長く続くことが確実視されている。世界の経済が未曽有の状況となったこの数か月、印刷業界はどのような変化が起こったのだろうか?在宅勤務への大幅シフト、オンライン購買の急激な増加、フィジカルディスタンスの確保を前提として新しい生活様式などの状況下で、どれだけのビジネスを展開できているだろうか?そしてこの先、日本の印刷会社はどのような変化を迫られているのか?2020年8月27日、Tech & Device TV Powered by HPが配信したオンラインライブ番組「コロナ時代の印刷業界 人とビジネス 第2弾 -この3か月で何が変わった?」で議論された内容をもとに編集部が今後の印刷業界を展望する。

印刷業界におけるこの3か月の影響と変化

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5月に配信されたオンラインライブ第一弾から3か月が経過し、人々の生活の変化や経済活動への影響はさらに広がりを見せている。モデレーターを務める日本HPの甲斐が視聴者に働き方の変化や多様性の実現について問いかけたところ、視聴者の約45%は、ほぼ以前と同じオフィスワークに戻っているものの、過半数が現在もテレワークを活用しながら働いていると回答している。また、働き方を自分で決められるかどうかは別として、8割近くの視聴者の会社で多様な働き方が認められている、もしくは今後多様性が認められる計画があると回答した。つまり多くの印刷会社が、新しい働き方へと移行し始めていることが伺える。このことはこれまで均一で同質な人材を求めてきた印刷会社が多様性を認める大きなきっかけになるように思われる。

この3か月間で印刷業界に起こった変化について、(株)グーフの岡本氏は、ビジネスとして要求されるスピードや付加価値が大きく変化する中、新しい道を切り拓き進もうとする印刷会社と、変化に躊躇して動こうとしない会社に二極化していると語る。日本HPの山田も、HP Indigo印刷機ユーザーとの接点から同様の印象を抱いているという。積極的なグループは、自社のビジネスを軸に、今だからこそできることを提案・実行し、結果として新しい顧客や新しいビジネスをつかむことに成功している。また、ビジネスとして成就できなくとも、HP Indigoユーザーたちがこの期間に新しい技術や知識を習得しようとオンラインで多くの活動を展開していることも心強く感じていると付け加えている。

では、ブランドオーナーに変化は起きているのだろうか。岡本氏は、デジタルソリューションへの要望が益々加速していると見ている。「人々の物理的な行動が減少すれば、デジタルに頼らざるを得ない。しかし、今までのアナログ活動分をデジタルで補填できているかというとブランドオーナー側もまだ足りていないのが事実。今後、今までのモデルに戻すことに大きなリスクがあるのはわかっているので、ブランドオーナーも、投資して改善努力をするなら当然デジタルに行く」とデジタル化が加速している理由を分析している。こうした中、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)ベースで顧客との関係性維持を考えていくことが重要になるという。つまり、顧客とのこれまでとの接点を変えながら、健全で長い付き合いに変えていくことで利益をあげていくようにブランド側の施策もシフトしていくということだ。そこでデジタルとフィジカルの施策を顧客接点という観点で見つめなおし、どのようにそれを設計していくかに関心が移っていると言い換えることもできる。

一方で、デジタルの市場は既に競争の激しい”レッドオーシャン”と化している今、その先のプラスアルファを見据える必要があると甲斐は指摘する。山田は、アーティストのコンテンツを購入者が自分でカスタマイズできる音楽業界のフォトブックの例を挙げた。フォトブック自体は決して新しいものではないが、好きなアーティストのコンテンツを自分だけの形に作り上げる特別感や、好きなアーティストの写真をたくさん見ながら自分だけのフォトブックを生成していくときのワクワク感、届くまでの楽しみの醸成、箱を開けるときの感動といったモーメント毎の体験起点でお客様の気持ちの高揚がプラスアルファで効いてくるという。岡本氏も、「誰がいつ何を目的としているかによって、受け取る側の価値は全く変わる」と語った。ターゲットをしっかり設定し、彼らが幸せになることは何かを深く定義し、連続的な体験を設計することで、体験それぞれのモーメントにデジタル印刷が活躍し、それがLTVにつながり、ビジネス機会が広がっていくのだという。これまで1冊しか買わなかったファンでもこの作業をもう一度体験し、そして中身の違うフォトブックであれば何冊も欲しくなるかもしれない。これこそがLTVの向上だといえる。さらにそこでいただいたデータからお客様の次の幸せを考え提供していくようなループを構築することはまさにアフターデジタル時代にブランドオーナーが実践しなければならない価値提供なのである。

この先の見通し 〜ビジネスと人・組織の両側面から考える

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次に、この先に起こることについて、ビジネスの状況を見極めながら、それにあわせて実行する人や組織の側面からも考察してみる。番組では、まず視聴者に今後のビジネスの見通しについて尋ねている。視聴者の56%が「漠然ではあるが見通しは立っている」と回答する一方で、「曖昧で見通しはあまりたっていない」との回答も35%と多い。これが本当だとすると印刷業界の未来は明るい。ただ、一方で一般的にはそんなに簡単ではないという見方もおそらく正しい。それは、世の中全般でしばらくの間待ち構えているのは不確かな未来だからであり、それをもとに未来を予測するのは現時点では困難だからだ。

