2020.04.17
すばやいプロトタイピングで消費者インサイトを可視化
株式会社プラグ 代表取締役社長 小川 亮氏
<Interviewer>
株式会社日本HP パーソナルシステムズ事業統括 コマーシャルマーケティング部 部長 甲斐 博一
甲斐:近年、教育分野のみならずマーケティング領域でも「デザイン思考」の考え方が注目されるようになってきました。中でもプラグはリサーチとデザイン、双方の専門領域からマーケティングに取り組んでいます。まずはプラグの事業領域についてご紹介いただけますでしょうか。
小川氏:プラグは5年前にリサーチ会社とデザイン会社が合併してできた会社です。社内にはデザイナーが約30人、リサーチャーが約30人おりまして、メインの事業はパッケージデザインと、顧客満足度調査・広告効果の調査・グループインタビューといったマーケティングリサーチ業務となっています。
この2つの専門領域を強みとして、徹底した観察をもとにしたデザインコンセプト開発~デザイン思考にもとづいた製品開発、そして製品開発において生まれたデザイン案の評価まで一気通貫して取り組んでいます。
甲斐:これまで、どのような製品のパッケージ開発を手掛けてきましたか。
小川氏:食品、飲料、化粧品、日用品が多いですね。例えばキッコーマン デルモンテの「HEALTHY GARDEN クランベリー&ざくろ」や「オリーブオイル」「HACOSALAD(ハコサラダ)」、日本製紙クレシアの「スコッティ ウェットティシュー」、興和の「キューピーコーワαドリンク」、「バンテリンコーワ」などがあげられます。
甲斐:ECサイトなどデジタルのみで販売が完結するようになり、One to Oneの製品や可変プリントを駆使したDMなども増えてきました。マーケティングの潮流の変化に伴い、パッケージはどのように変化しているのでしょうか。
小川氏:元来、パッケージには「チラシ」と「ブランディング」という2つの役割がありました。製品を店頭で販売する場合には、商品の名前や機能、使い方、成分などを事細かにパッケージに記載し、なおかつブランドイメージを消費者へ浸透させなければなりませんでした。
しかし、ECサイトで売る場合には、ウェブサイト上で商品説明や機能、使い方などを説明してしまえばいいので「チラシ」の役割は不要になります。例えば、先ほどもご紹介したキッコーマン デルモンテ「HACOSALAD(ハコサラダ)」という野菜ジュースは、「LOHACO(ロハコ)」という通販サイトのみで販売している商品です。
小川氏:すると、どんな野菜が含まれているか、どんな栄養素が入っているかなどをパッケージで訴求する必要がなくなります。よって、パッケージの情報量を削ぎ落としながら、同時にデザイン性を高めることができます。
今はまだここまで情報量の少ないパッケージデザインを店頭で買うのは抵抗がある消費者もいるかも知れませんが、ECサイトで見慣れてきたら、店頭でも売り出されるようになるかも知れないですね。
甲斐:近年のパッケージデザインを活用したキャンペーンで、印象に残っているものはありますか。
小川氏:当社が手掛けたものではありませんが、ソーシャルメディアでのupを前提として設計されている種類が豊富な可変プリントを使った例などは面白かったと思います。
甲斐:小川さんは「デザイン思考」を駆使したパッケージデザインをリサーチから評価までワンストップで手掛けていらっしゃいます。改めて、「デザイン思考」についてお教えいただけますか。
小川氏:「デザイン思考」とは、2000年代に入って世界的デザインコンサルティング会社のIDEOが提唱した考え方で、消費者を深く理解し仮説・検証を繰り返しながらより良いデザインを模索していく方法のことを言います。
「デザイン思考」を行うプロセスでは、3つの大切なフィロソフィーがあります。
この考え方を踏襲しながら開発を行うのが「デザイン思考」を用いた商品開発です。
甲斐:その中でパッケージデザインはどのような役割を果たしているのでしょう。
小川氏:消費者が欲するデザインを可視化するプロトタイピングの役割を果たしています。これまでパッケージデザインとは、メーカーの製品開発部が担うもので、コンセプトを的確に伝え、ブランドを体現するものであるという考え方が主流でした。いわば一方通行で開発が進んできていました。
しかし先ほど申し上げた「デザイン思考」では、「早くたくさん失敗しよう」ということが重要になってきます。もう少しかみくだいて言うと「失敗してもいいし、間違っていたらやり直してもいいから、いろんなメンバーで集まって消費者の欲するデザインをいろいろ試してみよう」ということなんですね。また、顧客が求めるものは何なのかを追求していくことも大切です。だからまずは徹底的にターゲットの生活を分析し知るところから始まります。ターゲットとなる人の生活を見て感じて、すぐにデザインに落としてみる。
