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2020.09.30

先が読めない時代はシナリオプランニングに取り組め

複数のシナリオを作り、それぞれの対処法を検討しておく

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立教大学ビジネススクール 教授 田中道昭氏

新型コロナウイルスの感染拡大が突然起こったように、今の世の中にはこれまでの激しい変化に加え、非連続の環境変化も訪れるようになっている。そうした先の読めない時代に日本の社会や企業はどう立ち向かえばよいのか。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授に解説してもらった。

2025年はコロナのシナリオで左右される

――産業界の未来を研究されている立場から、コロナウイルスの影響をどう見ていますか。

田中道昭氏(以下、田中氏) まず大局的なところからお話しすると、コロナによって明確になったことは、その前、つまりビフォーコロナに起きていた本質的な変化は、そのまま変わらないと言えます。そしてむしろ、その全ての変化は、コロナによってさらに加速していくということです。

 私は今年5月に『2025年のデジタル資本主義』という書籍を発行しました。この本は米国のGAFAや中国BATHなどの動向をまとめながら、今からおよそ4年後の社会のデジタル化と勝ち残る企業の条件を予測する内容です。

 およそ8割を書いたところで、コロナの感染が深刻化し、最後にコロナに関する話を1章追加することにしました。ですが、既に書いていた部分は、全く変えずに出しました。というより、変える必要がないと判断しました。デジタル変革の本質は、コロナが来る前と全く変わっていないからです。

 重要なのは、コロナの前に起きていた変化が、コロナによって加速するということです。多くの企業が強制的にテレワークに踏み切り、業務のペーパーレス化、脱はんこなどプロセスの変革も進みました。また医療や学校の授業、行政手続きのオンライン化も、問題を含みながらも進められてきました。さらに、高齢者のネットショッピングが拡大するなど、それまで普及させるのが困難だった層にもデジタルの利用が拡大しました。この変化は逆戻りすることはありません。

――コロナの影響が長引けば、企業の戦略にも影響が出るでしょうか。

田中氏 もちろん影響は出ます。ですが、この先、コロナがどうなるのかということは、誰にも分かりません。そのため「シナリオプランニング」という考え方が重要になります。

 私が見る限り、日本企業の中期経営計画では、単一のシナリオから計画を策定することがほとんどです。ですが、これだけ変化が激しい時代、また非連続の環境変化がすぐに訪れる時代です。近未来の社会を予測する際に単一シナリオから導かれる特定の未来を前提にするのは、リスクが高過ぎます。

 そこで複数のシナリオを作り、それぞれに対してどう対処するかを検討しておくことが必要です。スマートフォン時代に乗り遅れ、経営危機に陥ったノキアを復活させた現会長は、シナリオプランニングによって重要なことを見落とさずに、どのシナリオになっても準備しておくことが重要だと話しています。そのことは、このコロナで一層明確になりました。

 シナリオプランニングでは、3つから5つのシナリオを想定し、それぞれのシナリオを分析して、どう対処すべきかをあらかじめ想定しておきます。例えば、コロナの今後についてシナリオを考えてみると、図の縦軸にワクチン開発、横軸は第2波の有無を設定します。ここでいう第2波は、今年の秋から冬にかけて感染状況がどうなるかを想定しています。この図では、3×3で9つのケースが考えられますが、シンプルにベースケース、ベストケース、ワーストケースの3つに分類しています。

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 まず、ワクチンが今後1年未満に完成し、配布が開始されるとともに、第2波が到来しなかったというのがベストケースです。この場合は早期の経済回復が期待できます。私は、今のところ、国民に必要以上の不安感を与えないことを目的として、日本も米国もこのベストケースに乗っているとみています。

 ただ、実際にそうなるかはまだ分かりません。ワクチン開発がつまずき、第2波が来ると同時に自然災害が起きて複合災害に見舞われるようなことになれば、ワーストケースに陥る可能性もあるのです。

 この場合、事業環境は相当シビアなことになり、企業におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)は破壊的に進むことになると思います。どういうことかというと、スマートフォンの感染確認アプリがありますが、日本では任意の利用となっています。これが、ワーストシナリオ下では法律で強制的に利用することが求められるようになるなど、デジタル化も破壊的に進化せざるを得なくなり、社会も大きく変わると想定されます。

 ワクチンと第2波という事象だけでも、これだけのシナリオがあり得ます。ここで重要なことは、ベストのケースでもニューノーマルに収束するには1年、ワーストケースでは3年以上かかるということです。そういう前提で2025年を予測したときに、コロナのシナリオがどうなるのかは、極めて大きなウエートを占めることになります。

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――現状、経済活動が再開しつつあるように感じますが、このままのペースでは進まない場合も想定しなければいけないということでしょうか。

田中氏 そうです。未来は不確実です。私が危惧しているのは、今現在、コロナがこのまま収束していくという希望的なイメージを少なからずの経営者が持っていらっしゃるということです。その思い込みは危険です。どうなるか分からないからこそ、複数のシナリオを描いておくこと、そして最悪のシナリオから目を背けず、リスクマネジメントしておくことが重要です。

 実際、私が知るシナリオプランニングを実行している企業では、コロナの拡大時に手元資金を厚くするなどの対応をとりました。状況に応じてすぐに動けるように準備をすることができていたと思います。コロナに限らず、このところ「10年に一度」と言われるような自然災害が毎年のように起きていて、先の読めないことが実感として分かってきているのだと思います。そのため、シナリオプランニングを取り入れる企業が増えているのです。

