2019.07.23
教育とテクノロジー
2018 年 4 ⽉、千代⽥⼥学園⾼等学校は「武蔵野⼤学附属千代⽥⾼等学院」に名称を変更し、男⼥共学化の上で5つの新コースを有する国際バカロレア認定校(IB World School)へと⽣まれ変わりました。130 年以上にわたる伝統を受け継ぎつつ、時代に即した⾼等教育を⽬指してさまざまな改⾰に取り組んできた荒⽊貴之校⻑。その改⾰の全容と、⽣徒に与えた効果に迫ります。
── まず、共学化や国際バカロレアを導⼊するに⾄った理由をお聞かせください。
荒⽊貴之(以下、荒木) 国際バカロレアは「世界市⺠の育成」という壮⼤な理念があります。⼀⽅、本校は1888(明治21)年、「国際教養⼈の育成」という理念のもとに創⽴された学校であり、極めて近似性があります。国際バカロレアを導⼊すれば、130年の伝統や⽅向性を⼤きく変えずに、世界基準の教育機関としてバージョンアップできるのではないかと考え、導⼊を決めました。
当初は、共学化や国際バカロレア導⼊に対して、反対の声も多かったのです。国際バカロレアの申請は 2016年3⽉末、共学化と校名変更の公表をしたのは2017年4⽉15⽇。1週間前には⼥⼦校として⼊学式を終えていたわけで、講堂で「来年から共学にします」と伝えたら、⽣徒の悲鳴で講堂が揺れた(笑)。親御さんや卒業⽣OBからの「130年も続いてきた伝統的な⼥⼦教育をなぜ守れないのか」という声も、正直いまだにあります。
もちろん、少⼦化の影響で経営的に苦しい私⽴学校は増えており、そういう経営上の判断もなくはありません。しかし、私がこの改⾰に踏み切ったのは、世界に通⽤する⼈材を育てるために「多様性」が必須だと思ったから。男⼥共学化、⺟国語と英語での授業というのも、性別や⾔語の多様性を⽬指した結果です。隣接のインターナショナルスクールの⽣徒と合わせて約1,000名の⽣徒が、ちょっとした⽇本の未来──つまり多様性が求められる環境を早めに経験できる。この多様な教育環境こそが、個⼈の能⼒の開花や責任ある⾏動をとるための態度とスキルを⾝につけるのに⾮常に有意だと私は考えます。
── 本校の新しい5つのカリキュラムはどのように決定されたのでしょうか。
荒⽊ ⼈にはぞれぞれの得意なものや、個性、知性があります。例えば数学や体育のようなものから、リフレクションやインターパーソナルスキルで知性を発揮する⼈もいる。それらに即した教育を⾏うため、ハーバード⼤学のハワード・ガードナー教授による「多重知性理論」をアレンジして決定しました。
本当は、⼀⼈ひとり個別のカリキュラムをつくりたいくらいなんです(笑)。そこで不可⽋なのが、ITやネットワーク。デジタルデバイスなどが⽇本の学校教育にもようやく浸透し、AIで最適な問題を学習者に与えることもできるようになりました。得意な分野や興味に最適な個別カリキュラムの作成が、近い将来可能になると思いますよ。ただ、そうなった場合、「そもそも学校は必要なのか︖」という問題が出てきます。
VRやARが進めば、⾃宅の部屋に学校や教室を再現できるようになる。⼀⽅で、多様性が広がれば広がるほど、協働的な課題解決能⼒が必須になります。学校や教室という設えは、物理的な空間ではなくなったとしても、必要かもしれないですね。
── 共学化や国際バカロレアは今年(2018年)4⽉にスタートしたばかりですが、⽣徒の反響はいかがですか?また新⼊⽣はどのようなタイプが多いでしょうか。
荒⽊ まず、男⼦が⼊ってきたのは率直にみんな嬉しいのではないかと。今年の新⼊⽣は137名で、⼥⼦部の⼊学者は84名、共学部は53名。その53名のうち、男⼦は27名、⼥⼦は26名です。他の学年は全員⼥⼦だから、全校⽣徒約300⼈中、27名が男⼦ということになる。先⽇の体育祭は、全校⽣徒から男⼦に対する熱い応援がありました。これまでの体育祭の雰囲気とぜんぜん違っていましたよ。
