2021.12.3

ESGで変わる印刷バリューチェーンとビジネスモデル

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投資家や金融機関がESG投資に対する取り組みを加速し、国内でも大企業をはじめESG経営を事業運営における重要なテーマとして捉えるなど意識改革が進んでいる。しかし、バリューチェーンの中に組み込まれる中小企業にもその意識が浸透し、皆が同じ方向に向かって進まない限り、全体最適化は図られず、カーボンニュートラルを含めたESGへの取り組みは日本全体として進まない。環境問題は印刷業界においても喫緊の課題である。それは事業を脅かすリスクでもあるが、同時に新しい事業機会でもある。自社の向かおうとしている方向性や企業理念に基づき、どの課題を事業機会としてどう捉え、どのようにビジネスモデルや戦略に落とし込んでいくべきか。

ITサービスと紙を繋げるプリントプラットフォームを提供する株式会社グーフの岡本氏と、日本HP経営企画の甲斐氏が印刷業界のESGについて対談した。

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出版事例から見えるESGのビジネスオポチュニティ

従来の経済システムは、自然界から資源やエネルギーを採取し、それらを使って製品を製造し、使って廃棄して終わる「直線(リニア)型」といわれている。サーキュラーエコノミー(循環型経済)は、廃棄されるはずの製品や原材料を新たな資源を捉えて活用する「循環型」の経済の仕組みである。ここ数年でサーキュラーエコノミーへの転換に向けた取り組みが加速しているが、印刷業界はどうなのだろうか。

岡本氏(以下、岡本):サーキュラーエコノミーは、どこをスタートに考えても循環し、価値の連鎖が起きるという手段です。現在の印刷業界では、FSC認証紙やグリーンプリンティング認定への対応などが進んでいますが、3R(リユース・リデュース・リサイクル)の発想は、まだ印刷物の製造という「モノづくり」の中だけで完結し経済合理性が担保できません。なぜ作るのか、作ったものがどのように運ばれるのか、それがどのように使われて、使用後はどうなるのか、使われなかった在庫はどうなるのかと考えをどんどん広げていき、循環の概念をビジネスに取り入れて価値を創造していくことが大切です。

甲斐:直線型の経済モデルの中で3Rを実践するだけでは循環型経済は実現しないということですね。

岡本:その通りです。たとえば、出版物を例に考えてみましょう。雑誌や書籍が一定の命を遂げると、取次会社や出版社に返品されます。裁断され古紙として再生されるものや、改装されて再販流通される場合もありますが、マーケットは広がりません。それは、あくまでも出版というライフサイクルの中でクローズした考えでしかないからです。

では、発想を転換し、廃棄物に新しい価値を与える「アップサイクル」に視野を広げてみます。一旦役割を終えた紙から、元々の商品とは全く違うものを生み出すのです。書籍や雑誌などに使われた紙は、もう一度印刷物を作るという前提がなければ可能性はぐんと広がります。そして、どの企業と一緒にアップサイクルをするかによって、紙に違った目的が生まれてきます。たとえば、雑誌Aに出稿している化粧品ブランドBが、出版社Cと組んで、廃棄されるはずの紙を活用し、サステナビリティに繋がり、かつ捨てられないような性質のものに転換させた場合、紙には全く新しい命が吹き込まれます。年間千億円単位の規模ともなる返本廃棄物を活用してビジネスにすれば、新たな経済の機会が生まれます。

自社のモノづくりの中で完結して考えると、資材を調達して商品を納めてしまえば役割は終わりです。再生エネルギーや創成エネルギー、再生材の活用はもちろん重要ですが、ESGはガバナンスであり、参加する各社がバリューチェーンもしくはエコシステムに参加する責任を理解しなければいけません。