この時、ターゲットとなる消費者の求めるものについて、一度具体的な絵やイラストなどでビジュアライズしないと開発チームにも消費者にも伝わりません。そこでまずプロトタイピングを制作してみるのです。これがパッケージデザインの大切なプロセスと役割です。
甲斐:パッケージデザインを活用して実際にどのようにプロトタイピングしていくのか、もう少し詳しく教えていただけますか。
小川氏:私たちは下記の4点プロセスをたどっています。
例えば、きれい好きな50代主婦のキッチンを拝見させていただいた時は、キッチンには5~6種類もの除菌剤がおいてあり、用途に応じて使い分けていらっしゃいました。それだけでなく、1日3回料理の後は必ず熱湯でキッチン全体を滅菌するという念の入れようだったのです。
この観察の結果、開発チームからはドライヤータイプの「ポータブル滅菌高温スチーマー」を開発してはどうかという商品コンセプトが生まれました。それをもとに、他社のスチームアイロンを活用してプロトタイプを作成。それをユーザーである主婦に実際に見せてニーズを再度深堀りするデプスインタビューを実施。そこでまた受け入れられるところとそうではないところを発見。プロトタイピングを繰り返し、最終的には「除菌スチーマー」という商品イメージへと昇華させていきました。
あるいは子どもの教育に熱心な40代主婦のご家庭を観察させていただいた時は、子どもとの絆を深めるため一緒に料理をつくる時間を大切にしていることがわかりました。その主婦は、子供と料理をするために、簡単に餃子をつくれる器具を購入したと言います。
その話から着想を得て、私たちは「子どもとつくる食育キット」を考案。専用の抜き型に入れた肉をフライパンで焼くと、クマなどのキャラクター型ハンバーグができあがるという仕組みです。その後、ユーザーである40代主婦にも意見をもらいながら、今度はもう少し年齢の高い子どもに合わせてトマトの実を育てるところからつくる「トマトパスタセット」や、「手打ちそば体験キット」をシリーズ化する案を考えました。
このように、プロトタイピングを行い、その結果をユーザーにぶつけることで新しいアイデアが生まれたり、デザインや商品コンセプトがブラッシュアップされていきます。
プロトタイピングを行う上で、ユーザーから「こんな商品はいらない」と言われることが特に重要になってきます。それによって、何度もデザインをやり直すことができ、消費者の求めるプロダクトにどんどん近づいていきます。これぞ「より早く、よりたくさん失敗を重ねる」という「デザイン思考」の考え方ですし、デザインドリブンイノベーションなんです。
甲斐:プラグではAIを使ったパッケージデザイン開発も行っているそうですね。どのように行っているのでしょうか。
小川氏:2017年に「PLUG AI」という「パッケージデザイン評価AI」サービスを開発しまして、おかげさまで「ディープラーニングビジネス活用アワード」特別賞を受賞するなど各方面から高い評価をいただきました。
これはどのようなものかというと、当社が約20年にわたって蓄積してきた5240枚のパッケージデザインと、500万人以上の好意度調査結果をもとに、どのようなパッケージデザインが消費者からの好意度が高くなるのかを予測できるAIモデリングです。この予測AIについては、東京大学と協働でアルゴリズムを開発したものです。
具体的には、消費者の目線がそのパッケージデザインのどこを見ているのかを示すヒートマップや、好意度理由をイメージワードで可読化、20~50代と年代別で好意度を予測できるようなダッシュボードを提供しています。
例えば、メーカーの場合、新しい商品をリリースしようと思ったらパッケージデザインだけで20~30案くらい検討していきます。通常のリサーチなら、その中から実際に調査にかけるデザインを3~5案までに絞り込む必要があります。
【好意度予測スコアの算出】
消費者がどの程度デザインを好むかをスコア化
※男女別、カテゴリーユーザー、年代別も算出できる
【ヒートマップ】
デザインのどの部分が好意度スコアと結びついているか
【デザインイメージの算出】
524万人の自由回答を集約した「おいしそう」「かわいい」「シンプル」「高級感・上質感」など19のデザインイメージのスコアを算出デザインのどの部分が好意度スコアと結びついているか