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コンサルティングファームが出している新型コロナウイルスの影響に関する産業別リカバリー予測からは、需要ショックの影響の大きさと今後の需要に関するリカバリー曲線のパターンが、業界別にグローバルレベルでわかる。日本の産業界にどこまで当てはまるかは慎重な判断が必要だが、少なくとも業界間の違いを理解するには十分である。リカバリー予測のパターンは、反動での揺り戻しが短期に起こる、以前の状態に緩やかに戻る、恒久的に変化する、と大きく3つに分類される。印刷会社にとっては担当する顧客の産業がどのように変化していくのかの予測は極めて重要だ。例えば、HPが存在するPC業界はコロナ禍の在宅勤務で需要が跳ね上がったが、必要な人に行き渡ってしまえばその後は急激に需要が下がり揺り戻しが発生するだろう。それをどう予測するか。印刷会社の印刷の状況が先ではなく、お客様がどう変化するかの予測が最も大切だと思われる。「需要増が一時的だと考えられるケースでは、需要が跳ねあがった時に固定費を上げてしまうと需要が落ちたときに一気に利益がとれなくなるので注意が必要、またここでは在庫の勝負になり、生産もコスト高でも短納期のニーズが増す。納期を明確に答えられるサプライチェーンの質が問われる」と甲斐は示唆する。岡本氏も、変動に耐えられるかどうかは重要なポイントだとし、「印刷会社は、印刷のテクノロジーを整理し、自社のDX(デジタルトランスフォーメーション)の目標を明確にした上で、デジタル化に必要なリソースを俯瞰してみながら投入するといい」という。一方で、需要曲線が変化したまま戻らないと予測される業界は、新しい形に変わっていくと考えられる。例えば、オンラインファーマシー、ホームヘルス、教育、観光などがこれに当てはまる。まさにニューノーマルが破壊を起こしていく産業ともいえる。たとえコロナ禍で需要が下がったままの業界であっても、悲観的にならずに冷静に分析をすべきだ、と岡本氏はいう。相対的な需要は下がっても、変化したニーズに応えることで新規顧客の獲得が可能になるはずである。変化は誰にともってチャンスなのである。こういったニーズに応えられるかは経営や戦略のピポット力とスピードが要求される。印刷会社はそれができる人を育て、自立した判断ができる組織を構築してきただろうか。今後の手腕が問われるとこであることは間違いない。もしまだであるなら、すぐにでも変革に手をつけていくべきであろう。待ったは死を意味するかもしれない。また番組では、需要が減少しているセグメントにおいて数で勝負することや、一時的な需要の変動につられて価格競争を起こすことは絶対にやってはいけない、とパネリストたちは様々な角度から議論を深めている。

人と組織の観点からは、「Agile(機敏)であること、そしてそれぞれの企業のコンピタンス(強み)の部分を研ぎ澄ませ、生活者の多様性を受け入れ変化に対応できる能力が必要」だという考えや「0から1を創り上げられなくても、すでに変化が起こっている1を伸ばしていくことも日本人が得意な分野で重要。デジタル印刷にはこれがよくはまっている。印刷テクノロジーだけではなく、そこに用意されたインフラをいち早く習得し、自分たちなりの使い方で差別化できればいい」という意見もある。いずれにしても、自社の強みを見極め、将来を見据えた取り組みを今すぐに展開していくことが求められるだろう。立ち止まっている暇はない。

Withコロナ、Afterコロナ時代の印刷業界の次の一手は?

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最後は視聴者が提示した質問やテーマに基づく議論がなされたが、そこからいくつかピックアップしていきたい。まずは「印刷会社に未来はあるのか?」という問いに対して、パネリスト両者は「間違いなくある」と断言している。「平成30年で出来上がった既成概念で未来を考えるのではなく、自社の領域やコアコンピタンスを確立して、新たな価値を再定義すればいいだけ」と岡本氏はいうが、これは平成の30年間で大きな変化を遂げられず、グローバル化された土俵では、ほぼまともには戦えなくなった日本企業全般に当てはまる。印刷業界でも同様に、沈みゆく印刷量に対して多くの会社が自社を変革できず、成長期と同じ戦略で戦い、加熱するコスト競争の中で衰退していっている。日本のお家芸であった電機、家電業界も同じである。この延長に印刷業界の未来は明らかにない。山田は、PCが中心であったHPが事業のひとつの柱としてデジタルプリンティングビジネスに投資し、本格的に取り組んでいることからもそれは証明されていると力強く協調している。

