2020.11.24
製造業よ、変革に進路を取れ!
誇るべき地方中小企業の変革大解剖
さまざまなイノベーションを手掛け、印刷業界そのものを変革する担い手として注目される大洞印刷。今回は、その変革をリードする専務取締役である大洞広和氏と、外資系コンサルファームでパートナーを歴任、クリエイティブ思考の理論を構築し、多くの企業に未来を示唆しDXを専門とするコンサルティングを行い、2019年からは青山学院大学 地球社会共生学部 教授である松永 エリック・匡史氏が対談。現代ビジネスの本質とは何か? またビジネスを成功に導いていくために必要な発想や思考とは? 印刷業界にとどまらず、全ての中小企業が目指すべき、変革に必要なファクターを浮き彫りにしていく。
大洞広和氏(以下、大洞) およそ9兆円といわれた1991年をピークに印刷業界の市場は長く下降トレンドをたどり続けて、今では5兆円規模まで落ち込んでいます。そしてバブルの崩壊とともにどの産業も伸び悩む中、世の中は急速なデジタル化の普及とともに、さまざまなシーンで“ペーパーレス化”が広がり、印刷業界はますます厳しい状況に置かれるようになりました。
それが、ちょうど私の兄、正和が3代目代表取締役社長に、同時に私が専務取締役に就任して事業継承をした2004年ごろの背景です。
松永 エリック・匡史氏(以下、松永) 事業そのものの変革を起こさなければ、生き残れないという状況ですね。事業を継承してから大洞さんはどのような変革を進めたのでしょうか?
大洞 まず考えたのは、デジタルに置き換えられない印刷物を作ること。手に取って楽しんだり、喜ばれたりするものは何か、さらにそこから必要不可欠なものは何かという観点から事業そのものを根本から見直しました。そこでたどり着いた結論は、印刷物にいかに付加価値を付けていくか。その変革の柱となったのが、特殊印刷でした。ノベルティグッズや販促品、キャラクターグッズ、パッケージなど、今では大洞印刷の代名詞ともいえるクリアファイルの商品開発もその頃に始めました。
松永 ECを始めたのも、その頃ですか?
大洞 はい。今でこそ多くの印刷会社が参入していますが、当時は大洞印刷しかやっていなかったこともあって話題性もあり、すぐにビジネスとしても成功する事例となりました。競合も多いですが、特にクリアファイルについては今でもトップシェアを獲得しています。
松永 2005年というと、まだ世の中のデジタル化が始まったばかりの頃だったと思いますが、サービサーではない印刷会社の大洞印刷が、早いタイミングでEC化に参入したことが興味深いですね。この先んじて早く事業を転換していくことは、ビジネスにおいて特に重要なポイントになってくると考えています。いわゆるプロダクションカンパニー(製造業者)がなかなかサービサーになれないのは、この第一歩が遅いからなんですね。大洞印刷さんは、そこに目を付けてすぐに行動に移したところが素晴らしい。
大洞 ありがとうございます。2000年ごろから製造業の産業的な地位がどんどん下がってきているんですね。これはずいぶん前から予測できたことで、最終的には全ての会社はサービス業にならないといけないという感覚を私たちは持っています。われわれは印刷という、これまで培ってきた技術を使いながら“サービス”を提供する。特にこれからはITの力を使ったサービスというものを提供して、結果として印刷物が届くというビジネスに変えていかないと生き残っていけないと考えています。
ただ、実際に自分たちがコンシューマー向けに新しいサービスを生んで、サービサーになって事業を展開するのは、現時点では難しいとも感じています。ですからまずは印刷物を使ったサービスを提供したいブランドオーナーの方々に、裏側のプラットフォームを提供する会社になること。自分たちのプラットフォームを使いながらテストマーケティングをしたり、さまざまな情報を取得したりしてお客さまに価値を提供し、そうしてプラットフォームをどんどん鍛えていこう、という戦略で今は動いています。
松永 どのビジネスでも、最初に始めた会社のアドバンテージの一つに、コストリーダーシップをとれることが挙げられます。失敗も含めたさまざまな経験を積んで効率化を進めていく中でコスト削減に成功し、それがアドバンテージとなって市場をリードしていくことができる。ただ、大洞印刷のサービスを拝見して、それだけではないと感じています。むしろ価格ではないところを強みにしているのではないかと。
コストリーダーシップは結局、規模の経済になってしまうので、そこだけを追求すると、中小企業の強みは発揮できないと考えているのですが、どうでしょう?
