2024.09.19
GIGA×AI探求セミナー in 中富良野
GIGAスクール構想が開始されたのは4年前のこと。2024年にはセカンドGIGAもスタートしており、今後はますます教育現場でのICT活用の重要度が高まってくることになる。GIGAスクールで得たものは何か?これからどのようなものが必要なのか、多彩な実践者を迎えて開催されることになった「GIGA×AI探求セミナー in 中富良野」を盛り上げるべく日本HPも協賛および出展をおこなった。当日の多様なセッションの内容をご覧いただきたい。
NPO授業づくりネットワーク理事長
石川 晋
北海道教育大学附属旭川小学校
櫻井 里佳
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター
豊福 晋平
函館市立鍛神小学校
藤原 友和
イベントの最後を飾ったのは、4名の実践者による座談会だ。テーマは「GIGAはこれまでに何を残し、どこに向かうのか」とされ、フリートーク形式で対話は進んでいったが、かなり踏み込んだ内容となり、会場も次第にヒートアップしていくのが分かった。これまでの良かった点も、新たな課題も見出すことができたその内容をご紹介しよう。
藤原氏:まず僕から櫻井さんにお聞きしたいのですが、ギガ端末をお使いになってどのような変化がありましたか?
櫻井氏:ギガ端末を使うようになって、やはり授業も変わったと思います。どういうところが変わったかというと、これまではワークシートなどにしても、先生の側で考えたものを用意しなければなりませんでしたが、ギガ端末が入ったことで、少し子どもに委ねる部分が作れるようになったという気がしています。私のなかでは、これはいい変化なのではないかなと思っています。
藤原氏:僕も授業が楽になったような気がしていて、調べ学習などをする場合には、いちいち子どもたちに用具を配る必要がなくなりました。全員に模造紙を配ったり、付箋紙を配ったりしていたものが、ギガ端末を利用することでそういう必要がなくなりました。授業準備に関しても、とても効率的になったように思います。
石川氏:私は日本中の学校を北から南まで、年間約170校を対象に授業をしたり、研修したり、ひたすら話し合ったりする「ばん走者」となる仕事をしています。そんな私が、横浜のある困難な小学校で、6年生の授業で「海の命」の教材を任されたことがありました。
その学校では教室の状況も厳しく、私の音読などを静かに聞いてくれるような環境ではありませんでした。そこでいわゆる「単元自由進度学習」のような形態で10時間ほど展開しました。それぞれの子どもの興味や関心に沿う流れでやってみるということです。
例えばある子どもは、紙粘土で、場面に出てくる大きなクエのモデルを作成し始めました。また、ある子たちは教室だけでなく学校の別のスペースとも行き来しながら物語の場面を動画で再現するといったこともしました。その動画では、演技をする子がいて、カメラマン役の子が撮影し、編集担当の子がエフェクトを掛けたり、それを監督のような立場で作品としてまとめたりする子もいるわけです。
そのほか、プログラムができる子は、作中の海を題材とした簡単なゲーム、いわゆる「クソゲー」を作る子どももいましたし、「長い紙をください」と言ってきた子どもは10時間かけてひたすら奇怪なクエの絵を描くなどということもしていました。デジタルを使う子も使わない子もいるわけですが、全てが子どもの興味関心によって選択できるようにする。なかなか授業の関心を向けられない子どもたちが熱を持って取り組んでいくようになります。
今日、多くの先生方のGIGAでの成果発表を観させていただきましたが、少し控えめな内容だったように感じます。せっかくタブレットが入ったのに、本当はもっと面白いことができたのではないですか?
