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2020.09.28

“降りる駅を変える”ことから「知の探索」を始めよう

イノベーションはどうすれば起こせる?

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早稲田大学 大学院経営管理研究科(ビジネススクール) 教授 入山章栄氏

イノベーションを生み出せずに悩む日本企業が多い日本が、コロナはそれを変革する機会にもなる。早稲田大学 大学院経営管理研究科の入山章栄教授に、「アフターコロナの企業の在り方」についてお話しいただいた。

コロナ前と経営問題の本質は変わっていない

――新型コロナウイルスの感染拡大によって、日本の企業経営を取り巻く環境はどう変わったと見ていますか。

入山章栄氏(以下、入山氏) 私は2019年末に『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)という本を出しました。世界で中心になっている経営理論を網羅してビジネスパーソンに紹介する本です。その観点から言うと、日本企業にコロナ前から内在していた問題の本質は、ほとんど変わっていないとお話ししています。コロナの前から、企業を取り巻く社会環境は不確実性が高くなっていました。新しい技術を武器にした企業が既存の市場を破壊し、変化が激しい時代に突入していたのです。その中で企業は、自ら変化を起こしていかなければ生き残れないと話してきました。

 では、コロナで何が起きたのか。一言で言うと、その不確実性がさらに高まったのです。変化が激しくなったと言ってもいいでしょう。

 コロナ前は、世の中の不確実性が高まっても、それほど危機感のない業界も存在しました。そういう業界の企業で私が講演する際に、最初に何が必要だったかというと、「このままだと御社はつぶれますよ」などと意図的に過激な言葉を使って、危機感をあおることでした。ですがコロナ後は、その必要はなくなりました。どの業界の企業経営者も、危機感や問題意識は非常に高まったと思います。

失われた30年の根源は「経路依存性」

――日本企業は変化が必要だったのに、なぜ変われずに今日まで来てしまったのでしょうか。

入山氏 一つは、危機感が足りなかったと言えるでしょう。ですが私は、それよりも重要で決定的な理由があると思っています。

 それは「経路依存性」です。これは経済学や経営学でよく使う考え方ですが、すごく直感的に言うと、組織内の仕組みががっちりと合理的にかみ合っている中では、その仕組みの中の一部だけを変えようとしても無理だということです。

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 経路依存性について、私がよく引き合いに出すのは「ダイバーシティ」です。ダイバーシティはイノベーションを生み出すために欠かせないもので、重要といわれていながら、多くの企業で導入が低迷していました。なぜそうだったかというと、密接に絡んでいる他の要素を変えずに、ダイバーシティだけをやろうとしていたからです。

 ダイバーシティを実現しようとしたら、いの一番に「新卒一括採用」と「終身雇用」をやめなければいけません。なぜなら多様な人を取り込むには、中途採用を中心に考えなければいけないからです。また雇用契約もメンバーシップ型からジョブ型に変えなければいけない。さらに評価制度も、同質の人材を対象とした現在の制度から変える必要があります。そして、多様な人がいるのであれば働き方も多様でなければいけません。皆が出勤することをよしとするような古い考えでなく、場所や時間にとらわれず働ける環境を整える必要があります。そうなると、その裏付けとなるデジタルトランスフォーメーション(DX)も必要だったということになります。

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 これらを全部変えなければ、ダイバーシティを取り入れることはできません。しかし日本の企業は一部分だけ変えようとして、失敗してきたのです。「失われた平成の30年」の最大の原因はこれだと、私は思っています。

コロナがもたらす変革のラストチャンス

――コロナウイルスが既存の働き方を変えていますが、どう影響するのでしょうか。

入山氏 まさにそこです。コロナ自体は残念なことですが、企業と人を取り巻く経路依存性を一気に破壊できる奇跡的なビッグチャンスが訪れているのです。

 まず強制的なリモートワークが実行されました。それによって社員の評価制度を変える必要が出ています。リモートでは、何時間働いたかはどうでもいいことで、結果を出せるかの成果主義になります。そして、成果をはっきりさせるためにジョブ型雇用になります。

 コロナによって、全部を一度に変えられるチャンスが突然到来したのです。ただし、これはビッグチャンスであると同時に、最後のチャンスです。なぜかというと、他の会社がこのチャンスに変わってしまうから。取り残されればアウトです。この数年が本当に勝負だと思っています。

 また、リモートでいろいろな人と会うことができて、通勤時間もなくなった結果、副業が非常に増えています。加えて、会社へのエンゲージメントが弱くなっているので、転職を考える人が増えています。2021年以降、大転職時代が訪れるでしょう。

