2019.06.18

教育とテクノロジー

武蔵野大学中学校・高等学校 ― ⽇野⽥直彦校⻑インタビュー

海外で育った経験を活かして⽣徒主体の授業改⾰を進め、⼤阪府⽴箕⾯⾼校を「有名海外⼤学への進学者を多数輩出する」進学校へと成⻑させた⽇野⽥直彦校⻑。2018 年 4 ⽉より新たに着任したのは、武蔵野大学中学校・高等学校です。男女共学化を目前にした(インタビュー当時)同校の取り組みや、⽇本の教育現場における課題についてお話いただきました。

クレイジーで突き抜けた個性を育てる

── ⽇野⽥校⻑のさまざまな取り組みの根底にある、教師としてのポリシーを聞かせてください。

日野田直彦(以下、⽇野⽥) まずは「⾃分を主語にして話せる⼈間を育てないといけない」という思いでしょうか。⾃らを名乗らず、⼈を批判するような2チャンネラーや、⼈の悪⼝ばかりを探しているような⼈だけにはなって欲しくないんです。否定は⼤いに結構で、否定するならセットで代案を持てばいいだけのこと。⼈を批判することに時間を使うなら、より良くなる提案をする⽅が、お互いにとってよいはずなのに、いまは批判の応酬だけで終わるような⾵潮があります。この状況でクリエイティブなことが起こるはずがありません。

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 私が教育を通じて実現したいのは、現代の松下幸之助や本⽥宗⼀郎を、たくさん育てること。戦後の⽇本を⼤きく発展させた松下電器産業や本⽥技研⼯業の創業者たちは、クレイジーで突き抜けたところがあったと思うんです。⾔わば “ 普通ではない部分 ” を活かすことができたから、あれだけのイノベーションにつながった。

 過激な発⾔に聞こえるかもしれませんが、平準化されたスキルしか持たずに上の⽴場の⼈が⾔うことを遂⾏するだけのイエスマンは、これからの⽇本には要りません。むしろ、個性が尖りすぎて扱いづらいと思われるような⼦どもを育てたいし、彼らがイキイキと活躍できる社会になっていってくれたらと思っています。また、⼤⼈はその姿を応援し、邪魔せず、極論を⾔えば、様々な意味での「投資」を⾏う社会を創ることが責務だと感じています。

── 今、⽇本では ICT 教育が盛んに叫ばれていますが、どのように展開されるべきだとお考えですか。

日野田 基本的には、「学校が教えてあげます」というスタンスでは、⼦どものモチベーションを下げるだけだと思っています。「新しいデジタルデバイスを使ってみたい」「テクノロジーを使って実現したいことがある」と、⾃らワクワクしている⼦どもたちは、勝⼿にテクノロジーを味⽅につけますから。

これは私の基本的な考え⽅ですが、デジタルそのものがフローチャートの基本であり、合意形成や意思決定につながるはずです。なので、デジタル教育はした⽅がいい。ただ、「思考するときはアナログデバイスで」ということ。つまりは⼤きなスケッチブックですね。そこにマインドマップやロジックツリーを、⾃分で好きなように書くことが⼤事です。

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 MIT(マサチューセッツ工科大学)でもそうですが、学生はみんなスケッチボードを持ち歩いているんですよ。スケッチボードにメモをして、あとでデジタルデバイスに落とし込むというスタイルが基本。アイデアを発散させたり、物事を考えたりする時にデジタルデバイスを使うと、デバイスそのものの使い方や機能に意識が向かってしまって、自由な発想を生み出すことにエネルギーを集中させられなくなってしまう。まずは頭の中にあることをどんな風にビジュアル化するのか。そして、デジタルデバイスを使ってどう共有するのかという順序が最適だと思います。

── 現在行われているICT教育について、問題点や改善点はありますか。

日野田 ありますね。日本においてレゴブロックを使ったロボットプログラミングの現場で実際に起きたことを例にお話ししましょう。

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 これはレゴ社とタフツ大学が共同開発したプログラムで、「いかに他人と違うロボットをつくれるのかを競い合う」ことが、根底の哲学なんです。しかし、「ライントレーサー(模型自動車)を自由につくっていい」とスタートしたにもかかわらず、できあがったものを並べたら、前方にセンサーがついた、似たような4輪の自動車ばかりでした。

 これはどういうことか。結局、生徒も先生も、みんな周りを見ながらつくっているということなんですよね。日本では、プログラミング教育であっても、やはり個性は表現されにくく、正解を探して同じようなものをつくろうとする傾向があるんです。日本人同士で似たような年齢だとしても、実際は違う人間で個性はバラバラのはず。そういった根本的な部分をきちんと認め合い、その違いを発揮していいんだという認識を揃えてから、創作活動に入る必要があります。そうでなければ、いくらICT教育といっても、個性のない同じような人間を育てるだけになってしまうからです。

