2019.10.16

元UberのPMが語る、自動運転の現実と未来

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機械学習技術におけるブレイクスルー、ディープラーニングの登場によって、画像認識技術は飛躍的に進歩した。機械が「目」を得たとも言われている。

画像認識技術の進歩で、多大な恩恵を受けた領域のひとつが自動運転だ。自動運転では、対向車の速度や大きさをカメラで測るために画像認識の技術を用いる。

今回は、もともとUberで自動運転の研究を行なっており、現在はLionbridgeでAI開発に必要な学習データの収集やアノテーションを効率化するプロダクトのグロースに携わるチャーリー・ワルター氏に、自動運転について解説してもらった。

自動運転、誰もが聞いたことがあるのではないだろうか。しかし、世界的にどれだけ開発が進んでいるのか、どのようなことが論点になっているのかまでは、よくわからない方が多いはず。この記事が理解の一助となれば幸いだ。

自動運転の性能評価における3つの問題

――前職では米Uberで働かれていたとお聞きしました。具体的にどのような業務をされていたのでしょうか。

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チャーリー・ワルター Lionbridge VP of Product & Growth

――ワルター
「前職では米Uberにて、自動運転における性能評価ソフトのPM(プロダクトマネージャー)として業務に携わっていました。性能評価とは、作成した自動運転のモデルが、前のモデルより精度がいいのかどうかテストすることです。

自動運転モデルの性能評価をするには、現実の車で数百キロ、数千キロを走行する必要がありますが、これには時間とお金がかかります。新しいソフトを実際の道路で試すわけですから、ドライバーの安全対策ももちろんしなければいけません。そこでボタンを押せばすぐにモデルの性能評価ができる性能評価ソフトのニーズがあり、そのソフトのプロダクトマネージャーをしていました。

性能評価ソフトを作るためにも、データ収集など膨大な苦労があります。性能評価には2つの方法があります。3Dのバーチャル空間で自動運転車を走行させる方法と、事前に録画した動画とLIDAR(レーダーの電波を光に置き換えたレーザー)のセンサーデータをモデルに入力してみて、ある状況ではどう動くかなどをテストする方法があります」

現在の自動運転開発のボトルネックはセンサー

――現在の自動運転開発において、ボトルネックはどの部分になるのですか?

――ワルター
「自動運転車には対向車や障害物を認識するための画像認識技術を用いたカメラと、対象物までの距離を認識するセンサーが必要ですが、その技術の開発が進んでいません。

とくにレーザーの性能が足りていません。レーザー80年代から1企業による寡占で研究が進んでいなかったため、今まさに研究が進み始めた分野です。

通常、自動運転車はLIDARと呼ばれる光のレーザーを飛ばし、対向車までの距離を測ります。この測定範囲は50mがせいぜいで、それ以上の距離を測るのは現時点では技術的に困難です。しかし、高速道路などでは車が高速で走行するため、200mくらい先まで測定できないと実用化はできない。そのぐらいの距離でも測定できるセンサーもあるにはあるのですが、高価なこともあり、まだまだ普及しているとは言い難い状況です」

――センサーなしでは距離を測るのは難しい?

――ワルター
「実は、自動運転開発企業のなかでも距離を測る手法は2流派に分かれます。先ほどのカメラとレーザーを用いて距離を測ろうとする流派と、カメラのみを用いて距離を測る流派です。

後者は要するに『人間が2つの目だけで距離を測れているんだから、機械にできないはずはない』という理屈ですね。今のところ、テスラだけが後者のスタンスを取っており、カメラのみで距離を認識するためにカメラメーカーと協業したりしています。ある意味、これはテスラの賭けとも言えるでしょう。

個人的には、現段階ではレーザーとカメラ両方を使えばいいと思います。技術革新が進んでコストが下がり、カメラだけでも安全が確保された状態で距離が測定できるようになってから、はじめてカメラのみの方式にチャレンジすればいい」

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自動運転基盤「オープン化」の潮流

――自動運転開発企業のなかで、現在トップを走っているのはどの企業なのでしょうか?

