2022.05.20

木戸製本所が取り組む企業変革
その取り組みと狙いを木戸敏雄社長に聞いた

株式会社木戸製本所 木戸社長インタビュー

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株式会社木戸製本所 代表取締役 木戸敏雄 氏

株式会社木戸製本所は、新潟市東区津島屋に本社を構え、創業以来70年以上にわたり、本や雑誌、パンフレット等に加工する製本業に携わってきた本づくりのプロフェッショナルだ。情報を見やすく美しく、手軽に提供するという技術を活かしながら、人々の想いや感動を表現する情報文化を作り出すことを軸に、現在、製本・自費出版・システム開発という3つのグループ会社を運営している。紙媒体の需要減少や電子書籍の台頭により、印刷業・製本業を取り巻く環境は日に日に厳しさを増している。そんな中、同社は製本加工で培った技術とノウハウ、そしてデジタルテクノロジーを活かし、果敢に新分野を展開している。その取り組みと狙いを木戸敏雄社長に聞いた。

製本業からの事業領域拡大

―― 創業から現在に至るまでの沿革について教えてください

「木戸製本所は、初代社長である父、木戸新太郎が1949年に創業しました。当社は、新潟の印刷会社をお客様として、上製本から並製本まであらゆる製本を手掛けています。私が社長になったのは1993年、35歳のことです。当時、印刷業はまさに成長期にあり、単色機から2色、4色、8色機へと変わり、生産性も上がって事業を拡大している時期でした。2000年に、世界最大の印刷機展drupaに初めて参加しましたが、その年はデジタルdrupaとも呼ばれ、いよいよデジタル印刷が始まるのだと肌で感じたのを覚えています。モノクロのオンデマンドプリンターを導入し、オンデマンド印刷(以下、ODP)事業部を立ち上げたのがその頃です。

しかし、デジタル印刷機を導入しても、お客様である印刷会社のビジネスとバッティングしないビジネスを考えなければいけません。製本のノウハウを活かしてODPも活用できるよう、2004年にODP事業部を分社化させて、株式会社ミューズ・コーポレーションという、女性9名から成る自費出版の会社を設立しました。ちょうど世の中が変わりつつある時期で、女性が活躍する社会になるべきだという風向きがありました。

一方で、製本のビジネスは、成長期に設備投資を続け、第2工場を設立し、3チーム365日3交代で大量の仕事に対応していました。大ロットの製本設備に加えて、小ロットの製本で上製本までできる設備も導入しましたが、2007年をピークに製本業は右下がりに下降、同じ年に父が他界します。そんな時、新しいことを始めたいと考え、HP Indigoデジタル印刷機を導入しました。2013年のことでした。

その後、HP Indigoデジタル印刷機を回すために、フォトブックメーカーのソフトウェアを導入したのですが、モノを作って販売するよりも、プラットフォームをビジネスとして展開する方が成長性はあると考え、2015年に、フォトギフトのプラットフォームシステムを開発・販売する株式会社GiHを立ち上げました。

2017年、木戸製本所のオンデマンド製本特化部門として、全国の印刷会社向けに1冊から少部数製本を提供する『入船製本工房』を東京にオープンしました。日本には少部数でハードカバーの上製本を製造してくれるところがあまりないように思います。上製本は耐久性に優れ、長期保存にも適した美しい製本ですが、値段的に針金や糸などで簡易的に綴じられた並製本に流れてしまう。そうではなく、簡単に少部数で上製本を作れるところが当社の強みです。

現在は、木戸製本所、ミューズ・コーポレーション、GiHの3社で協業し、本づくりを通して人々の心を豊かにする『ブックエンターテイメント』を掲げて活動しています。

広がる女性活躍の場

―― 今から20年以上も前に、女性活躍を掲げてミューズ・コーポレーションを設立したのは、時代に先駆けた取り組みだったのでは?

「そうですね。今でもグループ全体で女性が7割を占めています。製本の仕事は女性に向いているのだと思います。印刷の現場は女性が少ないものですが、HP Indigoデジタル印刷機はパソコン操作で扱いやすく、木戸製本所では女性社員がオペレーターを務めています。

ミューズ・コーポレーションは、私と妻が取締役ですが、妻はもともと銀行の総合職として働いていました。当時は産休を取る人も珍しく、育休などありませんでしたから、産後6週間で職場復帰をしています。ミューズ・コーポレーションでは、女性が働きやすい短時間勤務体制も選択できるなど、当時としては珍しい制度も積極的に取り入れました。そういう意味では、妻は『働く女性』として後輩女性たちの前を歩き、道を作ってきた人だといえます。そして、やはり女性とコミュニケーションを取りながら仕事をするのが上手ですね。

ミューズ・コーポレーションは、全国の一般のお客様を対象として、短詩系と呼ばれる文芸に特化した自費出版を手掛けています。主に、俳句、短歌、詩集、エッセイなどです。その他にも、自分史やメモリアルアートブックなど、大切な思い出を綴る世界に一冊の本を、お客様の相談に乗りながら丁寧に作り上げていきます。初めて自費出版の本を作られる方でも、女性の視点ならではの細やかな心配りで相談に乗らせて頂くので、お客様から大変喜ばれています」

―― 製本業からの事業拡大として、最初に自費出版を展開されたのはなぜですか?

