2021.06.18
~急げ日本企業!いまこそ本来の力が発揮できるとき~
株式会社ニューラル 代表取締役CEO 夫馬 賢治 氏
(前編から続く)
甲斐:投資家が企業を評価する指標も変わったのでしょうか?
夫馬:従来、特に日本企業の中期経営計画は3~5年で立てられていました。しかし、PRIやリーマンショックを経て、グローバルで見ると10年以上先を見据えた長期戦略を重要視するようになります。さらに金融も長期化し、10年先の再エネやEVへ投資を行うようになりました。これは前述した通り、リーマンショックにより同じ経験をしたくないと、多くの企業が長期にわたるリスクを想定して経営戦略を立てることが重要だという考え方にシフトしたことが背景にあります。
こうした流れの中で注目されたのが、「ESG思考」です。投資家は、現時点の情報で企業の将来を評価・信頼しなければならない。そのためにはいまの財務情報ではなく、将来その会社が成長するための基礎体力を見ることが重要となったのです。
その会社がどれだけのCO2を出していて、いつまでにどのくらい削減しようとしているのか。従業員の働き方改革やダイバーシティは十分なのか、不当な格差はないか。取締役にはどのようなミッションがあり、それを遂行する能力を持っているのか……。
開示されているデータから、将来のリスクに直結する重要課題を見極める力=マテリアリティを検討・評価するESG評価機関が2014年頃から急成長し、それによって投資家が企業の将来をジャッジするデータを得られるようになったことも、ESG起点で経営評価をできるようになった要因の一つです。
甲斐:いまの財務的数値だけでは将来は見越せないということですね。
夫馬:経済を取り巻く環境が激変している昨今、過去や現在の財務パフォーマンスから将来の財務パフォーマンスを推測することは不可能になりました。金融ではファンダメンタルズと呼びますが、10年先・20年先に向かって事業を転換する感度や長期的な目標、それを実現する組織的な能力基盤の有無などが重要。むしろ、企業の将来成長性を見通す上で、それ以外にあてになるものはないといっても過言ではありません。
不確かで複雑な時代が訪れたいま、どれほど業績が好調でも急に落ち込むことは珍しくない。つまり、過去や現時点の財務データはあてにならない。未来を何で評価するか。そこにESGという考え方が台頭してくるのは、むしろ自然な流れかと思います。
甲斐:ESG経営を実践していくにあたり投資家の存在が重要になりますが、その中で一般の人にはなじみが薄い機関投資家とは何を指しているかもご説明いただけますか。
夫馬:投資家には、個人投資家と機関投資家がいます。機関投資家とは、個人単位ではなく組織的な投資を行っているところで、年金基金と保険会社です。「年金が投資に手を出すなんて!」と否定する方もいますが、むしろ投資家の代表格が年金基金です。年金が投資をしなければ、企業は株式市場から資金を集めることが難しくなります。
投資を主とする以上、年金基金や保険会社も世界経済の流れと無縁ではありません。これまでは企業の短期的な財務パフォーマンスで投資判断をしていましたが、現在は企業の将来性も含めて投資するためにESG指標も用いて評価するように変わっています。
甲斐:ほとんどの人が間接的に投資を行っているということですね。年金や保険金がどのように投資・運用されているかを知れば、企業を見る目も変わってきます。
夫馬:北欧やイギリス、一部のアメリカの年金基金は、ESGにいち早く着目しました。それは年金加入者である一般市民が、自分たちのリターンも増やしながら、環境保全や格差是正にもつながる投資を求めたからです。年金基金が長期視点で投資すればするほど、世界は良い方向に向かい、個人のメリットも大きくなります。
投資に関する知識が日本の年金加入者に浸透しないのは、メディア報道が一因だと思います。投資を語る際に、世界の富豪と呼ばれる人々を資本家としてフィーチャーする。しかし、投資市場において、そうした富豪の人たちが動かしているお金はわずか0.6%。残りは機関投資家が主なのです。
甲斐:日本には情報がきちんと伝わっていない、と。
夫馬:日本は「情報鎖国」になっていると思います。実際、2006年以降に世界経済が急激に舵を切ったことを知らなかった。それはなぜでしょうか?