次に「Withコロナでより強まるデジタル印刷の強み」について。デジタル印刷の強みは、何といってもスピード感だと岡本氏はいう。ある大手スーパーマーケットでは、携帯のキャリアデータを使用して、位置情報と人の行動データを可視化してPOSデータに重ね、何が売れるかを予測し仕入れをするという。店長はその日の売上データや在庫量をもとに、翌日手渡しするお買い得商品のチラシをコンビニで夜遅くに数千枚単位で印刷している。なぜコンビニかといえば、今日のデータを集計して明朝に販促策が必要になるからだ。印刷単価が高いにも関わらず、である。それだけ在庫を売り切ることに必死なのである。超短納期と小ロットに対応できるデジタル印刷のオポチュニティがここには確実にある。山田は、「コロナで消費者の行動が変わり、それに呼応してブランド側の動きも変容した。結果として、スピード感や心を動かす体験といった側面においてデジタル印刷の価値が高まっている。パーソナライゼーションやマスカスタマイゼーションができるデジタルインフラの準備やそこに従事する人たちのマインドセット変革によって、このニーズを実需としてつなげていくことができる」と考察している。

最後に視聴者から寄せられた「Withコロナ、Afterコロナ時代にブランドオーナーと消費者をつなぐような新たなデジタルコンテンツとは何か」についてだ。岡本氏は、デジタルコンテンツをデジタルのみでとらえず、パーソナライゼーションやバリアブル印刷による体験の拡張について着目した。山田は、「優れたフォトコンテンツをおしゃれなデザインで作るようなWebやアプリのサービスには、デジタルサービスはあるが紙にアウトプットする口がないケースがほとんど。それに対して、海外では決済からフルフィルメントまでを請け負うビジネスが出てきており、日本でも増えていくのでは」と語った。いずれにしてもコンテンツそのものだけを考えるのではなく、一貫したサービスとして捉えなおすことが重要なのである。甲斐は、「お客様のことを徹底的に理解し、お客様視点で考え抜けば、必ずそこにはコンテンツがある。その時に、デジタルかフィジカルかは意味がなく、お客様のペインポイント(困りごと)に対応するソリューションをきちんと提示できれば、それがコンテンツになるはず」という。

最後に岡本氏は、リアルタイムで視聴者が回答した投票結果から、この「印刷業界DXチャネル」の視聴者コミュニティは意識も高く優秀だと感想を述べた。「ブランドオーナーもDXで必死に変わろうとしています。今までとは違った視点でお客様と会話をして、ここでのコミュニティの横つながりを活かしながら、お客様を助けるビジネスソリューションを一緒に展開できるといいと思います。ぜひ動くことを止めずに頑張ってほしい」と視聴者にエールを送っている。

まとめ – これからを見据えて

4/7の緊急事態宣言からそろそろ5か月、この印刷業界DXチャネル開設から3か月以上が経過した(原稿執筆は9月初め)が、デジタルシフトに本気で取り組んできたこの時間はとても長かったような気がする。世界中で多くの変化が起こっている。日本の経済状況は先般の内閣府発表の実質国内生産量の過去にないマイナス幅の報告から、これからも厳しい状況が続いていくことが具体的にわかる。いくつかの要因が語られているが、やはりどの記事を見ても日本企業の、そして日本の生活のデジタル化の遅れが叫ばれている。しかしながら、コロナで明白になったこの状況と日本経済のマイナス幅の因果関係を嘆いている時間はもうない。

今回、ライブ配信、そして当記事の中で提示されている情報の中で、業種別の寄り戻しのデータは今後の回復を考えるときにとても参考になることは確かである。一時的に売り上げが特需のように跳ね上がった日用品やPCの需要はいずれ落ち着いてくるだろうし、一方でラグジュアリー商品などは一時的に激減するもののその後回復していくことも明らかだが、これを機に永遠に形を変えてしまう業界もある。ここに該当するどの産業もコロナによって奇しくも新しい便利な生活や状況に気づかされた業界なのである。テレワークもそこに該当するが、人間は一度便利さを会得するともう元には戻らない。新しく生じた不便さはもとに戻すのではなくその知恵と技術によって解決されていくのが人類なのである。また印刷会社にとってもこれらの業界は大きなチャンスである。ゲームのルールが変わることで新しい付き合いやエコシステムが構成されていくことが予測されるからであり、そこに入りこむためにはやはり誰よりも早く動かなければならない。

一方、人の二極化が進んだという話が印象に残る。つまりコロナ禍で変化できなかった人は消えていく可能性が高いともとれるのだ。新しくなった生活様式、とりわけコミュニケーションの方法論の変化に追随してこれなかった人たちとも言える。彼らの知らないところでビジネスは進むということを改めて認識する必要がある。誰が誰と会っているといったビジネス上の競合の動きは、デジタルを中心に進行していれば今までと同じようにはわからないのである。だからこそ新しいやり方で動く必要がある。経済の回復はさほど簡単ではないが、人の行動の変化だけは努力だけでなんとかなる。ぜひ印刷業界の皆さんには行動を変えながら新しいビジネスへのチャレンジを期待したい。私たちもそんな皆さんのヒントとなるコンテンツを提供し続けていくことを約束する。

記:株式会社日本HP 経営企画本部 甲斐 博一

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