2022.08.02

デジタル印刷と歩んだ10年間と、未来を見据えた更なる変革の取り組み
株式会社講談社 / 株式会社KPSプロダクツ

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株式会社講談社 業務企画部 土井 秀倫 氏

株式会社講談社は、2012年9月、国内出版社として初の大型インクジェットデジタル輪転印刷機、HP PageWide Web Press T300(当時のHP T300 Color Inkjet Web Press)を導入した。出版業界では、長きにわたりオフセット印刷機による大量生産が書籍流通を支えてきたが、刻々と変化する時流の中で、初版部数の最適化、在庫の最小化、廃棄コストの削減、重版の即時性など、多くの対応が各社に問われるようになった。出版物の多様性を保ちながら適時適量生産を実現するため、10年前に先陣を切ってデジタル印刷機を導入した同社は、今年T300から最新機種のT370HDへのアップグレードに踏み切った。講談社の10年間にわたる取り組みと、未来を見据えたこの先の変革について、デジタル印刷機とともに歩み、新たなる道を拓いてきた同社の土井氏に話を聞いた。
(インタビュアー:株式会社日本HP 経営企画本部 部長 甲斐 博一)

デジタル印刷と歩んだ10年間

甲斐:10年前に、HP PageWide Web Press T300インクジェットデジタル輪転機を導入され、大手出版社として自らが書籍の少部数生産に乗り出したことは、国内で前例のない決断として大きな話題となりましたが、導入を決断した背景について教えてください。

土井氏(以下、土井):導入を検討していた2010年は「電子書籍元年」と言われ、長らく紙メディアのみだった出版界が新たな方向性を模索し始めた時期でした。またインターネットの普及に伴って紙製品の売上が低下し、多品種少量生産の傾向が強まっていた時期でもあり、リーズナブルなコストで小ロット生産ができる体制を構築するべきだと考えたのが始まりです。それを実現できる印刷機を検討する中で、生産性の高い連帳タイプであり、出版業界での実績が多かったことがHPのインクジェットデジタル輪転機に決めた理由です。

甲斐:デジタル印刷機を導入された当初は、技術的な側面やビジネス的な側面において、先駆者として様々な奮闘があったのではないでしょうか?

土井:そうですね。技術的な側面では、インクジェットに適した書籍と、適さないものがありますので、まずはその判断と検証にかなりの時間を要しました。例えば講談社文庫というレーベルのうち、既に絶版となっている作品も含めて5000〜6000冊を一冊一冊調査しました。数日かけて自社の図書館にこもり、写真のあるもの、ベタがあるものなど、インクジェットに適さないものを丹念に調べていきました。また、古い作品の中には、ポジフィルムから印刷していたものもありますから、グループ会社のKPSプロダクツでポジフィルムをスキャンし、今日に至るまで地道にデジタルアーカイブ化を続けています。そのため、存続が危ぶまれているポジフィルムの多くをレスキューすることができ、バックリストを充実させることにもなっています。

甲斐:膨大な作業ですね。既存の本に加えて、今後新しく出版される本も視野に入れると、デジタル化の技術的なポイントはどのような点にありましたか?

土井:出版社が印刷上こだわるポイントのひとつは「文字のシャープさ」です。しかし、くっきりと印字することと、シャープにすることは、技術上トレードオフの関係にあります。当時の600dpiという解像度の中で、仕上がりをオフセット印刷に近づけるためにKPSプロダクツの技術者を交えて何度もテストを繰り返しました。

甲斐:軌道に乗るまでには、技術面で多くのご苦労があったのですね。デジタルだから印刷機をどう動かしても同じということではなく、初期段階では技術者の裁量も重要となるということですね。ビジネス的な側面ではどのような課題がありましたか?

土井:小ロット化の価値を可視化することが重要でした。書籍は典型的な「ロングテール」商品であり、少数の売れ筋と、その他多数の商品で成り立っています。そのため、在庫分析を進めると、オフセット印刷機で量産すべきものと、ロングテールとしてデジタル印刷機で多品種少量生産すべきものが見えてきました。これは一例ですが、まずは今までのビジネス慣習を見直し、社内の各部門とメリットを共有していくことが課題でした。

小ロット生産だけではないデジタル印刷の様々な価値

甲斐:運用が軌道に乗ってから、どのような点で小ロット化の価値を実感されましたか?

