2022.07.08
後編
(前編から続く)
14年前、「小ロット・多品種のニーズに対応するためにはデジタル印刷しかない」という経営判断をもとに、軟包装市場国内初の試みとしてデジタル印刷機を導入した株式会社吉村だったが、先駆者には数々の試練が待ち受けていた。生産責任者である小柳氏は当時の苦労を次のように振り返った。
小柳氏:「初号機であるHP Indigo WS4500デジタル印刷機を導入して最初の3か月は、毎日のようにHPからサポートの方に来てもらい、本当に大変でした。当時のラベル用デジタル印刷機は、まだフィルム素材にうまく対応できておらず、軟包装の生産機として使っているユーザーさんも皆無の中、試行錯誤の日々でした。
ですが、後継機のHP Indigo WS6000デジタル印刷機を導入してから状況は大きく好転しました。 WS6000は導入当初からトラブルというトラブルはほとんどなく、ようやくデジタル印刷機での生産が軌道に乗り始めたのです。
とはいえ、もともと当社はグラビア印刷のビジネスがメインでしたから、未知の世界に飛び込んだようなものです。一番苦労したのは、機械のロジックが違うこと。グラビア印刷機は、色の調整をして印刷機を回せばいいのですが、デジタル印刷機は、印刷機のオペレーターが生産と保守メンテナンスをうまく両立させる必要があり、機械のロジックをしっかりと理解しなければなりませんでした。
さらに苦労したのは、当初印刷機の表記が全て英語だったことです。オペレーション自体は、慣れれば動作で覚えられるので問題はありません。ところが、トラブルが発生した時に、全て英語で表示されるのには困りました。問題を解決するためには英語で読み解き、適切な対応をしなければなりません。それが大変で、夢の中でもトラブル対応に追われていたこともあります。今でこそ日本語に対応していますが、そういった面でも初期ユーザーとしての大変さはあったと思います」
小柳氏:「また、デジタル印刷を活用した小ロット・多品種印刷をどのように市場に訴求するべきかという課題もありました。生産現場のメンバーだけではなく、営業、デザイン、製袋など、様々な部門を巻き込んで課題を洗い出し、対策を話し合うのです。これまでの考え方や意識を変えないと通用しない新しい世界ですから、それは大変でした。ですが、皆で議論しながら新しいことに挑戦するのは楽しくもあり、今ではその経験が自分の業務に相乗効果をもたらし、プラスになっていると感じています」
吉村氏:「社内で生産と営業がチームで動くことはとても大切です。それがなければ、デジタル印刷のプロジェクトは失敗していたかもしれません。例えば、デジタル印刷機の特徴として、どうしても発生しがちな色ブレは、お客様からの苦情の要因となります。そこで、色ブレ発生の可能性がある範囲を示すフィルムやカラーチャートを作り、営業と生産現場が連携して色ブレの許容範囲を理解し合い、お客様にも納得頂いた上で印刷するようにしたのです。分光光度計で測色した数値よりも、お客様は『見た目でどのくらい変わるのか』を気にされます。事前にきちんと説明すれば、条件を理解された上で発注して頂けるので、それだけ小ロット・多品種のニーズは強いのだと感じます」
軟包装業界にデジタル印刷の道が拓けたのは、このように立ちはだかる多くの壁を、知恵とチーム力で乗り越えてきた先駆者の努力があってこそだ。また、HPも共に試行錯誤しながら、懸命に現場の課題をすくい上げ、製品開発に反映させることでHP Indigoデジタル印刷機の進化につなげてきた。そう考えれば、軟包装分野におけるHP Indigoデジタル印刷機の成長の歩みは、パッケージコンバーターと共にあったといっても過言ではない。
株式会社吉村は、これまでにも何度も「HP PrintOS Print Beat」スコアで世界一を獲得している。PrintBeatは、HP Indigoデジタル印刷機の稼働状況をチェックできるアプリケーションで、印刷状況や、消耗品のライフサイクル、インキの使用状況などの確認が可能だ。これらの運用結果はスコアに反映され、全世界のPrintOSユーザーの中でランキングとして表示される。印刷機を限界まで運用しているか、無駄なく消耗品を使いこなしているかなどがスコアに反映されるのである。今回同社は、会社別ランキングだけではなく、印刷機別でも世界1位のスコアを獲得している。高い生産性を実現している秘訣を、担当オペレーターの増田氏に聞いた。
