掲載日:2022/05/12

レジレス技術がMLBやNBAアリーナに急拡大。ソーシャルマニュファクチャリングも始まった、他:USリテール最新レポート - ニューノーマル時代で変わる小売業Vol.21

レジレス技術がアリーナに急拡大

ジッピンのサクラメントキングス・ゴールデン1センター内ストア 写真:ジッピン社提供 ジッピンのサクラメントキングス・ゴールデン1センター内ストア 写真:ジッピン社提供

 大勢の人が限られた時間内に決まったものを迅速に買う。ここがレジレス技術にとってもスィートスポットのようだ。アメリカでは空港内コンビニにレジレスが拡がりつつあるが、3回目、4回目のワクチン接種が拡がり、人々が一斉に街に出始めた今、以下の図表のようにアリーナやスタジアムも次々とレジレス技術を売店に導入している。

 

 

 ◇アマゾン社「ジャストウォークアウトシステム」と「アマゾンワン」

 2019年に開業した同アリーナ内のアマゾンゴーでは最近、手のひら認証の「アマゾンワン」を導入した。入店時にゲートでクレジットカードを差し込むか手のひらで買物ができ、アマゾンワンの手のひら登録キオスクは各店舗の脇に設置されている。同システムはニューヨークのホッケーチーム、ニューヨーク・アイランダーズ本拠地UBSアリーナの売店「オン・ザ・フライ」でも採用され、売店の運営はデラウェア・ノース社が行っている。今後もこのようなライセンス提供は拡がることは間違いない。

 

 ◇ジッピン社

 アマゾンと同様、天井や重機にカメラ、センサー類が設置されており、店舗に入る際、クレジットカードをかざして入店し、店を出る時には自動的に決済され、レシートはスマートフォンアプリに送られてくる。ジッピンの技術は既にデンバーのスタジアム内9店舗の実装されており、同社によると決済スピードはレジレス化前は2分だったのが導入後は37秒に短縮した。また売上増加も確認されており、ピーク時には42%増加したという。同社のシステムはスタジアムではヒューストンとデンバー、空港コンビニではニューヨークJFK空港ターミナル4の空港内コンビニエンスストアJFKIATに使われている。

 

 ◇スタンダードAI社

 同社の技術もアマゾン、ジッピンに近いが、既存店舗にそのまま実装できるため、初期投資を抑えられるという利点がある。アマゾン、ジッピンに比べて米国内での実績はまだコンビニエンスストア1店舗、大学構内売店2か所に限られている。

 

 ◇インスタカート社「ケイパーカウンター」

 ケイパー社は昨年10月、オンデマンド配送企業インスタカート社に買収された。ケイパーはAIによってショッピングカートに商品を出し入れするだけで自動課金されるスマートカートを開発し、クロ―ガ―等がテスト導入しているが、コンビニエンスストア用に開発したのが「ケイパーカウンター」だ。2021年10月のブログにもご紹介した通り、長方形のフレーム内に商品を置くとコンピュータヴィジョンとセンサーフュージョン技術によって商品を認識し、接続したモニターに自動的に支払い金額が表示され、付属の決済ターミナルでクレジットカードで決済する。1回あたり10アイテムまで乗せられ、最短で8秒で決済が終了する。

既にシアトル・マリナーズとボストン・レッドソックスのホームスタジオで使用されている。

 

 ◇オラクル社「マイクロズ・シンフォニー」クラウドPOSシステム

 ジャイアンツが採用したオラクル・マイクロズ・シンフォニーのクラウドPOSシステムは、売店スタンドの食品・飲料品を座席からモバイルデバイスでオーダーできるため、取りに行く頃には用意できているので待ち列が不要になった。またリアルタイムで売上や在庫動向を分析するので、売れ切れの時は自動的に売店のデジタルメニューボードとモバイルアプリに反映され、逆に売れ行きの悪い商品を担当者が即座に販促することも可能だ。

 

 このように、既に陣取り合戦状態だが、レジレス動向を追っていて気付くのは、どの報道でも「テスト」という言葉を使っていることだ。もちろんシステムそのものの精度の高さやビジネスとの適合性を測っているということだが、同時に実際に運用した場合の費用対コストも厳しく見ているのだろう。システムは実際に使ってみないと思わぬところに経済的または他のコストが出てくる場合がある。例えばコンビニエンスストアのサークルKは最初スタンダードAI社のシステムをテストしたが、その後グラバンゴに変えている。どちらも天井からカメラ、センサーで人の動きを捕らえるタイプだが、グラバンゴのカメラを埋め込んだGレールを天井に設置するタイプの方が費用対効果が高いなどの理由があるのかもしれない。

 せっかく最先端技術を開発しても、既に同業者との熾烈な闘いだ。さらに使いやすく、効果的に、そしてより安く、と技術者たちに休む暇はなさそうだ。






ソーシャルマニュファクチャリングをリアルタイムで:ブラヴォシエラ

写真:ブラヴォシエラ社提供 写真:ブラヴォシエラ社提供

 