新⼊⽣は男⼥ともに、「何かやりたい」「何かできそうだ」という⼦たちが集まってきたと思います。国際バカロレアはスタートしたばかりで、まだ進学実績も出ていないのに、そこに⾶び込んできた彼らは、⾔わばリスクテイカーと⾔える。
オーストラリアのブリスベンで5年過ごした帰国⼦⼥は、⼊学式の代表挨拶で「将来はケンブリッジ⼤学で政治学の勉強をしたい。そのためにこの⾼校に来ました」と英語でスピーチしてくれました。GAコースには、地⽅出⾝者で東京の伯⺟の家に下宿しながら通っている⼦がいますが、彼も⼊学式の⽇、「僕は⾼校3年⽣で東京オリンピックを、⼤学4年⽣でパリを⽬指します」と⾔いました。⾮常に⾃分の未来の⽬標が明確なんです。しかも、そういう⽣徒に刺激を受けて、周囲の⽣徒たちも⾮常に前向きになるのが素晴らしい。
新⼊⽣のご両親も感度が⾼いと⾔えるでしょうね。⾃分たちが受けた偏差値教育にはこだわらず、「ここなら我が⼦のやりたいことが実現できる」と、我が⼦の背中を押した。これまでの保守的なご両親とは違って、みなさんリスクテイカーなんです。結局、リスクテイクこそが、⼦どもたちが主体的に未来を⽣きるための⼟台になるのだと思います。
── 授業の様⼦はいかがですか。
荒⽊ ⾮常に主体的ですね。国際バカロレアの導⼊に合わせて、アカデミックリソースセンター(ARC)を創設したのですが、授業や放課後で活発に利⽤されています。これからの時代はクリティカルシンキング(批判的思考)、つまり⾒極める⼒が⼤事です。その⼒を養成するのに、協働で勉強できる環境は⾮常に有効です。放課後でもひとりで勉強するのではなく、誰かと⼀緒に勉強したり、可動式のホワイトボードを持ってきて複数で議論をしたりして、いろいろな学習の⽅向性をもった場所になっています。
やはり、得意な分野はそれぞれ違うので、協働で学習することによって、それぞれの個性やひらめきが多数投⼊され、⼤きなアイデアにつながっていく。さまざまなものを持ち寄って勉強できるということは、これからの⼦どもに絶対に必要な「探究⼼」に繋がっていくと思います。
── ⽣徒たちに⽬⽴った変化は感じられますか。
荒⽊ 明らかに変わってきていると感じます。もともと本校は⽣徒⼀⼈ひとりに対して⾮常な丁寧な教育をしていた。修学旅⾏なんかも先⽣が綿密な計画を⽴てていた。それは教師が⽣徒に向き合って熱⼼に指導するという意味で⾮常に良い教育だと思いますが、⼀⽅で⽣徒が考える⼒や発想する⼒を奪っていたような気がするんです。
いまはそれが変わってきていて、⽣徒⾃らなんでも企画するようになりました。学校説明会も、⽣徒が司会進⾏や保護者アテンドを⾏っています。本校は「いかに集団に対して奉仕できるか」、つまりサーヴァントリーダー(奉仕精神あふれるリーダー)の育成を⽬指しているのですが、その精神をしっかりと⽣徒も受け留めているんですよね。⽣徒からは「この学校を⾃分たちがつくっている」という意識、「この学校の構成員のひとりだという」⾃覚を感じます。
10年後はおそらく、⽣徒がこの場所で⼒を存分に伸ばしていけるような学校になっていくだろうという気がします。多彩な⽣徒が集まり、それに触発されて全体として良い学びの集団になっていくのではないかと。⽣徒主体でどこまで伸びていくのだろうと、⾮常に期待しています。
── 荒⽊校⻑は、東京都の理科教諭から教育委員会を経て、京都・⽴命館⼩学校の新設に携わっていますね。
荒⽊ 東京都教育庁指導主事時代に、スーパーサイエンスハイスクールの視察で⽴命館⾼校を訪れたのですが、そのときに「⼩学校新設を⼿伝ってほしい」と⾔われたんです。
⽴命館⼩学校は2006年に開校され、私は副校⻑として、国際社会で活躍する次世代リーダーの育成を⽬指し、⽴命館中学校・⾼等学校と合わせた⼀貫教育に取り組みました。特に、⼩中⾼の6年・3年・3年という区切りを4年・4年・4年という3つのステージに分けて考え、例えば⼩学5年⽣から始まるセカンドステージでは⾃ら課題意識をもって学習に取り組むようなカリキュラムを展開しました。