 先日、この話題を経営共創基盤の冨山和彦さんとしたときも、「その通り」とおっしゃっていました。あわせて、とはいえ日本企業で変われるのは2割程度じゃないかとも言われていました。コロナの後は大転職時代であると同時に、大倒産時代になるかもしれないのです。

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ニューノーマルのビジネスを突き進む人

――誰かに直接会いに行くのは難しい状況と思いますが、それでも転職活動は十分できますか。

入山氏 コロナ禍で一見すると、引きこもって人と会うチャンスも全くないというふうに見えますが、私は二極化しているとみています。もちろんリアルに活動する人は少ないのですが、リモートを使って積極的に人脈を広げている人が数多くいます。この波に乗れる人と乗れない人の差が相当付くでしょう。世代でいうと若い人の動きがいいのは間違いありません。

 ビジネスのオンライン化は、従来の意思決定のプロセスも変えようとしています。シリコンバレーの投資会社スクラムベンチャーズの宮田拓弥さんとお話ししたとき、ベンチャー企業が資金を求めて宮田さんのところを訪ねてこようとしても、最初の面談はほぼ100%リモートで行っていると言っていました。投資家と起業家のマッチングは、最初の印象が大事だと聞くので、当然直接会って判断するのかと思っていたら、そうではない。なぜかと聞くと、答えは簡単で「断りやすいから」だそうです。

 オンラインだと決断が早くなり、面談や会議もテキパキと進められるようになります。おまけに移動の必要もない。制約なくいろいろな人と会えるので、これをうまく使うと人脈を伸ばせると思います。

 また営業職も、オンラインで既存顧客のフォローはできるが新規開拓が難しいといわれています。ですが、一平ホールディングスの村岡浩司社長と話したとき、「入山さん、それは違う。オンラインなら時間を取らせず短時間でも会ってもらえるから、むしろ新規がバンバン楽に取れるのよ」と言われていました。

 言われてみれば、その通りです。リアルで新しい人に会うためには、本命の人につながるまでにスケジュール調整を何度もして疲れてしまうことが多いわけですが、オンラインなら目的の人を知っている人に紹介さえしてもらえば、あとはダイレクトに会うことができます。

 そこで大事になるのは、プレゼンテーション時の言語化能力です。これはオンライン時代には不可欠の力だと思います。リアルの世界では、ただ雰囲気だけで存在している謎の部長みたいな人が会議で偉ぶっていましたが、そういう人はオンラインの世界には存在しません。

 自分の言いたいことを、はっきり的確に言える能力を持つことが重要になります。宮田さん、村岡さんのような人が活躍し、「職業=部長」のような人種は、新しい世界では絶滅するでしょう。

コロナ後に残る社会の変化を見通す

――アフターコロナの時代には、どんなことが起きるのでしょうか。

入山氏 ワクチンが開発され、行き渡ってくれば、コロナそのものによる経済の縮こまりは次第に終わるでしょう。問題はコロナが終わった後、社会に残る変化というのがあるということ。それはリモートワークでありデジタル化です。それを変革の種にして、大きく変わる企業が日本にもグローバルにも出てきます。その企業が旧来から変われなかった企業に襲い掛かれば、全滅です。これまで安泰と思っていた業界も、例外なくやられます。日本の代表的な産業である自動車業界も、数年前までは大丈夫だといわれていましたが、いよいよ淘汰が始まるかもしれません。

 特に日本のサービス業は生産性が低いといわれています。私はその大きな理由は、サービス産業は国際競争にさらされてこなかったから、と理解しています。なぜ国際競争してこなかったかというと、「日本語」というバリアがあるからです。

 日本の人口は1億2000万人。このマーケットを私は、国際的に見て中途半端なサイズだと思っています。ちょっと厳しく言えば、最悪に中途半端、と言えるかもしれません。例えば米国は人口3億人で、国内市場を立ち上げれば、その勢いで世界に展開して50億~60億人の市場を獲得できるチャンスがあります。そのためGAFAは世界の時価総額でトップに君臨できやすい。次に中国企業は14億人のマーケットで、単独でも世界で勝てる規模を握っています。EUは5億人、インドは13億人、アフリカも12億人います。東南アジアも各国合わせて6.5億人の市場を形成しています。

 対して、日本のサービス業は、ほとんどが日本の市場に閉じてビジネスをしてきました。最大1.2億人では、国際競争力を持とうにも、難しい状況です。でも1億人いれば、なんとなく会社としてその中でビジネスができてしまう。サイズが中途半端な訳です。

 さらに、先ほど話した日本語のバリアのせいで、日本語という障壁があるので、海外の企業はおいそれと参入してこない。守られていたので、日本企業は外へ出て行かなくてもなんとかやってこられました。それが今日まで日本のサービス業を低迷させてきた原因です。

