2022.04.08

ESG経営は必ず儲かる!急激にシフトする日本企業の今をもとに印刷業界への影響を考える

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2020年のカーボンニュートラル宣言を皮切りに、日本でも多くの企業でSDGsやサステナビリティへの取り組みが本格化している。取引先やお客様に環境対応を問われるなど、肌で感じている方も多いだろう。では、実際に印刷業界ではどこまでその影響が波及しているのだろうか?ESG経営は何から始めたらいいのか?どのように取り組むべきなのか?やらないという選択肢はあるのか?そのリスクは?多くの疑問が渦巻く中、ESG経営の根本となる考え方から、印刷業界での取り組みの実態、今後起こり得る影響、先進事例などから、ESG経営が必ず儲かるという見解を紐解き、事業をプラスに転じるためのオポチュニティ要因を探っていく。

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株式会社グーフ CEO
岡本 幸憲 氏
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株式会社 日本HP 経営企画本部 部長
甲斐 博一 氏

ESG経営とは?

―― ESG経営の概念・目的・経済規模について教えてください。

甲斐:「SDGsは、2015年国連サミットで満場一致で決議された2030年までに達成すべき17の国際目標です。ESGは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の3つの要素を企業が経営に組み込むことで、SDGsという『目標』に向かう『手段』となります。2006年、ESG経営に取り組む企業を評価して投資をすべきだという『責任投資原則(PRI)』が提唱され、日本では2015年に最大の投資機関であるGPIF(年金運用機構)がPRIに署名したことから本格的にESG投資、そしてESG経営が始動しました。

ESGの構成要素であるEnvironment(環境)は、環境保全や環境負荷低減への取り組みが求められますが、中でも最重要課題は気候変動です。このままいくと、2100年頃までに気温は4℃上昇するとされ、パリ協定では気温上昇を2℃より低く保ち1.5℃に抑える努力をすることが合意されました。日本はそれを受け2020年に政府がカーボンニュートラルを宣言し、2030年までのCO2排出量削減目標を26%から46%まで引き上げました。同時に、政府は61兆円の設備投資を行い、再エネ化を進めると宣言しています。他国も同じ状況にあり、2030年までの10年間が勝負だといわれています。2050年に2℃以下に抑えられるかどうかを左右するターニングポイントが2030年なのです。

Social(社会)は、人権や人材の多様性などの取り組みが含まれます。Governance(企業統治)は、取締役や監査会に独立性や多様性を持たせる、後継者を立てるなど、企業が長く存続していくための取り組みが含まれ、いずれも持続可能性と連動します。

では、ESGで何が変わるのでしょう。2014年に米ベントレー大学のシソディアが書いた『The Firms of Endearment』(愛される企業)でSPICEというステークホルダーモデルが提唱され、企業は株主だけではなく、Society・Partner・Investor・Customer・Employeeに対して全方位的に価値を提供すべきだという概念が広まりました。それは、従来の短期的な利益の追求から中長期的な視点に変わることを意味します。企業の持続的な成長を支えるのがESG経営であり、環境を犠牲にした成長や、成長を犠牲にした環境はありません。どちらも犠牲にしないのが、我々が目指すべきESG経営なのです」

印刷会社のESG経営を考える

日本の印刷会社のサステナビリティへの取り組み実態

日本HPは、2022年2月に国内の印刷会社およびコンバーターを対象とした「サステナビリティへの取り組みに関する調査」を実施し、188件の回答を得ている。ここではその一部を紹介したい。

■環境負荷低減に関する各社の取り組み状況:

  • 「積極的に取り組んでいる」が23%、「ある程度取り組んでいる」が60%、「あまり取り組んでいない」が17%。
  • 現在の取り組みは、「リサイクルの実施(刷版、損紙、古紙、インキ缶等)」(113件)が最も多く、「環境に配慮したインキの使用」(101件)、「FSC用紙の使用」(81件)と続く。「再生可能エネルギーへの切り替え」や「CO2排出量の情報提示」はまだ少数に留まっている。

■お客様からの環境対応要求:

  • 「既に対応を求められている」が48%、その内訳は「FSC用紙の使用」(76件)と「環境に配慮したインキの指定」(61件)がトップ2を占めている。

■環境負荷低減に取り組むことの重要性:

  • 「重要性を非常に感じる」(35%)、「重要性をある程度感じる」(52%)を合わせると全体の9割近い。
  • 重要性を感じる理由としては、「会社のイメージダウンにつながる」(131件)、「お客様から仕事が来なくなる」(110件)が多く、「金融機関から融資を受けられなくなる」、「ESG調達の選別対象となりサプライヤーとして排除されるリスク」を挙げた人もいた。

■環境負荷低減に関する取り組みを自社の経営上どの程度重視するか:

  • 「最優先課題として取り組む」(5%)、「複数ある課題の一つとして取り組む」(75%)、残りの20%は、「まだ予定がない」、「わからない」と回答。

―― この調査結果をどのように見ますか?

岡本氏(以降、岡本):「思ったよりも取り組まれていると嬉しく感じました。ただ、FSC用紙やグリーンプリンティングなど、環境対策の第一歩で終わってほしくないとも思います。エコだけではなく、カーボンオフセットに向けて何ができるのか、現在の仕組みをどう変えられるか、印刷産業の視点から活動を積極的にリードして欲しいと思います」

甲斐:「最優先課題として取り組まれている5%の会社は素晴らしいですね。今や取り組むべき課題、とりわけCO2の削減はどの産業にも当てはまり、みんなでやらないと解決しません。印刷業界は以前から環境を意識してきたと思いますが、印刷業界だけに閉じていたこれまでと、これから挑むべく目標へのアプローチは全く違うものになります。調査結果ではまだ取り組みが少なかったCO2削減や再生エネルギーへの移行などを今後はもっと増やしていかなければ持続可能性は保てません」

―― 企業がブランド力や企業評価を高めるためには、どのようなESG経営が必要ですか?

岡本:「まずは、モノづくりにおける無駄を省くことです。そもそも必要なものしか作らないことを徹底するだけではなく、原材料、燃料、従業員のリソースなど、あらゆるものに無駄がないかを見直します。次に、コンプライアンスの維持、つまり環境規制への準拠やの維持など、変動要素に対してPDCAを徹底しているか。そして、最も重要なのは炭素排出量の削減です。製品やサービスのライフサイクル全体を通して排出される温室効果ガスをCO2に換算したものが『カーボンフットプリント』ですが、脱炭素が叫ばれる今、企業は自ら排出する炭素に責任を持ち、カーボンフットプリントを可視化しなければなりません。

今まで印刷会社は、材料を調達し、インクを乗せ、加工し、運べば良かった。これからは、どこでどのように作られ、どのように運ばれ、どのようにリサイクルやアップサイクルされるのか、エコシステム全体で環境対応が求められ、お客様やパートナと仕組み化していくことが必要になります」

―― 中小規模の印刷会社がESG経営に取り組むことは難しいと考える人もいますが、やらないという選択肢についてはどのように考えますか?

甲斐:「例えば、企業規模での形勢差をエネルギー移行の観点から考えてみます。日本はまだ再生可能エネルギーの単価が他国に比べて高く、石炭火力に依存しているのが現状です。政府は2030年までに石炭火力をゼロにするとしており、企業が調達するエネルギーは再エネに変わっていくでしょう。大企業は、現在石炭火力を使用するに当たり、電力会社から優遇を受けています。優遇を受けていない中小企業の方が化石燃料のコストと再エネのコスト差は小さく、再エネに移行しやすいとも考えられます。再エネ化は日本全体でやらなければなりませんし、時間軸が設定されている以上、早く規模を拡大しコストを落とさないといけない。早く移行を宣言すれば、再生エネ提供者から色々な提案を受けられる可能性も高く、決して中小企業が不利だということはありません」

岡本:「地方自治体単位でも多くの取り組みや実証実験が進んでおり、山梨県では水素発電の実証実験が進んでいます。地域の中小企業や地元のコミュニティも多く関わり、連携しながら活動しています。サステナビリティへの取り組みは、何も大企業や政府だけがやるものではありません。今ある社会課題をどうしたら解決できるのか、それは社会を構成する全ての人に関わることです。組織体系がシンプルな中小企業の方が新しいモデルに移行しやすいかもしれない。企業規模に関わらず、自分たちが何をするべきかを考え、まずはCO2排出量の可視化や削減への取り組みを宣言することが大切です。可視化や情報開示の価値が高まる流れの中で、できないという答えは持っていてはいけない、そんな現実がもう間近に迫っています」

