2020.03.27
VR活用が進展すると、ビジネスシーンはどう変わるのか
株式会社ハロー 取締役 赤津 慧 氏
2020年現在、VR市場は指数関数的な成長段階にさしかかっている。「仮想現実」と訳されるこの技術は、いまや遊びの範囲を拡大させるためのツールとしてだけではなく、様々なビジネスシーンでも活躍の幅を広げているのだ。そのインパクトを「AI(人工知能)以上に世界を変える」と評価する声もあり、人々の私生活や働き方を変えるのも時間の問題と見られる。では何故、VRの利用シーンが急速に増え始めたのか。そして今、VRのどのような活用例に注目すべきなのだろうか。「VRが変える これからの仕事図鑑」(光文社)の著者であり、XR(AR/VR/MR)技術を活用したコンテンツ制作などを手掛ける会社ハローの取締役 赤津慧氏に話を聞いた。
赤津氏が所属するハローは、XR技術を用いた映像制作やVTuberの企画開発、YouTuberのプロデュースといった事業を展開するコンテンツプロダクションだ。同氏はニューメディアプロデューサーとして、これらの企画全般を手掛けている。また、近年は大阪大学との産学連携を通じたロボット開発の他、メディアアートといった空間演出も行っており、活動の幅を広げている。
著書で触れられているように、「VR元年」と呼ばれた2016年を経て、VR市場は確実に勢いを増している。IT専門調査会社IDC Japanのレポートでは、2019年~2023年の5年間におけるAR/VR市場の年平均成長率は78.3%と予測されており、その成長スピードにも加速が見られるのだ。では、この背景にはどのような要因があるのだろうか。この点について赤津氏は次のように分析する。
「市場成長の要因として、ハードウェアの進化とソフトウェアの革新が挙げられます。ハードウェアについては、ここ3~4年でハイスペック化・低価格化が進んでおり、急速に一般の方へVRが普及した印象です。例えば、FacebookのOculus Go(オキュラス ゴー)が2万円台で発売されましたし、外部センサーを使わずにHMDのみでVR空間を歩き回れるOculus Quest(オキュラス クエスト)も一般の方が手に届く価格帯になりました。これまではVRを体験しようとすると、ゲーミングPCとヘッドマウントディスプレイを買うために30万円弱はかかっていました。それが5万円前後で済むようになった影響は大きいでしょう。
ソフトウェアについては、『ソーシャルVR』といった新たなプラットフォームの影響が大きいと感じます。これは同じVR空間内にログインした複数人でコミュニケーションをとれるもので、いま急速にユーザー数が増えています」(赤津氏)
新たなテクノロジーが市民権を得る上で、製品の低価格化は必要不可欠だ。そして、ひとたびユーザーが増え始めると、ネットワーク効果によって技術の普及が爆発的に広がる。今、VRはキャズムを越えて、次のステージに足を踏み入れたといっても過言ではないだろう。
一方で、会議などのビジネスシーンについてはどうだろうか。この点について赤津氏は、VR会議の例を挙げた。
「現状は会議の参加者全員がVRデバイスを持つ必要があるため実現に向けたハードルがあるものの、今後はバーチャル空間で会議をすることも増えてくると予想します。通常の会議では、人間の動きを必要以上に注意深く見てしまったりするものです。でも、VR会議では過剰に他の人の顔色を伺う必要がないので、本質的な議論ができると感じます。
最近浸透しつつあるテレビ会議も便利ですが、資料の共有や感覚的な事柄を説明する際に課題が残ります。その点、VR会議ではホワイトボードのようにその場で図を書いたり資料を貼ることもできますし、ジェスチャーでも伝えられます。さらに、資料が三次元の場合、その場に3DCGを表示させつつ、議論ことも可能です」(赤津氏)
VR会議では周囲の環境全体がバーチャル空間となるため、参加者は議論のテーマや提示された資料に意識を集中しやすく、通常の会議より資料の提示や情報共有にも長けているという。無駄な情報を削ぎ落すことに加え、伝達される情報を拡張することでビジネスコミュニケーションを円滑化できる点は、VRがもたらす新たな価値の一つなのかもしれない。
VRが様々な可能性を秘めていることは疑いようもない事実だ。では、そのビジネス活用を進めるにあたり、どのような視点を持つことが有効なのだろうか。企業のR&D部門との共同事業や、大学との技術開発といった経験を踏まえ、赤津氏は次のように述べた。
「VR技術を事業やサービスに応用する上では、技術的に実現できること、人々が求めるもの、法律などで規制されていること、といった3つの交点を考える必要があります。この3つのタイムラインを描き、半歩先の2~3年後に何が来るのかを見極めながら、研究開発を進めたり、プロダクトをつくったりすることが大切です。なので、例えば5Gといったトピックスだけに気を取られるのではなく、それによって人々のニーズがどう変わるか、世の中がどうなるのか、といったことを複合的に考えるようにしています」(赤津氏)
先端技術を用いた新たな体験を創造する上では、早すぎず、遅すぎずといった絶妙なタイミングで勝負を仕掛けることが求められる。そうした点を踏まえると、数年後を見据えた上で今行うべきアクションを導くことが必要だという。そして、その具体例としては、今話題のVTuberがあるとのことだ。