持続可能性に取り組む企業しか生き残れない

――コロナによって加速されたことも含め、これからの社会、そして企業はどのように変わっていくのでしょうか。

田中氏 先ほどの書籍では、「GAFAの次に来るもの10の論点」として、10のポイントを考察しています。ここに、日本企業を進化させる活路を見いだすことができると考えています。

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 この中から幾つかのテーマについてお話ししますと、まず「会社の芯からSDGsに対峙する」時代になると見ています。異常気象が続くことで、地球環境の変化が社会に大きな影を落としています。このことは、われわれも人という“動物”として、肌感覚で危機感を感じるようになっています。

 海外では、ここに本気で取り組む企業が増えており、米国ではSDGsに本業から直接対峙する企業も登場しています。企業の社会貢献活動としてや、寄付をするというレベルでなく、企業活動そのものに環境活動を組み込む動きは、コロナ前から活発化していましたが、コロナ後には、この動きは一層、加速すると思います。

 一方、日本では、コロナ前はこのテーマはまだお題目のようなところがありました。コロナと地球環境問題に直接因果関係があるのかは分かりませんが、日本でも企業の持続可能性を考えるきっかけになっていることは間違いありません。もちろん、大きなダメージを受けて足下の問題に対応するのが最優先の企業もあるでしょう。ですがそうでない大企業は、コロナを機にSDGsに対する本気度は増していると思います。

――SDGsがビジネスチャンスになると見ているのでしょうか。

田中氏 いいえ、違います。それは、古い日本企業的発想です。どうしても日本企業は、ビジネスになりそうだとか、株式市場から求められているからという見方で捉えますが、そうではなくて、自社の本業でESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:ガバナンス)、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)に取り組まなければ、自分たちのビジネス以前の問題で大変なことになるという危機意識が出てきているのです。そこは強く指摘しておきたいです。

株主重視からステークホルダー重視へ

――「株主偏重主義から、ステークホルダー主義への転換」も挙げています。

田中氏 これも、コロナ以前の国際的な経営者が集まる会議などで、既に取り上げられていたテーマです。従来の企業は「株式会社は株主のためにある」という考えに支配され、株主重視=ROE重視の経営を良しとして運営されていました。そのため、企業は業績が悪化する中ではコストを削減したり、自社株を買うなどして株主(自己)資本を減らしてきました。

 ですが昨今、そうした株主だけを大事にする企業は、結果的に存続できないという見方が広がっています。それが、コロナ禍の企業の行動に表れました。ロックダウンによって経済活動が止まり、業績が悪化しても、多くの企業は従業員の雇用を維持し、また自己資本を増し積みすることで安定性を確保しようとしました。株主重視の行動とは逆のことをしていたのです。

 企業にとって何を重視すべきか、経営者の考え方は大きく変わってきており、それがコロナによって決定的になりました。今、ROEを重視すると声高に叫んでいるような企業は存在しません。雇用と企業の安定性を維持しながら、デジタルの力を使って次の成長に向かおうとしていると思います。

顧客中心主義の企業はコロナでも強い

――商品中心から顧客中心の経営に変わることも提言しています。

田中氏 企業はこれまで、「お客さま第一主義」とは言いつつも、実際は製品中心であったり、技術中心、競合対策中心でやってきたところが多かったと思います。例えば、ビール業界は、ライバル企業がはっきり決まっていて、常にそこに対して何をするかを最優先に事業を行ってきました。もちろん、「いいものを作れば売れる」ということを信じる製品至上主義の企業も、まだ多いでしょう。そこを見直すことが求められています。

 コロナによって、顧客中心だった企業が強いということがはっきりしました。例えば、コロナ禍で存続が厳しくなった飲食店がクラウドファンディングで、代金の前払いとして顧客から資金を集めて運転資金を補填できたのは、別にテクノロジーの話ではなく、それだけコロナ前に顧客との親密な関係性を築いていたからこその結果です。

 とはいえ、従来は不可能だった、顧客一人一人に合わせたカスタマイズが、テクノロジーによってできるようになりました。こうした動きは、従来はECなど一部の業種だけでしたが、今後は拡大していきます。そこを理解し、活用することで、顧客と直接つながることを意識した経営ができるかが重要です。

 顧客との良好な関係を長く続けることが、不確実性の高い時代に企業を存続させ、成長させるカギになっています。今、コロナで苦しむ業界に向けて、政府の「GO TO トラベル」などの観光や外食などの支援制度がありますが、このキャンペーンで一度来てもらえばいいのではなく、一度来てもらった顧客と、いかにして継続的な関係を結んでいくかが重要なのです。

 一社一社の企業が、それぞれ一人一人の顧客と長期的な関係を築くことが、企業がサステナブルに継続していくために必要となっています。そうした会社が増えてくることで、業界全体が持続可能な産業になっていくと思います。

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――コロナ後の日本企業に、最も必要なことは何でしょうか。

田中氏 私は最近、「コロナによって、これからの企業は“シンカ”が問われている」という話をしています。カタカナで言っているのは、二つの意味があるからです。

 一つは「真価」です。コロナ禍で、企業は顧客といい関係を結べていたのか、それともその場限りだったのかが明らかになってしまいました。「GAFAの次に来るもの10の論点」にも照らして、自社の真の価値を見いだし、不足しているところは補わなければいけません。

 そして、シンカのもう一つの意味は、もちろん「進化」です。社会や事業環境はコロナ禍で大きく変わり、コロナ後も変わり続けます。予測不可能な時代に、でき得る限りの備えをしながら、変化に対応していく柔軟さを持つ企業に進化していくことを期待しています。

【本記事は JBpress が制作しました】