2021.05.14

ソフトウェアファーストで印刷業界に変革を起こす。カスタマイズプリントサービス「Agile Light(アジャイルライト)」の底知れぬポテンシャル

「異業種共創」は、いかに実現したのか?

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 日本の印刷業界に変革を起こす、画期的なサービスが誕生した。

 印刷事業を手掛ける株式会社イースト朝日が、ウェブシステムの企画・設計・開発を行う株式会社ランプライトと協業で、カスタマイズプリントグッズのECショップを作るためのサービスである「Agile Light(アジャイルライト)」を開発。すでに、とあるスポーツチームではこのサービスを活用し、ファンが選手の写真を選び、カスタマイズカレンダーを制作・オーダーできる仕組みが実現している。

 アジャイルライトの開発では、HPが提供する産業印刷用のオペレーティングシステムである「PrintOS」が活用された。可変データを自動生成するツールである「PrintOS Composer(コンポーザー)」とECショップをAPIで連携したシステム開発事例は国内初であり、デジタル印刷の特性を生かした画期的なサービスの誕生は印刷業界の未来を大きく変えるだろう。

 今回は、アジャイルライトが開発された経緯や、このサービスが印刷ビジネスにもたらすインパクトについて、イースト朝日 東京事業部 本部長 黒木 潤侍氏とランプライト 代表取締役 佐藤 祥氏に話を聞いた。

HP デジタル印刷機
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なぜ印刷会社が、システム開発会社と協業できたのか?

―― 両社で協業し開発したサービスの内容を聞かせてください。

佐藤: 協業して開発したのは「アジャイルライト」という、カスタマイズプリントグッズを販売するECショップ構築のサービスになります。

株式会社ランプライト 代表取締役 佐藤 祥氏

 システムの仕組みは、HPの産業印刷用オペレーティングシステムであるPrintOSの一つのモジュールである「PrintOS Composer」を活用し、可変データの生成から、HP Indigoデジタル印刷機でプリントするまでの一連の工程をワンストップで実現します。発注者は、ECサイト上で写真とグッズ(商材)を選ぶだけで、自分だけのアイテムを入手できるのです。

 カスタマイズプリントグッズを販売するECサイトは、すでに多数存在しています。しかし、オンラインでオーダーこそ受けるものの、印刷の現場を見てみると、印刷会社が可変データの生成から印刷完了まで、全ての工程を手作業で行っている場合が少なくありません。

 アジャイルライトは、カスタマイズプリントグッズのECショップにありがちなアナログの工程の多くを自動化します。

 費用の観点でもメリットが多く、初期費用は不要、注文を受けた分だけ費用が発生する仕組みなので、リスクゼロでカスタマイズプリントグッズのECショップを開設することができます。これは印刷会社にとっても、コンテンツを保有している企業やブランドオーナーにとっても大きなメリットだと言えます。

―― 協業はどのように実現しましたか。

黒木: 3年ほど前に、私から声をかけさせてもらったのがきっかけです。

 当時、デジタル印刷で担う小ロットジョブ対応の効率化に向けて、受注から印刷まで一連の工程を完全自動で担うシステムの必要性を強く感じていました。また、時代が確実にデジタル化していく中で、当社がデジタル印刷を活用したビジネスを更に伸ばすためにも印刷工程の自動化が必要でしたが、システム開発会社に相談すると、その開発には莫大なコストがかかるという課題に直面しました。

株式会社イースト朝日 東京事業部 本部長 黒木 潤侍氏

 どうにもならずに悩んでいたとき、電車で目に入ってきたのが「Startup Hub Tokyo」という東京都の創業支援施設の広告でした。そこで「一度相談してみよう」と行ってみたところ、日本IT特許組合の話を聞き、日本IT特許組合で再度「デジタル化の推進に協力してくれるところはないか」と相談したところ、佐藤さんを紹介していただきました。

佐藤: 私も日本IT特許組合の古参メンバーでしたが、数あるシステム会社のなかから当社を紹介いただけたのは、フレキシブルに動けるだろうという点がポイントだったかもしれません。

―― IT企業と印刷会社という、専門分野が異なる企業同士が協業するにあたって、どのように互いの理解を深めたのでしょうか。

佐藤: 私も、最初は印刷業界について何も知らなかったことで、試行錯誤はかなりありました。そもそもデジタルで印刷データを作り、それをデジタル印刷機で刷っているのに、それぞれの作業が分離して一体化されていなかったところに困惑しました。

黒木: 確かにIT業界から見れば、不思議だったと思います。それでも佐藤さんは印刷業界の理解を深めようとかなり努力して下さり、互いの専門分野のすり合わせは比較的早かったと思います。

佐藤: ただ、はじめにこの話を聞いたときは、かなり複雑な作業のため、自前でシステムを開発するとなれば長い道のりになると感じましたね。想定される開発費も数千万円という規模で、当社でビジネスの種として育てていくには、期間的にもコスト的にも苦しいという話を隠すことなく黒木さんに説明しました。

