2020.03.19
日本のマーケターが知るべき最新マーケティングの潮流
【名古屋商科大学ビジネススクール 牧田幸裕教授 取材記事】
DX(デジタルトランスフォーメーション)の重要性が叫ばれ、あらゆるビジネスにおいてデジタル化が加速している。日本企業も猛スピードでデジタルマーケティングに取り組む中、マーケターは何を大事にし、何に注力すればよいのか。著書『デジタルマーケティングの教科書』(東洋経済新報社)の中で、日本企業におけるデジタルマーケティングの在り方について警鐘を鳴らす、名古屋商科大学ビジネススクール 教授、牧田幸裕氏に日本のデジタルマーケティングの行く末について聞いた。
―― 日々教鞭をお取りになる中で、日本企業が取り組むデジタルマーケティングと、グローバル企業が実践するデジタルマーケティングにはどのような違いがあるとお感じですか。
牧田幸裕氏(以下、牧田氏) GAFAは今、彼らのビジネスの最終ゴールに「消費者の意思決定の代理人になること」を掲げています。例えば、欲しい物や行きたい店がある時、自分の代わりにAmazonや食べログといったサービスに頼ることがありますよね。つまり、レコメンドされた商品を選んだり、その店に行ったりして豊かな体験ができるなら、意思決定の主導権を行動履歴や自分の心の動きを熟知したサービスに委ねてしまう、ということです。
アメリカの企業はその消費者心理をよく知っていて、「消費者の意思決定エージェント」というポジションを各社で奪い合っています。同時に、デジタルマーケティングとは「コトラーのマーケティング」の進化系であるとも捉えています。やるべきことは、あくまでも消費者理解。そのためにデジタル技術を使って消費者行動データを取ろうと考えているのです。
ところが日本のデジタルマーケティングは、リスティング広告やリード獲得といった「コンバージョンに直結するWebマーケティング、インターネットマーケティング」に終始しています。その目的は「コスト削減」。デジタルマーケティングを含むデジタルトランスフォーメーションを行えば、すぐにコストが削減でき、効率よく売り上げが増えると考えており、「消費者理解」の重要性を理解していません。日本企業ではデジタル=コスト削減なんです。
―― なぜ日本のデジタルマーケティングは売り上げやコスト削減が目的になってしまっているのでしょうか。
牧田氏 努力せずともモノが売れた高度成長期を未だに引きずっているからだと思います。90年代までは市場が拡大し続け、需要は右肩上がりに増えていました。その頃必要とされたのは、とにかくたくさん生産して、いち早く店頭に並べること。すなわち「流通」がマーケティングの至上命題だったのです。
こういう時代のマーケティングに、消費者理解はいりません。どれだけ多くのモノをつくり、店頭へ届け、棚に並べるかが勝負。「売れ、売れ」の世界です。今の日本の経営者はこの時代に、現場の第一線で体を張っていた人たちです。その考えが染み付いている日本の経営者にとって、主役は営業。棚を取り、商品を卸す人が偉いと捉えられているわけです。
一部のマーケターの間で「日本はセールスドリブンだ」と言われているのは、こうした背景があります。長い間日本市場では「マーケティング=流通」、あるいは販促、販促支援など、裏方的存在だと捉えられてきたのです。
―― 2000年代以降は、高度経済成長期の「棚取りマーケティング」はすでに終わりを迎えているのではないでしょうか。
牧田氏 仰る通りで、この30年はモノが飽和し需要が減ってきた道のりでした。それによって、90年代はインターネットマーケティングがの始まりと時を同じくしていますので、さきほど申し上げた通り効率化を目指してデジタルを使いはじめ、デジタルでのコンバージョンに向けてPDCAをデジタルの世界でまわすことに躍起になり、それが一巡してコンバージョンの限界を感じ、最近になってようやくコトラーのマーケティングや消費者理解の重要性が日本でも浸透してきたところです。わかりやすく需要があるわけではない今の時代、きめ細かく消費者の行動を理解して、需要を生み出さなければなりません。正直、遅きに失していると言わざるを得ませんね。
牧田氏 まず、取得できる消費者の行動データ量が爆発的に増えます。これまでは、クレジットカードやPOSデータの購買履歴を見ても、消費者が「購買した商品」のこと、つまり「購買した瞬間」のことしかわかりませんでした。
しかし「Amazon GO」のようにスマホ1つで入店でき、顔認識機能が搭載されたカメラが1000台近く張り巡らされた店舗が増えれば、入店から店を出るまでの店舗内回遊データを全て取得できるようになります。どの売場をどう歩き、どんな商品を何と見比べいつカゴに入れたのかについて、全てデータを取れるようになるのです。購買データについても手作業で属性を入力していたPOSデータではなく、PayPayやメルペイといったキャッシュレスサービスで取得すれば、ユニークIDごとに購入履歴を取ることができます。
テクノロジーの進化によって、消費者が何に興味関心を持ち、それをどのような経緯で購入したのか、すなわち「AISAS」のプロセスをすべて可視化できるようになったのです。
すると、これまで「ライバルは同じ業界のポテトチップスだ」と思っていた菓子メーカーが、データを分析することで、「実は同じ価格帯のチョコレートがライバルだった」ということを明らかにできるかもしれません。さらに、顔認識技術によってどんな表情の時に商品を購入するかについての相関関係も導き出せます。このように、消費者理解が格段に進むようになるでしょう。
それに加えて、データの処理・加工・アレンジについてもバリエーションが広がっています。今、SIerやシステム系のコンサルティング会社が必死になって、ビッグデータ分析やデータサイエンスに取り組んでいますが、いくらAIを用いても方程式を解くようなオートマチックな分析では、価値あるアウトプットは導き出せません。