大洞 そうですね。印刷会社として、コストをぎりぎりまで下げてそれを強みとしてサービスを展開していくという選択肢もありますが、私たちは「プリント・サービス・プラットフォーマー」を目指すという理念を掲げた時点で、その選択肢はないと考えています。むしろ勝てない。そうした数をとりにいく営業は2015年にやめました。
松永 なるほど。今のお話を聞いて、大洞印刷さんの強みはおそらくしっかりとお客さまのことを見ていることなんだと思いました。これは日本の、特に中小企業が、これから生き残るために必要な要素でもあるんですね。
大洞 確かに“安い”というのは、当然、要望の一つではありますが、お客さまがどう考えて、何が欲しいのか、どういう状況で印刷物が欲しいのかなど、お客さまが求めているものが何かをずっと考えています。そうすると、従来の「1枚いくら」という営業スタイルはいらなくなる。そこでインサイドセールスの体制を確立させて、レスポンスよく価格の返事をしたり、仕様を相談したりすることを通して、お客さまの課題を解決していきました。その最終的な発注ツールが、たまたまECだったというわけで、私たちはECがやりたくて始めたわけではないんです。
松永 だからこそ、成功できたのでしょう。結局、お客さまと発注者の間にあるECのシステムは、単にツールの一つにすぎなくて、根本的には今、大洞印刷さんが目指している、お客さまに対してもっとより良いサービスを提供するという発想が重要になってきます。このお客さまを見ることがどこまで深掘られるかで、サービスの質は変わってくる。そこをこれまでの印刷会社にはなかったやり方で仕組みを確立させたところに、今の大洞印刷のポジションがあるのではないかと思います。
大洞 松永先生のおっしゃる通り、デジタルを活用してニーズに合わせた付加価値のある印刷物を提供するなど、マーケティングの精度次第で印刷物はもっと価値が上がって、ビジネスに必要不可欠なものになってくると信じています。
松永 そこでポイントになってくるのが、toBtoCの観点ですね。シンプルに商流としてはtoBではあるけれど、例えば印刷会社としてBであるブランドオーナーの先に存在するコンシューマーであるCを見ながらBと向き合う発想が求められてきます。このいかにエンドユーザーであるCを見るかが重要なのですが、Bの言っていることに従っていると、どうしてもお客さまの期待は超えられません。ビジネスのサクセスは、このお客さまの期待をいかに超えるものを提供するかがとても重要になってくる。toBだからBと向き合うのは当然なのですが、大事なのはその先のCのニーズを想像すること。それをBが考えてくれないなら、飛び越えて考えていくしかない。お客さまからの要望を聞くだけではなく、一緒になって課題を解決していく。その発想の転換が新しいビジネスを創造していくことに、つながるわけですね。
大洞 確かに印刷物そのものの役割も変わってきている中で、今の状況は私たちにとっては大きなチャンスでもあると捉えています。印刷物の役割が変わってきているということは、それだけこれまでは接点のなかった業界や企業ともビジネスパートナーになれるわけですから。
今の既存ビジネスにおけるお客さまには、やはりどこか行き詰まったり、拡大するときに何か壁があって進展できないことがあったりします。そうしたお客さまの課題に対してわれわれの力をプラスアルファにしていただいてブレイクスルーしていくようなビジネススタイルに取り組んでいます。
ここでポイントになってくるのが、デジタルを活用したパーソナライズ化だと考えています。われわれとしてはこのECで単につなげましたという話だけではなくて、結局はお客さまの方で製造できないものや、販売できないようなものを、われわれが作って提供していく。それがパーソナライズした新しいサービスや商品であれば印刷物の価値はより上がり、彼らのビジネスの成功やスピードを高めていく力になれます。つまり、私たちのビジネスの本質は、印刷物の提供ではなく、カスタマーサクセスでお客さまを真の成功に導くことが根幹になっているのです。
大洞 今、われわれが展開しているECは、サービサーとして顧客に提供するサービスの一つではあるのですが、考え方としては大洞印刷のプラットフォームを流用しながら、サービサーの方々のバックグラウンドをわれわれが提供するという形でやっています。
例えば、写真集という印刷物は、これまでは出版社の方、あるいはアーティストやタレントの事務所などが写真を選んで、デザイナーがレイアウトを組み、印刷会社が印刷して1冊の本に仕上げていきます。そこに購買者、エンドユーザーの意向は取り込まれていませんでした。