 ただ、これから数年内に起きるだろうことが、この状況を一変させるかもしれません。それは、音声のリアルタイム自動翻訳です。私はこれが日本にとって大革命になるのではないかと思っています。

 例えば、今までは、私がリモートでドイツ人と話そうとしたら、互いに通じる共通言語である英語で話さなければいけませんでした。しかし自動翻訳が入れば、私が日本語で話せば、相手にはドイツ語で届くようになります。

 今、日本ではドイツ語も英語も通じないので、ドイツの企業は日本にほとんど来ていませんが、自動翻訳できるようになればどんどん入ってくるでしょう。もちろん他の国も同様です。日本語に守られていた業界や企業にとっては危機的状況になりえるのです。ちなみに、私はこれで一番ダメージをくらうのが、日本の大学業界だと思っています。大学ほど、日本語に守られていた業界はないですから。でも、これはチャンスでもあります。英語が十分にできなくても、海外に打って出て市場を拡大することができるかもしれないからです。

人材の流動化が「知」をつなげる

――8割の企業がなくなるというのはあまりにショッキングですが、残る2割を3割、4割と増やすために、イノベーションを起こしていくにはどうすればいいのでしょうか。

入山氏 企業がイノベーションを起こすためには、従来の事業を深掘りする「知の深化」と、未知の領域へ進出する「知の探索」の両方が必要という「両利きの経営」を実践する必要があります。しかし企業はどうしても深化の方に傾いていき、探索がおろそかになります。そのため、イノベーションが起きないのです。

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 残酷な言い方かもしれませんが、私は、生き残る企業が2割なら、2割のままでいいという立場です。というのは、知の探索の知とは、人の頭の中にあるものなので、人が閉じた世界から解放されることで従来出合えなかった知と知が出合うことが期待できるからです。その意味では、企業が倒れて優秀な人材が流動化することが望ましいのです。

 例えば大手企業の研究所には、とても優秀な研究者が数多くいます。しかし大抵は、大企業の持つ地方の研究所で何十年もサラリーマン人生を過ごしてしまう。一企業の中に留まっていては、知の探索ができません。これはイノベーションにとっては大変もったいないことです。

 フィンランドで今、勢いのあるテクノロジーベンチャーが多数登場しています。これはなぜかというと、かつて世界一の携帯電話会社だったノキアが身売りして、その後のリストラで優秀な技術者が多数放出されたからです。彼らは自分たちの技術を生かしてベンチャーを立ち上げて、「アングリーバード」のようなユニークな企業が生まれています。

 ですので社会全体としてみれば、私は企業が解体され、ベンチャーがどんどん生まれるべきだと思っています。

 ただ、企業経営側からすれば、企業を存続させることが命題なので、自社を変えていく必要があります。それには、企業内部で知の探索を行い、ものにするしかありません。

 そのために私が言っているのが「センスメイキング理論」です。これは社員に「腹落ち」させて、前向きにチャレンジをさせる仕組みです。新しいチャレンジには失敗がつきものですが、当事者(社員)が納得していないと、前に進む力が出てきません。多少不正確でも、納得して行動させることが第一歩です。

 遠い未来や会社の方向性について、企業の経営者が示すことを社員が納得していることが重要です。そこをちゃんとできていない企業は、イノベーションを起こすことは難しいでしょう。私の知る限り、日本を代表する企業の経営者は、全員明確なビジョンとストーリーを語り、社員に腹落ちさせる達人ばかりです。

「怖さ」の克服には、小さなことから始める

――「知の探索」は、どこから始めたらいいのでしょうか。

入山氏 知の探索が難しい最大の理由は、「怖い」ことだと思います。未知で遠いところを自分の中に取り入れることになるので、失敗するのが怖くなるのです。大事なのは、いきなり大きなことをやろうとしないことです。今まで何もしたことがなくて冷え切っていた人が、急に大きなことをやろうとしても無理があります。

 ベンチャー投資企業WiLの伊佐山元さんに、私のつとめる早稲田大学大学院(ビジネススクール)で講演していただいたことがありました。そのときに学生から「どうすればイノベーティブなことができるのですか?」と質問が出ました。それに対して伊佐山さんは「今日の帰り道、降りる駅を1つ変えてみる。そこから始めてみては?」と答えたのです。

 怖いから逆に力んで大振りしてしまう。そうでなくて、小さなことから少しずつ始めていく。私は書店に行き、目をつぶって本を買って、それを絶対最後まで読み切るというチャレンジをお勧めしています。身近なところから変化を起こすことが重要で、変化に慣れてくるとそれが楽しみに変わって、どんどんチャレンジできるようになっていきます。

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【本記事は JBpress が制作しました】