2021.02.26
コロナ禍の影響で社会が大きく変化した2020年、印刷業界も甚大な影響を受けた。
特に屋内外のイベントの減少により、イベントをビジネスの中心にしていた大判出力サービス会社には先行きの見えない影響が続いている。また、デジタルマーケティングに予算がシフトしてしまった販促やマーケティング部門に対して、どのような対応をすべきか悩む商業印刷会社も多い。これらの印刷会社や出力サービス会社にとって、これまでの蓄えなどから経営危機にこそ陥っていなくとも、何らかの対応が早急に必要であることは疑う余地がない。
一方で、人々の行動様式が変化して「新たな印刷物のニーズ」も顕在化している。印刷会社の中には新たな市場に活路を見出し、挑む企業もある。彼らはどういった視点からその勝機を見つけ、一歩を踏み出しているのか?
激変する現在の印刷業界で、何ができるのか。
今回は株式会社日本HP Latexビジネス本部 プリセールス 大型プリンターエバンジェリストとして多くの知見と経験をもつ霄 洋明(おおぞら ひろあき)氏へのインタビューから、商業印刷分野のみなさまに対して次の仕掛け方のヒントを聞き出した。また、今回のインタビューから現在サイン&ディスプレイ業界でビジネスを展開されているみなさまへも改めて多くの気づきがあることを確信している。
そもそも印刷業界は、昨今のデジタル化により大きな影響を受けた。新聞の購読数減、雑誌の売り上げ減少は拍車がかかり休刊など大ロットの案件も激減している。またようやく日本でも加速しはじめていたデジタル化は企業のマーケティング活動にも大きな影響を与え、冒頭に触れたとおり、パンフレットなど販促物の製作も継続的に減少していた。
そこにさらに追い討ちをかけるようにコロナによる変化が生じた。ご存知のとおり、イベントなどはほとんどが中止に追い込まれ、イベント用のサイン・ディスプレイやポスター、そこで配布するパンフレットやリーフレット、チラシなどの需要は一気に吹き飛んだ。さらに、人々が「STAY HOME」によって外出を控えたことで、屋外広告は相次いでデジタルへとシフトしている。霄氏は「印刷業界全体の市場規模はさらに縮小していく可能性が極めて高い」と指摘する。
さらに、デジタル化やコロナの影響以外にも印刷業界を揺るがしかねない動きがある。「印刷会社の顧客が、印刷業務の内製化を進めている」(霄氏)というのだ。
例えば、ある大手出版社はHPのデジタル印刷機「HP Indigo 50000デジタル印刷機」などを導入して、埼玉県所沢市に印刷工場を商業施設とともに建設。文庫、ライトノベル、新書、コミック等の本文、口絵、表紙、カバー、帯など一貫生産できる体制を整え、出版物の内製化に着手している。
また別の出版社でもHPインクジェットデジタル輪転印刷機「HP Color Inkjet Web Press」を導入。このようにしてこれまで印刷会社に発注していた印刷業務の内製化する動きは加速している。
さらに、この流れは出版業界だけではなく、他の業界にも広まりつつある。具体的な社名は明かせないとした上で、霄氏はこのような事例を挙げる。
「例えば、外食チェーン店。お店に入るとポスターが掲示してあったり、テーブルにメニュー表が並んでいたります。しかも、これらの印刷物は時期ごとに新たに印刷し直さねばなりません。全国展開していれば、印刷数も膨大になる。このようなお客様であれば、HP 大判 プリンターを活用して大判サイズの印刷物制作を極力内製化した方が、タイムリーな地場商圏に合致した告知掲出が可能で、コストも含め、業務が効率化する可能性も高いです」
デジタル化、コロナの影響、そして大口顧客の業務内製化。印刷業界にとって今、100年に1度とも言える大きな転機が訪れている。
しかし、新たな印刷物のニーズが完全に無くなったわけではない。社会の変化に伴って、新たな印刷物のニーズも生まれている。最近では、そこに勝機を見出し、新規参入する印刷会社も増えつつあると霄氏は語る。
「例えば、ソーシャルディスタンスやマスクの着用などを促すスタンドの発注は着実に増えています。また住宅などの内装を手掛ける企業も、コロナ禍で業務が増えているといいます。自宅にいる時間が増え、内装をリニューアルしたい人が増加したことで、DIY仕様の壁紙のニーズが高まっているそうです。HP Latex プリンターは、内装用の壁紙の制作でも海外で多くの実績を有しており、日本でも確実に広まってきています」
また絵画を飾るアートポスターのニーズも伸びており、それに比例してアートパネル用の額も販売が好調だという。「STAY HOME」が叫ばれ、人々が在宅を余儀なくされたことで、アートや壁紙など新たな印刷物を求める消費者も増えている。