 ブラヴォシエラ(Bravo Sierra、bravosierra.com)社は2019年8月に創業したパーソナルケア用品のD2C企業で、自然成分をベースにしたサステナブル志向のスキンケア、ヘアケア用品を手ごろな製造販売をしている。同社の圧倒的な特徴は、全製品を2,000人以上の米国陸軍、海軍、空軍、海兵隊の軍人および退役軍人が継続的な製品テストに参加し、彼らのリアルタイムなフィードバックをベースに商品開発・改良を進めるというソーシャル・マニュファクチャリングによって製品化している点だ。ゆえに同社は自社製品を「軍隊生まれのブランド」と称している。

 アメリカで生活していると感じるのは、親族に軍人がいる、友人に退役軍人がいる、というケースが非常に多いことだ。軍隊では心身の鍛錬に加え、テクノロジー、エンジニアリング領域の最先端技術を学ぶ機会を得ることも多く、軍隊で数年間訓練を受けた後、退役軍人は大学学費が免除となるため大学、大学院でさらに知識・技術を磨き、サイエンティスト、エンジニアあるいは起業家として活躍するというキャリアパスを選ぶ若者も少なくない。規律を訓練されてきた退役軍人には、就職時にも一定の採用枠が設けられている。しかし同社が敢えて軍人に絞って試用テストを続ける理由は、一般消費者の間でも毎日のようにジムに通い、筋トレ、ヨガ、瞑想をし、心身を鍛え上げる人が増えているからで、今後もこの傾向は続くと見られている。

 

 ◇製品の特長

 当初商品名には軍事用語が使われていたが、最近の新製品はより一般的な飾り気のない名称が多い。パッケージデザインもモノクロ、メタリックで質実剛健だが、環境保護素材を使用し、サステナビリティを前面に打ち出している。

 「タクティカル(戦術的)シャワー」:100%生分解性素材にアルコール不使用で60秒で99.9%のバクテリアを殺菌する液体をしみ込ませた使い捨てボディタオル。戦場ではシャワーを浴びることができないのでこのような製品が必要だが、一般生活でもジムの後、すぐに仕事に戻らなければならない場合、頭からつま先までサッと一拭きするだけで洗浄・リフレッシュ・防臭効果がある。10枚で$10.50。

 「オールテランハイジーン(全地勢衛生)」:髪、ボディ、フェイスおよびシェービングにも使える泡立つジェル状洗剤。水に触れると泡状になるが業界で初めて炭化水素不使用の素材で製造し、環境にも良い。9オンス$9.50。

 「グローナップ(大人、と上に立ち上がるの意味)ヘアペースト」:シリコンや防腐剤を使用しないでヘアスタイリングができるヘアクリームペースト。3オンス$10.50。

 

 ◇ソーシャル・マニュファクチャリング・プラットフォーム

 同社の製品開発は、ほんの数回軍人にアンケート調査を実施して得たデータをベースにするのとは異なる。リークトー(Reaktor、reaktor.com)社のソーシャル・マニュファクチャリング・プラットフォームを活用し、恒常的・継続的にテストに参加する軍人たち(テスター)からの製品試用コメントを取り続け、これに基づいて開発業務を行っている。同システムは機械学習、AI、感情分析を使用し、テスターがプラットフォーム上にログインし、コメントを入力すると自動的に分析を行う。このR&Dプロセスは、テスターに製品を送った後は完全に自動化・無人化できるだけでなく、テスターたちのコミュニティを形成することができ、テスター同士が意見を交わし合うことができ、この会話もR&Dの重要な情報源となっている。

 なおブラヴォシエラのEコマースもリークトーのモジュール上に構築されており、ソーシャル・マニュファクチャリング・プラットフォーム同様、簡単に変更・進化が可能だ。

 

 まだ完全には終息していないコロナ禍、ウクライナ情勢、インフレによる食料品やガソリンの値上げ等、世界中の消費者にとって先行き不透明な状況はしばらく続きそうだ。そのような中、今回はたまたま軍人のライフスタイルをテーマにした事例をご紹介したが、このソーシャル・マニュファクチャリングというコンセプトは、消費者の新しいニーズを自動的にリアルタイムに分析し、事業化に向けたデータを得られるという点で、今後も拡がるであろうことは間違いない。






脳波の反応で香水を推奨:YSLビューティ「センセーション」

YSLセンセーションのラボスペースでの接客風景 写真:YSLビューティ社広報資料ビデオより YSLセンセーションのラボスペースでの接客風景 写真:YSLビューティ社広報資料ビデオより

 

 イヴサンローランの化粧品を製造販売するYSLビューティは昨年12月、ドバイモールのYSLビューティイノベーションラボのポップアップストアで、脳波を探知するヘッドセットを使って好みの香水選びをサポートする「YSLセンーセ―ション(SCENT-SATION)」を披露した。同システムは神経科学とAIを使い、顧客が14の異なる香りを嗅ぐことによって脳内に引き起こされる5つの感情を分析し、YSL香水コレクション27点のうち3点に絞り込んで顧客に提案することができる。検査時間は25分だ。