甲斐:印刷会社は、古くから紙に付加価値をつけてきました。美しく加工するという意匠(デザイン)面や、耐水性や抗菌性をもたせる機能面での付加価値もありますが、新しい環境社会においては、まずいかにCO2を排出せずに生産(印刷)するかも深めていかなければなりません。この付加価値は一つのビジネスです。木は紙に変わり、印刷会社が付加価値をつけて市場に出す。そう考えると紙は一つの通過点です。印刷され、使用された紙は、次には別のものとして生まれ変わる。これがサーキュラーエコノミーです。そして、ここにはまだ新しいビジネスがありません。これを機会として捉え、新たにビジネスを作り出せば、仕組みをプラットフォーム化できるかもしれませんし、そうなれば、その先のあるレイヤーを制する可能性を秘めています。

循環型経済を形成する新しい試みは、ESG経営が重視される今がチャンスです。サステナブルな社会や経済への転換を全世界が求めており、今なら日本も含む多くの国の金融機関や政府も融資してくれる可能性が高いですし、日本に限って言えば、事業再構築補助金などの制度もあります。ただ、研究開発が必要になる部分も大きいのでその方法は考えなければなりません。

岡本:研究機関や大学との産学連携も一つの選択肢です。例えば、信州大学や九州大学などは研究活動の支援や産学連携のマネジメントを行う組織を学内で設け、積極的に取り組んでいます。大学のキャンパスには人がいて、多様性があり、需要と供給が発生し、まるで小さな町のように経済社会が形成されているので、プロトタイプとして実証実験をしやすいのだと思います。

同じ印刷業でも、R&D(研究開発)機能を持つ会社とそうではない会社があると思います。ただ、直接的に研究開発をやらなくても、影響を与える有識者としてプロジェクトに参加することはできるはずです。その中で、実現可能な基礎技術や応用技術をベースに、自分たちに何ができるかを見出せるかもしれません。紙やラベル、インクの研究は、自分たちのビジネスと遠い話ではないはずです。

今、100点満点は取れなくても、ESGを見据えて新しい循環を作り出すために行動を起した人が将来を創っていくことになると思います。自社の能力と技術、そして社外の組織と連携しながらできることをやる。1社でできなければ、パートナーと関係を構築してやればいいのです。

ESGをビジネスモデルの中心として捉える

甲斐:新しい循環は、繰り返し使う「リユース」と、再度資源として生かす「リサイクル」に大別されますが、どの業界であっても基本的に考え方は一緒ですね。

岡本:もはや再生させる前提でものづくりをデザインすることが必要だと思います。再生できないものは損をすると考えた方が良いかもしれません。これが、そもそもサーキュラーエコノミーの目指すところです。

甲斐:HPは再生プラスチックの生成や基準値の制定をイギリスのある研究機関と一緒に開発しています。実際の活用としては、使用済みのペットボトルを海に流れ出る前に回収し、再生プラスチックにする仕組みを作っています。プラスチックは一旦海に流出すると微小なマイクロプラスチックとなり回収が困難です。海に流出する前に回収されたプラスチックごみをオーシャンバウンドプラスチックと呼びますが、それを最貧国の一つであるタヒチで回収することによって、雇用を生み出すことにも成功しています。回収したペットボトルは溶解し、5つの樹脂に分け、それを固めて、再生プラスチックを新しい製品の部品として使います。

いま、私が使用しているPC(HP Elite Dragonfly)は、オーシャンバウンドプラスチックを活用した世界初のノートPCで、シャーシ、キーボード、ベゼルなど多くのパーツが再生材料で作られています。さらに、PC製品が寿命を終えた時は回収し、製品を分解して同じように再生プラスチックに戻し、次の製品を作ることで循環させています。もしかすると、ペットボトルはパッケージやラベルなどにも活用できるかもしれません。

岡本:再生するときに使えないものはゴミではなく、何かをプラスアルファすれば別の価値を生めるか、使えるのか、という発想が必要だと思います。そして、それが新しいマーケットになる。こういったことが明確に見えている会社はまだ多くないと思います。だからこそそこがチャンスなのです。

甲斐:みんなが気づいてからでは遅いということですね。

岡本:みんなが気づいてしまえば、標準化され、ある一定のルールが決まった後はそのマーケットに入れなくなります。5年後に入ろうと思っても難しいかもしれません。

サーキュラーエコノミーへの転換を実現するための一つの考え方に、製造業であればProduct-as-a-Service(PaaS)、つまりサービスがあります。製品を製造して終わりではなく、その製品をどのように利活用して社会の中で動かしていくかをサービスで考えてみるのも一つです。印刷は基礎、サービスは応用です。