甲斐:「今はESGの取り組みを指標に投融資するようになっていますから、宣言すれば投資を呼び込める可能性も高まります」

岡本:「現段階では、企業規模に関わらず先行者利益が大きいといえます。ただし、変化する課題に柔軟に対応し続けられることが成功のポイントです」

―― 印刷発注者からのESGに関わる相談はどのようなものがありますか?

岡本:「これまでの大量印刷、大量廃棄モデルに疑問を持たれているブランドオーナーは多くいます。例えば金融系企業は今回の法改正で信じられないぐらい大量の印刷物を廃棄しなくてはなりません。ESGを追求する企業は、ここからどう脱却すべきかを考えている。マーケットの多様化に環境要因が重なり、結果として適地生産や適量生産が求められています。企業の存在価値を再定義するリパーパスや事業のリデザインを行い、サプライチェーン改善の一環として印刷物に目を向けるお客様も多く、Goofの適地生産、外部システムやサプライチェーンとの連携、データの可視化などに関する相談も増えています。

日本では生活者の意識はまだあまり高くありませんが、欧米では、アパレル、化粧品、食品、農作物に至るまで『サステナブルな努力をしていないブランドからは購入しない』と多くの人が表明しています。物を作って売れば利益を出せる時代は終わり、我々のお客様もそういう状況に追い込まれている。量や価格ではなく、付加価値を追求することが必要です。

紙はデジタルに比べて情報伝達能力が高い反面、結果として廃棄物を生み出してしまう。例えば、コミュニケーションを目的に作られたメディアを、店舗で回収できる仕組みを作り、資源に戻して作り変え、別の用途としてアップサイクルできればそこに循環型の経済が生まれます。本を資源として回収し、再生紙からまた本を作るだけではなく、一旦役目を終えた紙に全く異なる命を吹き込むなど視野を広げていくことです」

甲斐:「製造業にとってサーキュラーエコノミーは重要な取り組みです。従来の経済は、リニア型エコノミーと呼ばれ、サプライヤーから調達して製造し、お客様が使い、廃棄する。それに対してサーキュラー型は、使い終わった商品を捨てるのではなく、回収して新たな資源として活かします。古紙を溶解して再生紙にするようなマテリアルリサイクルだけでなく、資源を化学物質まで分解するケミカルリサイクルもあります。いずれにしても、生産工程の最初に戻すことが重要で、すべては回収から始まります。製造業は1社の取りこぼしもなく、このことを考えなければいけない。回収や再利用もビジネスであると考えれば、これはオポチュニティでもあります。回収を業界全体でやったり、再利用は新しい技術をもったベンチャーと提携したり、アイデア次第で可能性は広がります。サーキュラー型経済の中で新しいビジネスを創出していくことが大切です」

―― ESGに取り組むことで儲かる?

岡本:「回収はオポチュニティであるという話がありました。イギリスに、布の捺染印刷を手掛けるTシャツのブランドあります。このブランドは、印刷会社との合弁事業で、サステナブルを意識したいブランドのD to C を支えるインフラを提供しています。但し、エコ素材を使った受託製造や売り切りのモデルではなく、サブスクリプションを前提としています。汚れたり着なくなったり、一定期間が経った商品を交換できるのです。仮に、100トンのコットンTシャツを原反として、様々なブランドがTシャツを生活者に届けたとします。汚れたり、劣化したりなど不要になったTシャツは、捨てたり中古販売されたりせずに、全て製造元に返却され、リサイクルされます。リサイクルされたものは新たなTシャツとして生まれ変わり、半永久的にその100トンのコットンが、製造者とブランドオーナーとお客様の間を行き来するのです。印刷会社は原反を購入せず、印刷という付加価値をつけることで収益を生み出します。また、何回も売り上げを上げ続けるオポチュニティに恵まれますし、従来発生していたサプライの購入コストがなくなりキャッシュフローが改善されると同時に、リサイクルの技術が進んで拡大するにつれ、再生コストが下がると考えれば、従来のビジネスモデルよりも利益率が改善される可能性は大いにあるでしょう。また、『環境に配慮しないビジネスを続ける』というリスクを回避することにもつながります」