データ分析の意義とは、新たな知見、洞察、発見を生みだすことです。どれだけ豊富なデータがそろっていても、データを的確に解釈できるサイエンティストがいなければ、有効な分析はできないでしょう。
―― どうすれば的確なデータ分析ができるようになるのでしょうか。
牧田氏 身も蓋もない話かもしれませんが、優秀なデータサイエンティストをそろえることです。いくらAIにデータの処理を任せるといっても、データから何を導き出したいか、どんな結果が出るのか仮説立てをするのは人間です。消費者行動データを活用して、仮説立てや分析の目的を決められる人材の育成が急務です。
デジタルマーケティングにおいて、データ分析は実ビジネス、つまり商売における死活問題です。GAFAはそこをよくわかっていて、ハーバードビジネススクールやインド工科大などを出て、テクノロジーも現実のビジネスもよくわかっている、しかも心理学に精通して人の心がわかるというスーパースター人材を血まなこになって採用しています。彼らはGAFAに入ってからも、商売の現場をちゃんと見ているんですね。小売店へ出向いて、棚取りの修羅場を見ているとか、製造業の現場で営業が商品を卸している現場に立ち会っているとか。営業がどうやって商品をセールスしているのかを、データアナリストたちがよく知っているわけです。
ところが日本には、現実のビジネスのわかるデータアナリストがほとんどいません。東大や京大を出たデータサイエンスのスペシャリストもどきを新卒一括採用し社内で飼い殺すだけで、「すごい人に任せても、良い分析はできないもんだね」なんてぼやいているわけです。
―― どうすれば、“優秀な”データサイエンティストを育てることができるのでしょうか。
牧田氏 会社の生死に関わるような商売の修羅場をかいくぐり、その厳しさを身にしみて実感している営業パーソンをマーケターに据えることです。彼らに最前線でデータ分析に関わってもらうべきだと思います。商売を知らないマーケティングやITではない。現実のビジネス=商売の酸いも甘いも経験した営業経験が重要です。大きな本社ビルに閉じこもっているマーケティングやITでは、購買の現場をリアルに想像できない。
消費者行動データを有効活用できるデータサイエンティストになるためには、①商売の修羅場をかいくぐった経験があること、②マーケティングの分析ができること、③テクノロジーに精通していること、この3つが必要です。営業の現場は心身共にタフでなければ務まらないので、20代の若いうちに営業を経験して、商売の修羅場をかいくぐった方がいいのではないでしょうか。②、③は、後からいくらでもスキルを向上できる。
日本の経営者の大いなる課題は、このようにビジネス経験のあるデータサイエンティストの重要性がわかっていないこと、そしてその育成に投資しないことだと思います。
―― 毎年、新しいマーケティングトレンドや覚えるべき知識が出てきますが、現場のデジタルマーケターが今こそ抑えておくべき知識はありますか。
牧田氏 著書『デジタルマーケティングの教科書』で書いた内容そのままなのですが、まず最低限の知識を詰め込むこと。日本のデジタルマーケターは、信じられないくらい勉強不足。話にならない。どうしようもない。まず第一義は、徹底的にコトラーの『マーケティング・マネジメント』を勉強すること。その土台があって、初めてデジタルマーケティングを学ぶスタートラインにつく。そしてスタートラインについたら、海外、なかでも米中の最新マーケティング事例を現地でたくさん見てきた方が良いでしょう。チェックしておくのは、アメリカならGAFA、中国ならBATHだけで充分です。「そんなのチェックしてます」という声が聞こえてきそうですが、「何をどうチェックしたのか説明してみろ」というと、答えに窮するかビジネス雑誌記事と同じレベルのコスト削減系の説明をする程度の回答ばかり。「もっと先進事例を紹介してください」と言われることもありますが「ふざけるな」と言いたい。GAFAすらちゃんと分析できないのに、他の先進事例を見てどんな学びが得られるのか。まず、GAFA、BATHをじっくり分析する。すると日本のデジタルマーケティングがいかに遅れているのかよくわかるでしょう。
成功例のみならず、失敗例もたくさん見てきた方が良いと思います。彼らが何を得ようとして、何に苦しみ、どんな失敗をしたのかを現地へ行って自分の目で確かめること。それが今後デジタルマーケティングに携わる上で、大きな学びになるはずです。彼らがやろうとしていることは、コスト削減でも売り上げアップでもなく、一貫して消費者理解ですから。
―― 最後に、日本のデジタルマーケターに牧田先生からメッセージをお願いします。
牧田氏 まずは志を持つこと。マーケティングはあくまでも手段でしかありません。欧米企業の志は、先程から言う通り「意思決定の代理をすること」。消費者に、より良い意思決定を提供したいと考えているわけです。マーケティングを勉強しよう、マーケティングのエキスパートになろうとするのではなく、例えば「非合理的な人間の行動を解き明かそう」とか「意思決定のエージェントになろう」とか、一つ目線を上げて目標や志を持ってほしいと思います。
それから、ビッグデータやデータアナリティクスで売り上げをあげようと思わないこと。デジタルマーケティングの真髄は、消費者を理解して、その意思決定をサポートし、ロイヤルカスタマーをつくることです。とはいえ、それは1~2年で成し遂げられることではありません。10年、20年と長い歳月をかけて消費者を知ろうと試行錯誤し続けた結果、ロイヤルカスタマーが増えていくのだと思います。
【本記事は JBpress が制作しました】