日本の経営者は、主に日本語で情報を収集しています。日本語以外の情報に触れる機会は非常に少なく、日本のメディアからの情報に頼らざるを得ません。しかし、肝心のメディアも日本語で情報収集しているので、世界の最新情報が入りづらい状況です。
そこで提案したいのが、海外事業所の活用です。いまや多くの企業が、海外に支店や営業所を持っています。現地から経営者へ、情報をダイレクトにインプットすれば良いのです。中間に他の部署を挟むと、情報が薄くなったりバイアスがかかったりします。せっかく配置している海外拠点ですから、ここを起点に情報経路を見直すことが、非常に重要です。
甲斐:ESGにおいて日本は海外よりかなり遅れていることは分かりましたが、その要因をもう少し聞かせてください。
夫馬:2006年のPRI発表後、海外の大手企業は貪欲に情報をキャッチアップし、ESG投資を加速させていきます。しかし、当時の日本では、金融関係の人間でもこのことを知りませんでした。2015年、日本のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がPRIに加盟し、2017年から具体的なアクションをはじめます。そのタイミングで日経新聞が取り上げ、ESG投資が今後世界経済の主流になることをようやく日本語で紹介しました。
(出所)夫馬賢治「『サステナビリティ経営の変遷』企業会計2020年9月号
グローバルで見ると、ここで12年の遅れが生じています。やはり、メディアを通じた情報摂取の功罪が大きいように思います。ただ、ここを嘆いていても同じ過ちを犯し続けますので、世界基準で経営をやっていくためには、現地と直接つながることが今後の大きな課題だと思います。
これは必ずしもグローバルでビジネス展開を実際に行っている企業に留まらず、そこのバリューチェーン全体を指しますので、すべての日本企業がいかにこの情報格差を埋めていくことができるかは、日本の産業全体を考えるうえで非常に大切なポイントになると思っています。
甲斐:リーマンショック後の対応は、海外と日本でどう違ったのでしょうか?
夫馬:前述したように、海外ではリーマンショック後の厳しい環境の中、短期から長期に経営戦略を切り替えました。しかし、日本にはそういった情報は入ってこなかったため、四半期での経営管理をきっちりやるべきだという、まったく逆の方向に進んでしまいます。長期的な投資の多くは凍結され、せっかく先行していた環境技術開発も中断せざるを得ませんでした。結果、日本は先の見えない暗黒時代に突入していったのです。
また、2010年以降は日本企業の生産性の低さが問題となります。2015年の「伊藤レポート」で指摘された“ROEの改善を日本企業は徹底してやるべき”という流れに乗って、さらに短期的な改善策へと走っていったことは、残念ながらこの差を広げるもう一つの要素となりました。
甲斐:脱成長・脱資本主義が進まなかったのはなぜでしょう?
夫馬:脱成長・脱資本主義を唱えたのは、ほとんどジャーナリストか思想家です。経営者はもちろん、国連・NGOですら脱成長・脱資本主義は口にしていません。なぜなら、脱成長・脱資本主義はソリューションにならないからです。
例えば、エネルギー問題。今後エネルギー政策の転換が必要なのに、経済成長を否定し、技術の進歩をやめたらどうなるか? いま動いている火力発電所を将来も動かし続けるしかなくなります。社会と経済を止めずに環境再生を進めるためには、技術開発とそれを促す投資が必要。開発や投資を加速させることが、より良い世界を実現するためには不可欠だと理解していたのです。
再エネを普及させるためのコストダウンを可能にしてきたのも、テクノロジー開発への継続投資です。もはやこのお金の循環なくして地球環境の改善はできないということに、多くの人が気づいています。
歴史的に見てもそれは明らかです。脱成長を実践して一時的に問題解決した国も、ほとんどがその後、成長路線に舞い戻っている。この事実も正視しなければなりません。
甲斐:確かに歴史を振り返っても、世の中が停滞しているときに、人の英知が集まって技術革新が起こっていますね。
夫馬:脱成長・脱資本主義が進んだケースは、世界的に見ても非常に希です。成長を止めるには、権力で強制するしかない。結果、監視国家に陥りやすくなります。思想教育や精神教育を徹底し、メディアを統制して情報をコントロールする。しかし、それを行った国は理想郷とはほど遠い状況になっています。
環境再生や格差是正を真剣に考えている人ほど、その実現には成長が不可欠であることを知っています。脱成長・脱資本主義の言葉で語られるイメージと、結果としての現実には大きなギャップがあると思いますね。
甲斐:今後、日本企業の成長機会はどこにあるでしょうか?