甲斐:「今、世界のESG投資は約3100兆円にものぼると言われ、まさに投資全体の1/3を占めています。日本は336兆円とまだ規模は小さいものの、年45〜50%の成長率で伸びており、それだけ投資はESGに傾いていることがわかります。また、SDGsビジネスに関わる市場規模は、17項目の1分野当たり、70兆〜800兆円※と試算されていることから、まず新規ビジネスの出発点となる投資を呼ぶことができる、あるいは株価が上昇し企業価値があがることが期待できます。(※デロイトトーマツコンサルティング試算による)

社会課題に対する目標であるSDGsを企業視点から実現させていくのがESGだとすると、ESG経営が失敗してばかりだと国や世界は立ちゆかなくなります。ESG経営は、サプライチェーン全体での取り組みが評価の対象となりますから、印刷発注者(ブランドオーナー)から見たサプライヤーである皆さんが取り組まなければ、ブランドオーナー自身もマーケットや金融機関から評価されなくなることから、結果として皆さんがサプライチェーンから排除されてしまう恐れもあります。儲かる、儲からないという以前に、市場からの退場宣告が待っているかもしれません」

―― 印刷会社がESGやサステナビリティで取り組むべきことは?

経営者層へのメッセージ
岡本:「印刷会社は、FSC用紙やグリーンプリンティングから取り組まれるのが一般的です。当然これらも必要ですが、そこで終わってはいけません。印刷業は日本の基幹産業であり、印刷は人々の生活や社会と密接な関係にあります。その道のプロである印刷会社は、印刷の持続可能な未来を発信できるリーダーになってほしい。そうすれば、印刷を必要とするブランドオーナーのビジネスやESG経営にも良い方向で影響できるはずです」

甲斐:「ESG経営では主に脱炭素の話をしてきましたが、新しい事業ポートフォリオをつくりましょう、というのが私からのもう一つの提案です。それは業態変容を意味します。新しい社会や環境の中でどのように新しいビジネスを作っていくのか、それは今の延長にはないかもしれない。そこを考え、一緒に大きな課題に取り組んでいきましょう」

未来を担う若手へのメッセージ
岡本:「まず、社会課題を自分ごとにしてください。こんな社会を作ったのは、もっと上の世代だという気持ちはわかります。ですが、現状を正しく知った上で、今何をすべきかを共に考えてほしい。社会は、デジタルを味方につけた若い世代の力を必要としています。持続可能な社会を作るには、あらゆる世代が一緒になって未来の可能性を議論すべきなのです。僕たちが上から押し付けるのではなく、若い世代と二人三脚でやりたい。未来のために、ぜひ一緒に動いてください。

甲斐:「私からは、若い世代に『アフターユー』という言葉を贈りたいと思います。日々子どもは生まれ、皆さんより若い後輩が今もたくさん育っています。その人たちのことを考え始めましょう。彼らの未来にあなたたちも責任がある。僕らも皆さんに責任がある。我々はその循環の中にいます。私たちは今、誰もが経験したことのない新たな課題に直面しています。土俵が変わるわけですから、これまでの成功体験から答えを導くことはできません。それだけに、経営者は若い世代の声を欲しています。グレタさんが動いたように、若い世代が動き出すことには大きな価値があります。間違っていても否定されても自身の考えを発信してほしいと思います」

――印刷は人や社会を豊かにするために不可欠である。岡本氏は冒頭にそう話している。今まで蓄積したムリや無駄を改めて、プリントテクノロジーで会社のサステナブルな活動を支援し、より良い社会を実現したい。その想いは世代を越え、多くの人に伝播していくだろう。地球にとっても企業にとっても、この10年が勝負だ。このままでは持続できないような世界を未来の世代に引き継ぐのか。私たちは「アフターユー」に何を残すことができるだろう?その問いかけを心に刻み、いま動き出さねばならない。

HP デジタル印刷機
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