そこで1冊の本を売るのではなく、1000枚を超える写真をサーバー上に用意して、その中から自分が好きなお気に入りの写真を選択して作ったフォトアルバムが購入できるというサービスを、出版社と協働して展開しました。そこにデザインも幾つか選択できるようにしたことで、パーソナライズされた世界に1冊しかないフォトアルバムが手に入るわけです。
松永 同じ写真集でもファンとしては間違いなくうれしいですよね。おそらく写真を選ぶ、という体験そのものも楽しいはずです。
大洞 先ほど松永先生がおっしゃっていたtoBtoCでいう、まさにtoCのサービスで、ユーザーにとってはこれまでになかった体験ができることで大きな反響を呼びました。それともう一つ、toBという点では、ユーザーニーズにダイレクトにアプローチできるというマーケティングの施策を提供することができます。どの写真がどれだけ選ばれたのか、また購買者の情報など、全てデータが取れるので、そのデータを次の新しいグッズの開発や企画に生かしていくわけです。そうした流れを一つ確立していけば、マーケティングの精度はより高まって、印刷物の価値も高まっていくという仕組みです。出版社としても、雑誌や写真集が売れなくなってきている中で、何か新しい取り組みをしていかなければならない。そこにデジタルを使った新しいプロダクトやサービスを一緒に開拓していくことで新しいビジネスを創出していきました。
このプラットフォームを使って、今はいろいろな業種でさまざまなサービスを展開するようになりました。今回の対談のように、リアルに面談できる機会というのはとても大切な時間になるので、そうしたときのギフト用にパーソナライズされたグッズを準備するというサービスもあります。
松永 面白いですね。出版社や事務所にとって取得したデータは、いろいろなプロモーションにも生かしていけるから、その写真集はとても貴重で価値がありますね。
今の話を聞いて思ったのは、ビッグデータビジネスは数なのか、質なのか、という問題。DXの文脈でも一時期はビッグデータの活用がすごく重要で、どの企業もそのデータをとにかくひたすら取得していくことが求められていました。もちろん、今でもその重要性は変わりないのですが、これからは特に中小企業にとってピンポイントでもより深いデータこそ価値があるのではないかと思っています。1万のデータよりも時には100のコアユーザーのデータの方が価値があるし、有効活用できるはずだと。そうすれば、規模は小さいかもしれないけれど、AmazonやGoogleのプラットフォームとはまた別の世界をつくれるし、このフォトアルバムのビジネスはまさにこの別世界で、新しい市場になると感じましたね。
パーソナライズすることは、要はオンリーワンということ。それであれば、多少、高くてもユーザーは買うでしょう。そうしたある意味、コストリーダーシップとは真逆の価値の提供こそ、これからのビジネスのキーワードになっていくと思います。
松永 今、大洞印刷がビジネスの根幹としている、“カスタマーサクセス”という概念は、当たり前だと思われるかもしれませんが、実際にはできていない企業がほとんどです。どこもお客さまよりも、自社の数字やシェアを見てしまうんです。会社経営者であれば、ある意味、当然のことかもしれませんが、月次や週次の目の前の数字に頭を抱えながらも、きちんとお客さまを見て事業を改善していくことが求められています。そのためには、新しいものを取り入れていく柔軟性が必要ですが、この新しいものを取り入れるときに必要なのは勇気なんですね。シンプルに一歩を踏み出す勇気。それが早ければ早いほど、成功する確率も高くなります。大洞印刷が2005年にECに参入し、そこから事業を拡大していったことからも、このことは分かります。
大洞 どこに向かうか、それに正解も結論もないと私は思っています。自分たちがどこに行きたいか、あるいは行く必要があるのかという、目指すべき先を明確にすることが大事で、選択権は自分たちにある。私たちは、プラットフォーマーという立ち位置に向かうんだと決めて、そこに向かっているだけなんです。
松永 そうですね。そもそも私は製造業やサービス業という区切り自体、意味がないと思っています。印刷会社もお客さまのため、つまりtoBのサービスを展開しているわけで、サービスはビジネスの基本的な概念でしかない。そのサービスが成功するかが、いかに「お客さまを見る」かなんです。