もしかしたらみなさんが体験された内容は、もっと面白いものだったのかもしれません。ただし、今回の発表ではその面白さが僕には伝わってきませんでした。発表の仕方もNEXT GIGAと呼びうるものかやや疑問です。コロナ以前からある発表のスタイルやツールを使って新しい実践を伝えるのには、いささか無理があるのではないかと感じました。この会場にいるみなさんは、ICTに比較的強い人たちだと思います。私はICTにはうとい側の人間なので、そんな私にも「ICTめっちゃ面白いよ」と伝わるようにしてほしいのです。
藤原氏:それぞれの先生がいろいろな実践をして、それぞれ面白がれるような環境整備というのは出来ていると思います。表現方法を自分で選んでもよいですし、プロセスも自分で選べる。それを子どもたち同士で協力して作っていくこともできるようになりました。
ただし、そういった自由度が高まったなと思ってはいても、無意識にルール作りや系統表といったものに戻ってしまうものなのかもしれません。
石川氏:GIGA端末が入ってくれば、当然、教科の枠組み自体も壊れていくでしょう、みたいな感じはあったと思うのです。しかし、例えば今日の授業やプレゼンを観ていると、わざわざこれは「国語」、これは「算数」といったように、どの教科へ向けての取り組みだったのかの説明も書いてくれています。
つまり、ICTが入って端末も入っているのに、その端末でやった活動を教科に仕分け直すようなプロセスというのが、本当は壊れるはずだったのにそうはならなかった。少なくとも現状ではそうなっていないわけです。昔ながらの環境は諦めなければならないはずなのに、それを諦めないで回収し直しているようにみえてしまう。
豊福氏:GIGA端末が入ってきたことで変わってきたのに、以前からのやり方にこだわる人たちは、自分たちの中に落とし込みたいから、そういう筋書きを作りたがる傾向があるのではないでしょうか。ただし、やはり変化は確実にあるので、教科の垣根もなく全部つながっているのだということを、我々はなんとなく認識はしているのです。
石川氏:先に紹介した授業の中では、皆が一生懸命活動しているなかで、普段は「教科書を開いて」と言っても聞いてくれないというような子どもでも、必要になれば自分から教科書を開いて活動してくれることが普通に起こります。
いま、GIGA端末の導入によって、「デジタル教科書だけにしましょう」というような動きもあるようですが、こういうときにはデジタル教科書は使うのが難しくなります。例えばGIGA端末で動画の編集をしているような場合に、いくら端末にデジタル教科書が入っていても、どちらもいっぺんに観ることはできないわけです。となると絶対に紙の教科書も必要になることが明らかで、それはその子どもたちを見ていればわかるわけです。
デジタルも含めた選択肢がしっかりと保証されていく中で、普段は絶対に授業に参加しないような子どもが、嬉々として教科書を開いて参加するような状況になることもあるわけです。
教師が「子どもたち」というマスではなく個としての「子ども」の姿をしっかり見つつ、「子ども」を主語にして授業を捉えていくことからブレてはいけないと思います。だから私は、ちゃんと「この子はね、あの子はね」という話をしようと言っています。「みんなが」とかではなく、あくまでも個々の子どものことも考えながらでなければ、GIGAなんてあっという間に教科にもルールにも飲み込まれていってしまうのではないかと思います。今まさに、その境目のところにいるのではないでしょうか。
豊福氏:「灰色の男たち」のような効率を第一にして型にはめていこうという勢力もあるので、そのようなやり方ではせっかくのGIGA端末もつまらないものになってしまいます。
そんなことではなくて、GIGA端末は個人の道具にしていきたいのです。子どもたちに対して、「これは学びのために道具だから、自分で考えて使ってね」という形にして、活用していける環境にしていくことが大切だと思います。
櫻井氏:確かに、教科ごとに分けるというのはつまらない制約だと思うのですが、それがあるために無理矢理でも動く人もいるのかなという気もしています。
豊福氏:今日のタイトルにも「NEXT GIGA」とありますが、乗り切れていない先生や学校をどうやって乗せていくかということも考える必要があります。
先日、教育行政の方向けにお話ししたのですが、ヨーロッパで一般的に浸透している「デジタルアクセスというのは人権と同じものだから、それを子どもにも認める」という考え方があります。
例えばGIGA端末を使わせないとか取り上げるということは、学習権を取り上げるのと同じというお話をしました。これはそろそろ理解してもらわないといけないのではないか、と思っています。
石川氏:今、日本の学級はあちこちで授業成立が厳しい。騒然としている教室も少なくなく、そこではそもそもインストラクションは通らないわけです。これまではそれを、「黙って先生の話を聞きなさい」という方向で制御しようとしてきました。私は逆に、「もうインストラクションをやめましょう」と思っているところもあります。インストラクションからスタートしない授業、授業をできるだけにシームレスにするという発想も必要そうです。
