2020.10.12
経営者自らが進んでデジタルに触れることで会社全体のデジタルセンスを磨き 目の前にあるピンチを動いてチャンスに変える
印刷・DTP・ポスター、看板のプリント、デザインなどを手掛ける兵庫県姫路市の大和美術印刷株式会社では、オフセット輪転機を主力とする事業からの脱却を図り、デジタル印刷機を導入。販促用のペットボトルを提供する「販促水」などユニークな商品も手掛けてきた。新型コロナの影響で印刷業界全体が苦しい状況に陥る中、どうビジネスを展開しようとしているのか。共同最高経営者 兼 代表取締役の篠田直宏氏に話を聞いた。
――御社のこれまでの主力事業は販促チラシだと伺っています。コロナの影響は大きいのではないでしょうか。
篠田氏 当社の事業の85%は紙メディアで、折込チラシが60%を占めていますが、ご指摘の通り5月はチラシの仕事が大幅に減ってしまいました。普段ならGWは繁忙期なので大きな痛手です。6月、7月には盛り返して、前年比15%減程度になりましたが、依然として厳しい状況が続いています。
――立て直しを図るには何が重要になるとお考えですか?
篠田氏 大きな流れとして新しいビジネスに踏み出していくタイミングとスピード、そしてそれを進めていく人が重要だと考えています。また、いろいろな状況が訪れる中で、将来どんなビジネスが動いているのか。それを見定めて常にいくつかの角度から準備に取り組んでいます。
例えば、新型コロナが拡大する直前ですが、2月から試験的にECサイトを立ち上げましたがこのプロジェクトの中心となっているのは20代の女性社員です。自ら企画し、それをほんの数か月という単位で立ち上げました。今はBASEという無料のサービスを活用していますが、試験的に取り組む中で失敗も含めたノウハウを蓄積している最中ですが、最終的には当社の事業の一翼を担うようなビジネスに育てていきたいと考えています。まずは1000万円の売上を目標にしています。
こうした新規ビジネスを1つ1つ立ち上げて、その中で成功するものとそうでないものに仕分けをしていきながら、成功が見えてきたらそのビジネスを1億円規模に育てていきます。このサイクルをどれくらいのスピードでやるかということが自社の資産になっていくと考えています。その土台となるのがデジタルネイティブの発想です。社員一人ひとりにそのセンスを身に着けてもらうように取り組んでいます。
――印刷業界は日本の他の業界に比べてもデジタルシフトが遅れていると指摘されています。どのようにデジタル人材を育成されているのでしょうか。
篠田氏 デジタルな考え方は実際に触れてみなければ身につきません。躊躇せずにまずはやってみることです。その一つとして3,4年前から月2回のペースで開催してきた私自身が主催する勉強会を、今年3月からzoomに切り替えました。職場に大型画面のディスプレイを4台導入して勉強会や打ち合わせに利用したりしています。
また、昨年10月からはSkypeを使って、お客様にデジタル校正についての説明会を開催しています。社員たちが説明を担当し、11月―12月に6回ほど実施しました。デジタル校正という手法が広がり生産性があがっただけでなく、社員たちに成功体験を積んでもらい、デジタルの便利さを実感してもらうのが狙いです。こうした取り組みによってデジタル発想の範囲が広がりつつあります。ある意味強制的にデジタルの環境に身を置かざるを得ない状況をつくっていくことでそれが普通になっていくことを目指しています。
――デジタル化の土台はデジタル人材の育成だと言われていますが、日本ではなかなか実行できるものではありません。社員の方たちの抵抗はなかったのでしょうか。
篠田氏 アメリカに伝わる有名なジョークにアフリカに靴を売りに行った営業マンの話がありますが、そんな話をしながら、発想次第で景色は変わることを理解してもらって、みんなでチャレンジに取り組もうと盛り上げてきました。今のコロナ禍で新しいビジネスを生んでいくのは大変ではありますが、今がピンチなのかチャンスなのかは発想次第だと思っています。社内の危機感はデジタルトランスフォーメーションの追い風になっています。早く復活するために協力して欲しいという要請はしやすいですね。
また、当社ではスキル面においても以前から新しいことに取り組もうという文化を醸成してきました。多能工への取り組みがその好例です。現場のオペレーターにおいても専任を固定化させるのではなく、デジタルとアナログの両方を一人の人間ができるようにしてきました。今はコロナの影響で輪転機印刷の仕事はかなり減りましたが、デジタル印刷機の仕事は安定しています。
「機械が止まっても、人は止まるな」の考え方の元、人だけは動き続けられる形を作ってきたことが功を奏しています。
――ハイブリッド人材のオペレーション版ということですね。大変珍しい取り組みだと思います。
篠田氏 これには当社のこれまでの歴史が深く関わっています。当社はもともと大和産業グループの中核会社です。1919年創業の大和産業の事業は、姫路の地場産業であるマッチから始まりました。生活必需品であるマッチは広告媒体でもありました。マッチの外箱には金融機関やホテルなどの広告が印刷されていました。