夫馬:成長の機会を探るには、“いまの悪影響の裏返し”を考えることです。自社や業界を俯瞰したときに、事業がどこに悪い影響を及ぼしているか? 原料による環境破壊かもしれないし、給与格差かもしれない。悪影響を及ぼしている部分に着目し、そこを反転させて事業を推進していくことで取引先や銀行からも成長を有望視されるはずです。
甲斐:非連続性を作ることが分岐点になる?
夫馬:中途半端な改善は意味がありません。10年や20年といった長期的な視点で考えるべきです。多くの日本企業は、この先3年といった時間軸での中期経営計画を策定します。しかし、株主や投資家が見ているのは、3年後の財務予測ではなく、10年後や20年後にどのようにビジネスモデルや事業を大胆に転換していくかです。
実際に、3年先の中期経営計画をこんなにも時間とマンパワーもかけて作成しているのは日本くらいです。しかし、主要な機関投資家はそんなものに興味などありません。誰も求めていない中期経営計画はもはや不要です。10年後・20年後に何を目指すのか? どうやって実現するのか? それによって自社がもっているどんな強みが、どのような課題を解決し、新たな価値を創出できるかを説明するべきではないでしょうか。
甲斐:中小企業の経営層に対してメッセージをお願いします。
夫馬:中小企業の方には「見る尺度をもっと先にしてください。10年先を見てください」とお話ししています。すると、多くの経営者は「そんな余裕はない、いまが大変なんだ」と仰います。もちろん、そのお悩みは分かります。
しかし、残念ながら、今後の事業環境は激変していきます。足元ばかり見ていると、いつの間にか経営が立ちゆかなくなる状況に追い込まれ、気づいたら人手不足でも採用できない、原材料が調達できない、販売チャネルがない、ということになりかねません。企業規模の大小にかかわらず、持続可能な経営や資金調達、人材確保のためにESG思考を戦略に取り入れるしかありません。
もう一つ重要となるのが、地銀や信金の変化です。中小企業が10年先に向けて事業投資を行いたくても、現時点でも資金が不足している。では、このギャップを埋めるのは何か? これはもうファイナンスしかないんです。地銀や信金は、率先して長期的視点で企業を評価・融資してほしいですし、実際に環境省や金融庁の政策でその方向に動いてきています。
そしてカーボンニュートラルは、思っている以上に大きな変化の波になります。経営戦略に取り込むのが遅くなればなるほど、その代償は大きいものになるでしょう。いかに早く対応できるか、そのためのテクノロジー、人、投資などリソースの戦略的な再配分を真剣に考える必要があります。
甲斐:ありがとうございました。
株式会社ニューラル 代表取締役CEO。
サステナビリティ経営・ESG投資アドバイザリー会社を2013年に創業し現職。東証一部上場企業や大手金融機関をクライアントに持つ。環境省、厚生労働省、農林水産省のESG関連専門家会議委員。Jリーグ特任理事。国際NGOウォーターエイド・ジャパン理事。著書『超入門カーボンニュートラル』『ESG思考』(以上、講談社+α新書)、『データでわかる 2030年 地球のすがた』(日本経済新聞出版)他。世界銀行や国連大学等でESG投資、サステナビリティ経営、気候変動金融リスクに関する講演や、国内外のテレビ、ラジオ、新聞で解説を担当。ニュースサイト「Sustainable Japan」編集長。ハーバード大学大学院リベラルアーツ修士(サステナビリティ専攻)課程修了。サンダーバードグローバル経営大学院MBA課程修了。東京大学教養学部(国際関係論専攻)卒。
株式会社 日本HP 経営企画本部 部長。
IT業界においてマーケティング職20年。これまでB2C、B2Bそれぞれの特徴を活かす独自のマーケティング施策を実施。途中eコマースビジネスの立ち上げにより、本格的なデジタルマーケティングを経験。以降、ブランド開発からコンバージョンまでのフルファネル設計と段階ごとのクリエイティブ開発、評価を得意とする。また最近では、アフターデジタル時代を見据え体験を中心に置くデジタルとフィジカルを融合させた付加価値創造マーケティングを追求しながら、現在は経営企画にてマーケティングのDXとサステナビリティ時代の経営などを中心に活動中。
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