「実は、製本業として社長を継いだものの、なかなか夢やビジョンを描くことができないでいたのです。製本業は下請け要素が強くて、自分たちで仕事を作り出すことが困難です。納期や価格も自分たちで決めることができず、仕事がたくさん入れば、本来であれば喜ぶべきところ、従業員のモチベーションは下がりみんな下を向いてくる。価格を自分たちで決められないビジネスは従業員を幸せにできない、そういう仕事をこのままやっていていいのか、と疑問に感じていました。

そんな時、妻の母が他界し、追悼集として『忘れな草 大好きな奈那子さんに捧ぐ』という上製本を作ったのです。これが当社の自費出版第1号となりました。今見れば組版などもうまくはないのですが、義父が毎晩その本を抱きしめて寝ていたという話を聞き、一人でも多くの方に『この本を作って良かった』と感じてもらえる本を作りたいと思ったのです。『抱きしめたい本』をつくるというのがミューズ・コーポレーションのコンセプトです。当然製品基準は厳しく、丁寧に真心を込めて本づくりをしています。一人ひとりの想いをカタチにする、そんな本づくりをお手伝いするのが私たちの使命です。

ミューズ・コーポレーションは、句集・歌集の自費出版を最も得意としていますが、コロナ禍で句会を開けないという声を受けて、文芸を楽しむ方々がオンラインで交流できる『短詩の広場』を立ち上げました。自由に作品を投稿できるのですが、今後は自分の作品をマイページに保存し、一定数たまると句集を作れるようなサービスを展開する予定です。マイページからクリックすると、簡単に印刷・製本されて自分の手元に句集が届く。俳句人口はいまや1000万人ともいわれ、ブームにもなっていますから需要は広がるでしょう。

自費出版の仕事はそれほど利益が出るものではないですが、私たちは『売れる本』を作るよりも、『お客様に喜ばれる本』を作りたいと、それを何よりの原動力として仕事に向き合っています。本づくりを楽しむ姿勢がお客様にも伝わるのか、仕事を通してたくさんの感謝の言葉を頂いたり、毎週のように御礼として名産品やお菓子などが贈られてきたりと、お客様に愛していただいていると感じます。

ビジネス成長を後押しするWeb to Printプラットフォーム開発

―― その後どのような経緯でシステム開発という新分野に展開されたのでしょうか?

「製本業に加えて自費出版もやってきたわけですが、ビジネスとしては頭打ち感があり、どこかでブレークスルーしたいという思いがありました。そこで注目したのがフォトギフトです。印刷の市場は縮小していますが、ギフト、特に儀礼的なものではなくパーソナルギフトが増えている。安倍内閣の時代には、国内戦略のひとつとして『マスカスタマイゼーション』がありましたが、個々の顧客のニーズに合わせたフォトギフトを展開する方向に進めば成長できるのではないかと考えたのです。

ちょうどそんな時、新潟でインターネットサービスを立ち上げた友人に新規ビジネスの話をしたところ、面白そうだから一緒にやろう、ということになりました。その友人が、WebデザイナーとEコマースの技術者に声を掛け、4人で取締役となって開業しました。これが、システム開発会社GiHの誕生です。

GiHは、フォトギフトの印刷サービスをWebで販売するためのプラットフォームシステムを開発しています。印刷会社の多くは、初期費用やシステム人材不足などの課題を抱え、オンライン通販に乗り出せないでいるのが現状です。2020年秋に販売開始した『Print Door』というサービスは、Web to Printを手軽に始められる入門パッケージとして、ランディングページ作成からWeb自動見積・受注システム、印刷データの生成・管理まで、印刷通販のDXを一貫してお手伝いします。カレンダー、フォトグッズ、保育園や幼稚園の卒園アルバムなどのパッケージがありますが、製本業ではもともと印刷業との付き合いが長く、印刷業のビジネスやニーズを理解した上でシステムを開発している点が他社との差別化となり、お客様から高い評価をいただいています」

―― GiHのプラットフォームで実際にWeb to Printを展開されている事例を教えてください

「TAOPIXをベースに開発した『オンデマンドトランプ』は、Web to Printのプラットフォームシステムで、専用サイトからPCやスマホでお気に入りの写真をはめ込むだけで、簡単にオリジナルトランプやかるた、カードを作ることができます。トランプやかるたに好きな写真や絵柄を入れられるので、卒園記念品やノベルティなどでよく使われています。