土井:例えば、年に100冊しか売れない書籍をオフセット印刷で1000冊製造すれば、10年分の在庫を抱えてしまうことになります。そのため陳腐化、廃棄のリスクに加え、倉庫代もかかって損益を圧迫してしまう。今までは、オフセット印刷の経済性やコストでロットサイズが決まっていましたが、このようなやり方では売上規模と製造部数を同期させることが困難でした。かといって販売数が少ないロングテールのアイテムを絶版にすれば、ラインアップに偏りが生じてしまいます。デジタル印刷を活用すれば、需要に応じて少部数でも製造できるので、絶版の必要は小さくなり、長期にわたって書籍に生命を与え続けることができるのです。

甲斐:なるほど。デジタルの価値を最大化するときに出てくる保存性ですね。また、大量に印刷し、売れなければ返本して破棄するという従来のモデルは、デジタル印刷によって大きく変わっていきそうですね。

土井:デジタル印刷機は、オフセット印刷機と違って、コストを下げるために大量に作る必要はありません。小ロットで需要に応じた製造を行うことができるので、オフセット印刷機では難しかった需給バランスを最適化することができます。しかしデジタル印刷機の特長は小ロットだけではありません。まだあまり注目されていないように思いますが、スピードの速さもデジタル印刷の大きな価値です。例えば、あるシリーズでは部数決定からわずか2~3日で重版出来しています。そうすると、品薄になっている書店さんに在庫補充できるので、販売機会を逃すことがありません。足りていないところに、足りない冊数だけをタイムリーに送ることができれば、読者、書店さん、そして出版社にも望ましい状況を作り出すことができると思います。

デジタル印刷事例 - 講談社サイエンティフィク

甲斐:理系の専門書籍を出版する「講談社サイエンティフィク」では、重版のみならず初版からデジタル印刷機を活用されていると伺いました。このレーベルでデジタル印刷機を活用するようになったのはなぜですか?

土井:デジタル印刷機の強みのひとつであるカラー印刷を生かした仕事を取り込めないかと探したところ、講談社サイエンティフィクがマッチしたのです。学術書や教科書ですから、もともとロットが小さくアイテム数も多いという特徴がありました。

甲斐:図版やグラフなどにカラーが使用されていると、格段に見やすいと感じますね。

土井:オフセット印刷ではコスト的な制約があり、モノクロに甘んじていたのが実情です。モノクロ印刷では複数の折れ線グラフを墨1色で「実線」「破線」で表現しなければならなかったので、カラー化したことで理解しやすくなったかと思います。さらに、デジタル印刷用のデータは電子書籍にも転用できるため、電子書籍もカラー化してトータル売上がアップするという嬉しい相乗効果もありました。

現在、デジタル印刷機の稼働率は100%を超える月も多くなり、既に多くの製品がデジタル印刷機なしでは成り立たなくなっています。オフセット印刷機でカラー書籍を200~300部印刷することは高コストのため難しいですから、小ロットでもカラーが使えるメリットは想像以上に大きいです。

甲斐:もともとカラーであるべきだったものが、コストの制約がなくなり、自然の形になったといえますね。これもまたデジタル印刷の価値といえそうですね。

土井:仰る通りです。単にコスト削減のためだけにデジタル印刷を使うのだと言う人もいましたが、それでは説明不足だと思います。カラーにすることで表現力が格段に上がり、商品力が高くなる。しかも多くの在庫も持たなくていい。副次的に電子書籍の売上もアップできる。学術書は、データの修正や更新など、内容の改訂が頻繁に起こる分野ですから、柔軟に対応できるのもデジタル印刷機ならではです。担当している私も、これだけの多くのメリットが生まれたことに驚いています。

新機種へのアップグレードの決断と次の10年を見据えた施策

甲斐:今年HP PageWide Web Press T300インクジェットデジタル輪転機を最新機種(T370HD)にアップグレードされましたが、決断にはどのような理由があったのでしょうか?

今回新たに導入した HP PageWide Web Press T370 HD

土井:そもそもHPのインクジェットデジタル輪転機を選択したのは、印刷機本体を買い替えることなく最新機種と同等の機能にアップグレードでき、長期間使えることが決め手のひとつでした。今回のアップグレードは、文字品質の向上と写真や図版の解像度アップを図ることにより、より広いラインアップに対応したいという背景がありました。例えば明朝体の横棒の線の細さですが、従来の600dpiでは、どうしても線が太く見えてしまい、文字が野暮ったい印象になっていましたが、最新機種へのアップグレードとHDNAプリントヘッド(※高精細ノズルアーキテクチャ)では横棒が細く刷れるので、版面全体がシャープに見えるようになりました。

また、これまでは写真が含まれる書籍はなるべく避けていたのですが、アップグレード後は諧調の表現力が一気に高まったため、写真や図版が含まれている製品もデジタル印刷の対象に加えることができました。今までインクジェットデジタル輪転機は講談社グループの製品のみを製造していましたが、アップグレードを機に設備一式をグループ会社のKPSプロダクツに移管し、より幅広いプリントビジネスに対応できるような体制にしました。小ロットとスピードを兼ね備えたデジタル印刷機はKPSプロダクツ成長の原動力になると思っています。

甲斐:デジタル印刷は益々今後も研究開発投資が続く分野です。その成果が時間軸と共にさらに強化されていくはずだと私は見ています。過去10年間の歩みを振り返って、今どのくらい理想に近づいていると感じていますか?

