2024.03.25
フリーランスライター:笠原 一輝
筆者撮影:CESで展示されたCore Ultraを搭載したHPのゲーミングPC、OMEN Transcend 14シリーズ
2024年1月に行なわれた「CES 2024」では、多くのPCメーカーからAI PCと呼ばれるAIアプリケーションをローカルで処理できるPCが発表された。AI PCの特徴は、従来はクラウド側にあるプロセッサーで処理が行なわれたAIアプリケーションの処理が、ローカル(デバイス上)にあるプロセッサーで処理できることで、Intelが最新世代のSoCとなるCore UltraでAI PCの処理を専用に行なうNPU(Neural Processing Unit)を内蔵したことで本格的な普及段階を迎えている。
既に、Intel以外のSoC(System on-a-Chip)を提供するベンダー、AMD、QualcommもNPUを内蔵したSoCを提供しているほか、dGPUをPCプラットフォームに提供しているNVIDIAの製品には、Tensor Coreと呼ばれる一種のNPUが内蔵されており、それらのハードウエアを活用するソフトウエアが続々と登場、AIアプリケーションを本格的に実行する環境が整いつつある。
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筆者作成:クラウドで処理されるAI(上)と、ローカルないしはハイブリッドになるAI(下)
今、PC上でAIを使うというと、多くの場合は、クラウド上にあるサーバーにあるCPUやGPUで処理が行なわれる仕組みになっている。OpenAIのChatGPT、MicrosoftのCopilot、GoogleのGeminiのいずれもクラウドベースで処理が行なわれる仕組みになっており、例えばユーザーが持っているデータを加工して処理してもらう場合、データをクラウドへインターネット経由でアップロードして処理を行ない、その結果がインターネットを経由してPCに戻される形になっている。
それに対して、AI PCでは、そうしたデータの処理は基本的にローカルで行なわれる。AI PC以前のPCでも、そうしたAIの処理がローカルで行なわれてはいたが、AI PCではNPUと呼ばれる、新しいAI処理専用のプロセッサーが内蔵されている。
NPUはAIの処理を高性能かつ低消費電力で行なえる専用プロセッサーで、従来のCPUやGPUを使う場合に比べて、少ない電力でより速く処理を行なえる。例えば、CPUが数十ワットの消費電力で処理するようなAI処理を、その1/10程度の消費電力で実行できてしまう。消費電力に制約があまりないデスクトップはともかく、バッテリーで駆動させるため、使える電力に限りがあるノートPCでは大きな効果をもたらせる。
AI PCでは、そうしたNPUや、以前からあるCPUやGPUも含めて活用され、AIの処理が行なわれる。データはPCの中でだけ循環する形となるので、インターネットに出て行くことがない。このため、企業などでデータの活用はローカルだけで、クラウドストレージの利用が禁止されている企業などでも活用できる。また、インターネットの向こう側に手元のデータをアップロード、クラウド側のプロセッサーで処理した結果をダウンロードするという遅延時間(レイテンシー)がなく処理できるため、クラウド型AIでありがちな待ち時間が長くイライラさせられるということがないのも特徴だ。
なお、こうしたローカルでの処理が行なわれるようになっても、処理によっては今後もクラウドでの処理も同時に行なわれるようなアプリケーションが増えていくと考えられる。そのため、今後はローカルとクラウドの両方を利用した「ハイブリッド型」が一般的になると考えられている。ローカル、クラウドの適材適所でAI処理が行なわれるようになるということだ。
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Copilotキー
AI PCが注目されているもう一つの背景としては、PCプラットフォームにOSを提供しているMicrosoftがそうした動きを強めていることがある。具体的には、MicrosoftはISV(独立系ソフトウエアベンダー、ファーストパーティーであるMicrosoft以外のソフトウエアベンダーのこと)がAIアプリケーションを簡単に作れるようなソフトウエア環境の整備を進めている。
これまで、こうしたAIアプリケーションをつくる場合には、プロセッサーのベンダーが用意している開発キットを活用して、それぞれのベンダー別に作る必要があった。例えば、NVIDIAのCUDA、IntelのOpenVINO ツールキット、AMDのRyzen AIソフトウエアなど、それぞれのCPU、GPU、NPUなどにバラバラに提供されている開発キットを使う必要があったのだ。これらのプロセッサーベンダーがそれぞれ用意している開発キットを使うと、それぞれのプロセッサーに最適化したソフトウエアを開発できるメリットがあるのだが、ISVにとっては開発工程が増えるというデメリットがある。
そこで、Microsoftは最新のWindows 11 OS向けに「DirectML」(ダイレクトエムエル)というAPIを導入している。簡単にいってしまえば、ゲームパブリッシャーが3Dゲームを作る時に使うAPIであるいわゆるDirectX(より正確にはDirect3Dだが、一般的に使われているDirectXに統一する)のAI版となる。DirectXでは、GPUが抽象化され、PCがどのベンダーのGPU(AMD、Intel、NVIDIA、Qualcomm)のGPUを使っていても、DirectXに対応した3Dゲームを実行できるようにしている。
DirectMLも同じで、ISVがDirectMLに対応したアプリケーションを作成すれば、AMDのNPUだろうが、IntelのNPUだろうが、NVIDIAのGPUだろうが、動作させることが可能になる(DirectMLはGPUやNPUなど複数の種類のプロセッサーに対応可能)。既に昨年の5月に開催されたMicrosoft BuildではAdobeがビデオ編集ソフト「Premiere Pro」から、DirectML経由でIntelのNPUを利用して処理するデモを行なっている。