また、⼦どもの理科離れの対策としてサイエンスを重視したものづくり体験学習「ロボティクス科」も⽴ち上げ、⼩学1年⽣からロボットづくりを中⼼に算数の学習やサイエンス、テクノロジーに⾄るまでの幅広いユニークな学習を⾏っています。現在は各教室にプロジェクターや電⼦情報ボードが設置され、5、6年⽣には⼀⼈⼀台のタブレットを所持しています。
そのようなIT教育の実体験を、本校でも積極的に活かしたいですね。⼀度、⽴命館⼩学校で⾏われた⽇曜参観にアメリカの科学者であり、「パーソナル・コンピューターの⽗」とも称されるアラン・ケイ博⼠がいらして、講演をしてくれたんです。そのときに「未来がわからなければ、つくればいい」と⾔われたことが本当に衝撃だった。改⾰には反対の声がつきものですが、「私達はちょっと先の未来を少しずつだけどつくっているんだ」という⾃負を持って進めています。
── IT教育との最初の出会いはいつですか?
荒⽊ いまから24年前、通産省が始めた「100校プロジェクト」のときです。全国100カ所程度の学校にインターネットの利⽤環境とサーバー・クライアント各1台を提供し、ネットを利⽤した実践的な教育がスタートした。私は当時東京都の教員でしたが、新潟県の上越教育⼤学⼤学院に派遣され、中郷⼩学校とのIT 教育をサポートすることになりました。
具体的には中郷⼩学校とアメリカの学校がつながって、交流学習を⾏ったのですが、これが⾮常に刺激的な経験だった。英語で交流するので、翻訳ボランティアをネットワークで探したりして、社会を巻き込んだグローバルな教育の可能性を体感しました。
── そのグローバルに⼈と⼈がつながれるこの時代に、⼦どもに求められる能⼒とはなんだと思われますか。
荒⽊ これから求められるのは、⾃分の学習をコントロールする⼒でしょう。計画を⽴てて順序だてて学習できる⼒が、それぞれの個性や能⼒を⾶躍的に伸ばします。ある研究者は、学習をコントロールすることに⻑けている⼦どもの特徴として、ネットワークにあるリソースの使い⽅の上⼿さを指摘しています。学習には困難な状況が絶対にありますが、どこの誰に聞けば解決できるかが彼らはすぐにわかる、というわけです。
また、これからは「0から1をつくり出す」能⼒が⼈間にとって必須になってきます。検索したものを成果として出すのであれば、誰でもできる。そうではなくて、違う考えや違う意⾒を持っている⼈とうまく折り合いをつけながら、落としどころを⾒つけて新たな回答を導き出すという⼒が必要なのです。AIは結局、0から1は⽣み出せない。それを⽣み出すのが⼈間である、ということです。
そのために、学校でITやネットワークに慣れ親しませておくことは⼤事でしょうね。これはITやネットワークの使い⽅に限りませんが、学校は⼦どもたちが何度でも失敗して理解を深める場所、社会に出るための準備期間を過ごす場所として、これからも機能しなくてはならないと思います。
── 最後に、未来を担う⼦どもたちの親御さんへ、メッセージをお願いします。
荒⽊ いまのお親御さんは、⾃分の⼦どもたちの将来に対して悲観的な⼈が多いように思います。例えば、AIや外国⼈に職を奪われるとか……。でも、私は幸せな未来が待っていると思っている。ITやネットワークなどに振り回されず、⼈間にしかできない能⼒をきちんと⾝につけてさえいれば、幸せな未来は待っているんです。
ですから、親御さんもITやネットワークなどを⼗分に使ってもらいたいと思います。⾃分がそれらを使って物事を判断する側に回ること。⾃分の⽣活の豊かさのためにそれらを使うこと。つまりITやネットワークで情報を得て時間の効率化などを担保して、お⼦さんとの関わりや家族の時間を充実させるなど、本来の⼈間的な活動にたっぷりと時間を割いてほしい。おそらくご両親のそういう姿勢が、お⼦さんに良い影響を与えるのではないかと思います。