増田氏:「まず、稼働率を高めるためには、トラブル対処が重要だと思いますが、当社では、これまで様々なオペレーターが経験してきたトラブルを『トラブルシューティング表』にまとめています。機械上のトラブルに関わらず、あらゆるトラブルの原因や対処法を記録しているので、何か不具合が発生したら、まずは過去に似た現象がないかを検索するのです。HPのサポートに問い合わせる前に自己解決できれば、対処時間が短縮できます。オペレーションは、HP Indigoデジタル印刷機2台ずつをペアでチームを組んで担当していますが、トラブルの際は先輩ペアと連携してアドバイスをもらうなどしています。わからないことはすぐに相談できる環境があり、困った時には助けてくれる先輩や同僚がいて、個人ではできないことをチームだからこそできていると感じます。
また、消耗品の交換は時間がかかるので、交換するタイミングの判断や切り分けも、メンテナンスの生産性に影響します。色の精査についても、許容範囲なのか否かを見極め、迅速に適切な判断ができることが生産性につながるのではないかと思います」
小柳氏:「実際に生産現場では様々な現象が起きるので、トラブル対応をどうやって短縮できるかをチーム間で共有するのは重要です。デジタル印刷の受注は右肩上がりで、現場を止めるわけにはいきません。それには迅速なトラブルシューティングが要求されます。こうしたニーズに対して、現場はどうすれば1分でも多く機械を回せるかを常に考えます。
ただ『生産量』を伸ばすのであれば、生産時間を増やせばいいだけのことです。『生産性』となると、印刷状況、消耗品交換、エラーからの復帰時間など様々な要因が影響します。そこに着目して、稼働率を上げるために自分たちができることを考え、判断することを繰り返してきました。稼働率は毎日ボードに書き、社内で蓄積していますので、オペレーターにはプレッシャーかもしれませんが、モチベーションも上がるようです」
増田氏:「プレッシャーもありますが、成果がきちんと数字に表れるので、HP PrintOSの生産性のスコアも毎週楽しみにチェックしています。また、HPエンジニアの方がメンテナンスで訪問してくださる時に、わからないことや技術的なことを詳しく聞けるので助かっています」
吉村氏:「生産性を高めるには、オペレーターの日々の努力があってこそ、そして日頃のメンテナンスや機械のコンディションも非常に重要です。HPのサポートの方には、定期的に点検をしてもらっていますが、それによって、オペレーターも安心して印刷機を稼働させることができます」
HP Indigoデジタル印刷機を導入した当初は60%程度の稼働率だったが、ここ数年は94〜95%など、極めて高い稼働率を維持しているという。
そもそもデジタル印刷の「エスプリ工場」を設立したのは、女性が活躍できる環境をつくりたかったからだと吉村氏はいう。一般的に、印刷の現場はほぼ男性で占められているが、デジタル印刷機は重労働も少なくPCを扱うように操作できるので、女性も新たな分野として積極的に挑戦できるはずだ。同社では、印刷機の女性オペレーターとしては増田氏が初の登用となる。
増田氏:「当初、印刷現場は男性にしかできない仕事だと聞いていましたし、難しい機械だという不安や、1人1台の印刷機に責任を持つという重みも感じていました。確かに男性の多い現場ではありますが、実際にやってみると、オペレーションの仕事は細やかさが求められる一面もあると感じています。例えば、印刷物の不良などは、女性の方が見つけやすいかもしれません。メンテナンスや重い原反を運ぶ力仕事などは、男性に力を借りますが、台車を使えば楽に対応できますし、クリーンルームでの作業環境はストレスもなくオールシーズン快適です。最初は戸惑いもありましたが、とてもやりがいのある仕事ですし、女性ならではの目線を活かすこともできるので、女性にもぜひおすすめしたいです」
吉村氏:「並行して段取り良く準備を行うことや、繊細さが求められる色の判断など、女性の方が向いている面も多いかもしれません。例えば、デザイン側からの要望を受けて、色の許容判断をするのは難しく、色全体のバランスを考えつつ、消耗品との兼ね合いも考えなければいけません。どのタイミングで消耗品を替えるべきか、それは品質と生産性と消耗品ライフとの絶妙なバランスを要する判断です。