やがて印刷の品質や納期管理にも高いレベルのものが求められるようになり、外注では対応できなくなりました。そこで当社が設立されました。1963年のことです。ところが百円ライターの登場で市場は大きく変化します。そこで30年前にオフセット輪転機を導入して、販促チラシ事業に参入しました。
12年-13年ほど前からその販促チラシの事業が減少し始めますが、その状況を受けここでも当社は新しい事業領域を開拓すべく動き出します。UVインクジェットプリンターを導入し、ポスターや看板、展示ブース、POP、オリジナル什器の印刷を受注し、厚紙印刷機も導入しました。
さらに7年前には日本HPの軟包装用印刷機を導入し、軟包装パッケージに進出しました。しかし、印刷だけでは受注できないために製袋機も導入して、販促支援事業を開始しました。そこからオリジナルラベルボトルの「販促水」、お米の銘柄と形状が選べる「販促米」、そして地場の素麺をつかった「販促麺」です。
このようにして、その時々の会社全体のビジネス状況にあわせながら、過去にとらわれず、環境変化に対応すべき分野を特定し投資を繰り返してきていますが、その時々の変化に応じて必要となる技術やスキルを社員にも身に着けていただくことで結果的にハイブリッド人材と生まれてきたのがこれまでの経緯ですね。
――印刷というコアのビジネスからかなり多角化しているように思いますが、需要の減少対応以外にはどんなお考えがあるのでしょうか。
篠田氏 単なる印刷会社として印刷を請け負うだけではなく、お客様が考えている“想い”を“形”にすることを大切にしています。目指しているのは、総合的な販促支援企業になることです。
そこで求められるのが、小ロットや短納期印刷であり、デジタル印刷機の出番となりますが同時にオフセット同様の安定した印刷品質も要求されることが多いです。デジタル印刷機はオフセット印刷に近い色味が実現できるものの、管理は大変です。小ロットでも印刷品質を安定させなければなりません。そこで豊富な経験を持つオフセット輪転機の担当者にデジタル印刷機も操作できるようにしました。ここでも多能工が生きているのです。
これまでも一人の人が当社にあるオフセット輪転機、オフセット印刷機、加工機、デジタル印刷機を操作できるように促してきました。毎年行われる経営方針発表会では、多能工化に取り組んだ部門やメンバーを表彰してきました。
このように状況の変化に対応しながら新しいことに取り組んできた歴史が、今のチャレンジする文化を醸成してきたのだと思っています。
――御社のそうした取り組みにとって、日本HPというのはどういう存在でしょうか。
篠田氏 常に知見やノウハウのない事業領域に取り組んできた当社にとっては、ありがたい相談相手です。これまでもHPのデジタル印刷機を導入してきましたが、クオリティ的にオフセットに近いこだわりがあり、印刷会社としては満足できています。
デジタル印刷機という点では他社製品でも機能面で満足できる部分はあると思いますが、ここで重要なのは単にオフセットをデジタルに変えるということではなく、ビジネスのフロント部分の変革が重要になります。単純にデジタル印刷機を導入したところで、デジタル印刷を中核に据えるビジネスは簡単にはとれません。これまで技術やオペレーターの話をしてきましたが、そこだけではなくお客様との関係性をより深くし、真のニーズを理解し、それを解決させていかなければなりません。マーケティングや販促周りに関する総合的な相談相手になるには、営業を始め意思決定機構など会社の機能全体を変革させなければなりません。またデジタルを中心とする新しいビジネスは過去の印刷屋としての経験からは残念ながら生まれてきません。世の中の流れをきちんと理解し、お客様と有意義な話し合いをしていかなければならないのです。そこでワールドワイドに事業を展開しているHPには一日の長があります。世界で生まれている面白い事例はもちろん、日本の中の先進事例や考え方の紹介や共有など、日々私たちの新しい取り組みについて常に寄り添って一緒に課題解決に取り組んでくれていて、有り難いと思っていますし、それがHPさんの強みだと認識しています
――デジタル化のメリットを引き出すには、印刷方法だけでなく、ビジネススタイル自体も変えていくことが必要だということですね。
篠田氏 減ったと言っても販促チラシの仕事量はまだそれなりにあります。この部分はこれからも大切に守っていきます。同時に大事なのはお客様クライアントの企業とお客様の向こうにいる最終顧客との接点をステップアップしていくことです。印刷会社としてではなく、クライアント企業のメンバーになったつもりで販促を考えていく!そんな発想が求められていると思います。お客様との関係を強化しながら、フレキシブルにデータを可変していくとか、印刷物も紙ではなくサンプルの形で提供すると言った発想の転換が必要です。
真のデジタルトランスフォーメーションを実現させ、未来でも活躍できる企業になっていくために、どんなビジネスを今開発すればよいのか、そのためにどんな人材が必要なのか、HPさんにはそういう課題や疑問に対するサポートも期待しています。