  • ステップ1:顧客が8つの質問に答え、ムスク、潮の香、クリーミーな森、陽を浴びた花など6つの香りのうち、どれがもっとも気分を快適にするかをアルゴリズムが判断する。
  • ステップ2:専門的訓練を受けたビューティアドバイザーがヘッドセットを顧客に装着し、6つの香りをブラインドで嗅ぐ。それらを嗅いだ時にリラックスする、集中力が高まる、ストレスが和らぐ、神経が刺激される、エネルギーを感じるといった感情が出てくるが、これを脳波によって測定する。
  • ステップ3:この結果を他の顧客データと照合し、それぞれの香りに対する個人的な好みを判定する。
  • ステップ4:上記を基に機械学習を使って3つの香水を推奨する。
  • ステップ5:3つの香水のうち2つは完全に結果とマッチし、1つはユニセックスな香りが提案される。これらのデータは全て顧客に転送される。

 同社は今年3月から来年一杯、パリの旗艦店に同システムを導入する。同システムはニューロテクノロジー企業エモーティヴ(Emotiv)社と提携して構築したもので脳波測定ヘッドセットはリアルタイムな感情を測定できる。

 

YSLセンセーションの脳波測定ヘッドセットと機械学習による分析は、香りに対する感情の変化をデータ化 写真:YSLビューティ社広報資料ビデオより YSLセンセーションの脳波測定ヘッドセットと機械学習による分析は、香りに対する感情の変化をデータ化 写真:YSLビューティ社広報資料ビデオより

 

 香水の選定は実店舗でないと難しい領域の1つで、過去にも、店頭でサンプルの香水を嗅ぎ、好みを双方向ディスプレーなどでフィードバックすると自動的に香水を推奨するシステムはいくつか登場し、セフォラやノードストロームが採用したが、当初話題になっても数年後には誰も見向きもせず、装置は埃をかぶり、やがて撤去される、ということが多かった。今回の技術の大きな違いは「接客」が絡むことで、顧客が自分でヘッドセットを付けてインストラクションをもとに自動的に推奨を受ける方法もあり得ただろうが、敢えてYSLビューティはこのテクノロジーをハイレベルな接客サービスのツールとして使う道を選んでいる。店舗経験がますます重要になる中で、テクノロジーとヒューマンタッチの融合という重要な示唆がある。






パクサンのジェンダーフリーコレクションがメタバースに

 

 カリフォルニア・スタイルのティーンエイジャーファッション専門店パクサンは、4月にジェンダーレスの「パクサン・エトワール・モノグラム・カプセルコレクション」を発売した。海、砂、ライムの3色展開で水着、トップス、ショーツ、フーディ、帽子、サンダル、パラソル、スリングチェア、スケートボード等を展開、男女共に同じデザインのファブリックを使用している。

 同社は2020年9月からジェンダーレスショップをオープンし、2021年9月に初めて男女が同じデザインで体型の違いのみを反映させたジェンダーレスのコレクション「カラーレンジ」を発売した。また同年11月にはミネソタ州のモール・オヴ・アメリカ内に4歳から14歳を対象としジェンダーレスなデザインのアパレルを提供する新フォーマット「パクサン・キッズ」一号店を出店し、今年は5店舗追加出店する計画だ。

 ジェンダーレスファッションは日本でも拡がりつつあるが、アメリカでは大人だけでなく、このように小学生からジェンダーについて学校で授業があったり、公立学校でジェンダーレスのトイレを用意したり、と低年齢化が進んでいる。地域にもよるだろうが、様々な人種や社会的文化的背景の人々が集まる都心部では中学・高校生の間で自分のジェンダーは何かを意思表示することも多く、もう10年近く前の話になるが筆者の息子の友人たちが中学生になった頃、自ら「私は○○」とSNSに投稿しているのを見かけたものだ。従って、大手専門店がジェンダーレスコレクションを全面的に打ち出すのは、むしろ今さらといった感も無くもないが、それだけ市場が育ち、多くの人々の認識に定着したということかもしれない。

 パクサンはメタバースでNFT販売にも力を入れているが、本コレクションもゲーミングプラットフォーム、ロブロックス上の「パックワールド(Pacworld)」で同社のキャラクター(アバター)「モールラット」に着せて販売している。

 

 「パクサン・キッズ」はまだ親が子供に服を選んで買い与える年齢を対象にしているので、むしろ、やっと親の意識改革が進んだ、と捉えるべきかもしれない。(注:アメリカでも一般的に親は男児には男の子らしい、女児には女の子らしい服を着せたがる傾向がある。)

 なおパクサンのNFTだが、同社ウェブサイトからもNFT販売状況がわかる。5月初旬時点で30アイテムを販売、しかしウェブサイト側からは購入できず、ロブロックスにログインしないと競売参加も購入もできない。ただこの30点の状況を見る限り、どんどん売れている様子はなく、まだ同社顧客への露出を高めている段階のようだ。


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【在米リテールストラテジスト 平山幸江】


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