土井:出版用途に関していえばかなり完成に近くなってきていると思います。残る課題は、製造プロセスの自動化でしょうか。今はオフセット印刷と同じプロセスでやっていますので、例えば奥付の刷数や発行年月日は全てプリプレス部門で手動修正しています。それらの処理を完全自動化できるのが理想です。

甲斐:自動化を推進する上で、新しい技術の採用なども視野に入れられていますか?

土井:そうですね。デジタル印刷のもう一つの特長はデータ連携が可能ということだと考えています。例えばマーケットデータを連携し、どの本を、いつ、何部生産するかという製造指示を出します。同時にプリプレス側では奥付を自動組版して印刷用データをセットし、スイッチを入れれば自動的に印刷機が回って在庫を補充してくれる。そのようなデータドリブンな製造プロセスが実現できればと思います。突き詰めていくと、注文に応じて1冊単位で生産する Book of One が実現できれば、絶版はなくなり、在庫を持つことなくバックリストを無限に拡大していくことが可能になります。まだまだハードルは高いですが。

甲斐:なるほど、面白い未来が見えてきましたね。次の10年を見据えた時、マーケットの変化についてはどのようにご覧になっていますか?

土井:さらに小ロット化、製品ライフサイクルの短命化が進むだろうと思います。それ故に、自動化やデータ連携などの効率化が大切ですし、デジタル印刷でアウトプットできるコンテンツを一冊でも多く集めていくことが何よりも重要だと考えます。

甲斐:紙の本を読むという体験は、古くから受け継がれてきました。一方、近年電子書籍の体験が新しく登場した。同じ作品でも、紙の本と電子書籍では、体験の質やニーズは異なるものだと思います。ですが、確実にどちらのニーズもある。つまり、ニーズは多様化していると私は捉えています。今後は、紙の書籍と電子書籍を両方活用するという体験も出てくるかもしれません。例えば、じっくり読んで理解するときは紙の本、電車の中などでさっと見返したい時は電子書籍など、時間や空間、状況に応じて最適な方法で体験するという形です。

また、紙の本と電子書籍のニーズを統合させるようなビジネスモデルやマーケティングが生まれたら、このマーケットはこれからも広がるのではないでしょうか。例えば、電子書籍を10作品読み、それを自分だけのオリジナルの表紙で一冊の本に仕立てるようなことができれば、「作品に触れる」という体験が増えるのではないかと感じます。

土井:現在、電子書籍の多くは紙の本の印刷用データをベースにしていますから、ものづくりの起点は紙の本にあります。それが電子ファーストになった時にどうなるのか、まだ決まった答えはありません。しかし、コンテンツをデジタルアーカイブ化し、紙にも電子にもアウトプットできる体制を整えておけば、将来に渡って対応できると考えています。

甲斐:体験をどうコーディネートするか、そしてどんな体験でもアウトプットするというのがこれから先の10年ですね。

出版社が挑むサステナビリティと目指す未来

甲斐:現在の出版業界におけるサステナビリティの取り組み、考え方について聞かせてください。

土井:残念ながら、出版業界ではサステナビリティは「紙」の話にすり替わってしまい、古紙や認証紙を使うとかいう話になりがちです。

甲斐:印刷業界全般に言えることですが、紙を扱う商売だからこそ紙の話にいきがちですね。サステナビリティに関する価値基準を業界全体で変えたいところです。

土井:もちろん紙は大切な資源です。しかし、日本の製紙会社はかなり前から植林事業と計画伐採を行っており、古紙のリサイクル率も世界最高レベルです。実は出版界でも返品された書籍を古紙として再生する仕組みが数十年も前からできています。紙は何度もリサイクルが可能なため、そもそもサステナブルな素材なんですね。こうした紙の優れた側面や業界努力はもっとアピールすべきです。しかし、私は目先の材料にばかり注目するのではなく、より広い意味でのサステナビリティに目を向けるべきだと思います。書籍は見込み生産なので、需要を見誤って多く製造すれば無駄になるし、逆に少な過ぎれば販売機会を失ってしまいます。デジタル印刷機の小ロットとスピードを活用すれば、先の例のように売り上げをアップしながら無駄を減らしていくことが可能になります。こうして環境への貢献と損益の両立が可能になり、出版をよりサステナブルなものにできると確信しています。