当社は、印刷の現場には女性はまだ1人ですが、加工課では2名の女性が活躍しています。このような会社の主軸を担う仕事にもどんどん女性が入って輝いて欲しい。私がHP Indigo WS6000系の狭幅サイズにこだわるのは、広幅だと原反の重量があり、女性による扱いが難しくなってしまうからでもあります。当社は社長が女性ということもあり、社員や取締役の女性比率向上にも力を入れています。これからは、ますます女性が活躍する世の中になるでしょう。女性が輝ける仕事環境をつくり、そこで成長した人が新たな後輩社員を支え、次につながっていくのだと確信しています」
増田氏が世界No.1の生産性スコアを獲得したことで、同社は「女性活躍」というエスプリ工場建設当初の目的をひとつ達成できたといえる。初の女性オペレーターとして活躍する増田氏は、きっと後輩たちの明るい道しるべとなるだろう。
多くのイノベーティブな活動を行う株式会社吉村は、サステナビリティの取り組みにも積極的だ。日本茶の茶葉を用いて飲むことは、実はとてもサステナブルなことだと同社は考える。100gの茶葉は500mlのペットボトル20本分に相当する。デジタル印刷で製造された茶袋は環境負荷が軽いことも大きな特徴だ。版が不要で、製版工程で排出される廃液やCO2がないこと、印刷工程での無駄が少ないこと、グラビア印刷と比較して省エネルギーであることなど多くの利点がある。
吉村氏:「現在、袋の加工で使用する有機化合物をなくすための取り組みを進めています。試行錯誤を繰り返しながら、今後水性接着剤に切り替えることができるようチャレンジを続けます。水性の接着剤は環境に優しいだけではなく、有機溶剤特有の匂いがないので茶葉の香りを損ねることもありません。
さらに、4月より、工場の電力を全面的にCO2ゼロの再生可能エネルギー100%に切り替えました。それにより、火力発電によるCO2を削減して地球温暖化の防止に貢献できればと考えました。工場の屋根は太陽光発電、事務所は屋上緑化をしています。さらに、貼り合わせの機械では、外気から熱源を取るヒートポンプと電力のハイブリッドで使用しています。
また、置き換え可能なプラスチック素材を紙素材に変更することで、「紙マーク」の表示を可能にしました。内容物の品質保持に必要な遮光性やバリア性を保てる最小限のフィルムはそのままに、プラスチックを従来品の半分以下に抑えることで、CO2排出量を削減できる環境配慮型パッケージとして注目されています。
今後は、廃棄物も熱資源として再利用できるように企業とのコラボレーションを進めているところです。将来的には、軟包装のフィルムも、ペットボトルと同じようにスーパーなどで回収して再資源化できる構想も視野に入れています。
市場全体を考えれば、大量在庫は食品廃棄や資源の廃棄につながります。使う分だけを在庫するように変われば、小ロット・多品種のニーズはさらに高まるでしょう。例えば、グラビア印刷で注文されたお客様から、1~2年後にリピートオーダーを頂く際に、値上げをお願いする代わりに、必要な分だけをデジタル印刷機で生産することも提案しています。それにより、資材廃棄ロスの低減にも貢献できるはずです」
サステナブルな取り組みへの挑戦は、どうしても初期投資や追加コストが必要になる。しかし、正しい取り組みをしていれば、それは必ず将来的にプラスとなって還ってくるはずだ。きっと、地球に対しても、自分たちに対しても。
最後に、吉村氏は次のような言葉で締めくくった。
吉村氏:「同社のデジタル印刷『エスプリ』(S-Pri)は、スピード、スマート、そしてサステナブルな印刷環境という3つのSを目指しています。『未来を創造するパートナー』として、お客様もパートナー様も社員も皆、ともに未来を支える一員です。これからも、同じ志を持った新たなご縁が広がればこんなに嬉しいことはありません。新しいパートナーシップで共に取り組みができることを楽しみにしています」
日本茶を愛し、日本茶業界を盛り立てたい――。株式会社吉村のその一心が、茶袋という枠にとらわれず、高い企画力と技術で日本茶業界にイノベーションをもたらしてきた。世界一の生産性は容易に達成できるものではない。それを支えているのは、同社の「人」であり、「チーム力」であり、ひいてはそれらにプラスの作用をもたらす「経営力」に他ならない。「この会社で働きたい」「自分にできる最高の仕事をしたい」、そう思わせる魅力と活力がこの会社には溢れている。社員とともに歩み、成長してきた同社は、まさに世界No.1の称号にふさわしい。
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