甲斐:結局企業価値というのは、将来生むであろうキャッシュフローで、それを現在に割り戻したものが時価総額です。日本の企業経営は、どうしても短期の売上を重視しがちですが、長期思考でESG経営に取り組み、これまでとは異なる視点から新規ビジネスを創出できれば将来的なキャッシュフローの増加の可能性が広がります。これはもうビジネスの中核に進めると決めて資金を呼び込んで投資することが重要だと思います。

岡本:日本と海外の企業経営を比較すると、世襲や中小企業割合比率など違いはありますが、海外はクレジット型(投資型)で日本は貯蓄型だといえます。海外は、回転し続けることで価値が上がる文化が企業経営の中に根付いています。

甲斐:日本が利益の上手な使い方ができないのは、投資という考えがないからかもしれませんね。世界一個人預金額が多いと言われる日本です。金利がほぼ付かないのに銀行に預け、効率的な運用をしないのは金融教育が遅れているからかもしれません。

岡本:教育や価値観は根深い課題です。また、日本人は、忍耐強く、じっくりと時を待つことに長けている国民性ということも影響していると思います。バブルが崩壊して30年もデフレ傾向に耐えているのですから。結果として、今の20代の若者の資本や経済に対する価値観は、欧米のそれとは全く違います。アメリカでは、理系大卒の初任給が800〜900万円という企業も珍しくありません。企業は能動的に動ける優秀な人材を雇用したい。給与が高くても企業貢献度が高ければ長い目で見ればメリットが大きいと考えるのです。そういう人材を輩出して欲しいから、大学研究機関に対する投資も日本とは比べものになりません。

また、日本には平和な豊かさがあることも影響しているかもしれません。それでもバブル以降にリーマンショックがあり、東日本大震災があり、今回のコロナも耐え抜いて難が去ってくれればよいのですが、サステナビリティは人間が何とかしなければいけない地球全体の問題です。忍耐強く何もしないで耐えていれば通り過ぎる話ではありません。

パリ協定の前身である1997年の京都議定書の頃は、大半の人が統計の数値に半信半疑でしたが、どうやらそこで議論された数値も疑う余地もないことが明らかになりました。現在ある選択肢はESG経営に参加するということだけです。

経営者へのメッセージ

甲斐:一つ提案ですが、経営者がこのような議論をする時には、これからの経済を担う若い世代を入れるべきだと思うのです。これから先は、SDGsに関する教育をされた人たちが社会に出てきますから、問題意識を共有し、どこに向かうべきか未来についてしっかり話し合うべきだと思います。

岡本:大賛成です。自分たちの世代だけで解決することではありません。若者の参加がなければことは動きませんし、環境課題については、今まではこういうやり方でやってきた、という話は通用しません。

甲斐:まだ誰も経験したことのない新しい課題ですからね。

岡本:議論が発生した時に意見を押し付けるのではなく、過去の話は事実として伝え、現実を理解し、どこへ向かいたいかというストーリー(パーパス、目的)を共有できないと、未来へ続くロードマップは描けません。リーダーは、いつかは自分がいなくなる前提で今の意志決定をすることが大切です。変えていくという前提で考えれば、若い世代の力を借りないといけませんし、もしかすると印刷業以外の人たちの力を借りないとできないかもしれません。

甲斐:日本は若い世代の割合が少ないからこそ、意識して引き入れていかないといい社会を作れないと感じます。

岡本:今、ESG経営に取り組むことは経済合理性がありますし、人としての豊かさも生まれます。印刷業でも、モノづくりの中でしか収益を上げられなかった会社が、ESGの観点から何をすべきかを考えることがスタートだと思います。価値観を変えた時に新しいものが生まれるのかもしれません。