また、『IDカードセルフ』という社員カードの専門の印刷サービスのプラットフォームもあります。Web上で、社員IDカードを自分で組版して作れるサイトです。組版エンジンを積んでおり、自動面付をしてUVインクジェットのプリンターで刷るというシステムを組み込み開発しています。

さらに、フォトストレージシステムも手掛けています。例えば、空手の大会の写真をダウンロードできるサービスでは、空手の組手や学年などで画像を絞り込むことができ、ショッピングカートに入れてスマホにダウンロードしたり、自分のフォトアルバムを購入したりできます。このような大会や発表会は写真が大量にあり、選ぶのも一苦労ですが、それを手助けするようなシステムを作っています。フォトショット数は増加の一途を辿っていますし、フォトブックはギフトとしても広がるので、ビジネスチャンスがあると思います。

小さな印刷会社は、大企業と違ってオンラインで物を売るのは簡単なことではありません。しかし、そういった会社は地域密着型の活動や付き合いがあるものです。地域の発表会などオフラインの活動も数多く開催されていますし、『オフライン to オンライン』の施策は、今後の印刷会社のDXに必要な道となるのではないかと感じます。GiHは、印刷会社のDXを支えるパッケージを提供していきたいと思います」

―― 新型コロナウイルスはビジネスにどのような影響を与えましたか?

「製本は商業印刷分野が多いので、全体で1割くらいのビジネスが減りました。また、ミューズ・コーポレーションでは、毎月東京の句会に取材に行き、『喜怒哀楽』というコミュニティマガジンに掲載して受注につなげていますが、今は人と会えないので、そういった点でもマイナスの影響を受けています。ただ、オフライン句会システムを考案したのは、やはりコロナの影響ですから、逆に交通費や移動時間を使わずに句会に参加できるというメリットも見出せました。困難な状況から新しい発想が生まれることもあるということですね。

一方、GiHは非対面型のサービスですから問い合わせは増えています。DXを意識した相談も増えていて、DXを成長軸として取り組まれている会社も多いと感じます」

オフライン to オンラインで開拓する新しい市場

―― 今後の事業戦略について教えてください

「オフライン to オンラインで新たなビジネスを展開していきたいと思っています。世の中には生産性を向上するためのDXは多いですが、受注の分野はあまりありません。まずは自分の代で20億円までビジネスを成長させ、最終的には100億円を目指します。もちろん、現在の製本や印刷ギフトだけでは達成できない大きな目標なので、その先には別のマーケットを創っていきたいと思います。

これからデジタルの世界では、新しい印刷の切り口が出現し、新しいモノづくりができる時代になっていくでしょう。当社も、フォトギフトのプラットフォームビジネスを成長させるために、HPデジタル印刷ユーザー会である Dscoopのオンラインサービス構築勉強会に参加して、印刷業界のDXについて勉強しています。

最近の趣向を凝らしたホテルにはライブラリが併設されているように、本が人の心を豊かにすることは間違いありません。本づくりを通して人々の心と生活を豊かにしたい、私たちはそういう想いで仕事をしています。ブックエンターテイメントグループとして本づくりを楽しみたいというのがひとつ。そして、お客様はもちろん、働いてくれている社員の心も豊かであってほしい。お客様に喜んでもらえることが嬉しい、社員と一緒に汗を流すことが嬉しい、そう思ってもらえたらこんなにいいことはありません。

もちろんそれには豊かな生活も必要です。印刷業や製本業の年収は、他の業種に比べて決して高くはありません。これまでのやり方では高い年収を望めませんから、単価の安いものを大量に製造するのではなく、付加価値が高く、単価の高い商品やサービスにシフトしていきたいと考えています。フォトサービスでも、低価格でスピード重視のサービスではなく、一生の記念として渾身の一冊をつくりたい、そう思っています」

いかに電子化が進もうとも、紙の本にはそこにしかない魅力がある。手触り、紙やインクのにおい、ページをめくるワクワク感。そして、本の世界感を表現する美しい装丁は、フィニッシングの専門家である製本業の仕事があってこそのものだ。木戸製本所は、印刷業を最大のパートナーとしながら、次々と事業領域を広げ、市場を開拓してきた。事業多角化によるグループ会社3社は、本づくりを愛する木戸氏が、本という文化を衰退させないために切り拓いてきた道であるが、それは同時に、低迷する市場に布石を打つ企業変革でもあった。しかし、同社が目指す山頂はまだ先だ。新しい時代における本の価値を、フォトギフトによる喜びを、次々と出現する情報技術と融合しながら創造し、この先もさらに高い頂きを目指して挑戦を続けていくだろう。

株式会社木戸製本所

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