 開発にかかる時間とコストの観点から完全に行き詰まった状況でしたが、PrintOSの登場によって、実現の可能性が一気に高まることになります。

PrintOSとHPのサポートで一気に前進

黒木: 佐藤さんに初めて相談したタイミングでは、まだPrintOSはリリースされていませんでしたからね。

 実は、当時の私は素人考えで「簡単にできるだろう」とたかをくくっていました。ところが、相談するうちにシステムの難易度が非常に高いことがわかり、他のシステム会社にも打診してみたものの、途中でその会社が手を引いてしまい、一気にお先真っ暗になってしまいました。

 解決策が見つからない状況下でしたが、当時イスラエルで開催されたHPのグローバルカンファレンスに訪れたことが大きな転機となります。そのカンファレンスの場でPrintOSが発表され、「これなら自分の考えていることが実現できるんじゃないか」という思いが強まり、帰国後して佐藤さんにPrintOSを紹介したところ、一気に話が進みました。

佐藤: 「やるぞ」と決まってからは早かったですね。この1年ほどで、一気に作業も進んでいきました。

―― HPから、ビジネス開発の戦略実行支援はされたのでしょうか。

黒木: 基本的には自発的に理解を深めていきました。ただ、疑問があればHPは非常にスピーディに答えをくれましたね。

佐藤: 私としては、システム開発を進める中でHPのサポートサービスにはかなり助けられました。「どうもうまくいかない」「フォントがどうにも」といった抽象的な疑問にも対応してくれ、レスポンスも非常に速かったです。

 しかも、マニュアル通りの対応ではなく、非常にフレキシブルに応じてもらえました。「メールでは伝えにくいので電話でもよろしいでしょうか」と言われ、本当に電話がかかってきたときは驚きましたね。通常の大企業ではルール上できないような対応もしてもらい、本当に手厚い支援で助かりました。

 日本で「PrinOS Composer」とAPI連携したシステム開発は今回が初ということで、HPとしても何とか成功させたいという強い思いがあったのだと思います。

「アジャイルライト」で、印刷会社のビジネスモデルが変わる

―― 昨今はコロナ禍の影響で、スポーツチームも無観客試合を強いられ、会場で販売するグッズ収入も減少していました。そんななかで、カスタマイズカレンダーは新しい試みとして映ったと言えそうです。

黒木: アジャイルライトの仕組みは、実は営業側からすると全くリスクがありません。

 商品在庫を抱える必要はなく、システム開発の初期費用も必要ない。このサービスの内容を理解してもらえれば、即断即決で取り掛かれるECビジネスとなっています。

 私たちは、この仕組みが出来上がる前から先行して営業をかけていたので、スポーツチームのカスタマイズカレンダーはスムーズに事が運びました。

佐藤: 営業活動の状況は黒木さんから共有されていましたが、私たちはシステムを開発する立場のため、スポーツチームのカスタマイズカレンダーの受注によって、一気にスピードを上げて対応しました。

 繰り返しになりますが、アジャイルライトは初期費用がかからないサービスのため、多くの画像や写真素材を保有している企業であれば、活用しない手はないと思います。

―― 確かにスポーツチームであれば、写真素材に不足はなさそうです。

佐藤: スポーツチームとしても、パーソナライズグッズの販売は初の取組みということもあり、実際には様々な課題を内部では乗り越えていたと思います。ただ、ビジネススキームとしては基本的にリスクはないので、導入しやすいはずです。

―― 一方、システムのローンチまでには、様々な苦労やトラブルは絶えなかったのではないでしょうか。

黒木: すべてが初めてのことだったので、苦しいことばかりでした。それこそ、今考えたら当たり前のことですが、テンプレートファイルの命名規則などにも悩まされました。

佐藤: 本当に細かいトラブルは多かったですね。

黒木: ほかにも、API連携がうまくいかなかったり、今となっては「なんでこんなことを間違っていたんだろう」と感じることばかりでした。とはいえ、システム開発とは、そういうものだと思います。完成した今だからこそ、「こんなに簡単なのになんで苦労していたのか」と感じられます。

―― APIを使って、情報をWebからデジタル印刷機に流せばいいという、単純な話ではなかったと。

佐藤: いえ、言葉にするとその単純な話に間違いありません。ただ、初めての試みには、手間とエネルギーが必要になるものだと実感しました。

 そんななかで、作業の複雑性や規模の大きさにも関わらず、サブスクリプションモデルのPrintOSを使うことで、システム開発コストを非常に抑えられたのはありがたかったです。

 手法としても、APIでデジタルデータを受け取り、そのまま印刷工程に流していける点は先進的に感じました。他業界で実装させるのは難しいと感じていた、ITの最新の考えやフローに則っていたのは本当に驚きましたね。

 API連携の仕方も複雑ではないので、今後はPrintOSを活用する企業もどんどん増えてくると思います。

―― カスタマイズプリントの今後の展開として、カレンダー以外にフォトブックなど様々な商材が考えられます。深掘りする要素やニーズは感じていますか。

黒木: アジャイルライトというサービスを作ろうと考えたきっかけのひとつに、普段の仕事をしているなかで感じるストレスがありました。

 “印刷営業あるある”として、顧客からデータを受け取ったもののアウトライン化されていなかったり、決定していた入稿時間から遅れることは当たり前のようにあります。その上、価格競争は苛烈です。ところが、業界の中ではそれらの問題は誰もが抱えているストレスとして済まされてきました。