── 教育の変化の時代において、教師はどのように生徒に関わるべきだと思いますか。

日野田 まず言えることは、名ばかりのアクティブラーニングは危険です。

 アクティブラーニングといえば、全員が手を上げて活発に議論するというイメージを持つ人は多いですが、そんなわけがない。観察することが得意な子どももいれば、リーダーシップを発揮する子どももいるし、前に出るよりもサポートが好きな子どももいます。いろんな子どもがいて当たり前なんです。

 教師は、自分が受けてきた過去の教育を是としており、子どもの教育に対して「こうあるべき」という思い込みが強いですが、「べき」なんてないんです。大切なことは、目の前の子どもに対して「あなたは誰ですか?」「何をしたいんですか?」という問いを持つこと。話すことが苦手なら、話さなくてもいい。でも、自分が誰であり、何をしたいのかは表現しないと伝わらない。だから、歌で表現してもいいし、映画を撮ったっていい。デジタルデバイスが、自分らしい表現を助けてくれることも多いにあるでしょう。とにかく、教師の常識に当てはめず、生徒らしい表現方法を選択させてあげることです。

 世界最高峰の大学のひとつであるイェール大学は、19名の米国最高裁判所判事を輩出するなど国際法で有名な一方、ドラマエデュケーションでもよく知られています。何かを表現するときに、ストーリーテリングを重要視している。日本の常識では、勉強とアートは別物として捉え、アートは必要ないと考える人すらいますが、人間の学びや営みとして捉えた時には、その考えは非常にいびつであることを、忘れてはいけないと思います。

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 あとは、教師は自分が話をするのではなくて、生徒をサポートすること。ナビゲーターに徹することです。航海士のようなイメージで、「北極星が見えている方向には向かうけど、向かい方はそれぞれ好きな方法でいいよ」と伝える立場でありたいですよね。ただ、チームで戦うことだけはアドバイスします。いまの時代、一人ではなくチームで戦う方がアウトプットを出す速度は早まるし、世界も広がる。チーム戦は、世界で戦う基本なんです。

── 保護者との関わりで心がけていらっしゃることはありますか。

日野田 保護者の方と距離を取るというよりは、シンプルに仲良くしたいですよね。一緒に何かに取り組むことが好きなんです。常々お伝えしているのは、「親御さん自身も楽しんでくださいね」ということ。例えば受験が近づくと、子ども以上に親御さんに気合いが入ってしまうケースはよくあります。不思議なものですが、親が頑張るほど、子どもは頑張らなくなるんですよ(笑)。親御さんが頼りないくらいがいい。子どもが自分で調べて行動する方が、確実に伸びる。これは間違いない事実です。

みんな違って、みんな素晴らしい

── 型にはまらない挑戦と結果で注目を集める日野田校長ですが、ご自身を形成した原体験をお聞かせください。

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日野田 父親の仕事の関係で、10歳から13歳までタイにおり、平日は日本人学校へ、アクティビティはインターナショナルスクールにという生活を送っていました。中学1年で帰国してからは、同志社国際中学に通い始めました。ここは文部省指定の「帰国生徒専門受け入れ校」でもあり、PBL(問題解決学習法)を実験的に始めるタイミングでもあったので、教科書をベースに暗記して試験を受けてというような日本的教育とは違いました。大学生のゼミのように、高校の日本史ではテーマを「鬼」と決め、民俗学者の柳田國男さんのことも絡めながら、1年間課題研究を続けました。

 そんな経歴のせいか、日本社会に順応できない感覚がずっとあり、「あるべき」「あらねばならない」という無言のプレッシャーに対してはずっと違和感を抱えていました。同じ人間なんていないのに、成功とか幸せのモデルが決まっていて、それを目指すことを強要される。わかりやすく言えば、偏差値の高い大学に進学し、名前の通った会社に就職すれば安泰という考え方で、それをみな当たり前のように受け入れている。でも、一人ひとりと本音で話してみると別の希望を持っていたりして、そのことにも驚きました。日本は本音と建前の社会だというけれど、本音を話せる社会をつくらないとおかしいと思う気持ちがずっとありましたね。

 私の人生は、良くも悪くも失敗だらけなんです。だから挑戦して失敗することは怖くない。でも、理解してもらえないという苦労も味わってきました。就職も親からの猛反対を受けました。馬渕教室という学習塾に就職したのですが、父親も叔父も日本を代表する大手メーカーで役員まで勤め上げた人たちで、彼らの考える社会的成功には当てはまらなかったんです。

 でも、私は教育に興味があった。自分の原体験から日本の教育は少し変だと感じていて、この分野に関わりたかったんです。だいたい父のように大手メーカーに入ったところで、人口減少が始まってマーケットが破綻することが目に見えているのだから、まったく興味が持てなかった。友人たちは、外資系のコンサル会社や金融に勤めることが多く、初任給では3倍以上の差がついていました。周囲は「塾に就職するなんてもったいない!」と思っていたでしょう。でも、私自身は「お金で就職先を決めるわけじゃない。自分の覚悟が決まっているなら、誰も行かない道を選び続けよう」と思っていました。