ただ経営がうまくいっていない企業の多くは、やはりコストリーダーシップをとらないといけないと勘違いして、見かけの数字を追い掛けてしまった結果、行き先を見失ってしまったケースです。効率化やコスト削減は、もちろん企業経営ではとても重要なことですが、それが全てになってしまうと、お客さまが求めていることにはまらなくなるし、何より社員の気持ちや心意気も失われていってしまいます。何のために自分たちのサービスはあるのか。その価値をしっかりと明確にして発信していくことが大事だと思います。
今、DXのことを研究していますが、日本人の多くはDXをデジタルの技術だと勘違いしている。そうではなく、そのデジタルの技術を自分たちが目指すべき目的に使うことが、DXの前提にないといけません。だから、例えば経営者が明確に会社の方針や目指すべき未来を発信していくことが大事で、それに共感する人たちの集合体であれば、企業は強くなるはずです。
大洞 確かに単にデジタルツールに置き換えることがDXだと思われている面はあるかもしれませんね。
松永 私はデジタルというものは、発想の非連続化だと考えています。アナログは、常に波形で必ず関係性が保たれているのですが、デジタルの世界は0からいきなり1に転換できます。これは、もしかしたら発想に関しても同じなのかなと思ったんですね。要はデジタルの世界では、発想の非連続性が求められる。だから私はDXはイノベーションであると言っています。
そういう意味では、大企業は組織上、イノベーションがなかなか推進されにくい。だから逆に中小企業にとって大きなビジネスチャンスでもあると思っています。あとは、本当に一歩を踏み出す“勇気”ですね。
大洞 私もDXは本当にイノベーションだと思っています。言い換えれば、まさに松永先生がおっしゃられるような「発想の非連続化」で、「破壊と創造」の繰り返しではないかと。やはり古いものは古い。もちろん、古いものが全て悪いわけではないけれど、時代が変わっている中で、価値観も変えていかなければいけない。さらにデジタルに置き換えて終わりではなく、デジタル変革を進めていったその後に訪れるその世界がどうなっているのか、その世界そのものを変えていかないとDXを推進していく意味はないと思っています。
松永 いいですね。これは確信のある自論なのですが、私はDXを成功させるには「イノベーションを起こす部隊は経営者の直下につくること」がマストだと考えています。既存の部門にその使命を持たせると、部門は部門でノルマがあるので、その部門トップからすると自分のリソースをそっちに取られると困るわけです。だから、経営者との話し合いで私は必ず「あなたがオーナーシップをとらないでイノベーションチームをつくるのであれば、コンサルはやらない」と言っています。そのあたり、大洞印刷は実際のところ、どうなんでしょうか・・・?
大洞 大洞印刷では、DXを推進するためにセールスとマーケティング部門をくっ付けて「スマーケティング部」という部署を立ち上げて、私がその部門のトップになって事業を推進しています。
松永 だからいろいろと決断も展開も早いんですね。納得しました。シンプルにやはり経営層がイノベーションにコミットできない会社は、厳しい言い方をすれば淘汰されていくのではないかと思っています。イノベーションはリスクを負うものなので、そのリスクはやはりトップがとらないといけない。でも、これがなかなかできない。大洞印刷の場合、いろいろなことが目まぐるしく変化していく中で、スピーディに対応できる体制を構築していることが、成功を導く土台になっているといえるでしょう。今日、大洞さんのお話を聞いて、あらためて確信できました。
最後に一つ補足すると、大洞さんがおっしゃっていた「破壊と創造」という作業は、破壊するものがあることが前提なんですね。つまり、歴史のある企業、特にものづくりの会社は、その伝統を若手も現社員も学んでほしいと思っています。その時の時代背景や環境の中で、どのようなイノベーションを繰り返してきたのか。その成功も失敗も含めた歴史の中にこそ、企業の強みがある。そしてその伝統を理解した上で現代のイノベーションを起こせば、イノベーションの文化が会社に根付いていくはずです。
中小企業には、大企業にはできない、イノベーションを起こす力がある。そして伝統や歴史こそ、未来を開拓していく強固な土台になることを、経営者の方々には知ってほしいと思います。
【本記事は JBpress が制作しました】