2020.08.13
「VR元年」と言われる2016年以降、HTC VIVE・Oculus Rift・PlayStation VRなどのVRデバイスや、Microsoft HoloLensなどのARデバイスが次々と登場。現在も着実に普及が進んでいます。さらに近年ではスマートフォンやWebブラウザでも実行できるVR/AR体験も増えており、VR/ARコンテンツに対する需要はこれまでになく高まっています。
VR/ARコンテンツは3DCGモデルや360°映像、VR/AR体験に最適化されたユーザーインターフェイスなど、さまざまな要素から成り立っています。いずれも制作者の技術や経験、こだわりなどがふんだんに詰め込まれていますが、同時にその制作には高い演算能力を持ち、巨大かつ大量のデータを高速に処理できる強力な作業用マシンが必要です。
VR/ARコンテンツとその制作環境について、今回は株式会社eje(エジェ)を取材。VR元年以前からVR/ARコンテンツ制作に携わっている同社に、制作事例とともにその制作環境について話をうかがいました。
取材に対応してくれたのは、同社の代表取締役・三代千晶氏と、CGコンテンツ制作を担当する山本氏のお二人です。
(株式会社ejeの代表取締役・三代千晶氏。新橋にあるオフィスは、飲食を楽しみながら気軽にVRやARなどの先進映像表現に触れたり体験できる「EJEVAR(エジェバル)」も兼ねている)
—— VR/ARコンテンツと、従来の2D映像のような非VR/ARコンテンツとでは制作方法はどれくらい違うものなのでしょうか。
山本氏(以下、山本) 私は元々映像系のCG制作をやっていました。いわゆるキーフレームアニメーションと言われるものなんですが、それはそもそもVRやARコンテンツと違ってインタラクティブではないんですね。
一番大きな違いと言えば、インタラクティブ性のあるVRやARコンテンツではUnityやUnreal Engineなどのゲームエンジンや、専用のツールなどを使用してコンテンツを仕上げる必要がある点でしょうか。
ですので、従来のCGツールが使えるだけでなく、UnityやUnreal Engineの使い方も学んだり、あるいはそれらのツールの扱いに長けた人と協業する必要が出てきます。私自身が関わった工程からまだ先があって、自分の作業だけですべてが完結するわけではないんです。
—— ツールから制作工程からスタッフの関わりかたまで、かなり違うんですね。
山本 そうですね。それと、VRやARではとにかく高クオリティのコンテンツを作ればいい、というわけではないんです。
例えばそのコンテンツをモバイルのデバイスで動かすのか、PCで動かすのか、PCで動かす場合でもそのPCのスペックはどれくらいなのか、などによって逆にリダクション(CGのポリゴン数を減らすなどのデータ軽量化作業)をすることもあります。
VRやARのコンテンツはユーザーの動きにリアルタイムで対応するものなので、データが重すぎるとうまく動かなかったりもしますし。従来の映像であれば、とにかく最高品質で作って動画ファイルにしてしまえば、後から調整するのもそこまで大変ではないんですけどね。
—— 従来の2D映像と比べて、奥行きデータも持つVR/ARコンテンツでは取り扱うデータサイズも大きくなりがちです。となると、それを処理するマシンにも相応のスペックが求められると思いますが、VR/ARコンテンツを制作するにあたって山本さんが求めるマシンスペックはどのようなものですか。
山本 後ほど紹介するフォトグラメトリの事例ですと、最終的に最適化された状態では普通のノートPCでも動くくらいまで軽くなっているんですが、コンテンツ制作の初期段階だと、それこそ数億ポリゴンなんていうデータボリュームがあったりします。
このレベルのデータになると個人向けPCでは作業途中でマシンが落ちてしまったりするので、ビジネス向けワークステーションのパワーの必要性は感じますね。
三代千晶氏(以下、三代) 弊社では、日本HPさんのワークステーションのハイエンドマシン「HP Z8 G4 Workstation(以降、Z8)」などで制作をしています。実際に制作現場で使用しながら、動作状況や使用感などをフィードバックしています。
サーバーでも採用されているハイエンドプロセッサー、インテル® Xeon® Platinum。ワールドレコードを記録したコンピューティングパフォーマンス、幅広いワークステーション向けアプリケーションに特化したハードウェアベースのアクセラレーション、ストレージとネットワークへの低レイテンシ、ハイスループットアクセスを実現。CAE、BIM/CIM、3Dコンテンツ、VR、AIディープラーニングなど解析、高度な処理能力に対応する。
山本 インテルXeonスケーラブル・プロセッサーを搭載したZ8はカスタマイズをしてもらってメモリを192GB積んでいるんですが、これだと1万枚くらいの画像をスティッチング(2D画像を継ぎ目なくつなぎ合わせて立体的な空間CGに仕上げる作業)をしても問題なく作業ができます。
—— 十分なメモリがあるので巨大なデータも扱えると。
山本 とはいえ、高スペックのワークステーションであっても、1万枚近い画像をからCGのポリゴンデータに変換するのに使用のソフトウェアによっては数日かかります。変換作業中はずっとマシンを起動させっぱなしにしておくわけですが、今のところ作業中にマシンが落ちたことはないですね。
—— 安定しているということですね。
山本 はい。それと、このZ8はインテル Xeon Platinum 8260 プロセッサーが2つ入っているのですが、コア数が48(スレッド数96)あるんです。ですので、ひとつの作業で数日処理を走らせている一方で、他の作業をする余裕がまだあります。
私が使っているフォトグラメトリ用のツールがマルチスレッド処理に完全に最適化されていないこともあるのですが、1万枚規模のフォトグラメトリ処理を走らせていてもCPUの使用率が数%とか。私も実際、空いているリソースを使って他のフォトグラメトリ用ツールも立ち上げて、3~4つの作業を同時に処理しています。
また、フォトグラメトリ用ツールでの作業には3つか4つの異なるプロセスがありまして、プロセスによってCPUの使用率がものすごく高くなったりするシーンもあります。そうした一時的な高負荷があっても安定している、ピーク時の強さというのも感じましたね。
—— 複数の同時処理に適していると。
山本 言うなればワークステーションは「荷物をたくさん積める車」のようなものでしょうか。個人向けのPCだとそれこそ作業ごとにそれぞれマシンが必要なところが、ワークステーションならそれらを一台に集約できるので、常に複数の案件を抱えている会社さんなどでは特にメリットがあるのではないでしょうか。
—— お使いのZ8にはデータの高速処理を謳うインテル® Optane™ SSD 905P シリーズも載っていると聞きましたが、その速さは体感できていますか?