ところが、AIによる好意度予測なら最初に出した30のデザイン案すべてについて丸ごと好意度を予測できるようになります。ダッシュボード上にデザイン案をアップすると、ターゲットがそのデザインのどの部分に視線を合わせているのかをヒートマップで表現し、どんなイメージを抱くのか瞬時に言葉を浮かび上がらせ、またどれだけ好意度を持つのかをスコア化します。すると、それまで膨大な予算と時間をかけて行っていた大規模な消費者調査がいらなくなり、ほんの数分ほどで30案すべての好意度予測について5段階評価で知ることができるようになるわけです。
世の中の変化スピードが劇的に早い今の時代、マーケターにとって時間を生み出すことも重要な仕事なんです。この「パッケージデザイン評価AI」によって、やらなくていいタスクをごっそり捨て、製品開発チームが他の仕事に打ち込む時間をつくれるようになりました。たくさん出したデザインアイデアの中から、特に推したい案があった時は何度もブラッシュアップし、改良するたびにこのダッシュボードでスコアをチェックすれば、より良いデザインの追求にも活用できます。それに加えて、情報漏えいのリスクもありません。絶対に守秘しなければならない新商品の情報も、「PLUG AI」のプラットフォーム上で調査を行えば、SNSにアップされるなど外部に漏れることはありません。
甲斐:広告主は過去の調査と比較して納得度が深まるでしょうし、どのデザインを採用すべきか社内を説得しやすくなりますよね。また、自分自身の新たな発見にもつながるかもしれません。ちなみに、パッケージデザインにおけるサステナビリティについては、どのようにお考えですか。
小川氏:これから大切になる大きなテーマですね。中途半端なスピードでやらずに、とにかく素早く取り組むことが大切です。スピードこそが、企業や商品のブランドイメージに関わるのではないでしょうか。
甲斐:今の時代、サステナブルな製品開発のポイントは、消費者を巻き込んでいくことのように思います。例えば、2018年にネスレさんが発表した「2025年までに包装材料を100%リサイクル可能、あるいはリユース可能にする」という宣言もすばらしいと思います。キットカットというブランドへの愛を深めながら、メーカーと消費者が一緒に地球環境を維持していこうとする姿勢が素敵ですよね。
小川氏:仰る通りで、日本コカ・コーラの「いろはす」がヒットしたのも同様の理由です。「飲み終わった後の容器を、小さくつぶして捨てられる。あなたのその行動が地球のためになるんですよ」と、新しい行動を消費者に提案したことがエコに関心のある消費者の行動を変えたのです。今の時代、社会や地球のためになることをしたいと思っている消費者は多いですので、「社会貢献意欲」の高い消費者心理をモチベートしたり、変革するようなパッケージデザインを生みだせれば、これからの時代のヒットに繋がるのではないかと思います。
<インタビューを終えて>
商品パッケージの価値とはいったい何だろうか?インタビュー中ずっと考えていたが、まだ明確な答えは出ていない。パッケージは商品となるものを包み込むものであることは明らかだが、商品そのものととらえるのか、あくまでも商品の周りに存在するものか、ずっと考えている。世の中は、製品を作り出す時代からサービスへの時代と変遷し、そして体験提供の時代に向かいつつある。コトラー教授の著書「Marketing 4.0: Moving from Traditional to Digital」から学ぶことの中心は、顧客の自己実現支援であるが、これを体験に重ねて考えてみるとおぼろげながらパッケージの役割が見えてくるように思う。顧客を個ととらえるかマスととらえるか、スモールマスといわれるセグメントされた集団ととらえるかはマーケティング戦略そのものだが、いずれにしてもターゲットされた顧客の体験を彼らの自己実現を支援するもの、つまり彼らの生活の一部になじませ、なんらかの形で満足していただくにはどんな提供の方法があるか。商品がもつ本質的な価値と個客の自己実現との間に入り、パッケージができることは何か?マーケターや商品企画を担当するものは考え続けなければならない。
デジタル印刷テクノロジーは確実にその命題に対して向き合っていける技術である。ターゲット設定における非マス化の進展、表現力の幅としての素材とインキの多様性、そしてサステナビリティを意識することも生活者の自己実現の一部になろうとしている。今から10年後、これらのことを意識した多様なパッケージが店頭を中心に並んでいる姿が目に浮かぶ。それとはまた違ったEC商品やD2C商品のパッケージもバラエティ豊かに存在しているだろう。そんな今の延長ではない商品パッケージの可能性について強く感じるインタビューとなった。
長い印刷技術の歴史の中、我々の持つデジタル技術が貢献する社会はまだ始まったばかりである。