HP PrintOSが出た時は、生産工程の自動化や連携を可能にするだけではなく、グラフィックデータの制作編集など様々なアプリケーションが動作し、これはまさに印刷OSだと驚嘆しました。クラウドで他の地域のPSPとの連携も可能となり、HP PrintOSは、HP Indigoデジタル印刷機をBCPや適地生産への対応をグローバルで促進するハードウェアとして位置づけたと感じました。

甲斐:HPのプリンティング技術とコンピューティング技術が融合してこそ、その発想にいきついたのでしょうね。

岡本:グーフの「Print of Things」は、ライトタイミングで、正しいターゲットに、マーケティングを駆使した的確な内容で印刷物を提供するサービスです。従来、印刷物は特定の工場で大量に一括印刷され、そこから全国に配送するのが一般的でしたが、弊社は全国の印刷会社と提携することによって適地生産を実現しています。その際、どこの工場に空きがあり製造可能かを見極めて最適発注させるのが「GEMiNX(ジェミナス)」というミドルウェアです。HP PrintOSと連携することで、データを迅速かつスムーズに各地のHP Indigoデジタル印刷機に繋げることができます。

たとえば、100万枚のDMをある工場で一括印刷して全国配送した場合のCO2の排出量と、適地生産で印刷して配送した場合では、ガソリンが1案件で1万リットルの差が出ることが判明しています。サステナブルな視点では、配送距離や機械の効率的な稼働など、印刷以外のパラメーターも重要で、これらはテクノロジーの後ろ支えによって実現できると言えます。

私たちは皆、自分たちの土俵を今一度見極めるために視野を広げるべきだと思います。それは、この対談でも出てきたパートナーシップであり、研究開発であり、若い世代との会話によって深まるのかもしれません。世界では何が問われているのか、それに対して各社が新しい方程式を見つけることです。それは物流系かもしれないし、インフラ系かもしれません。方向性を決め、それを伝えるのはやはりリーダーの役割です。あとは機敏に動くこと、そして目標達成度合いを評価するためのKPIをESG経営の観点から見直すことです。それが、各社が模索しながら進む最適解への道だと思います。

ESG経営に取り組み、これまでとは異なる視点から新規事業を創出すれば、新たな顧客や市場を開拓できる大きなチャンスとなり得るだろう。これまでの成功パターンが正解ではなくなった今、進む先には険しい道のりが待ち受けているかもしれない。ただ、ESG経営に真摯に取り組めば、自ずと企業の健全性は高まり、新しいビジネスが生まれ、結果として企業価値も上がるはずだ。不都合な真実にも向き合い、ともに正しい解をさぐっていく、その一歩を踏み出せるかどうかは、企業の存在意義を問われる重要な経営判断となるだろう。

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株式会社グーフ CEO
岡本 幸憲 氏

1996年、デジタル印刷の可能性に魅了され印刷業界に転職。2012年、『すべてのITと連携する紙』『紙媒体のアプリケーション化』をテーマに、さらに上流レベルでのイノベーションを目指しプルキャストを共同設立(現:グーフ)。エンタープライズレベルにてWeb To Print及びデジタル印刷テクノロジーを活用した事業やサービスの企画・デザイン・プロジェクトマネジメントを担当。現在では国内に留まらず、グローバルなプロダクション連携の実現を目指し活発に活動。印刷テクノロジーの進化と共に実現が可能となるダイナミックな企画で、データドリブンな時代だからこそ活きる紙・印刷を追求し続ける。

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株式会社 日本HP 経営企画本部 部長
甲斐 博一 氏

大型IT機器の営業職を経験したのち、約20年IT業界にてマーケティングに従事しながらB2C、B2Bともに幅広くビジネスを経験。ECビジネスの立ち上げにも携わり従来のマーケティングに加えデジタルマーケティングの特長も活かし独自のマーケティング施策を数々実施。各キャンペーンでは統合型設計に加え、クリエイティブディレクションにも携わる。現在は、経営企画本部にて全社視点からマーケティングを切り口に事業部別のDXを計画、実装していく役割を担う。サステナビリティへの取り組みに関する啓蒙活動も展開中。

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