 ただ、私としては「仕事だからしょうがない」と納得するのではなく、「印刷業界自体を変えてやろう!」という思いがありました。印刷業界はいかに単価を落とすかということばかりを考えがちですが、私たちの考えは「いかに単価を上げられるか」です。こちらから価値を発信して、クライアントが満足できる商品を提供することで、単価上昇のきっかけになればと考えています。

 アイデアは色々あります。当初は美術館への提案として、収蔵している絵画の写真を活用し、来館者が自分の好きな絵だけを集めた画集を作るという構想がありましたし、現在も話を進めている提案として、ユーザーが自分の好きな料理だけを集めたレシピブックの作成などもあります。さらに、従来であれば学校ごとに統一されていた卒業アルバムも、生徒一人一人にカスタマイズして制作することもできます。アジャイルライトによって、そういった印刷物の提供が可能になるのです。

 しかし、印刷業界はまだそこまで柔軟な発想の転換ができるとは言い難い。なので、まずは私たちが「こんなこともできますよ」と示すことで、業界の考え方をガラッと変えていきたいですね。

ソフトウェアファーストで、印刷業界に変革を起こす

―― カスタマイズグッズは、発注者のオーダーメイド商品ですから、通常品より高い金額を支払っても欲しいと望む顧客も当然出てきそうです。

黒木: 単価を上げることで、ゆくゆくは売り上げを伸ばすことを狙っていきたいです。

 現在は、このシステムで実現したいことの8割はできていると言えます。しかし、今のところHPのデジタル印刷機のユーザー以外ではPrintOS Composerが使えないため、将来的なことを考えると、佐藤さんには汎用性のあるシステムを作ってもらいたいですね。

―― メーカーを超えて利用できるコンポーザーが望ましいと。

佐藤: そうですね。現状ではHP デジタル印刷機のユーザーにしかこのサービスの営業はできませんが、共通のシステムがあれば、他社のプリンターユーザーにも営業をかけられて、すぐにビジネスが成り立つ可能性もあります。

―― 今回のサービス開発の協業を機に、ビジネスの幅は広がりましたか。

佐藤: 2021年2月に開催された「HPユーザーカンファレンス」(HPデジタル印刷機ユーザーを対象とした年次カンファレンス)で登壇したことをきっかけに、HPデジタル印刷機ユーザーからのアジャイルライトへの引き合いが増え、いくつかの案件が実現しそうな段階まで来ています。

黒木: HPユーザーカンファレンスは当社でも大勢の社員が視聴していて、そこでアジャイルライトの価値が社内でも広く理解されました。アジャイルライトの開発、それを活用したビジネス展開が、今までとは全く異なる売り上げの作り方として、社内でも高く評価を受けていると感じています。

 コロナの影響もあり、今までは対面が主流だった営業にも変化は訪れるでしょうが、私たちとしては営業活動をしなくても、お客様から求められる存在でありたい。この理想が実現できたときは、コロナ以降のビジネスも進めやすいのではないか、と考えています。

佐藤: 当社としても、実際にシステムを構築したエンジニアをはじめ、変わったことをやりたいという社風があります。人々に使われるシステムをつくり、世の中の役に立つことをしたい、という思いが強いですね。

 日本の印刷業界でPrintOS ComposerとAPI連携する仕組みの構築は初の取り組みだったこともあり、アジャイルライトを開発できたことを社員も喜んでいましたね。

―― 最後に今後の展開について、考えを聞かせてください。

佐藤: アジャイルライトのポイントは、ファンや買い手が少ないケースでも価値を提供できるところです。

 そもそも、人気のある著名人やアニメ作品などは、従来の印刷手法でもロットを確保できるのでグッズは作りやすいものです。一方、人気がなければ在庫が残る可能性を懸念し、商品企画が成り立ちません。

 しかし、ファンや買い手が少ないことで従来のロット生産では実現できなかった企画も、アジャイルライトを活用すれば、大量生産することなく、1点物の商品を作ることができます。そうなると、ファンたちはグッズが手に入り、販売側も新しい収益源ができ、私たちもシステムを稼働でき、それぞれが幸福な関係を築けます。

 “クリエイターエコノミー”という言葉があるように、従来のピラミッドのトップ層だけで成り立っていた商売を、今後はピラミッドの裾野でも行えるよう、ビジネスを広げていきたいですね。

黒木: アジャイルライトによって、デジタル印刷機を活用したビジネスはさらに拡大するでしょう。これを実現して、個人的には印刷業界に変革を起こしたいです。これまでの常識や慣習に縛られず、新たなビジネスを生み出すことで、印刷業界を変え、顧客にとって真に価値の高い印刷物を提供することを目指します。

 そしてこれを実現するために、今後もランプライトのようなシステム開発会社やHPとタッグを組み、事業開発を絶え間なく続けていきます。

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