また、GIGA端末が入ったら省力化されて、働き方改革が進んでいきますというような話はみなさんもご存じかと思います。しかし実際には、その隙間ができると、そこに別の仕事が入ってくるということも事実です。そうではなくて、基本的には働き方改革というのは、効率を目指すこと以上に、まずは「どれだけ仕事を減らすか」ということを考えなければいけないものです。空いた時間に別の仕事が入ってくるようなら、これは悪手と言わざるを得ません。
そもそも「授業を作る」ということに関して言えば、それは私にとってはとても楽しいことです。楽しい授業をしているときの子どもたちの顔や、「やるぞ」っていう感じを見たいと思いながらやっているわけです。先の実践でも、準備は大変ですし、物品の持ち込みもたくさんあります。それが良いとは思いませんが、そうした個人の先生の思いまで、働き方改革の名の下に横並びにして一律同じように対応することには賛成できません。先生の働き方も個別に最適なものが選べるようにするべきです。
豊福氏:私の経験だと、まるで業者のテストと見まがうばかりのものを作った子どもがいました。自分で質問を考えてテストを作ると言うことは、相当資料を読み込まなければできないし、あれもひとつの表現だと感じました。「やりたいこと」というのはちゃんとつながって、そういう形で発露することもあるのだと思いました。
石川氏:作文の授業では、1時間や2時間では書けない子どもが大勢います。でも、たとえばライティングワークショップのような10時間規模の大きな自由単元でなら書けないといいながら、6時間目や7時間目に急に書き始める子どももたくさんいます。つまり、「書けない」わけではなく、書くための十分な水が溜まる時間をこちらが用意してあげないから、活動に入ることができない子どももいるのだと思います。
学校には枠組みがあるから、それは仕方ないと言うことも十分理解しています。しかし実際に、枠組みが適切ではないために、うまく力を発揮できないように見える子どももたくさんいるのだということです。
櫻井氏:授業にうまく入れないとか、クラスにもうまく入れないような子どもほど、実はICTをうまく活用して自分の学び方を進めていけるような気もしています。
ある程度子ども達に委ねていても子どもたちが使い方を自分自身で見つけていくのだな、ということも感じています。
藤原氏:そろそろまとめということで、みなさん一言ずつお願いします。
石川氏:最後に言っておきたいのですが、私は自分の主催する団体の雑誌(授業づくりネットワーク)などでも、誌面の半分は女性の書き手にしたいと言ってきました。そのこと自体も新たな差別構造を生みかねないことは承知しています。しかし現状はマジョリティ側こそがそうしたことに本気で意識を向けて改革を進めていかないと、なかなか現状の差別的な構造を壊せません。今回のイベントでも、当初、女性の登壇率を引き上げてもらうようにお願いしました。いままで、女性の発信力がなかったわけではなく、男性がその権利を奪ってきたのだと思っているのです。これについては、私の思いを共有してくださって努力してくださったスタッフに本当に感謝しています。
今後も、できれば小さくてもいいので、こういう会を継続してやっていくことが大切なのだと思います。
櫻井氏:本日はありがとうございました。やはりいろいろなお話を伺って、まず自分が面白がれるかどうかが大切だと言うことを感じました。2学期から子どもと一緒に、またいろいろなことを面白がりながらやっていきたいと思います。
藤原氏:小さくやっていたことが、どうしてこのような大きなイベントになったのか、まだ実感できていないところもあります。これもみなさんのお力だと思いますし、お休みにこうして集まってくださったみなさんにも本当に感謝しています。ありがとうございました。
豊福氏:「瓢箪から駒」といいますが、結果としてこれだけ多くの方に集まっていただいて、本当によかったなと思っています。
こういうセミナーやカンファレンスというものは数多くありますが、私自身が5年前に戦っていたような敵も今回はいなくて、みなさんの実践報告なども素晴らしいものがありました。そういう意味でも、良い時代になってきたように思います。良い会にしていただき、本当にありがとうございました。
「GIGA×AI探求セミナー in 中富良野」の最後のセッションとなった本対談はこうして幕を閉じた。石川氏の提言に引っ張られるように議論は白熱を帯び、来場者も真剣に聞き入っていた。誌面の都合でその全容をお伝えすることはできなかったが、次の機会があればぜひ現地で生の議論を聞くことをおすすめしておきたい。イベントもこれにて終了となり、満員の来場者もそれぞれに大きな収穫を胸にしまい、帰路につくこととなった。次回開催の話もあるので、発表を待っていただきたい。
最後は運営関係者一同で記念写真
スムーズなイベント開催をサポートしたスタッフの方々
HPもブースを設けてセカンドGIGA向けのデバイスを中心に展示。セッションの合間を縫って、来場者が質問に来ていた。
いくつかのセッションでグラフィック・レコーディングを制作してくれた櫻井 里佳氏
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