山本 SSD間でデータを移動させた際にチェックしたのですが、Optaneは相当速かったですね。自分の作業内容では頻繁に使用するわけではないのですが、ユーザーの用途やソフトのアーキテクチャによっては、役立つ機会も多々あるのではないかと思います。
ワークステーション・クラスのパフォーマンスと業界トップクラスの耐久性を誇る、インテル® Optane™ SSD 900P シリーズ。高性能なデスクトップPC やワークステーションを実現し、プロフェッショナルユーザー、コンテンツクリエイター、エンスージアストの生産性を高める。
—— Z8の強みのひとつとして、HP自身は廃熱処理・冷却効率もアピールしていますが、そのあたりはどうですか?
山本 強力なCPUや電源、あとGPUにクアドロ(NVIDIA Quadro RTX8000)を積んでいるので、発熱はかなりあります。筐体からものすごい温風が出てきますね。ただ、熱暴走でマシンが落ちたり、処理が遅くなったりということはありませんでした。私の場合、今回のZ8 G4以外にも数台マシンを使っているので、むしろ作業部屋のブレーカーが落ちることのほうが心配なくらいでした(笑)
—— それでは、山本さんが過去に実際制作した事例について聞かせてください。
山本 これはejeのサイトにも掲載しているのですが、山口県岩国市の錦帯橋(※)・岩国城のフォトグラメトリで、私が撮影からデータ化までを担当しました。
※錦帯橋:山口県岩国市にある木造のアーチ橋。名勝指定されているほか、日本橋(東京都中央区)・眼鏡橋(長崎県長崎市)と並んで「日本三名橋」に数えられることもある。
岩国市 錦帯橋・岩国城のフォトグラメトリ事例。岩国市の協力を得て、ドローンによる空撮画像も活用されている
三代 このフォトグラメトリ制作ではドローン撮影の許可など、福田良彦市長をはじめ岩国市が全面的に協力してくださいました。岩国市は教育や観光でデジタルを活用していこうというビジョンをお持ちで、この錦帯橋フォトグラメトリはその岩国市の大きなビジョンの成果のひとつ、と言えます。このフォトグラメトリ―のほかにも、錦帯橋・岩国城付近の360度動画も弊社で制作しています。
山本 2018年に制作したものなのでZ8は使っていなかったのですが、今回Z8を使って、実験的にではありますが、一部のデータをリファインするなどのテストはやってみました。
【2018年制作版】
【2020年制作版】
マシンだけでなく、ツールも当時から進化していますし、私自身もスキルアップしているので、『当時できなかったことを最新の環境でやったらどうなるのか?』という感じでしたが、やはり2年前とは全然違いましたね。
—— それはデータ処理速度だけでなく、完成品のクオリティ的にも?
山本 はい。例えばテクスチャ処理などでも、当時のツールではできなかったことができるようになったことで余計な影の映り込みを消すことができたり、使えるツール自体も増えたので当時よりも作業がはかどりました。
錦帯橋・岩国城はフォトグラメトリだけでなく、実写の360°映像も制作された。写真はEJEVAR会議スペースの壁面スクリーンに投影されたもの
カメラなどの撮影機材も含め、フォトグラメトリ技術は日々進化しているので、私自身も「今できることの中でベストなものを」という姿勢で日々取り組んでいます。
—— Z8をかなり使い込んでいる山本さんから見て、この製品はどういったユーザーにおすすめできるワークステーションと言えるでしょうか?
山本 フォトグラメトリ制作で言えば、例えば「大量に画像をつなげて大きな1つのフォトグラメトリを作る」ことだけに特化するならば、それ専用の特化型マシンを組んだほうがスピードが出る、ということはあるかもしれません。
ですが先ほども言ったとおり、このZ8のイメージは「荷物がたくさん積める車」ですので、何か特定の処理だけを劇的に速くするのではなく、同じような種類のデータを複数同時処理するなど、「スピードよりも積載量や安全性のほうが優先」というユーザーにふさわしいワークステーションなのではないかと思います。
今回のインタビューで取り上げたHPのワークステーション「HP Z8 G4 Workstaion」は、高い拡張性とパフォーマンスを誇るフラッグシップモデル。インテル(R)の最新CPUであるXeon(R) Platinum 8200シリーズを搭載でき、構成しだいで最大48コア・96スレッドのシステムを実現できます。また、予算と目的に合わせたカスタマイズ対応はもちろん、テクニカルサポートや訪問修理を含む保証サービスなども充実しています。
高い処理能力と作業を止めない安定性を兼ね備えたマシンは、どのような作業をする場合でも欲しくなるもの。大容量かつ素材データの点数も多くなりがちなVR/ARコンテンツの制作においては、そのメリットを特に実感できるでしょう。
高性能のワークステーション導入を検討している方はぜひ一度、HP Z8 G4の製品サイトでその性能をチェックしてください。
記事制作:Mogura VR News編集部