3Dゲームのソフトウエアの発展にDirectXの存在が大きく貢献したのは論をまたないと思うが、今後AIアプリケーション開発にDirectMLが同じように貢献する可能性が高いのは言うまでもないだろう。
なお、Microsoft自身もWindows OSでのAIアプリケーションの利用促進を目指すために、「Copilotキー」の導入を1月に発表している。Copilotキーは、スペースバーを挟んで左側の「Windowsキー」と対になるように、右Altキーの右側に設置されることが多く、Copilotキーを押すとMicrosoftの「Copilot in Windows」が起動する仕組みになっている。そうした物理的なキーを追加することで、Microsoftが推進するCopilotの普及をビジュアル的に印象づけることが狙いだと考えられる。このCopilotキーがあることは、そのPCが「AI PC」であることをエンドユーザーにわかりやすく訴求すると言え、1月に開催されたCES 2024で発表された多くのノートPCに実装されていた。
AMD | Intel | NVIDIA | Qualcomm | |
---|---|---|---|---|
提供形態 | NPU内蔵SoC | NPU内蔵SoC | dGPU | NPU内蔵SoC |
製品例 | Ryzen 7040/8040シリーズ | Core Ultra | GeForce RTX 40 シリーズ Laptop GPU | Snapdragon 8cx Gen 3 |
開発キット | Ryzen AI ソフトウエア | OpenVINO ツールキット | CUDA | Qualcomm AI Stack |
※スワイプで左右に移動します。
筆者作成:AMD、Intel、NVIDIA、QualcommのAI PC向け半導体ソリューション
★ AMD
筆者撮影:Ryzen 7040シリーズ
AMDは昨年の1月にRyzen 7040シリーズというNPUを内蔵したSoCを発表し、本年はその後継で、クロック周波数などを引き上げたRyzen 8040シリーズを今四半期中に投入する計画になっている。AMDは昨年の12月にそうしたAMDのCPU/GPU/NPUなどを活用したAIアプリケーションを開発する「Ryzen AI ソフトウエア」を正式にリリースして、先行するIntelやQualcommを追いかける体制を築いている。
今年中にはNPUの性能を、現行製品の3倍以上にする「Strix Point」(開発コードネーム)という次世代製品を投入する計画であることを既に明らかにしている。
★ Intel
筆者撮影:Core Ultra
Intelは昨年の12月にNPUを内蔵したCore Ultraを発表し、既に市場に投入している。また、既にIntelのCPUやGPUに最適化したAIアプリケーションを作れる「OpenVINO ツールキット」を過去5年間にわたって提供しており、新しいNPUのサポートも比較的容易なことも特徴の一つ。
本年の後半にはそうしたCore Ultraの後継製品として、Arrow Lake、Lunar Lakeの2製品を計画しており、特にLunar Lakeに関してはNPUの性能が三倍以上になると説明されている。
★ NVIDIA
筆者撮影:NVIDIA GeForce RTX 40 シリーズ Laptop GPUを搭載したノートPC(HP OEMN TRANSCEND 16)
NVIDIAはPC向けにはdGPU(チップ単体型のGPU)を提供しており、最新製品はGeForce RTX 40 シリーズ Laptop GPU(ノートPC向け)になる。NPUが登場するまで、PC上でのAI処理は、ほとんどGPUで行なわれてきた。現在でも消費電力に余裕がある場合に最も高速にAI処理ができるのは依然としてGPUだ。
NVIDIAはDirectMLにいち早く対応しているだけでなく、CUDAと呼ばれるソフトウエア開発キットを活用してAI処理を高速化することに取り組んできたこともあり、対応しているアプリケーションも多い。性能であれば、NVIDIAのGPUを利用してという状況は今後も変わりそうもない。
★ Qualcomm
筆者撮影:Snapdragon X Elite
Qualcommは、Windows on Arm(WoA、Arm版Windows)と呼ばれる、ArmベースのCPUを提供したMicrosoft Windows環境の提供によって、徐々にPC市場でのシェアを増やしている。Qualcommの特徴は、NPUの実装が他のベンダーよりも早かったことで、NPUは数世代前の製品から搭載されており、MicrosoftのNPUを利用してカメラ映像効果機能(Windows Studio Effects)に最初に対応したのもQualcommの現行製品となるSnapdragon 8cx Gen 3だった。
なお、Qualcommは既に昨年の10月に次世代製品となる「Snapdragon X Elite」を発表しており、これまでAMDやIntelに後れを取っていたCPU性能を大幅に引き上げており、NPUも他社の3倍近い性能を発揮するとしており、大きな注目を集めている。本年の半ばまでには搭載製品が発表される見通しと明らかにしている。
このように、既に市場にはNPUを搭載したAMD、Intel、QualcommのSoCが出そろっており、より高い性能がほしい場合にはNVIDIAのdGPUを搭載するという選択肢もある。既にそうしたAIを活用するアプリケーションはAdobeなどからもリリース済みで、今後はさらに対応アプリケーションが増えていく見通しで、2024年は「AI PC」元年となっていくことは間違いなさそうだ。
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※2024年3月26日時点の情報です。内容は変更となる場合があります。