さらに時代の流れで、伸び続ける印刷ニーズもある。霄氏は「ECが広まったことで、配送用の箱へのプリントは今後も益々増えていくでしょう。さらにECでモノが売れれば、そのパッケージへの印刷ニーズは確実に多様化し、増えていっています」と一例を挙げる。例示されたこれらの例のように生活様式の変化は印刷業界にとってのお客様のニーズの変化を生み、そのような変化をいち早くとらえ実践したところに、新しい道は開けているようである。
このように、印刷業界を取り巻く環境は大きく変化して、チャンスも到来していることもまた事実である。萎んでいく旧来のニーズに嘆いているのではなくこの新しい波に乗れば、新たな活路が開けてくる。
昨今はDX(=デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれ、デジタルへの移行が注目されがちだ。印刷業界にはDXによってこれまでとは異なる新規ビジネスの立ち上げに成功した企業もある。
しかし、先ほど紹介したように印刷業界の新たなニーズを踏まえれば、デジタルメディアやデジタルマーケティングといったもともと得意でない分野への進出に力を入れるだけではなく、印刷業をベースにした事業の多角化を選ぶのも1つの手だ。例えば商業印刷を手掛ける企業であれば、大判印刷機を導入することで新たなニーズを取り込めるようになる。これにより顧客に対する提案の幅を広げ、新規案件が受注できれば売り上げ増加にも直結する。
実際、このように新たな印刷ニーズをビジネスにつなげようと、積極的に動く印刷会社も登場しているという。
「これまで大判印刷を手がけていなかった印刷会社が、出力センターを買収して新たに事業参入した例もあれば、トップ営業で新たな案件を獲得して、新規事業に乗り出す印刷会社もあります。また印刷サービスを手掛けるベンチャー企業も誕生しています。HP Latex プリンターのお客様にも、2人で立ち上げたベンチャー企業もあるくらいです」(霄氏)
デジタルメディアへの進出はDXの流れの中で商業印刷を営むみなさんにとっては避けて通れない道だととらえられている節もあるが、そもそも人のスキルとこれまで築き上げた組織がそれに対応していないところでのビジネス展開はリスクが大きい。実際、印刷会社がデジタル人材を採用し、既存とは違った組織運用をしながら一流のデジタルサービスをお客様に提供していくには、それなりの時間を要し、かつコストもかかる。しかしながら、もともと得意であった印刷という技術や人を中心におき、その技術の幅や印刷の幅を少し拡大することで対応できるビジネスのほうが、顧客基盤さえしっかりしていればより成功への確実性は高まるはずである。
商業印刷が出版事業を手掛けたり、パッケージ印刷にしたりといった印刷を中心に据えながらの事業拡大の可能性について記してきたが、ここからその範囲を大判印刷に絞って考えていきたい。大判印刷に進出して、新規事業を立ち上げる前に欠かせないのが「どの印刷物を顧客に提供するか」見極めることだ。実際に大判印刷機でどのような印刷物を制作できるのか、新たに印刷ビジネスを拡大していく上で欠かせない「環境対応」について解説しよう。
まず大判印刷といえば、イベント用の大型ポスターや屋外サイン、店舗内のテンポラリーテキスタイルが挙がる。大きな素材に対して、ムラなく綺麗に印刷するだけでなく、設置された際のビジュアルイメージを描くことが求められる。
また近年日本でも増えつつあるバスや電車などへの車両ラッピングも大判印刷の1つだ。通常のポスターなどと違い、掲出される車両の形が複雑だったり、外装に細かな凹凸などがあったり、これらに柔軟に対応することが求められる。
さらに、サイン・ディスプレイ向けの大判プリンター活用の治験を活かし、テキスタイルプリンターへの拡張も見逃せない時流だ。2019年にHPがテキスタイル向け昇華プリンター「HP Stitch プリンター」によって、のぼり旗の制作、オリジナルデザインのマスク製作などに印刷アプリケーションの幅が広がった。屋内で使用する壁紙、キャンバス、店舗内で使用するPOP&ポスターにとどまらず、テキスタイルへの展開も今後の大判出力がなせる魅力的分野だ。
一口に大判印刷といっても、幅広い出力先とともにそれぞれに求められる技術が異なる。どこに進出するか、それとも幅広くとらえるか、自社のアセットや顧客のニーズを見極めて決断する必要がある。