── 校長として手腕を発揮された、前職場である大阪府立箕面高校での取り組みを具体的にお聞かせください。

日野田 大阪府の公募制度によって、当時全国最年少の36歳で箕面高校の校長に着任しました。4年間の学校経営の結果のひとつとしては、地域で4番手・偏差値50(河合塾)だった高校から、世界有数の難関校であるミネルヴァ大学をはじめとして、多くの海外大学への進学者を輩出する高校への変化したことが挙げられると思います。

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 ただ、私がこだわったことは、学生に「感じて考える機会」を提供することでした。あるとき、国費留学でハーバードに進学している学生に何人か学校へ来てもらったんですが、そのうちのひとりは精神医学を研究しながら、『エヴァンゲリオン』が大好きというユニークさも持ち合わせていました。学問の話とともに、面白おかしくアニメの話もするんです。それを見ていた箕面高校の生徒たちは、「天下のハーバードと言っても、すごく普通の大学生じゃない? 自分とも似ているところあるよな」と、いい意味で勘違いをした。それで、海外の難関校が身近なものになったんです。

 私は、「海外大学に行け」とは一度も言っていません。治安をはじめ、日常生活のさまざまな点から考えたら行かない方がいい場合もあります。「その大学に進学したいと本当に思うなら挑戦すればいいし、日本で進学してもいい。交換留学で試しに行ってみて、ここだと思ってから編入してもいい」というスタンスでした。

 すべての子どもたちには好奇心があります。好奇心の花が開く機会に巡り会えれば、自ら前に進んでいくものなんです。

── 生徒さんたちの変化とともに、教師側にも変化があったそうですね。

日野田 教師が一方的に話をして、生徒がノートをとるというスタイルの授業では、生徒たちが納得できなくなってきたんですね。自分の意見を持って発言することに慣れてくると、相手に提案したくなるものだから。その一方、教師は双方向のコミュニケーションや、建設的な議論に慣れていない人が大半でした。ハーバードやMITの学生さんと教師が共同でワークショップを企画する経験などを通じて、教師自身も変化していく場をつくりました。

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 トップダウンで変化を促しても、反発が起きるだけです。特に、従来型の教育を受けて育ち、その従来型の教育を提供する側に回った人にしてみれば、常識を覆されるわけですから、抵抗する気持ちが出て当然です。逆に教師自身が変化を「面白い」と思うことができれば、新しいコミュニケーションスタイルを通常授業でも取り入れてみたいと思う。自律型な変化は、生徒だけではなく、教師自身にも起きました。

── 変化の時代を生きる上で、日野田校長ご自身が大切にしていることはありますか。

日野田 この世に生まれてきた以上は、誰かに貢献することが命題だと思っています。ベースとして忘れたくないのは、相手に対する「優しさ」。最近よく「世界貢献」というキーワードを耳にしますが、そんな壮大な話は必要ないんです。

例えば、アイロボット社はMITの学者が設立した会社ですが、研究室の仲間の「忙しくて家が掃除できなくて困っている」という悩みをテクノロジーで解決しようとして、お掃除ロボットが生まれました。自分の周りの人が困っていたら、それをクオリティ高く解決するだけのこと。もしかしたらその解決法は他の人にも適応できるかもしれないし、その取り組みへの賛同者が増えて大きなムーブメントになるかもしれない。でも、それはただの結果論です。

── 最後に、未来を担う⼦どもたちの親御さんへ、メッセージをお願いします。

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日野田 親御さん⾃⾝が真っ⽩な状態になって、⼦どもに教えてもらうというスタンスが⼀番⼤切だと思います。親が教えようとすればするほど、⼦どもは嫌がる⽣き物です。皆さんもそんな時代がありましたよね。 テクノロジーでもなんでも、進化の速度が早いので、⼦どもたちの⽅がよく知っている可能性もある。親がしてあげられることは、機会の提供くらいなんです。サマーキャンプでもテックキャンプ(プログラミング学習)でも塾でも、何でも体験させてあげて、どれが⼦どもに合うのかを探すしかない。「絶対に⼤丈夫」という正解はないので、根拠のない評価に踊らされて正解探しをしないこと。

 これからの時代は「有名だから万事OK」ということもないですから、⾃分たちの感覚に正直に、挑戦していけばいいと思います。

用語解説

マインドマップ

思考・発想法のひとつ。メインテーマを中⼼におき、それに関連する内容を放射状に書き出していく。⾊や絵を多⽤すため、アイデアを出しやすかったり、ひと⽬で覚えやすかったりすることが特徴。

ロジックツリー

問題の原因解明や解決策⽴案のために、問題を論理的に関連した要素ごとにツリー(樹⽊)状に分解し整理する⽅法のこと。

アクティブラーニング

学習者である生徒が、能動的に学ぶことができるような授業を行う学習方法。

ドラマエデュケーション

ドラマを通じて、生徒が能動的・活動的に学習する、アクティブラーニングのひとつ。

(材・文:吉田彩乃  撮影:野村恵子)

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