2020.11.26
映像業界において配信するコンテンツは時代の流れと共に高精細化している。ほんの数年前はフルHDが全盛だったが、近年になり4Kが登場。さらに今後は8Kへと進化し、さらなる高密度のコンテンツがユーザーを楽しませる時代へと突入している。一方で制作する側にとっては扱うデータ容量が指数関数的に増加するなど業務への負担が増大。これまで以上にスキル向上や作業環境の充実が求められている。そんな厳しい業界へ乗り出した若い企業がある。映像制作の現場で活躍するHP Workstationと共に、その先進的な取り組みを紹介したいと思う。
アミュラポの中心メンバー。
左が代表取締役 田中克明(工学博士)氏と、松広 航氏を挟んだ右がインターンの畠山 祥氏
株式会社amulapo(以降、アミュラポ)は、「宇宙」をテーマに、研究者あるいはエンジニアの視点で日本の科学技術や宇宙開発の世界的な地位向上を目指すべく様々な活動を続けている企業だ。「学者目線で難しい論文をみせるだけでは、科学技術を人々に理解してもらうことはできません。例え難解な内容であっても、そこに面白さや親しみやすさが無いとダメだと思うのです。つまり、科学技術にエンターテインメント、アミューズメントといった要素を持たせたうえで、研究開発の結果を乗せたコンテンツを人々に届ける。そんな取り組みが必要なのだと思っています」と語るのは同社の取締役 松広 航氏だ(以降、松広氏)。
株式会社amulapo 取締役 松広 航氏
そんな彼らが最近取り組んだのが、火星8K映像のCG制作だ。「火星の姿を超高精細映像で再現しながら視聴者にまだ見ぬ惑星を感じてもらう内容です」と松広氏。そんなCG映像制作の中でアミュラポに与えられたのは、RESTEC(一般財団法人 リモート・センシング技術センター)と協力して衛星画像の高精細化と高精細画像を使って3D映像を“よりリアルに魅せる”というミッションだった。
「具体的には3D映像を空間に配置して、光の入り具合やカメラワーク、色調といった肉眼で見たときの感覚的な部分を補うというのが私たちの役割でした。使っているデータは実際に衛星が計測したものなのでとても正確なのですが、それにテクスチャを貼っただけではどうしてものっぺりした印象でリアルには見えません。そこで、NASAが探査機で撮影した画像などを検証しながら、実際に目で見るようなリアルさを再現していきました」と松広氏は語る。
演出効果をつける前の映像。正確だがややのっぺりとした印象がある
陰影やカメラワークを駆使することでリアルな火星表面を再現している
その際、アミュラポの制作現場で使われていたのがHP Workstationだ。「最初はHP ZBook 17(以下、ZBook)で作業していました。4K映像までならこれで十分作業ができていたのですが、さすがに8Kになると少し苦しい場面も出てきましたね」と当時を振り返る松広氏。4Kと比較した場合、8Kは画面の広さだけで比較しても4倍の解像度となる。そこで使われる実際のデータサイズを考えれば、実作業時の負荷がどれだけ増えるのか想像するのはたやすい。
「今回の映像ではカメラワークが大切になってくると思い、アプリケーションにはUnityを使いました。このアプリケーションは起動時にプロジェクトの全データを読み込むのですが、正直ZBookではその途中でディスクもメモリもいっぱいになってしまい、起ち上げることさえ困難な局面もありました」と松広氏。指数関数的に増えるデータ量に対して、現実的な処理能力を持たせるにはそもそもメモリ量が圧倒的に不足していることに気が付いたのだという。
「また、グラフィックスにも課題が見えていて、リアルに見せるためには陰影をつけて強弱を演出するのですが、そこで使われるレイトレーシングテクノロジーの処理速度でも影響が出ることが分かりました」と松広氏。