今後、印刷物を提供する上で考えねばならないのが「地球環境への配慮」だ。近年はSDGsで掲げられた「持続可能な開発目標」に向けて、世界全体で取り組みが進められている。カーボンニュートラルな社会(*)を実現するため、ヨーロッパでは車での移動のみならず航空機での移動や出張にも疑問の目が向けられているほどだ。
日本でも、昨年あたりからSDGsへの社会的関心が急激に高まっている。テレビCMなどでもSDGsが取り上げられ、すでに知らない人のほうが少数派になっているだろう。そもそも日本での活動が他先進国に比べて意識の低さとあいまり、企業においては社会貢献活動の一部に追いやられていることは、政府の推進活動とともに一気に変わっていくことだろう。
日本国内でこの持続可能性に対する関心が高まるとともに、今後はヨーロッパのように地球環境に配慮した社会づくりを企業活動の中心とする企業が評価され、株価はもちろんお客様の選定基準にもなっていくことは確実視されている。そして、その波が印刷業界にも及ぶのはもう時間の問題である。
わかりやすいことでいえば、コストが高くても再生素材への印刷要求が高まることや、トナーからインクジェットへの変換、また印刷する際に使用するインクやオペレーターが働く環境などの改善も急務となる。特に溶剤インクの使用は、印刷素材を傷めるだけでなく、強烈な臭いも発してオペレーターや多少なりとも周辺環境に悪影響を与えてきたことも事実である。
新規事業へ進出する際には、自社の利益を中心におくのではなく、この大きな社会の流れと新しい価値観を中止に据えながら、企業活動の根幹に対して新しい価値観で挑まなくては持続可能性を担保できない。
ここまでお伝えした内容を踏まえ、最後に大判印刷に進出するために必要な「3つのステップ」について解説しよう。
ステップ1 顧客ニーズの見極め
まず欠かせないのが「顧客ニーズ」の見極めだ。自社の顧客にどのような印刷ニーズがあるのか。急激に移り変わる時代において、印刷会社の顧客も変化を余儀なくされている。そして、これに伴って新たな印刷物へのニーズが生まれている。お客様も気づいていない場合が多いため、お客様と一緒になって変化への対応をしっかりと議論しながらニーズに落としこんでいくことが重要だ。
それでも見極めが難しい場合は、この記事で紹介した新たな印刷物のニーズがあるかどうか、ヒアリングするところから始めてもいい。これをフックに、顧客の現状をより深く把握できるようになるだろう。
ステップ2 提供するサービスと印刷物の定義
顧客ニーズを掴んだら「提供するサービスと印刷物」を定義しなければならない。サービスについては印刷を超えどこまで提供するのか。また自社で提供するものはどこまでか、それ以外はどんな人たちとパートナーシップを組むのか。会社の枠に縛られずにあくまでもお客様の課題解決する方法論を探ることが大切なポイントである。大判印刷機については出力できる印刷物は先ほど紹介したとおり、想像以上に幅広い。また先ほどの事例以外の出力できる印刷物はある。図面や地図などの専門業種のツールから始まり、観る、魅せる広告・イベント分野へと広がった大判インクジェットプリンターが、自らが身に付け、快適な住環境を創造する生産機としての役割も担っている。多種多様な大判プリンターの選択や判断の基準がつかめない場合は、メーカーへ直接問い合わせることもおすすめする。
ステップ3 印刷機メーカーと印刷機の選定
そして最後に実行するのが「印刷機メーカーと印刷機の選定だ」。ステップ2において、大判印刷機を利用して大判印刷を自社サービスとして展開しようと決断がされたあとは、まず前述のとおり持続可能性の高い印刷機や印刷機メーカーを選定すべきである。ここでコストと機能の比較だけで従来のように印刷機を選定してしまうと持続可能性という意味でいずれ限界が訪れる。印刷機だけではなく、しっかりと印刷機メーカーの持続可能性(サステナビリティ)への取り組みを評価してほしい。どのようなインクを使っているのか、表現できる幅はどれくらいなのかだけではなく、それらを使うオペレーターの持続可能性は高いのか。そこに女性活用など多様性を実現できる範囲はあるのか。お客様に提供する印刷物として持続可能性をしっかり説明できるのか。日本という国がこれからも発展していくためには、今はまだ少ないかもしれないが、必ずそういうお客様が多くなっていくはずである。しっかりと将来を見据えて、最適な印刷機メーカーと大判印刷機を選んでいただきたい。
(*) 二酸化炭素の排出量と吸収量をプラスマイナスゼロにするという考え方。2020年10月に菅首相により、日本も2050年までにこのフラットな社会を実現するという「カーボンニュートラス宣言」が行われた。
(後編へ続く)