2017年夏、⽶スタンフォード⼤学の「d・school」を参考に、図書室をリニューアルして「アカデミックリソースセンター(ARC)」を新しく設置しました。現在は⽣徒同⼠の議論を活発化するアクティブラーニングスペース、図書室の蔵書を集めた資料ライブラリー、カフェのようにくつろげるインターネットスペースと3つの空間で構成されています。
▲簡単に配置を変えられるスタッキングテーブルとチェアを設置し、授業内容によって⾃由にレイアウトを変えられるようにしたアクティブラーニングスペース。
図書室はこれまでリソースを調べるだけの場所でした。私たちは従来のひとりで勉強するスタイルではなく、協働で勉強できる環境を整えることにしました。協働で学ぶと、個々⼈の特徴的な思考や得意な分野が合わさって、ひとりでは考えつかない新しいアイデアが⽣まれます。⽣徒の“創造の場”となる、それがARCの⽬指したいちばんのコンセプトです。もうひとつ⼤事なことが、デジタルとアナログの融合です。ひとり⼀台のパソコンを使⽤する⼀⽅、⾃分の考えをまとめたり、みんなに共有したりが簡単にできるホワイトボードも活⽤してほしい。図書室の古い⽂献も、インターネットでは探しきれない情報や資料が満載です。これからの⼈間に求められていくのは、AIにはない探究⼼。ARCはその探究⼼を育てる場所にもなっていってほしいです。
▲年間数百冊の書籍が⼊荷する資料ライブラリー。
アクティブラーニングの最初の授業としては、130周年記念プロジェクトの⼀貫で、ドローンで空撮した100枚近い画像をもとに教育版マインクラフト(⽴⽅体のブロックを⾃由に配置して建築などを楽しめるコンピュータゲーム)上で校舎をモデリングしました。⽣徒たちは私の指⽰など待たずに、「私はこの教室のこの部分をつくる」「僕はドローンを⾶ばして撮影する」「⾃分は画像データを処理する」と、⾃ら役割分担をしていきました。
▲エントランスに設けた⾃由に使えるスペース。⽣徒たちはそれぞれ個別に読書や協働での議論などを活発に⾏っている。
プログラミングが得意な⼦はプログラミングを、デザインが得意な⼦はデザインを、建築が得意な⼦はひたすらブロックを積み上げて、ひとつの⼤きなプロジェクトを完遂させたのです。
この10⽉の修学旅⾏ではシアトルのマイクロソフト社を訪れ、マインクラフト開発チームの皆さんへ⽣徒がプレゼンをしました。⽣徒たちにとって、素晴らしい経験になりました。
用語解説
1968年に設置された国際バカロレア機構(IBO/本部ジュネーブ)が提供する国際的な教育プログラム。21 世紀のグローバル社会で活躍できる、よりよい平和な世界を創造できる「世界市⺠の育成」をモットーとする。2017年6⽉の時点で、世界140以上の国・地域、4,800校以上において実施。
⽇常の業務から少し離れてこれまでのことを振返り、内省すること。実務での「経験」を学びとしての「知恵」にしていく活動。
1対1の対⼈関係で必要なスキル。関係性の構築、協調性、影響⼒など。
1983年にハーバード⼤学の⼼理学者ハワード・ガードナー教授が提唱した理論。⼈はみなそれぞれ⼀組の多重知性を持っており、8つの知的活動の特定の分野(⾔語的知能、論理数学的知能、⾳楽的知能、⾝体運動的知能、空間的知能、対⼈的知能、内省的知能、博物的知能)で才能を⼤いに伸ばすことができると説いた。
⽇本におけるインターネットの教育利⽤に先導的な役割を果たしたプロジェクト(正式名称「ネットワーク利⽤環境提供事業」)。通産省の外郭団体「情報処理振興事業協会」が、平成5年度の第3次補正予算で開始した「特定プログラム⾼度利⽤事業」のプロジェクトのひとつ「教育ソフト開発・利⽤促進プロジェクト」の主要な実験テーマ。
(取材・⽂:堀 ⾹織 撮影:野村恵⼦)