それまでなんとかZBookでこなしていた彼らだが、スケジュールが後半になってくるに従い、映像化するために送られてくる3Dデータがより大きくなっていったのだという。「そうなるとコンピューターが悲鳴を上げっぱなしでした。そこでHPさんに直接相談してみたのです」と語る松広氏。HPは彼らのニーズを直接聞き、その打開策としてHP Workstation Z8(以下、Z8)をベースとしたシステムを提案。彼らも賛同したのだという。
アミュラポのために用意されたZ8はインテル® Xeon™ 5122プロセッサ―をデュアルで搭載、メモリは96GB、グラフィックスはNVIDIA Quadro RTX5000というメインスペックとなった。
ZBooK、Z8の他、今回のプロジェクトでは使用していないがHP VR Backpack G2も所有している
「実は相談をしたのが、プロジェクトも終盤に差し掛かる頃で、納期が限られていました。本当に無理をお願いしたと思うのですが、短納期を実現してもらったのでとてもありがたかったです」と松広氏。これだけのスペックであれば、通常は数週間から1カ月程度かかるケースもあるが、HPはわずか1週間で納品。今回のケースでは番組の成功のカギがコンピューターにあるという判断もあって、HPが持てる限りの調達力を発揮した結果でもあった。
Z8の導入によって終盤での過酷だった作業はスムーズさを取り戻した。「正直なお話、できるか、できないかの2択だったので、定量的なベンチマークは取れないですが、今まで動かすことが困難だった作業が劇的にスムーズに動いてくれたのが一番の驚きでした」と語る松広氏。
ZBookで度々スタックしていた業務をZ8に実行させるとメモリリソースは約70GB近く消費していたという。ZBookが物理的に詰めるメモリ量が32GBだったので、倍近く不足していたのだから無理もない。同様にカメラワークの動作やレイトレーシングによる演出もスムーズで、作業は格段に効率化されたのだった。
「可用性もとても高く、最後の一番長いシーンのレンダリングはZ8でも26時間かかったのですが、途中で止まることもなかったですし、コンピューターの動作もとても静かで、特に熱量が大きくなった印象もありません。また、今回は時間の関係で間に合わなかったのですが、ZBook上ではSSDにデータを直接配置することで動作が軽快になることが分かっているので、Z8にも導入したいと考えています」と笑顔で振り返る松広氏。
宇宙技術開発への熱意を語る松広氏
「今回のプロジェクトはエンジニアとしての視点だけでなく、ディレクターの観点も必要な仕事でしたね。例えば、広い火星の地表を8Kですべて描くのはナンセンスです。ですから、高精細化する部分と、抑えた表現をする部分を見極めることが大切でした。全体のクオリティを落とさず、ギリギリの線で強弱をつけるのが難しかったです」と総括する松広氏。こうした視点の切り替えもあって、8KはZ8、それ以外の軽めの表現のシーンではZBookという適材適所のマシン配置をおこなったこともあり、プロジェクトは無事に成功を迎えた。
今後も科学技術をテーマとしたプロジェクトが次々と控えているというアミュラポ。「今年はコロナ禍があって、イベントなどが開催できなかった分、映像で何かを伝えるということがクローズアップされた年だと思います。今回手がけた8K映像にしても、この品質のままVRで人々に見せることができたらもっと楽しんでもらえるはずです。それが実現可能になるにはあと数年はかかるでしょうけど、いつかみなさんにお届けしたいですね。VR体験については、HPさんが販売開始を予定している高解像度VRヘッドマウントディスプレイ「HP Reverb G2」でのリアルな体験に期待しています。」と未来を語る松広氏。アミュラポのプロデュースで、地球に居ながらVRで火星の地表を探索できるようになるのも時間の問題だろう。
「Z8のおかげで高負荷な業務に対する上限が広がったのはとても大きな財産になりました。今後はもっとレベルの高いプロジェクトにもどんどん参加して、多くの人々により大きな感動を与えられたらよいと考えています」と最後に松広氏は今後の抱負を語ってくれた。HPもアミュラポのさらなる飛躍を支えるべくサポートを続けていく。
HP Z8 G4 Workstation 最小構成