「日本では、人間がキャラクターに恋をする、というオタク文化が確実に根付いています。そこにVRとモーションキャプチャー技術が重なることで、リアルタイムでキャラクターと対話できる仕組みが生まれました。そして、これら人間のニーズと新たな技術の接点を最初に捉えたのが、世界で最初に生まれたVTuberのキズナアイ(Activ8社)です。弊社ではキズナアイから少し遅れて「響木アオ」というVTuberを世に出しました。VTuber事業を始めて2年目になりますが、その間に世の中で生まれたVTuberも8000~9000と急速に増えています。先端技術を活用する上では、このように半歩先を常に模索する姿勢が欠かせません」(赤津氏)
実際の利用者にVRコンテンツの最大の魅力を聞くと、その多くが「没入感」というキーワードを口にする。そして、ハードとソフトの双方が急発展を遂げた今、数年前に開発されたVRコンテンツとは比べ物にならないくらい高品質な体験がもたらされているようだ。こうした品質向上の動きを受けて、ビジネスシーンにおける活用事例も増えている。
「例えば、賃貸物件の内覧をVRで行うサービスがあります。気になっている複数の物件を自宅から直接内覧し、そのまま賃貸契約を結べるようなサービスも既に出てきています。この他、施行前の段階で家を建てた後の生活イメージをVRでプレゼンテーションする、といったことも行われています。まだ建設前のタワーマンションの40階の部屋を買おうかどうか悩んでいる方に対して、そこからの景色をVRで体験してもらう例も登場しています。ここではドローンを地上40階の高さまで飛ばし、それを基にVRコンテンツを制作するようです。
このように、見えなかったものを見えるようにできることは、VR技術の一つの特長といえます。これまではパンフレットを見せて販売していたものが、本物に近い空間を体感してもらって販売できるようになる。想像してもらうのではなく体験してもらった上で購入の決断をしてもらえるようになるので、営業する側に必要なスキルも変わってくるのではないでしょうか」(赤津氏)
こうした新たな潮流は、不動産や建設業界のみならず、教育分野にも見られるという。
「例えば、海外へ留学に行こうかどうかと悩んでいる方が、現地の大学の授業の様子をVRで体験する例もあります。いずれは、リアルタイムで実際の授業にVRで参加する例も出てくるでしょう。そうなれば、その場で挙手をして現地にいる先生に質疑応答したり、現地にいる生徒と英語でディスカッションしたり、といったこともできるはず。リアルタイムで授業を体験し、留学先を検討するといった動きが広まれば、留学を斡旋するエージェントの方々の働き方も変化するはずです」(赤津氏)
顧客に対して空間や体験を提供するビジネスでVRを活用すれば、「場所」の概念を超えて価値を共有できるようになる。この他、VRのトレーニングプログラムを提供し、より短い期間で技術の取得を目指す試みもあるという。製造現場の作業員や、サービス業のスタッフに向けた研修指導プログラムがそれにあたる。
「自動車の生産工程のソリューションとしては、整備士の方のトレーニング用のAR(拡張現実)やMR(複合現実)コンテンツが考えられます。ARで実際の整備プログラムを一度作ってしまえば、世界中の工場にそのプログラムを展開することが可能になるでしょう。加えて、MRであれば実際に作業を進める手の動きや部品に重ね合わせてガイドの映像を表示できるため、『この部品をこの部分にはめ込む』といった指示を一目瞭然で伝えられます」(赤津氏)
研修指導プログラムを映像化する企業は既に多く存在しているが、複雑な手順や細かな手の動きを用いて学ぶ上では、空間上で動作を伝えられるAR/MRコンテンツに軍配が上がるようだ。また、空間上の映像表現であれば、言語の壁を越えられる点も大きなメリットだ。
最後に、VR活用が進んでいるとされるコンテンツ産業について聞くと、既に従来よりもコストダウンと短納期化を実現している例を紹介してくれた。新たな体験価値を創造するのみならず、生産性向上にも寄与する「モーションキャプチャー」の活用だ。
「VTuberとモーションキャプチャーを使った映像制作手法であれば、絵を1枚1枚描く方法と比べて短期間、かつ低コストでの納品が可能になります。もちろん、3DCGで作っている分、品質を追求するとコスト過多になる可能性も否めません。しかし、かわいいショートアニメを作るような企画であれば、手書きやフラッシュアニメと比べて3分の2程度のコストで制作できるのではないでしょうか」(赤津氏)
インターネットやスマートフォンに加え、映像系サブスクリプションサービスの普及により、アニメ作品にも短サイクル化の波が押し寄せている。こうした課題がある中で、VR活用が新たな解決策となるのか、今後の動向が注目される。
今回紹介された以外にも多方面で活用が進むVR技術だが、その可能性は日々広がり続けている。おそらく、人々の認識を変えるのみならず、体験のあり方や日々の習慣を変えるところまで及ぶだろう。赤津氏はこうしたVRのポテンシャルについて、次のようにまとめた。
「100年後に人間の進化論を振り返るとき、VRは必ず登場する技術だと思います。人間のコミュニケーションのあり方を再考したり、5年後、10年後の当たり前を創ったりする上でもVRが重要な意味を持つはず。VRのこれからを知りたい、考えたいと思う方にぜひ本書を手に取っていただきたいです」(赤津氏)
*本記事は 2020年3月26日 JBpress に掲載されたコンテンツを転載したものです
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