2019.09.17
東京工業大学 環境・社会理工学院 イノベーション科学系・技術経営専門職学位課程
比嘉邦彦教授インタビュー
官民を問わず普及・定着・浸透の必要性が叫ばれているテレワーク。労働基準法の改正に伴い社会的ムーブメントとなっている「働き方改革」においても、労働時間の短縮や働き方の多様性をもたらすものとして期待を集めています。しかし、このテレワーク研究の第一人者である比嘉邦彦教授は言います。「テレワークは本来、今後やってくる新しいスタイルの経営と働き方を支える取り組みであり、その意味合いをもっと重く受け止めてほしい」と。さらには、「テレワークを正しく実現できない組織や個人は、やがて来る新しい時代を生き抜けなくなる」とも付け加えます。そこで、単なる一過性のムーブメントとしてではなく、テレワークを本質的に捉えるべく、比嘉教授にじっくりとお話を聞きました。
――比嘉先生は以前から「テレワークは近未来のビジネスシーンでは必須となる」という主張をされています。その背景には何があるのでしょうか?
比嘉邦彦(以下、比嘉) AIやロボティクスをはじめとするデジタル技術の活用が、今後の経営や働き方を大きく変えていくのだということは、多くの人が認識しているはずです。事実、業種や企業規模を問わず、デジタルトランスフォーメーションという名の変革へのチャレンジが盛んに行われてもいます。東京工業大学の私の研究室では、これらの変化がビジネスの最前線にどう具体的に現れてくるのかを検討・予測してきました。その成果の1つが「2039年以降の労働力構造」の予測です。
出典:東京工業大学比嘉研究室講義ノートより
「AIやロボットの普及は人の労働機会を奪っていく」という話が巷に溢れましたが、仮にそうした現象が起こったとしても、すべての業種・職種に適用する話ではなく、高いスキルや専門性が問われる仕事においては限定的だと私たちは考えています。むしろこの図表で注目をしてほしいのは、「企業内部で働くビジネスパーソンよりも外部で働く人たちが多くなるだろう」という未来予測です。事実、アメリカなどではこの形に近づいていくような変化がすでに始まっています。
変化を象徴する事象の1つがクラウドソーシングの普及です。例えば、高度なスキルを持つITエンジニアたちは、特定の企業に所属するのではなく、UpworkやTopcoderといった大手のフリーランス人材プラットフォームに登録し、自らの意思で「働く場」を選択するようになっています。もう1つは、オープンイノベーションをはじめとする「企業連携によるイノベーションの追求」という事象です。こうなれば「同じ企業に所属する者同士が、同じオフィスで顔を突き合わせて働く」という局面は減り、「外部のエキスパートや他社の人と有機的に連動していける働き方や環境」が必要不可欠になっていきます。だからこそ、テレワークの活用もまた必須条件になるのだと私は主張し続けています
――テレワークはワーカーのワークライフバランスを豊かにするための施策としてばかり注目されてきましたが、もっと経営そのものに直結するということですね?
比嘉 もちろん、テレワークが普及すれば「働く個人」にいくつものメリットをもたらします。働く時間や場所を選択できることで、自由と多様性を得て生きていくことが可能になります。画一的だった働き方が多様になっていけば、従業員の満足度は向上していくかもしれません。しかし、そうした一面ばかりが取り沙汰されてきたが故に、日本ではテレワークの普及がうまく進んでこなかったのではないか、と考えてもいます。私は以前からテレワークの価値として「三方よし」を提唱し続けてきました。つまり「働く個人」「社会」「経営層」の三方がそれぞれのメリットを享受できることに価値を見いだしているのですが、とりわけ「経営層」にとってのメリットが正しく理解されてこなかった。その結果、テレワークを支える管理体制、すなわちテレマネジメントを本気で追求していない企業がいまだに多い、という実態になっているのではないでしょうか。
――政府が発表する調査結果の多くで、「広がるテレワーク」との文言を見受けますが、現実には「機能していない」との見方も強いですよね?