甲斐:何冊、いつ、どこでつくるかというところがポイントですね。廃棄や売り損じが少ないという点において、環境とデジタル印刷機は相性の良さがあると思います。サステナビリティの観点のひとつは「CO2ネットゼロ」ですが、教育格差などをなくす「格差ゼロ」という概念もあります。その分野でも出版社ができることがありそうですね。

土井:仰る通り、書籍が与える教育へのインパクトは大きいと考えます。当社はメディアの責任として報道の公正化にも目を向けています。そのため国連の「SDGメディア・コンパクト」にも加盟しています。ジャーナリズム、ライフスタイル、コミック、児童書など、講談社のコンテンツ力を活かしてSDGs達成に寄与できればと思っています。

甲斐:情報をいかに公正に届け、教育格差を埋めていくか、出版社の果たす役割は大きいですね。最後に、出版社が目指す未来についてお聞かせください。

土井:出版社は今や「総合コンテンツメーカー」だといえます。講談社は113年の歴史がありますが、そのうち100年間はほぼ紙だけでビジネスをしてきました。しかしこの10年間で電子書籍、コミックアプリ、IP(知的財産)、Webメディアなどにビジネス領域を広げています。「”Publisher(出版社)” の仕事はコンテンツを “Public(公)” にすることだ。その手段は紙、電子など様々あってよい」 というのは、当社の野間社長の言葉です。そのためにはコンテンツをデジタルアーカイブ化し、読者の求めに応じて自在にアウトプットできる能力が競争力のカギになると感じています。デジタルというと電子書籍ばかり注目されてしまいますが、忘れてはいけない最重要キーワードがもう一つのデジタル、「デジタル印刷」だと思いますね。

これからの出版社の存在意義を考えると、先ほども話題になった「サステナビリティ」に行きつきます。これは環境保護という狭い意味ではなく、コンテンツの力によって「読書」という文化や環境を支え、永続化させていくのが “Publisher” の使命だと思います。電子書籍も、デジタル印刷も、いわばコンテンツをアウトプットするためのツールです。優れたコンテンツがあってもそれを形にすることができなければその価値は半減してしまいます。コンテンツビジネスを支える基盤を構築し、永続化できれば、「読書」という大切な文化も守っていける。そう信じてこの先も前進を続けていきたいと思います。

終わりに

人と本の出会いを支え、本の価値を広く伝えているのが出版社である。インターネット上に膨大な情報が溢れる中、出版社は緻密な編集・校正作業を積み重ね、ひときわ質の高い情報を世に送り続けている。講談社は、この10年で「総合コンテンツメーカー」として大きな転身を遂げた。媒体や方法は変われど、質の高い情報を公にするという根本はきっと今後も変わらないだろう。しかし、もしも「紙の本」が、いつか途絶えてなくなってしまったら――。紙の本のしなやかな感触や匂い、ページをめくる指先の感覚や音、大切な本を本棚に並べる喜び。それらの記憶と体験が潰えてしまうのは大きな損失でしかない。その怖さに気づくと同時に、土井氏の言葉が頭をよぎる。「電子書籍に加えて、もう一つのデジタル化のカギが『デジタル印刷』なのだ」と。これらの技術によって、一度この世に誕生した本を、半永久的に読者に届けることが可能になった。いま改めて紙の真価を見直すとともに、この先、紙の本と電子書籍を共存させながら、長きにわたり良書に生命を与え続けてほしいと切に願う。読書という文化を支え、未来につなぐのが出版社なのだから。

KPSプロダクツ 岡田専務からのメッセージ

「製造~物流まで一気通貫の出版プラットフォームサービス」を実現するKPSホールディングス

講談社よりインキジェットデジタル輪転機を継承する際にフィールドアップグレードによる対応品種の拡大を目指しました。長年の生産実績と技術ノウハウの蓄積とともに品質面に進化を与えたことでデジタル印刷の制約が緩和されました。またデジタル印刷の活用条件として、多くの出版コンテンツを適時運用し、その履歴が管理できていることが求められます。リレーショナルな管理体系から用途別のソースを選択・提供できるバックヤードの構築も当社の強みです。また株式会社KPSプロダクツは講談社グループKPSホールディングスの一員として「進化し続ける出版プラットフォームになる」つまり製造だけでなく流通も含めた出版へのソリューションとしても捉えています。インキジェットデジタル輪転機が設置されている同一敷地には一貫生産ができるKODANSHA BOOK FACTORYがあり、最終製品が出荷できる流通面での利便性も高めています。これからの出版プラットフォームを具現化したしくみを、多くの出版社にも活用いただけたらと思います。

KPSプロダクツ 本社オフィス全景(奥のビルは講談社)

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