――ワルター
「自動運転開発企業は、大別すると2種類に分けられます。
ひとつは、ソフトウェアを作っている企業が自動運転に参入するケース。Googleの自動運転車開発部門が分社化して生まれたWaymoなどが代表例です。もうひとつは、従来の自動車会社が、所有するハードを活かして自動運転に参入するケースです。

現在、その2つの業種が積極的にパートナーシップを進めている状況です。トヨタがUberに10億ドル出資をしたり、フォルクスワーゲンとフォードがArgoに31億ドルを出資したりしたのは記憶に新しいですね。

余談ですが、Uberにいたころのエンジニアの同僚いわく、今から自動運転の会社をゼロから作っても、まだトップになれる余地がある。それくらい、まだ突き抜けた企業が出てきていない印象ですね」

――自動運転業界全体として、大きな潮流のようなものはあるのでしょうか?

――ワルター
「自動運転開発の基盤をオープン化する流れが来ています。代表的なのはBaiduの自動運転基盤である『Apollo』です。Apolloは完全オープン化し、走行データや性能評価のソフトなどもすべてオープンにするプラットフォーム戦略を取っています。

個人的な意見としては、そもそもBaiduなどのソフトウェア企業は、車など現実のアセットを持つ企業ではありません。そのため、自動運転開発競争においてトップにはなれないと思っています。自動車会社も現状では車を作って売る会社でしかないので、同じ理由でトップは難しいでしょう」

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自動運転における責任論はナンセンス

――自動運転は法律面でも解決すべき問題が多くある印象です。

――ワルター
「法律についてはまだまだ作成途中の段階で、そのためグレーゾーンだといえます。
ただ、よく『自動運転車が起こした事故の責任は誰が負うか?』という議論がありますが、その議論はナンセンスだと思っています。事故は普通の車でも起きます。

トロッコ問題なども同様です。倫理的な二者択一の状況になる前に、自動運転開発企業は、そもそもそのような状態が起きないようにテクノロジーを駆使するでしょう。仮にトロッコ問題のような状況が起きたとしても、現時点ですでに膨大な数の事故を起こしている人間が車を操作するよりは安全だと考えます。

それよりも重要なのは、人間の運転より安全な完全自動運転の実現と、その普及です。普及という観点でより重要なのはレピュテーションです。自動運転の実証実験などで事故が起きれば、開発企業の評判が下がり、その分だけ普及が遅れる。そのような事態は避けなければいけません」

自動運転の未来

――完全自動運転が実現した場合、どのようなメリットがあるのでしょう

――ワルター
「ひとつは先ほども言いましたが、100%ではないが人間ドライバーより安全性が高いことです。人間が操作しなくて済むので、運転という行為における不確実性を排除できます。
環境面でもメリットがあります。完全自動運転ではガソリンの使用度まで最適化されるので、環境に優しい。また、駐車場も今ほどは必要なくなるでしょう。私が以前住んでいたサンフランシスコは、土地の1/3が駐車場で埋めつくされているにもかかわらず渋滞が常態化している。自動運転になれば駐車場に使われている土地が余り、渋滞も減るでしょう。

一方、想定されるデメリットもあります。先ほどの渋滞が減るという発言と矛盾しますが、逆に自動運転車による渋滞が発生する可能性があります。自動運転車が目的地まで運んでくれるのなら、電車などの公共交通に面倒臭さを感じ、誰も公共交通を使わなくなって自動運転車になだれこむため、自動運転車による渋滞が起きるという理屈ですね。

どちらに転ぶかは、まだ実現していないので誰にもわかりません」

――自動運転車が何者かによって乗っ取られた場合、事故を誘発するのではという意見も聞きます。

――ワルター
「ハックされた場合一番危険な飛行機ですら、外部からハックされたのを聞いたことがありません。自動運転車も従来の車と同程度のセキュリティを担保されているので、特別に危険ということはありません。

また、信号がなんらかのシグナルを自動運転車に送信できるよう、法律面でも整備が進んでほしいですね。完全自動運転に向けて信号や道路も最適化するイメージです。自動運転車同士で信号をハブにしてシグナルを送り合い、コミュニケーションができるようになればいいと思います」

――自動運転の普及に重要なことはなんでしょうか。

――ワルター
「自動運転の普及には政治の力が強く影響すると思います。シンガポールやドバイなど、ある程度規模の小さい町で、政治の力で普及していくでしょう。
ドイツのベルリンでは、ガソリン不使用の車しか走れないゾーンがあるように、特定のエリアで自動運転車のみ走行可能にするなどの取り組みは現実的だと思います。

政府が自動運転車を買って街中に配置すれば、電車のように公共交通になります。まずは政府が、これまで自動車に投資してきたように自動運転に投資すべきです」

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(制作:Ledge.ai 執筆:高島圭介)

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