比嘉 おっしゃる通りです。「在宅勤務」、「モバイルワーク」、「サテライトオフィス勤務」のいずれについても制度策定やツール導入は進んできましたが、「実際にこれらが機能しているのか」といえば、多くの方が疑問を持たれているはずです。例えば、私が審査員長を務めているテレワーク推進賞に応募している企業で制度やツールを導入していても、本格的に実施しているのは5%未満が大半です。2019年3~4月に「エン転職」が実施したテレワーク実態調査(1万人回答)のアンケートでも、テレワーク実施経験者は3%に留まっています。その要因の多くがテレマネジメントの欠如、つまり経営層の認識不足による機能不全だと言えるでしょう。
例えば在宅勤務で「管理者の目が届かない場所では社員は働かないのではないか」という疑念があれば消極的になります。また「ツールを導入するのはよいが、セキュリティは大丈夫なのか」といった不安がよぎれば、当然その導入は進みにくくなります。「『働き方改革』という時代の潮流には乗っておかなければならないから、一応、制度やツールは導入するが、本音では積極的には進めたくはない……」。そんな観念が経営層にあるうちは、自ずとテレマネジメントに消極的になり、結果としてテレワークの活用は本格化しようもないのです。
――端的に何をどう変えれば、テレワークの活用が本格化するのでしょうか?
比嘉 まずは冒頭でお話しした通り、経営上のメリットを正しく理解することだと思います。テレワークとテレマネジメントを社内で有効に浸透させた企業だけが、イノベーションを興こしていけるのだという認識を経営層が持つことが大切です。経営層が強い意志を持ってテレマネジメントを本格化させれば、どんなに大規模な企業であっても短期間で変革を成し遂げることは可能だと考えています。2000年代の初頭に、ある企業では社長を筆頭にオフィス内のデスク使用をフリーアドレスに変えました。社員が好きなデスクや空間を選んで働くというフリーアドレスのワークスタイルは、今でこそ多くの企業が実施しているものの、当時は珍しい取り組みでした。それ故に既存の働き方に慣れ親しんでいた社員側が反対意見を上げたりもしたのですが、強い意志でこれを断行し、結果として同社の生産性向上を数字で示して見せたのです。現代におけるテレワークでも、この例と同じ成功パターンがわずかながらも増え始めているのです。
もちろん、経営層にばかり責任を押しつけていても事は前進しません。上記と異なるパターンの成功例も私は目にしてきました。つまり、トップではなくミドルマネジメントや現場社員の側からテレワークという変革を達成していったケースです。ある中規模のITベンチャーでは、経営層のテレワークへの理解が進んでいませんでした。そのための予算を得ることもできなかったのですが、一念発起した現場の一人がオープンソースやフリーウェアの技術を巧みに活用しながら独自のテレワーク体制を構築したのです。そして現実の業績もこれによって向上してみせたことで、同社のテレワークは経営層を巻き込みながら本格化していきました。私はこのような方々を「チャンピオン」と呼んでいます。彼らのように主体的に変革を起こしていけるチャンピオンが育ち、行動を起こしていくことでテレワークの活用を達成することも可能だということを現場の人たちに理解してほしいと願っています。
――最後に、未来を築くビジネスパーソンとして、テレワークをどのように生かしていけばよいのか、比嘉先生のお考えを教えてください。
比嘉 私はよく大工さんを例にあげて話をします。腕のない大工にどんなに素晴らしい道具を提供しても、良い家を造ることなんてできません。同様に、テレワークの本質を理解していない企業が導入をしても、生産性を向上させることはできません。テレワークがもたらすはずの「三方よし」のメリットを経営層が理解し、その活用のためのテレマネジメント体制を整え、意義や価値をきちんと現場に伝達したうえで、制度やツールといった大工道具を渡していく。そのような手順が必要です。並行して、現場の大工である個々のビジネスパーソンもまた、理解と意識を高めていく努力が必要だと考えます。テレワークを支えるソフトウェアなどのツールはすでに多数存在していますし、セキュリティを万全にするデバイス群も登場しています。しかしそれらを与えられたときに今までと違うから「使いづらい」と不平不満ばかり漏らしたり、テレワーク自体を「やらない理由」ばかり並べたりしていては何も進化していきません。自ら主体性をもって「チャンピオン」を目指していくことが、会社のメリットばかりでなく、自己のメリットにもつながるのだと理解し、行動を起こして欲しいと思います。
冒頭で示した通り、昨今のいわゆる「働き方改革」のムーブメントとは無関係に、人々の働き方も、企業の労働力構造も、確実に変わらざるを得なくなっていきます。目前に迫った2020年代、30年代の未来を幸せに生き抜いていくためには、会社も人も変わらなければならないのです。企業内部にいて価値ある成果を外部のプロフェッショナルとともに築いていこうという人も、企業外部にいて多様な働き方で自己実現を果たしていこうという人も、他者とのつながり方を問われる未来と向き合わなければなりません。そのために必要な姿勢として、どうかテレワークの意義を理解し、積極的に取り組んでいただきたい。私はそう願っています。
【本記事は JBpress が制作しました】
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